「『アニメの門 場外乱闘編』VOL.7 極私的アニメブーム論」からみえてきたTVアニメ今後の課題
2009.07.08 [Wed] 04:16

先日、「『アニメの門 場外乱闘編』VOL.7 極私的アニメブーム論」を見に行って参りました。以下、出演者のお一人である藤津亮太さんのWebページに掲載されていた事前告知のコピペです。

「アニメの門 場外乱闘編」VOL.7  極私的アニメブーム論
日時:2009年7月5日(日)
開場18:00/開演19:00
出演:藤津亮太(アニメ評論家)、小川びい(ライター)、Mr.T(元ライター)
会場:Naked Loft http://www.loft-prj.co.jp/naked/

内容:アニメ評論家・藤津亮太とライターの小川びいが、縦横無尽、融通無碍、唯我独尊、針小棒大にアニメを語るシリーズ。今回のお題は'74年から約10 年続いた「アニメブーム」。アニメブームとは一体、なんだったのか。ゲストに先輩ライターであるMr.Tを迎えて、それぞれの立場と体験、そして知識を駆使しながら、アニメブームの時代を読み解きます。

このイベントをご存じない方に、なぜ「場外乱闘編」なのかだけ説明しておきましょう。それは、藤津さんがNewtype誌で『アニメの門』という連載をされていて、そのリアルバージョンという意味合いがあるわけなんですね。

■アニメブームは1977年から?
イベントの告知では、アニメブームは1974年からとなっていますが、イベントの結果、アニメブームと呼ぶに相応しいは1977年からと結論付けられました。1974年かの準備期間を経て、77年から本格的なブームになった、というわけですね。

それはそうですね。74年といえば、『宇宙戦艦ヤマト』と『アルプスの少女ハイジ』が放送された年ですが、これらは別にアニメブームを受けて制作された作品ではありません。むしろ、生まれた頃からTVが家にあり、アニメがあった世代が(つまり58年生まれ以降)アニメを見続け累積して増大し、子供向けビジネスとしてアニメが無視できないジャンルとなったのは、やはり77年以降でしょう。イベントでは「70年代初めにアニメを見ていた小さな子たちが、ティーンエージャーになって一気にアニメファンになったのが77年」というような表現をしていました。

イベントでは触れていませんでしたが、74年は、子供の人口数的にいっても、アニメブームを支えられるだけのレベルに達していませんでした。実は1960年前後は、1949年の第一次ベビーブーム以降の出生数低下の「谷」にあたります。特に昭和41年(1968年)は、いわゆる「ひのえうまの年」にあたり、出生人口が急激に落ち込んだ年でもあります。出生数はその後徐々に伸び続け、第二次ベビーブームの頂点、73年でピークを迎えます。

■アニメブームの始まりと終わり
なにごとにも始まりがあれば、終わりがあります。アニメブームが終わったのはいつでしょう。

それについては、パネラーの中でも微妙に意見が食い違っていました。しかし、長めに見積もっても、84年をピークに面白い作品がなくなってアニメ雑誌も次々に廃刊となり、86年頃にはもう「ブーム」としては収束した、ということで一応のコンセンサスは取れていたようです。イベントでは、「アニメブームは劇場版『宇宙戦艦ヤマト』で始まり、『Zガンダム』、『ZZガンダム』で終わった」と結論付けていました。

このリストなどによると、1970年以降、ジブリ作品や『ポケモン』や『ドラえもん』など、ブームとは関係なく一定の動員数が期待できるシリーズもの以外の劇場作品で、興行収入が20億円を超えたのは『さらば宇宙戦艦ヤマト』(1978)、『銀河鉄道999』(1979)、『ヤマトよ永遠に』(1980)、『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙篇』(1982)、『新世紀エヴァンゲリオン Air/まごころを、君に』(1997)の5本しかありません。その5本の中に、第一次ブームの作品が4つも入っているのは、第一次ブームの盛り上がりの物凄さを強く感じさせます。

ブームが終焉したのは、もちろん面白い作品が少なくなったことも強く関連しているのでしょうが、ここでは他の可能性を考えてみましょう。

仮に、ブーム形成に影響を与えるようなアニメ視聴年齢が6歳ごろ、そして小学校卒業と同時にアニメを積極的にみなくなるとすします。その間の子供人口が、各年ごとにどのくらいいるか出生数をもとに計算してみると、次のようになります。

1964年:1532人
1965年:3107人
1966年:4651人
1967年:6182人
1968年:7733人
1969年:9335人
1970年:10980人
1971年:11203人
1972年:11043人
1973年:11303人
1974年:11580人
1975年:11872人
1976年:12144人
1977年:12472人
1978年:12729人
1979年:13290人
1980年:13363人
1981年:13347人
1982年:13211人
1983年:12999人
1984年:12623人
1985年:12168人
1986年:11688人
1987年:11294人
1988年:11001人
1989年:10786人
1990年:10584人
1991年:10395人
1992年:10217人
1993年:10054人
1994年:9856人
1995年:9595人
1996年:9315人
1997年:9068人
1998年:8851人
1999年:8681人
2000年:8555人
(単位:百人)

以上のように、6歳から12歳ころまでの子供の数(以下子供人口)が最も多いのは1980年の133万6300人です。その後は次第に減っていき、1986年には、今回のイベントで、アニメブームが始まったとコンセンサスがとれた1977年を下回ってしまいます。1987年には、今回、アニメブームの準備期間の始まりと定義した1974年をも下回ります。この頃のアニメブームは、子供人口110万人から120万人くらいをボーダーに、始まって終わったという感じになるでしょう。

もちろん、もし1980年以降も子供の人口が増え続けたとしても、アニメブームが続いた保証はありません。なぜなら、アニメブームが終わらせた他の要因、特にTVゲームなど子供が興味を持つようなメディアがアニメ以外にも増えたことは、例え子供が増えたとしても、ブームを終わらせるのに十分な要因となったでしょう。

ただ、6歳から12歳ころまでの子供人口の推移と、第一次アニメブームの続いた時期との奇妙な一致は面白い現象ですよね。

■日本のアニメの今後の課題
イベントの中であった発言で特に印象に残ったのは、「今のアニメ、特に深夜アニメは、我々の世代に向けて作られている」という発言です。たしかに、今放送されているアニメのほとんどは深夜アニメですから、現在のアニメのほとんどは、DVDや高価な関連商品を買う大人のオタク向けに作られているといっていいでしょう。今のアニメ業界を支えているのは、20代後半から40代のオタク層なのです。

しかし、TVのプライムタイムで放送されるアニメが数少なくなって久しいですが、今後、今の子供が大人になったとき、我々の世代と同じようにアニメを見てくれるかといったら、甚だ疑問です。今回のイベントを受けて、浮かび上がってきたアニメ業界の今後の課題について、少し考えてみましょう。

<第一次ブームはなぜ安定していたか>

今回のイベントの出演者は、ゲストのMr.T氏も含めて、雑誌や書籍に原稿を寄稿しているライターの方々です。今回、ライターならではの指摘だな、と感じたのは、70年代に始まったアニメブームを支えたのは、アニメ制作者とファン、そして雑誌の3要素がバランスよく共存していたからだということです。その構造が崩れたのは、85年頃だということです。

中でも、ブームのときに次々に発刊されたアニメ雑誌が、「ブームの終焉とともに大きく戦略を変た」という指摘は印象的でした。それまでのアニメ雑誌は、編集部が面白いと判断した作品を、ファンに積極的に紹介していたのに対し、80年代後半からは、ファンの見たい作品を見せるようになったそうです。つまり、企画が後追いになっていくと同時に、企画のバリエーションも限られてきたということになります。特に現在主流の深夜アニメは、放送されている地域も限られているので積極的に取り上げるわけにはいかず、ますます選択肢が少なくなってきています。

しかし、編集部が面白い作品を読者に紹介しようと思っても、作品の質が高くなくては話になりません。アニメブーム華やかなりし頃、次々に発刊されたアニメ雑誌がことごとく休刊に追い込まれたのは、面白い作品が少なくなってきたからともいえます。現在あるアニメ雑誌の多くは、大手出版社から発行されています(いわゆるアニメ3大誌)。それらがどの程度採算ベースに乗っているかはわかりませんが、アニメ雑誌は体力のある出版社でしか出し難いことは間違えないでしょう(『オトナアニメ』を発行している洋泉社は宝島社の子会社)。

<共通体験と同時代性>
あるブームの形成過程において、消費者間の「共通体験」は重要な要素です。言い換えれば、「みんなが知っているものは自分も知っておきたい」という強迫観念にも似た意識が働くことが重要なのです。第一次アニメブームが、TVシリーズではなく劇場版によって盛り上がっていたのも、同じですね。TVは見られない地域もありますが、劇場作品はほとんど全国展開ですからね。

しかし、個人の体験が細分化され、時間軸的な共通体験、つまり「同時代性」が極めて薄まっている現在、大きなムーヴメントが起こる可能性は極限まで低くなっているといえるでしょう。前述したように、90年代に興行収入20億円を超えた劇場用アニメも『エヴァ』のみでしたが、新たなファンと旧劇場版のファンを同時に取り込んだ『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』は、ファンの共通体験と同時代性をうまく利用して成功した理想的なケースといえるでしょう。

<もう手遅れ!? 日本のアニメビジネス崩壊は確定か?>
では、共通体験や同時代性を消費者に感じさせるには、どうしたらいいのでしょう。

始めの方で、77年に始まった第一次ブームは、「70年前後にアニメを見て育った小さな子が、一気にアニメファンになっていったことで形成された」と記しました。イベントでは、「人は14歳頃に見た作品に最も感情移入する」との発言がありました。一方、第二次ブームといえる現在のムーヴメントを支えているのは、ほとんど20代と30代後半以降の世代だといわれていますが、それは14歳前後のときに『エヴァ』をみてアニメにハマった世代と、14歳前後以降の年齢のときに第一次ブームを経験した世代とほぼ一致します。

しかし、2011年以降、地デジ導入によって、TVを見なくなる層が増大すると思われることを考えると、14歳前後の世代に同時代的な共通体験を経験させるのは、ますます難しくなるでしょう。エキセントリックすぎず、かといっていかにも子供向けでも大人向けでもない、中高生が見るに耐えるアニメがもう少し増えて欲しいと思います。つまり、2011年に14歳前後となるのは1997年前後生まれの世代ですが、現在10歳前後の彼等が、アニメを見続けてもいいと思えるような作品がないと、日本のアニメビジネスの未来は、決して明るいとはいえないでしょう。

30年後に現在を振り返ってみたとき、『ヱヴァ』新劇場版が、若い世代にとってかつての『ヤマト』のような存在だったと評価されるかどうか。ちょっと楽しみですね。
 
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