『造り手の情熱をあなたに‥心の通う商いを心がけています』の想いで、酒類をはじめ、駄菓子・珈琲・美味食品・陶器などを取り扱う、広島の小さな町【〒736-0081 安芸区船越3-5-13 Tel.082-823-2005/Fax.-2099】の酒屋【滑ロ本登勇本店】のオヤジです。時折、うまいもん・おもろいもん情報混ぜ、ブログ楽しんどるけん、見てやってつかぁさい。 【e-mail:sakemaru@pearl.ocn.ne.jp】

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突然の結末 / 2014年01月03日(金)
明けて3日。お休みは、あっという間に過ぎてしまう。今日は半日、横になって休息しとったら、晩飯食べるのに体起こすのもしんどいくらいに、体が起きんかった。
動いとった方がええなんて、根っからのびんぼう体質かも。♪びんぼう 暇なし!←若き頃から慣れ親しんだこの声の新作はもう聴けんのんじゃねぇ。
昨年末に亡くなった敬愛する大瀧詠一氏。日記には、残しとかにゃいけんじゃろう。

バタバタな年末に飛び込んできた訃報に、唖然呆然顔本騒然‥。
【元ロックバンド・はっぴいえんどでミュージシャンの大瀧詠一(おおたき・えいいち 本名:大瀧榮一)さんが30日午後7時ごろ自宅で倒れ、病院に搬送されたが解離性動脈瘤のため亡くなった。65歳だった。通夜、葬儀など今後の対応は現時点では未定。
 大滝さんは1970年、松本隆、細野晴臣、鈴木茂とともにはっぴいえんどでデビュー。黎明期の日本語ロックバンドの草分けとして知られ、後のミュージシャンたちに多大な影響を与えた。解散後はソロ活動や自身のレーベル・ナイアガラを立ち上げ代表曲「君は天然色」などを発表。山下達郎や大貫妙子らが在籍したシュガー・ベイブなどのプロデュースを手がけた。
 楽曲提供でもヒット曲を連発。松田聖子が歌った「風立ちぬ」、太田裕美「さらばシベリア鉄道」、森進一「冬のリヴィエラ」、小林旭「熱き心に」、薬師丸ひろ子「探偵物語」、小泉今日子「怪盗ルビィ」など、80年代の音楽シーンを彩った名曲が並ぶ。90年代ではフジテレビ系アニメ『ちびまる子ちゃん』の第2作のオープニングテーマ「うれしい予感」を、原作者のさくらもも子の熱烈ラブコールを受けて書き下ろした。

 1981年に発表した名盤『A LONG VACATION』(1981年)は同年の「第23回日本レコード大賞」でベストアルバム賞を受賞。1997年には12年ぶりとなるニューシングル「幸せな結末」が、SMAP木村拓哉主演の月9ドラマ『ラブジェネレーション』(フジテレビ系)の主題歌に起用され、オリコン最高2位(97.1万枚)の大ヒットを記録した。】

【音楽評論家の田家秀樹さんは「ロックは英語の音楽と思われていた70年代初めに日本語ロックを形作り、その後のロックバンドの先達となった。自宅をスタジオに改造し、秘蔵のシングル盤コレクションでラジオ番組を制作。良質なロックンロールとポップスを紹介し続けた。山下達郎や佐野元春も彼がいてこそだった」と話した。】

【佐野元春 「大滝詠一さんが亡くなりました。日本の音楽界はひとつの大きな星を失った。でもその星は空に昇って、ちょうど北極星にように僕らを照らす存在となった。大滝さん、ありがとう。ご冥福をお祈りいたします」】

何個かwebのニュース記事を載せてみたけど、今も夢の中の出来事のよう。

大瀧詠一さんとの出会いは、もちろん、ロックバンド「はっぴいえんど」を聴いた時じゃけど、意識したんは、病気休学で同級生になった三野さんが聴かせてくれた“外はいい天気”‥わし、勝手にヨーデル唱法って呼びよったけど、この時からずっと、この声とメロディー、遊び心満載のアレンジなどなど、彼の世界にはまって行ったんよね。

大学時代に、あの名盤「A Long Vacation」が世に出て、マニアックな舞台から表舞台に出た気がする。
わしと言えば、買い揃えられんかったレコードを、無理してバイト代で「ナイアガラBOX」を購入するなど、マニアックに追いかけようともしとったね。

楽曲提供やコラボでも活躍されとったけど、やっぱり彼の声が魅力じゃった。
元はっぴいえんどの細野晴臣氏の談話が、「皆で手伝うからソロを作ろう。とメッセージを入れたのが最後です。」と伝えられた。聴きたかったなぁ。

多くのミュージシャンに影響を与えた日本ポップス界の父、大瀧詠一氏。ご冥福を祈ります。
最後に、大好きじゃった彼の曲を貼っておきます。
空色のクレヨン
それはぼくぢゃないよ
CM集
我が心のピンボール
恋するカレン
1969年のドラッグレース
恋のナックルボール
ガラス壜の中の船
魔法の瞳
いやぁ、これはキリがない作業じゃと、ここで気付く愚かなわし。‥吐息ひとつスピーチ・バルーン

 
Posted at 23:59 / ミュージック / この記事のURL
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