ザ・マスター

April 22 [Mon], 2013, 1:24
The Master

第二次大戦後、傷ついた心の闇を抱えた元兵士が、新興宗教の教祖と出会う・・・。

信仰と精神の狭間で保たれる人間関係を綿密なドラマ作りで見せる、ポール・トーマス・アンダーソンの最新作。
PTAの最新作と言えば期待せずにはいられないのだけれど、何というか・・・観た後にどっと疲れが押し寄せてくるような作品ですね。このところのPTA作品はどうもどろどろした重さがあって個人的にはあんまり・・・ですなー。『パンチドランク・ラブ』とかはチャーミングな要素もあって好きだったのに。
社会生活を営む上で少なからず欠陥がある人物が主人公に据えられているところはわりと一貫していると思うのだけど、その方向性はどんどん深く、見えない部分のリアリズムに切り込んでいって怖いくらい。それがスリリングでもある、のは確かなんだけど・・・。

しかも今回はホアキン・フェニックスとフィリップ・シーモア・ホフマンというただでさえあくの強い二人の演技戦だから、それだけでも胃もたれが。爆
二人同じスクリーンに存在してると、濃いな・・・。そしてホフマン氏は安定のキモさ。汗
誰もまねできないであろうその存在感。笑
そして彼の息子役が劇中で言われている通りそっくりwww本物の息子のようだ・・・。
それはともかく。トム・クルーズが信仰していることでも有名な新興宗教サイエントロジーがモデルという、「ザ・コーズ」の教祖ランカスター・ドッドが、どのようなプロセスで人をその信仰に導いていくのかを緻密に描いていくわけですが、それを観ているのはちと辛い。

ホアキンはしばらく見ないうちにますます濃くなり・・・またこのキャラクターが心の傷から衝動的な暴力性を秘めているという、濃さを増大する役どころなのだよね。そのくせ故郷の女の子(女性ではないのだよ・・・)への淡い想いを見た目に反して(←)、抱き続けている。ザ・コーズの人々が皆胡散臭さをまき散らしているのとは裏腹に、実はある意味ピュア?(感情と欲望に忠実)だったりするのだ。
そして初期は彼らに同化しないスタンスを取りつつも、ドッドと接するうちに次第に境界線が曖昧になり、親密さを感じるようになってゆく。しかしその過程には共感とかではなく、あくまで傍観といった距離感と緊張感がつきまとう。

この境界線の曖昧さが、人の心理の弱さでもあり、何かにのめりこんでいく余地を与える隙間なのだと思う。
誰もが自分の居場所を探す、でも簡単には見つからない。フレディの心の彷徨は、そうした人としての本質的な欲求のかたちなのかな。
なかなかに居心地が悪く、難しい映画です。
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