「ある日突然現れた女の子と同棲し始めるアニメ」はある意味先祖がえり!?
2008.10.17 [Fri] 18:46


「ある日突然現れた女の子と同棲し始めるアニメ」はある意味先祖がえり!?

今期は急増!?都合よく分かり合える<出会い系>アニメ


数日前のネタですが、2ちゃんのまとめブログで「ある日突然現れた女の子と同棲し始めるアニメ」という記事がありました。

907 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/10/14(火) 10:25:56 ID:+zMJ1YeI0
>>875
今期アニメ一覧

かんなぎ ある日突然現れた女の子と同棲し始めるアニメ
ケメコ ある日突然現れた女の子と同棲し始めるアニメ
まかでみ ある日突然現れた女の子と同棲し始めるアニメ
禁書目録 ある日突然現れた女の子を守ろうとするアニメ
黒塚 ある日偶然知り合った女の子と逃避行し始めるアニメ
とらどら ある日偶然知り合った女の子と半同棲し始めるアニメ
ラインバレル ある日突然落ちてきた女の子と同棲し始めるアニメ
クラナド ある日偶然知り合った女の子と同棲し始めるアニメ
あかねいろ ある日偶然知り合った許嫁と同棲し始めるアニメ


ということで、10月に始まった39本のアニメ中、実に9本(23%)が「ある日突然現れた女の子と○○し始めるアニメ」だったわけです。もちろんこれは今期に始まったことではなく、同棲するしないに限らず「ある日突然現れ」というキーワードで拾っていくと、今年始まったアニメでいえばほかにも『破天荒遊戯』『true tears』『BUS GAMER』『君が主で執事が俺で』『仮面のメイドガイ』『To LOVEる』『狂乱家族日記』『ワールド・デストラクション』『紅』『セキレイ』などなど・・・列挙に暇がありません。

まあ、「ある日突然」てのは物語の始まりとしては当たり前なんであって、「突然」でない出会いなんてほとんどない。この意見はある意味正論に聞こえます。でも、これまで、ドラマトゥルギーというのは、「出会って、仲良くなるために努力するところから生まれる」という認識だったはずです。例えば、憧れのお姉様の方からアプローチされたにも関わらず、まずは断るところから始まる『マリみて』のようにね。上のサイトのコメント欄にもあったように、物語というのは「普通は出会ったところで都合よく仲良くはなれない」ものなのです。だから、『School Days』も、初めて見たときには驚きましたよ。告白していきなりOKもらえちゃうんですからね。少しは一悶着あるんだろうと思っていたら、第1話でいきなりカップル成立ですからね。

▼<出会い系>アニメの急増と<スポ根>アニメ減少の関連性


その一方で、「最近減ったな」と思うのは<スポ根>ものでしょう。スポーツもの自体、動きが多くて大変なのでアニメ的には敬遠されるジャンルなのですが、もちろんスポーツものが全滅したわけではありません。『テニスの王子様』を引っ張り出してくるまでもなく、『MAJOR』『おおきく振りかぶって』『バンブーブレード』など、最近でも優れたスポーツものは少なくありません(今年はオリンピックの年だったにも関わらず、少ないといえば少ないのですが)。

でも、かつてのスポーツものと違うのは、天才が努力しながら成長し、ライバルを倒していくことが描かれるのではなく、むしろスポーツ以外の面で頑張る姿が描かれるところでしょう。

つまり、「ある日突然現れた女の子と(努力せずに)都合よく仲良くなる」ことと「努力しないスポーツもの」は、どちらも根っこは同じところにあるということになります。逆に言えば、最近のアニメは、「努力せずとも結果が得られたところから物語が始まる」というのが主流だといえるでしょう。

▼分かり合えても幸せじゃない?
ただ、いずれの場合にも、その結果を得られた主体が幸せかというと、そうではないようです。『うる星やつら』や『To LOVEる』のような、いわゆる「押しかけ女房型」はもちろん、女の子と無条件に(都合よく)仲良くなれても、主人公である男の子は必ずしもそれを望んでいない場合があるからです。『SchoolDays』は、告白してOKをもらったはいいものの、次第に鬱陶しくなっていきますし、『おお振り』だって、主人公はメンタル的にはピッチャー向きではなく、常にオドオドしています。『バンブーブレード』のたまちゃんも、剣道をしているより、特撮番組を観ている方が楽しそう。

もちろんこれは、実際の数字的に多くなったというより、印象としてですが、なぜそういうアニメが多くなったのか。2ちゃんのスレにあるように、本当にネタ切れ故なのでしょうか。

私はこのような現象は、ネタ切れとかそういうことよりも、アニメのルーツに戻ったという意味合いの方が強いんだと思います。では、アニメのルーツとは何か。

▼アニメのルーツ
みなさんは「アニメ」といって真っ先に思い浮かべる作品は何でしょう。『ドラえもん』『サザエさん』、最近では『チビまる子ちゃん』『あたしンち』が国民的アニメと云われていますが、とりあえず今はファミリー層向けのアニメは除外しておきます。そうすると、いわゆる青年層向けアニメの代表作として挙げられるのは『ガンダム』と『エヴァンゲリオン』ということになるでしょう。ちょっと強引ですが。まあ、とにかく、DVDの高い売り上率をはじき出しているのはこの辺りの作品といって間違えないでしょう。

そうです。広義の<巨大ロボットもの>(スーパーロボット+リアルロボット)は、アニメのルーツといってもいい存在なのです。

さて、強引にそう結論付けたところで、現在に至る、巨大ロボットアニメのブームに火をつけた作品は、いうまでもなく『マジンガーZ』です。そして、『グレートマジンガー』『UFOロボ グレンダイザー』『勇者ライディーン』など、『ガンダム』が出現するまでの巨大ロボットアニメ、いわゆるスーパーロボットアニメ(ロボットプロレスと揶揄されることも)はほとんど全て、『マジンガーZ』が作り出したフォーマットを基に、数々のヴァリエーション生み出しました。その最初の転換点が『ガンダム』で、以降、スーパーロボットアニメは、リアルロボットアニメとして進化していくことになります。中には『ゴッドマーズ』や『巨神ゴーグ』のような例外もありますが、これらの作品もスーパーロボットにリアルロボットの要素が加えられていますので、純粋なスーパーロボットアニメとはいえないでしょう。

▼ある日突然・・・
こうして、猿から人へ進化したように、スーパーロボットからリアルロボットへと進化したロボットアニメですが、なぜか不変の要素があります。それが、

「ある日突然呼び出されor接触したロボットに乗って闘う」

というものです。

しかも、主人公の男の子はなぜか何の努力もなしにロボットを操縦でき、闘いに勝ち続けます。シナリオライターやシリーズ構成の主眼は、主人公が、どうやってロボットを上手く操縦出来るように成長させるかではなく、なぜ苦もなくロボットを操縦できるのか、視聴者に説得力を与えることになります。普通に考えれば、「見たことも聴いたことも無いロボット」をいきなり操縦できるはずはありません。そこはスーパーロボットの時代にも気にしていたらしく、ロボットを開発した博士の息子だったり(だからといって無条件に操縦出来るとは限らないわけですが)、実は地球人ではなく異星の王子だったり(もともと操縦者だった)、ロボットに母親の魂が収納されており、それと同調すれば考えるだけで自由にロボットを動かせられる設定だったり、たまたまマニュアルを入手してしまったりといった、様々な「理由」が考えられて来ました。

しかし、まあ、よく考えれば、実はもともとの操縦者で、母星から逃げるために乗ってきたという設定以外は、どんな「理由」が掲げられても「そんなんで操縦できるはずがない」と分かります。だって、ほとんどの場合、その主人公しか操縦できないというストーリーなのですから、ロボット自体、そんなに簡単に動かせられるものではないはずなんですからね。その中で、唯一異質なのは、『トップを狙え!』でしょうか。オートマチックにすれば誰でも操縦できるなんて、最初見たときには驚きました。であっても、タカヤノリコが最終決戦のパイロットに選ばれるまでの過程は、「その主人公しか操縦できない」というそれまでのロボットアニメで描かれていたことと同じですが。

▼キーワードは「無条件」
以上、昨今流行の「ある日突然現れた女の子と○○し始めるアニメ」と、アニメのルーツである「ある日突然呼び出されor接触したロボットに乗って闘うアニメ」は、同じ路線上にあるというお話でした。

共通項としては、「無条件」に○○出来ちゃうってとこでしょうか。これに対する概念としては、「努力して成長する」とういことがあると思います。一時期は、<スポ根>ものに代表されるように、主人公が努力し、成長する姿を描くことがアニメや漫画の醍醐味でした。ところが最近は、そこをすっ飛ばし、いきなり関係が成立したところから描くのが主流となっています。ところが、それはなにも最近に始まったことではなく、アニメというメディアに、もとから備わっていた要素だったというわけです。

でも、なぜまたそれがブームになっているのでしょう?

それについては、またいずれ考えることにしましょうか。

 
コメント
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー 絵文字 プレビューON/OFF
 クッキーに保存