心に潜む恐怖

July 18 [Tue], 2006, 5:06
しょうがないことではあるが、人を見かけで判断されるのは悲しい。

外見だけでなく、表面的な言動、行動も含めて。


大学に入ってから、更に顕著になったが、ワシは表面的にはつねにヘラヘラしている。言動も適当だし、行動にもほとんど計算がない。ように見える。人の言動や感情を真撃に受け止めることもできない。

まぁ、人間誰しもが心に少なからずバリアーを張ってるものだし、当然といえば当然である。



簡単に言うと、ワシの表面のバリアーの原因は全て「恐怖」に集約される。

自分をさらけ出すことに恐怖を感じるのだ。

ヘラヘラしていれば、ワシは周囲から自分について真剣に心配されることもない。ワシは悩み少なき楽観的人間、という風に見えるだろう。実際はそうでなかったとしても。表面にそれを出さなければわからない。逆に悩みなどを普通に共有して、それを感情に出す人間は周りからの同情を得て、ナイーブな人間である、といった解釈を受ける。親が離婚したことにすら対して感情を揺るがす様子は見せなかった。本当は物凄く悲しいことだたのに。

「自分」を100%出すことに恐怖を感じる。同情を受けることにも恐怖を感じる。自分を深く知られることは即ち、弱さまで知られてしまうということ。恥ずかしい話も共有することになる。根っからの恥ずかしがり屋人間のワシには受け入れがたいことだったりするわけだ。

例えば恋愛沙汰で誰が好きなど、ワシは絶対に誰にも話したりすることがない。それを「弱みを握られる」と解釈するワシの精神に問題があるとは思うが、そういったことで自分をさらけ出してしまうのには強い抵抗があるのだ。物凄く近しい人間にすらそんな話はしたことがない。

親の離婚話ですら、ネタのように話す。「親父は結局自由な方が生き生きしている」等と口癖のようにいうし、それはきっと親父にとっても事実であるが、ワシにとってはそんな簡単な問題ではなかった。ただ、そんなことを他の人に話したから何になるというのか。ワシの本当の気持ちを知ってもらって何になるのか。話すことで自分の心の平和が保てるなんてことはワシには少なくともないと思う。それは本質的には何もかわらない「偽りの安堵」でしかない。

そんな心にベッタリと張り付いてしまった「恐怖」はいつか剥がれ落ちる日がくるのだろうか。
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PROFILE

HN : S.KING(表の世界ではJACKと呼ばれる。本名不詳)

BIRTH : 1986/10/1

HOBBY : 100の質問(第3回日記参照)

CHARACTER : 昼夜性格変化癖・怪人十面相
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