104年前に発行された写真集の楽しみ方を3月22日にお話しさせていただきます。 

2019年03月19日(火) 19時50分
仙台市制130年を迎える節目の年を記念して、大正4年に発刊された170ページにおよぶ写真集「仙臺アルバム」を、今夏復刻する予定で制作を進めています(ご予約も受付中です)。

数冊しか現存しない「仙台アルバム」の原本


この「仙臺アルバム」は、名所旧跡や観光地をはじめ、役所、学校、銀行、税理士、医者、呉服屋、味噌・醤油屋など大正初期の仙台(一部塩竈・松島も掲載)の様子を知ることができる写真資料。
また、同時代に発行された「仙台市全図」(仙台地図さんぽの元地図)との相性も良く、合わせて見るとさらに興味が湧く資料でもあります!!

大正4年当時の宮城県庁(右上)と仙台市役所のページ
大正元年発行の「仙台市全図」。
写真と合わせてみることで面白い発見が見つかります。


今回は、古地図「仙台市全図」と写真集「仙臺アルバム」、そして当時発行された絵葉書を交え、その楽しみ方をご紹介します。3月22日平日の16時〜というスケジュールですが、ご都合がよろしければご参加くださいませ。お申込は下記宛またはメール(info@sendai-city.net)でどうぞ。参加費500円(一般)です。

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「第122回 井戸端塾〜
 100年ぶりの写真集刊行 仙臺アルバムの楽しみ方」

日時/3月22日(金)16:00〜
場所/仙台市市民活動サポートセンター4F 研修室5
参加費/500円
申込み/http://idobata-kaigi.mhcorp.jp/public/event.html
主催/NPO法人シニアサロン井戸端会議
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このような機会を作っていただいた 渡部智子さん、 橋 信行さん、ありがとうございます。

あれから8年スペシャル 

2019年03月17日(日) 8時21分
今回で4回目を迎える市職員の体験を後世に伝えるteam sendaiさんのイベント「あれからスペシャル」。
朗読、記録映像、新作仙台版クロスロード、防災ファッションショー、サバ飯試食の他、昨日はなんとテーマソングまで披露(この楽曲で震災10年の2021年にはNHK紅白歌合戦に出るんですってよ^ ^)

郡仙台市長のごあいさつ
太田さん&田中さんのリードで楽しく進行するクロスロード

災害伝承は、心の痛みを伴う分触れて良いさじ加減とか、または被災者と未経験者の交流には、ユーモアや想い出など“クッション材”も必要かなと思っていますが、それを易々と突破しちゃうんですからさすがです。とどまる所を知らないteam sendaiさんの企画力、行動力、調整力に脱帽です。そして太田さんのトークも相変わらず冴えまくり、あっという間の5時間半でした。大変お世話になりました。

防災ファッションショー。こういう遊びが随所に散りばめられているのがイイ
最後はテーマソングの披露♩

名掛丁(なかけちょう) 

2019年03月15日(金) 9時10分
仙台藩は、藩臣を「御一門」「御一家」「準御一家」「御一族」「御宿老」「御着座」「御太刀上」という7等の門閥の下に「大番士」「組士」「卒」を置いた。その組士をさらに11に分けた中に「名懸掛」と呼ばれる役があり、記録によると当時名懸組は111家あった。
伊達家十世氏宗公以来、名を懸けられた直々の家来として取り立てられた子孫の徒士侍(かちざむらい)を「御名懸衆」と呼んだと伝わる。

御名懸衆が置かれたまちは、新伝馬町の東端から東七番丁車町に至る仙台城大手に通じる重要な街路で、大町や新伝馬町などの町人町の後方に位置するため城下防衛上重要な場所であった。
明治維新、そして明治20年に仙台駅が開業することで、名掛丁は商店街として大きく変貌を遂げた。

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●「仙台地図さんぽ」アプリ版
iOs版
Android版
「仙台地図さんぽ」大正時代版(2,500円+税)
「仙台地図さんぽ」江戸時代版(2,000円+税)

「福室100景 いいトコガイド」 

2019年03月15日(金) 8時57分
昨年春と夏に、少しお手伝いさせていただいた「福室100景 いいトコガイド」が完成したようで、見本誌が送られてきました。
地元の方々が「ザリガニ通り」と呼ぶ用水脇の細い道が、かつて七ヶ浜から仙台まで魚を運んだ「浜街道」だったというのは新発見でした。こういう俗史はとても貴重です。編集委員の皆さんの意気込みを感じる20ページもの労作!福室市民センター&編集員の皆様、お疲れ様でした。




朝日新聞社提供 80年前の貞山堀映像と3.11オモイデツアー、ネット配信 

2019年03月14日(木) 19時02分
朝日新聞社提供の戦前の貞山堀(御舟入堀)を昨年12月9日(日)3.11オモイデツアーで初披露し、その時の様子は年末に東日本放送「スーパーJチャンネル」(KHB)で放送されましたが、本日同番組がネット配信されました(約4分間)

「津波に遭うまでは…」80年前の運河、呼び起こす記憶

新そば打ち体験を楽しんだあとの「オモイデを語る会」。朝日新聞社さんの持ち込みで初公開となった映像は、1938〜43年(昭和13〜18年)頃、映画館で上映されていた朝日新聞社制作の子ども向けのニュース「アサヒホームグラフ」で、戦後、連合国軍総司令部(GHQ)に接収され、後に返還された32回分が国立映画アーカイブで所蔵されていたものだそうです。


塩釜から七北田川までの貞山堀(御舟入堀)を船上から撮影した約2分間の映像でしたが、松林やかやぶきの民家、小さい子どもたち、米蔵が置かれた舟溜などが写り、かなり盛り上がった会でした。朝日新聞社の石橋さん、ありがとうございました。


仙台地図さんぽアプリ版 

2019年03月13日(水) 8時08分
明治43年、第二師団退役後に仙台城下を調査した琴田氏。名所旧跡、地名、通名、店名はもちろん、古老から聞いた言い伝えや名のある木や石までを詳細に仙臺市全図に描き込みました。その地図をもとにしたアプリ版は、GPS対応なので、今いる場所の100年前の様子が一目で分かります。

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「仙台地図さんぽ」アプリ版
iOs版
Android版

日本フィギュアスケート発祥の地 五色沼(昭和39年) 

2019年03月12日(火) 18時05分
仙台市博物館手前の五色沼は、日本におけるフィギュアスケート発祥の地と言われ、1960 年代半ば頃までは、沼面が凍ると市民はスケートを楽しんだ。民間企業が借り受け有料スケート場となったこともある。
撮影された1964 (昭和39)年は2月下旬の寒波が厳しく、3月初めまではスケート遊びが可能だった。



(写真/熊谷正純 所蔵/風の時編集部  河北新報夕刊「仙台・あの日昭和の一葉」2019年3月12日掲載)

微笑みがいっぱい 

2019年03月12日(火) 7時39分
そして、3月12日は新しい歳を
迎えたような気になる日でもあり。
それを祝うかのように境内は微笑みが溢れる。
有難う^ ^




3月12日の太陽 

2019年03月12日(火) 6時41分
8年前。余震の続く中、
太陽が昇ることに大きな力を
もらった朝だったっけ。

3月11日。3分間の黙祷を捧げる 

2019年03月11日(月) 14時50分
地震で揺れていた時間と同じ
3分間の黙祷を、深沼海水浴場で。

3月10日(日)震災関連のイベントが目白押し 

2019年03月10日(日) 7時46分
3月10日(日)。今日は友人・知人が主催する東日本大震災関連の催しの数が半端ない。
先に謝まっておきます「顔を出せずごめんなさい<(_ _)>」

今年の3月11日の過ごし方 

2019年03月09日(土) 7時59分
思い返してみると、3月11日は毎年なにかと催し物に携わっていたような。今年はふらりと沿岸部に立ち寄って花を手向けることにしよう。


天神さんの白梅も散り始め 

2019年03月07日(木) 7時52分
早咲きの天満宮の梅花は散り始め。
今年も長く楽しませてもらいました。

もったいない、土地の記憶 

2019年03月07日(木) 7時50分
東北大農学部の跡地は、何本かの樹と雨宮神社を残してすっかり更地に。長年の土地の記憶を何かひとつでも残そう、とは思わなかったのかな(私が知らないだけで、もしかしたら隠し球があるのかもしれないけれど)。
沿岸部の震災前の町並みが、人の心に刻まれる宝物だと知っているはずなのに、こんなにあっさりとまちの記憶を手放しちゃうなんて。あゝなんてもったいこと。




完成したばかりの宮城球場(昭和25年) 

2019年03月06日(水) 8時48分
戦後、仙台の野球場は八木山と評定河原にあったが、いずれも設備が劣り不便な施設だった。陸軍練兵場だった宮城野原に県営宮城球場が完成したのは1950(昭和25)5月。以来、多くの野球人を輩出し、現在は2004(平成16)年、50年ぶりにプロ野球に新規参入した楽天イーグルスの本拠地として使われている。


(所蔵/風の時編集部 河北新報夕刊「仙台・あの日昭和の一葉」2019年3月5日掲載)

「 見る、聴く、話す。それぞれの3.11(こたつで話しましょ)」を振りかえる 

2019年03月05日(火) 8時34分
2月22日〜24日、宮城野区文化センターで催された「あなたのオモイ それぞれのカタチ」からすでに約10日が経ちましたが、今さらながら簡単にふり返りなどを。




2Fフロアにゴザを敷いてこたつを置き、みんなで暖まりながら楽しむこたつサロン、なかなかイイ雰囲気でしたねぇ。いつも人が溜まっていて。流木とこたつが並んでいると、海辺の親戚の家にあがってお茶を飲んでいるようでもあり、それだけで十分にほっこりした雰囲気。ここが文化センターでなければ熱燗をいただくところでした(笑)

今回、展示・上映作品やサロンなどを海辺の図書館さんと一緒につくりましたが、メインコンテンツは、語る場を作った3.11オモイデアーカイブ&海辺の図書館の“スタッフ自身”。この8年を振り返り、語る機会を持てたこと、そして、参加者も気軽に話しかけられるような雰囲気作りができたことは、こたつとみかんの魔力も手伝って、予想以上の成果だったように感じます。




震災について、まちなかで話す、聴くことがめっきり減っているこの頃。それぞれの3.11について、肩の力を抜いて語り合う場が必要そうですね。またこのような機会を持ちましょうねー。こたつサロンを担当されたスタッフの皆様、お疲れ様でした。

空から見た仙台中心部(昭和25年) 

2019年03月04日(月) 12時47分
写真のほとんどは空襲による焼失エリア。仙台市は戦災を機に復興街路計画を一気に実行し、青葉通、広瀬通などを新設した。晩翠通(細横丁)、東二番丁、東五番丁などを大幅に拡幅し、勾当台には公園も新設。所要の土地のほとんどは住民からの拠出であり、強制移転など苦しい境遇を乗り越え今日の仙台があることを忘れてはならない。この年の市の人口は330,560人。



(所蔵/風の時編集部 河北新報夕刊「仙台・あの日昭和の一葉」2019年2月26日掲載)

「のんびる」に「3月12日はじまりのごはん」掲載 

2019年03月03日(日) 21時10分
『のんびる』(vol.149 2019年3月号)特集のテーマは“拾いきれなかった声を聞きに行きました”。写真が呼び起こす小さな声というタイトルで「3月12日はじまりのごはん」を4ページにわたって取り上げていただきました。 インタビューにはせんだいメディアテークの田中さんが応えてくれています。



【定点撮影/大正時代の第二高等学校(旧制二高)と現在】 

2019年03月02日(土) 7時26分

もっと、遊びましょ 

2019年03月01日(金) 22時19分
「遊び」は「ふざける」という意味だけではなく、クルマのハンドルの「あそび」のように「余裕」みたいなものも含むんですよね。場が窮屈にならないように。決め事で頭がカチンカチンにならないように。「遊び」がないと笑顔も生まれないしねぇ。大事、大事、遊び心。

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