岡山県倉敷市 岡田陣屋跡

December 05 [Wed], 2018, 7:00
岡田藩は、羽柴秀吉に仕えた黄母衣衆の一人伊東長実を祖とします。
長実は秀吉の死後は石田三成と敵対し、
徳川家康に三成の挙兵をいち早く知らせた功績があり、
関ヶ原の戦いにおける東軍勝利の要因のひとつとなりました。

ですが、大坂の陣では豊臣方につき、家康と戦っています。
戦後、関ヶ原での功を鑑みられ、改易されず僅かな厳封で大名として存続。
以後、江戸時代を通じて伊東家が岡田藩の藩主として続きました。


倉敷市立岡田小学校」。
岡田陣屋は現在、倉敷市立岡田小学校の敷地となっています。
訪問時は平日の午後。あまりオッサンが一人でうろつけないので、
娘のみよちゃんと一緒に行こうと言ったのですが、
「いかない」というので仕方なく一人で訪問。
校門付近で親御さんらしき人達が話していたので、
ワザとらしく「岡田陣屋の碑とかありますか?」と聞いてみると、
校門入ってすぐの場所にあると教えてくれました。


岡田藩址」碑と「岡田藩邸長囲炉裏」跡。
校門入ってすぐ右側にあります。
岡田陣屋の遺構はほとんど残っていません。
この長囲炉裏は、陣屋内の別の場所にあったものを移築したようです。
校舎の方に陣屋時代の井戸も残されていたようですが、
ちょっと入りづらかったので断念しました。

幕末の岡田藩の動向ですが、さしあたって特筆するような事は無く、
維新後に恭順して備中松山藩討伐などに兵を出している位です。
色々と幕末の岡田藩について探したのですが、何も見つからず。

仕方が無いので、岡田に疎開していたという横溝正史について紹介。
横溝は肺結核の為に、徴兵される事がなく執筆活動を続けていましたが、
終戦前の昭和20年に岡田に疎開しています。
戦後、戦時中は制限されていた推理小説を勢力的に書き始めますが、
物語に登場する地名店舗などは岡田にあったものが多く使われました。
特に「本陣殺人事件」では岡田にあった川辺本陣を舞台としており、
物語に登場する場所の多くが、実際にあったりします。

ただ、その地名は一字だけ伏字となっています。
たとえは、清音駅は清―駅。川辺村は川―村。高梁川は高―川など。
ですが作品中の地名や建物、道などの配置は実際の岡田そのもので、
探偵金田一耕助がどこで聞き込みをし、どこで事件が起こったかなど、
岡田を散策すると見えてくるようです。
また、別の作品「獄門島」や「八ッ墓村」に登場する寺や祠もありました。
岡田は横溝ファンの聖地でもあるようです。

以上、幕末とは関係の無い話でした。

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