ステージの上で君は

November 09 [Mon], 2015, 8:55


以前に撮影したアーティスト写真やライブ写真のアーカイブとして利用していた
写真共有サイトのfotologueが、11月30日でサービス終了になるそう。

撮影したアー写やライブイベント写真が全部がここにあるわけではないけれど、
それでもよくよく観てみるといろんな人の姿が残っていて、
そうだ、あんな人やこんな人のことも撮らせてもらったよなあ!と
今となっては信じられないのとかもあるし、
写ってなくてもあの場所にいた彼や彼女はどうしてるかな?という感じで、
なつかしいし、感慨深いのもある。

ゆくゆくはどこかでまたアーカイブ化したいと思いつつも未定なので、
一旦はこれで見納めになるなあと思うと、愛おしさが増してきている。

普段は自分の作品をあんまり観返すこともないし、
観返してもそれほど過去に引っぱられることはないのだけれど、
fotologueの写真を今回久しぶりに観ていて
アー写撮影とかライブ撮影とかはちょっと別物だということに
改めて気づかされた、という感じで。

先日もochi-kochiを撮っていて、撮っているときの感覚も好きだし、
撮ったものを後でぼんやり観るのもやっぱり好きと思った。
そして、本当は後で映像で観ればもっと鮮明に甦るのかもしれないけれど、
(その場で目の前で観たライブに限っては、)
わたしはちょっと足りないくらいの写真で観て想うのが好きだということも。

いつもそうなのだけれど、
誰かを撮っているときはその人に片思いして撮っているので、
写真観ると胸がちょっと痛むのも一緒に思い出す。
恋の渦の中に引き込まれてしまう。

ということで、わたしにとってなつかしくて甘酸っぱい場面がいっぱい。
遠くて近い記憶。
誰かにとってもそうかもしれない。よければご覧下さいませ。
(iPhoneからは観られないようです、すみません)

<rockingboat works>(2015年11月30日まで)
http://fotologue.jp/rockingboat

ーー


9/6、11/1に開催された、第2回 ochi-kochi の様子も
まとめてアップしました。

2015.9.6 第2回「ochi-kochi 京都編」

2015.11.1 第2回「ochi-kochi 神戸編」

今年のオチコチでも、出演出展のみんなのことをやっぱり大好きになりました。
大ファンになりました。
それは皆がすばらしいのはもちろんのこと、
カメラのファインダ―越しに見つめたから、そして、
オチコチのあの空気の中だから、というのもすごく大きいと思います。

神戸と京都を結ぶ暮らしと音の旅、
これからもゆるやかにやさしく続いていきますように。



ーー

手放したものの姿を 心の中でちゃんと思えるようになるたびに
じゆうに のびのびと 生きられてるかなと
少しだけ 胸をはれる気がする

息つぎ

October 26 [Mon], 2015, 12:50


いい天気。きもちいいな。
きのう木枯らし一号が吹いて、その風を海辺でうけとめたのも爽快で、
ちいさくリセットできた。今日はしっかり息つぎの日に。

--

前の日記から2ヶ月、なんだかあっという間。

走りすぎないけど止まらないように、
からだときもちの元気さがちょうどいいバランスでいられるように、
忙しいときほど飲みにいくとか休みの日は出かけるようにするとか
しっかりごはん作ってしっかり食べるとか、あたらしいこと始めてみるとか、
そんなことができるくらいに、パワーが戻ってきている。

8月の終わりに青森へ行ったこともちょっとした転機で、
そこからぐんと外に気持ちが向くようになった。
視点が外側に広がっていくみたいに。

鏡も窓も、どちらも自分の表現の中に取り込めるようになってきたと思う。
今撮っている写真たちをもう少ししたらしっかりまとめたい。

--

うれしいこともたのしいことも頭にくることもうんざりすることも、
同じように目の前に転がっていて、それは別々に、交互にやってくるのではないから、
ごちゃ混ぜにそれらを拾い上げながら、そのまま自分の栄養にして、
少しだけ早足で歩くことができている、そんな感じがしている今年の秋。


バトンする

September 01 [Tue], 2015, 21:50


「おばあちゃんに会いにいってくる」って宣言してから、ずっとそわそわしていたのは父。
旅を終えて「神戸に帰ってきました」メールしたときも
「行ってくれてありがとう。感謝しています」って返信がきて、
ああ、これは婆孝行の旅じゃなくて、親孝行の旅だったんだなあとそんなふうに思った。


役割、役目。
もっともっと若い頃は、
自分が何をどう選んでどう生きるか、わたしからどれだけのことを発信できるか、
なんてことが一番だったのだけれど(写真撮るとか文章書くとかはそういう足掻きの延長)、
でも、そういう自己表現みたいなことじゃなくても、近しい人を大事に思いやって、
脈々とつづくものをきちんと受けとって、繋いで、
そういう繰り返しを絶え間なく途切れなくやっていくってことが
それだけで本当にすごい役割だし役目だし、実際はなかなかできないものだと思った。

青森にいるあいだ、ばあちゃんたちに「まさ(父)を頼む」って何度も言われて、
父は父で、ばあちゃんたちに「葉子のことよろしく」と電話を入れていたらしく、
今、身軽に自由にうごけるわたしがちょうどあいだにいて、

止まりかけた時計を何の心配もしないでまた刻んでいい、
切れかけてた糸をこれからもっと強く丈夫にしていこう、

って繋いでいくのが役割かもしれない、と生意気にもそんなことを思った。

本当はわたしもそれ受け継いで次の世代(子)にバトンするところまでできればいいのだけれど、
それは叶わなくても、今できる役目をしっかり果たすことがまず尊いってことを教えてもらった気がする。


日本全国47都道府県のうち、30いくつかの都道府県は滞在したり訪れたことがあって、
その中で本当に好きなった場所や闇から救ってくれたような場所もある。
だけど、この青森の感じはちょっと他とは違っているなあと思った。

小さい頃には何度かいったことのある青森だったけれど、
きっと今回はじめて、わたしは自分の足で歩いて自分の目でみて自分の五感を働かせた。

日本全国の大好きになった場所について「何がいいの?どこがいい?」って訊かれたら、
ここが良くてここが好きでこんなふうなのが素敵でってすぐに答えられるけれど、
青森のどこが好き?って尋ねられたら、
わたしの中に津軽の血が流れてるから、って答えになってしまうんだと思う。

そんなことに今さら気づいて、未熟で恥ずかしいけれど、でもまだ遅くない(と思いたい)!
さあ、ここ神戸での、わたしの暮らしがまたはじまる。

遠くばかり見ず、足元ばかり見ず、しっかり一歩一歩。



青森→神戸

September 01 [Tue], 2015, 12:46


旅はいつかは終わるもの。
今はちょっとさみしいけれど、確実に何かがはじまったような、そんな感じがする。

いか、すじこ、津軽漬け、鱈、鮭

August 31 [Mon], 2015, 21:47


昨日は少し遠出して、十和田の方まで。
帰ってきて、ゆきおじちゃんが用意してくれたモツ煮を囲んで、軽く宴会。
けいおじちゃんは結局三晩とも来て一緒にのんでくれた。
ふたりのおじは、ほんとうにやさしい。お父さんが2人増えたみたいだった。
そしておばあちゃんも含め、明るくて仲がいい!
母方の親類の集まりの雰囲気とはまた違って、今さらだけど栗原の家の一人になれた感じがする。

毎回の食卓にのぼる、いか、すじこ、津軽漬け、鱈や鮭…大好きなものばっかり。
父が食べていた、こういう酒の肴みたいなものをつまみ食いして、わたしは育ってきたんだものな。
身体に染みついているはずだ。嶽きみ(とうもろこし。本当に甘くて美味しい)も思う存分食べた。
今日の午前中は、家でゆっくり。朝からずっと食べていてもうお腹がはちきれそう。

だけど、今日もばあちゃんの握り飯持って、いってきます。

津軽弁

August 29 [Sat], 2015, 21:43


20数年ぶりに会うふたりのおじ(父の兄弟)と飲む。
こののみっぷりはまさに栗原家だ!途中で父に電話したりもして、とにかく楽しく盛り上がった。
津軽弁が思っていた以上に全く聞きとれなくて(というかもはや全然分からない、外国語みたい)
かなりショックやったけど、なんとか分かる1〜2割だけでも充分伝わってくる!
聞きたいって気持ちがあればいいのだ!
津軽弁を身につけるためにも弘前に住めとのお達しがあったので、前向きに検討したいと思います。

A O M O R I

August 29 [Sat], 2015, 10:28


A O M O R I


旅 の は じ ま り

滑稽で酔狂

August 25 [Tue], 2015, 20:13


1ヶ月間、毎日何かを撮って何かを書くってことを経たら
書く習慣が戻ってきて(書くことである種のリセットになって)
その内容はどうであれ、よかったなあと思う。

すべては、流れていく、たわいもない独りごとだ。
でも、それを降り積もらせたい。

ーー

なんだかよくわからないお天気で、そういうのも影響したのか、
平静にと思うのに反してアップダウンしてしまった日。


人に対して無自覚に意地悪で不親切とか、
人に対して愛とかやさしさとか想像力とかがはたらかないとかは、
(そのわりに自分が受けた傷?についてはいちいちうるさいとか)
もうなんというのか絶望的で、ある意味それ自体が暴力で、
そういう人と仕事するのは本当につらい。なんかばかばかしすぎる。

かといって、
こっちも負けずにいけずしてやれ!とか
あんたのこと嫌いやでオーラ全開にしたれ!とかいう感じで
同じ土俵におりるのも、惨めて情けないので、
気持ちの上では目を細めて「ごくろうさん」という感じにしたい。

あなたは、わたしにとって、毒にすらならない。
取るに足らない。わらっちゃうもん、あほらしくて。

なんてのが一番の拒絶か。
愛の反対は、無関心。
一番残酷なやり方かもな。


ーー

あんまりにも体調不良が続くので、いろいろ相談した結果、
先週末から薬を変えてもらった。

自分の身体や心の有り様に
(それをつくる食事や睡眠、身につけるものや持つ物に)
どんどん意識的になっていくのは、
さっき書いたような取るに足らないほどばかばかしく
1ミリも触れ合わないような人たちからすると、
滑稽で酔狂なのだろうけど、

まあ、でもそう思われてなんぼ、って感じ。

ーー

この秋は旅にでる!
どんどん動いて、見たり感じたりするのだ。
そういうのを、わたしは信じるし頼りにする。

「夏をカウントダウン」0/31

August 23 [Sun], 2015, 8:20


今朝の空気があんまりにも清々しくて、
今日から新しいきもちでいこうって気分を盛り上げてくれる。

さあ、カウントダウンも終わり。


とどめられないけど過ぎてゆくけど、
また何度でもはじめられる。

たくさん忘れて、もう一度たくさんおぼえていきたい。








「夏をカウントダウン」1/31

August 22 [Sat], 2015, 21:42


わたしは、わたしの生きてきたこの時間を、
どんなふうに証明していけるかな。

今思うと、人生なんか想像していたようにはまったくいってなくて、
願ったようにもうまくならなくて、
起こったことをいまさら嘆きもしないけれど、
それはそうとしても
人と比べてどうかとか平均的にはとかなんてのは
全然役に立たないのだよなー。

なにがあっても、しっかりと“自分”の人生を歩む。
結局はそうしかできないに、見失わないのは結構難しい。






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揺れるボートに乗って大海原を航海中。 カメラは旅道具、灯台よりも星空がほしい。 写真や言葉や出会いを通じて、 このボートがどこへ向かうのかを楽しみたいのです。
http://www.rockingboat.net/ rockingboat@hotmail.co.jp
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