パンドラ

2005年05月18日(水) 9時04分
次の日の晩、あたしは伊織の家に行った。
伊織は、ため息をついて
『わからない』と繰り返す。


そうなんだろう。
あたしでも『わからない』ことが伊織にわかるはずがない。

『1年前はよかったよね』
と伊織が言葉をもらす。
うん、と頷くあたしに
『あの一緒に住んでいたころの永は嘘だったのかな』
目を閉じて、低くうなだれるような声でそう言った。

『あれはあれで本当だったんだよ』
ぺリエをひとくち口に流し込む。

嫉妬に疑心、そして極度の劣等感。

永の−それ−は病的だった。


伊織とほとんど会話らしい会話もできないまま
それでも、ひとりでいるよりは幾分気が紛れたんだろう。
ほっとしながら家路につく。

グラスに麦茶を注ぎ、店のカウンターに座って、あたしはそれをぐっと飲みほした。
身体の中がつつっと音を立てて次第にひんやりしていくのが分かる。

パソコンのスイッチを入れる。
部屋の空気は、間もなく無機質になり
蛍光色よりも不安定な、そのあかりのついた画面の前で、あたしはしばらくぼおっとしていた。
そして何気なく友達のサイトを見てまわる−
何の温度もない世界−
それでも、あたしは、文字だけでもぬくもりが伝わるものだと思っていた。
そして、文字だけで相手を傷つけることでできるということも−

不自然で漠然と感じる違和感は、確証もないまま確信へと変わる。

パンドラの箱がかたかたと小さく音を立てる。
月のあかりを消さないために細かくふるえる、黒がつまった箱。
黒は、夜を闇に変えて月を抱く。

あたしは、これをひらくことはしない−
そして

『うしなわない』と繰り返しつぶやいた。
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