「俺の嫁」言説と「かんなぎ騒動」にみる、擬似恋愛商法とオタクの独占欲・嫉妬心・エディプスコンプレックス
2008.11.15 [Sat] 12:08

「俺の嫁」言説と「かんなぎ騒動」にみる、擬似恋愛商法とオタクの独占欲・嫉妬心・エディプスコンプレックス



つい最近、某アイドルグループのメンバの一人が彼氏持ちだと発覚し、握手会でファンが集団でそのメンバに対するネグレクト運動を行い、そのアイドルを泣かせてしまった出来事があったことは記憶に新しいと思います。そして今回、その出来事を髣髴とさせるような騒動が、また起こりました。

武梨えりの漫画『かんなぎ』(『月刊Comic REX』/一迅社刊、2006〜)の主人公・ナギに彼氏がいたことが判明、今でもその人との関係が問題となっていることが仄めかされ、ナギのことを「非処女」だの「中古品」だのと罵倒するネットへの書き込みが急増したのです。中には「単行本全部捨てる」という書き込みもあったようですね。これを受けて、「処女信仰」がどうしたとか「漫画のキャラクタに本気になってどうする」といった論調でも盛り上がってきているようです。

私も漫画のキャラクタが非処女だろうが彼氏持ちだろうが、別にいいじゃないかと思いますし、ネタとして面白半分に盛り上がっている面もあるのでしょう。面白そうな現象には取り敢えずのってみるのが、オタクの性(さが)のようなところありますものね。特にセックス関係には敏感な反応をみせますね。アーツビジョンの枕営業騒動とかも記憶に新しい。わざわざ事務所前にまで出向いてネタを披露したりしていました。つい最近では、花澤香菜の、彼氏とのプリクラ写真流出でも祭りになっていましたね。

ですが、この類の話題は、なぜ大きな騒ぎに発展してしまうのでしょうか。大半の人がどうでもいいと思っていることでは、一気に大きな騒ぎにまで発展することはないはずです。

しかし、「処女信仰」云々といった側面だけからこの現象を見ていたのでは、現状を見誤ることになるでしょう。そこで、次のような話を考えてみました。ですが、なんだかバカバカしいような気もします。どう思うかは読者判断てことで、お暇ならお付き合いくださいませ。


■1.「俺の嫁」言説は25年前からあった!?


▼1.1.オタクたちはシミュレーション好き


この問題を考える上で押さえておきたいのは、「俺の嫁」という言説です。「長門は俺の嫁」「綾波は俺の嫁」というように使います。私が最初に「へぇ、こんな言い方あるんだ」と思ったのは「こなたは俺の嫁」でした。この用語が『らき☆すた』(2007年、京都アニメーション制作)以前からあったかどうか、どの程度使われていたかは分かりません。少なくとも2006年07月11日の時点で、アソビットゲームシティで「『涼宮ハルヒ』の誰を嫁にするかを願った短冊」って企画はありましたが、アキバBlogの2006年1月9日の記事にはローゼンメイデン携帯ストラップ、蒼星石には「オレのよめ」とあります。起源は『らき☆すた』よりもっとずっと古そうです。

でも、「恋人」でも「彼女」でも「許婚(いいなずけ)」でもなく、なぜ「嫁」なのでしょう。

ある特定の女性を嫁にする、つまり妻にするということは、その女性を独占した状態であり、そのことが法的に認められている状態です。つまり、「○○は俺の嫁」宣言は、そのキャラクタを究極的に独占した状態の宣言であるのです。「恋人」や「彼女」では拘束力が緩い関係ですし、「許婚」は独占状態が法律的に確実に保証されたものではありませんし、そもそも許婚は「本人同士の意思に関係なく両親が決める」といったようなニュアンスがありますので、必ずしも自分の好みの女性と結ばれるものではありません。

そういうわけで、漫画やアニメのキャラクタの独占状態を宣言するには「○○は俺の嫁」と言うのは理に適っていると思います。

ところで、この、キャラクタの独占欲という概念は、何も21世紀になって始めて表面化した概念ではありません。以前から、「結婚するなら○○と△△とどっちがいい?」というようなシミュレーションは、特にアニメファンの間では頻繁(ひんぱん)に行われてきました。オタクって、「〜としたら」っていう思考実験好きですよね。いつも面白そうな仮想設定を出しては、およそありえない話で盛り上がる。2ちゃんねるのスレにもそういうの、たくさんありますよね。

「結婚するなら(恋人にするなら)どのキャラがいいか」って設定でプレオタク、オタク第1世代にホットな対決は「ラナ/モンスリー」「ナウシカ/クラリス」などですかね。『ガンダム』だと「セイラ/マチルダ」ですかね。恋人にするならセイラ、奥さんにするならマチルダ、みたいな。

▼1.2.僕たちの私物化宣言


そんな中、人気を博していた雑誌の読者投稿企画があります。それが、まんが情報誌『コミックボックスジュニア COMIC BOX JR』(ふゅーじょんぷろだくと刊、1983〜、通称:CBJr)で行われていた「よい子の私物化宣言」です。「愛しのキャラクターの私物化を一人勝手に宣言しよう」を合言葉に、十代前半から二十代の読者がこぞって投稿していました。漫画情報誌とはいえ、漫画だけでなくアニメ、アイドル、特撮、実写ドラマ・映画と、サブカル系メディア全般を対象にした情報誌で、何度もリニューアルを重ねて現在も発行を続けている老舗雑誌です。

そのCBJrが、創刊準備号から行っていたのが「よい子の私物化宣言」です。今でいう「キャラ萌え」なんですが、投稿のテンションは今と全く変りません。人気のキャラクタは『うる星』のラムとしのぶ、『ななこSOS』のななこ、『クリーミィマミ』のマミと優、『マクロス』のミンメイ、『ナウシカ』のナウシカといったところ。その他、ロリコンブームの余波で、ロリキャラの人気が高さも目立ちます。CBJr創刊の前年(82年)に、「ロリコン」と「ほとんど病気」が流行語だったことを考えると、「ロリコンはほとんど病気だけどナウイ」って感じで受け止められていたのではないでしょうか。

▼1.3.オタクの独占欲


「よい子の私物化宣言」を見ていて感じるのは、投稿者の言説が二極化していることです。マニアック(ロリであればあるほどいい)でマイナな作品のキャラクタ、有名な作品でも誰もチェックしていないようなマイナなキャラに固執する人がいる一方、「全部俺のもんだ!」(25歳・男)「内山亜紀のオール全キャラ」(16歳・男)「一人では満足できない」(16歳・女だと思う)と全てのキャラを独占しようとするばかりか、「羽佐間みのる本人」(19歳・男)と人気の絵師本人に萌えたりといった、欲張りな人も少なくありません。「宮崎駿の少女キャラは全部俺のもんだ」(16歳・男)といってる人もいますね。

結局、オタクの独占欲は留まるところを知らないってことなんでしょうか。特に「全部」って概念はオタク独特の感性ですよね。いわゆる「コンプリート」ってやつです。「私物化宣言」は、その感性に直接的に響く言葉だと思います。投稿している読者も、半分はネタ(冗談)のつもりでも、残りの半分は結構マジだったりするんじゃないでしょうか。

その「私物化宣言」をもっと直接的に言い表したのが「俺の嫁」だと思うんですよ。「宣言」はあくまで「宣言」です。CBJrの投稿に「言ったもん勝ち」とありますが、「俺のものだ」って宣言したって、そのキャラクタが確実に自分のものになった保証はないわけです。

ところが「俺の嫁」なら、最初も書いたように「嫁」は、私物化したことが法的に認められているわけですから、満足度も高い。つまり、「強度」があるわけですね。「もの」から「嫁」へ、25年経ってアニメや漫画のキャラクタに人権意識が芽生えたという人もいますが、私は違うと思います。

「もの」から「嫁」へ言い方が替わった背景は、あくまでも確実に自分の所有物である保証を得たかったことがあると思うんです。その意味で「嫁」は極めて目的に合致した概念なんですね。。もうそれに尽きる。『らき☆すた』のこなたに対して「お前は俺か」っていうのも、同じ理屈ですね。こなたはオタク一般の象徴ではなく、自分自身の分身というわけです。

■2.擬似恋愛商法とオタクの嫉妬心


▼2.1「オタク」はマーケットの求めた消費ターゲットの究極的な形


しかしながら、こういった感性はどういうところから出てくるものでしょうか。

そのヒントとなるのは、キャラクター・ビジネスは本質的に「擬似恋愛商法」だっていうことです。その上、オタクは独占欲が強いわけでしょう。つまり、一度そのキャラクタに惚れちゃえば、あとはその人にとってそのキャラクタは絶対的な存在となっていきます。

アニメや漫画を作っている人たちっていうのは、そのことをよく分かっていますし、こうすればウケるって解ってやっている面があります。それが戦略ってやつですが、日本のメディアには、吉永小百合から数えれば40年以上のアイドル戦略の歴史・蓄積があります。アニメキャラにおける顔と目の大きさのバランスや髪の色、登場人物の属性の配置など、ウケる方程式は90%までは計算できちゃってる(100%まで計算できちゃったら誰も苦労はしません)。

敢えていえば、オタクというのは、そういう擬似恋愛商法が作り出した、理想的な消費者層と定義できるでしょう。岡田斗司夫が「今のオタクは単なる消費者になり下がった」と批判しても、それがマーケットの求めたオタクの究極的な在り方なのだから仕方ない。

▼2.2「オタク」の嫉妬心


しかしオタクには、マーケットにもコントロールしきれない属性というか要素があります。それが嫉妬心です。

上にも書いたように、オタクは独占欲が強いですから、おのずと嫉妬心も強くなります。もちろん、嫉妬はオタクだけにあるものではありませんし、人間だけでなく、他の哺乳類にも見られる傾向です。例えばアニメの劇場版に対して「その作品のファンを前提にした映画作り」や「ファンのためにのみ完結していて内容が空虚」とよく批判が出ますが、その言説などもその作品を知らない人のアニメファンに対する嫉妬心からきているような気がします。つまり、「なんで俺に分かるように作らねーんだ」ってことですね。1997年の『エヴァ』のときも、そういわれたことがあります。もしかすると、固体の生存本能としてDNAにもともとプログラムされている特性なのかもしれませんね。

また嫉妬心は、手段を目的に変えてしまうようなところもありますね。その最たるものが「エディプスコンプレックス」ではないでしょうか。「エディプス・コンプレックス」の概念は、「母親を確保しようと強い感情を抱き、父親に対して強い対抗心を抱く心理状態」(Wikipediaより)です。これは理論的・概念的に批判も多いのですが、次のように言い換えると、オタク現象としてよくわかると思います。

「ある特定のキャラクタを独占しようと強い萌えを抱き、同じような属性を持った他のオタクに対して、強い対抗心を抱く心理状態」・・・!

■3.「かんなぎ論争」におけるオタクの心像的背景


そこで「かんなぎ論争」です。

なぜナギは処女でなければならなかったのでしょうか。

処女性は、「嫁」同様、独占欲を保証する属性の一つと考えられます。加えてペットボトルのキャップリングみたいに、自分が一番最初に手をつけるということが保証されることも、独占欲を満たす必要条件の一つであるようです。だから、ナギの元カレがいることが仄めかされたことにより、その元カレに嫉妬することで、「非処女」「中古品」というところまで認識が飛んでしまったのですね。

今回の件を知ったとき私が驚いたのは、ナギってそんなにキャラ人気あったんだということです。しかし、すぐにこれはキャラ人気によって発生した事案ではないことに気付きました。ナギの人気とは関係ないということですね。

つまり今は、「嫁」にしたいという、無意識下の独占欲、つまりそのキャラに対する顕在化した独占欲がなくても、こういった祭りが発生する可能性を孕んでいる時代になったんだと思います。

従って、今回の話題をマーケティング的にどう受け止めるかによって、クリエータや編集部の戦略も軌道修正を図らなくてはならない場合も、出てくるのではないでしょうか。
 
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