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デリケート・バランス(上) / 2006年08月09日(水)
最近、「バランス」という問題を改めて考えている。AとBとの均衡・調和、本人の内的な平衡感覚。人間が社会的動物であり、言葉によって思考する存在でもある以上、これは永遠のテーマではないかと思う。
「バランス」といえば、現代演劇の旗手の一人、エドワード・オールビーのピュリツァー賞受賞戯曲‘A Delicate Balance’を思い起こす人もいるだろう。「デリケート」という形容詞(繊細な・微妙な・壊れやすいさま)が付されたことによって、劇の主題<現代人にとっての家庭と人間関係の危機>を表す題名となっている。
しかし、今、私の頭にある「バランス」は、自己と他者との人間関係におけるそれではなく、深遠な形而上的なものでもない。自分という個人が現実生活を送る上での極めて世俗的な「デリケート・バランス」なのである。『人はパンのみにて生くる者にあらず』…この言葉は、2000年を超えた現在でも洋の東西を問わず、宗教の如何を問わず、まったく色褪せていない。ヒトという動物として、コトバという厄介で素敵なものを手に入れた人間存在として、このA「食べること」とB「生きること」との均衡・調和、則ち「デリケート・バランス」は、私にとっても終生つきまとうテーマである。
20歳を目前にして、私は「自分がどう生きるべきか」について苦悶していた。英字新聞を手に自ら選んだ貿易会社ではあったが、生活の糧を得るため以上の意味を職場に見出せなかった。「職業とは何か」について、岩波書店の創業者・岩波茂雄の言葉を読んだり、相談相手になってくれた大人の意見に耳を傾けたりした。自分はどんな仕事について、どう生きたら、自分の人生だと思えるか。結果、当時は贅沢だった「大学進学」を決断した。演劇の理論的勉強を、というのが建前だったが、「流されそうな川の真ん中に杭を打ち込み、それに一時しがみつきたい」が本音だった。立ち止まる時間が欲しかったのである。




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