「復讐するは我にあり」原作本上巻を見失って正味3ヶ月も暇であったいまや残暑

August 24 [Fri], 2018, 18:00

 実に融通の利かない残暑であった。

 その前の今年の前半に時間を費やした読書の経験を
今回は書いてみようとは思うのだが、何しろ読んでみた
本の数はあくまでも個人の基準で大したこともなく、さらっと
読み流せることが分かった時点では意外に冊数をこなせた
感があったにはあった。

 はてさて、どの順番だったか、いずれにせよ当方のツイッターにも
言及はしてはあるが、時間も満足になく、ここで再度おまとめを
してみることにはした。

 誉田哲也。学習院大卒だが、案外趣味が悪そうだ。
 その作家の映像化がもちろんあって、『ストロベリーナイト』であった。
 第1話だったと思うが、林遣都の窮地の演技を見かけて既に発禁であることを
直感した、同じフジテレビで「放送禁止」なんてのもあったが、よくは知らないが
フジテレビジョンの不祥事があたかも放送内容にまで波及したかに思われる、
そんな不安が脳裏をよぎったものであった。
 劇場版はどうかというとR指定すれすれの描写があるために、部分的には
とっかかりがあるが、全体的には面白い映画であったと思う。民放放送時には
カット調整の上でなんとかなると思う。確かに80年代と比べたら堂々としていた
部分もあったが、今は全ての個所でR指定は当たり前になった以上いずれにも
気にかけなくてはならない時代になった。死体も何も白くする必要はないのだし。
女優の元来もつステータスもブレないようにするにも、全体的にずれが生じている。

 ダメなものはダメで、映画館の中では許される。そういうことではもはやなくなる。
『万引き家族』にしてもそうであった。ただでさえ彼女はコマーシャルに出ています。

 スピンオフでは遠藤憲一と生瀬勝久の演技の駆け引きに着目できた。
 それにしても残酷すぎる空気のために事件という物語には興味が行かない。
 それならば、というわけでどれかひとつ、読んでみては、ということになるだろうか。

 誉田氏の一連の作品のうち、『ブルーマーダー』をまずは読了した。
 読了はしたものの、だいぶ経ているので始まりはどうだったかはともかくも、のっけからスプラッター描写を存分に発揮した事件現場を呈し、しかもそれが立て続けに死体があちこちで発見されていくものだから、警察の捜査側はあちこちに振り回されていく。どんどん発見されていく。
 途中で何かおかしくないか、と捜査側は嫌な予感がする。読者側であった筆者にはすでに「ん、これは嫌な予感がするなあ」と一足早く気づいていたが、この感触がほんの一瞬であれ面白くて、小説の中ゆえの血みどろ、どす青黒い、べったりな空気がびっしりと伝わるとともにこれに抵抗する緊張感を体現させてくれている。
 描かれる現場の数々の進展には速度が伴われ、もうすでにごちゃごちゃな世界だ。目の前一面、何も触れないでいながら、ゆえに掌握できない、あるいは粘り気のある油性青ペンキを厚ぼったく塗り重ねられたような世界に既に自分の顔を丸ごとに導かれ、最後の姫川玲子のお出かけにはその世界から脱出できている。巻末であり最後であるそこには光が差していた。
 犯人像は案外不明のまま終わった感が否めないが、そういう警察小説であったと記憶している。女性刑事、姫川玲子の最後の交渉もなんだか説得力に欠けてはいるが、あんなもんで意外に人は落ちるのかどうかも意外とどうでもいい。逆に印象的とも取れる文言が台詞に反映されていないのが難渋ではあったろう。この一冊の魅力は一連の作品の中では秀でているという訳でもなかった。

 続いて「硝子の太陽 R」読了。
 RはRouge(ルージュ)。突如、祖師谷一家殺人事件が発生した。警察は一斉に捜査を始める。この物語には、アメリカ人帰国兵によるアナザー・ストーリーが時折差し挟まれている。ベトナム戦争が分かっていると理解が早い。戦地での経験、そして退役、帰国すると息子が日本人女性と交際していた。話は結婚にまで至り、やがて二世代で日本に住むことになる。
 ルポライターもひとり活躍しているがやがて死体としても発見されてしまう。この犯人が誰なのか、彼が書き残していった原稿の数々には今回の取材対象にしていた祖師谷一家殺人事件の謎を解くカギは果たしてあるのか。この一冊だけで物語の伏線は山のようにある。相変わらず血だらけだが実に理解の作業が大変そうな作品になっていた。

 それにしてもどこか雑で、捜査の展開は想像するに足るだけあってかのように自分の頭で考えていた通りのことはあたかも書くまでもないといった感覚ではある。そこから派生する読書の速さは結局飛び飛びで全く問題なく大雑把に掌握することに努めたという感じをもたらす文章力ではある。それでもこれだけ伏線が多いとなると、文章整理力が要求されることに相違はなく、実際に面白く読めたと思う。

 「硝子の太陽 Noir(ノワール)」読了。東弘樹刑事の登場である。
 姉妹編である「(同)Rouge」で死体として発見されたフリーライターの関わる取材事案に日米安保条約撤廃のデモが大きく絡み、さらには沖縄米軍駐屯地撤収問題も大きく関わっていることがやがて警察捜査に知られるところとなる。鬼の刑事、勝俣の登場でもある。
 しかしそこにはそのライターが頼りとされる歌舞伎町セブンの解散後の顔を隠した面々が相変わらずの情報交換を行っていた。いずれも顔を明らかにしていない、影を持った面々ばかりである。
 その前に生前のフリーライターは、警視庁捜査課の東弘樹刑事と会っていた。そして東は警視庁の上役から
沖縄米軍デモに大きく寄与した高名な人物の取り調べを依頼される。
 この取り調べが東の人生を大きく左右することになるが、情報整理力が大きく試されるあたり、スリルを聡明さを伴って感じる。
 また日米安保条約撤廃のために当確犯たちがとる行動が「Rouge」で前触れとしても想起されるため、要するにコラボになっているので二冊間における広がりを充分に意識することができた。

 おそらく難解な一冊である。いずれにせよ面白く読ませていただいた。実は同氏作品に関してもう一冊読み終えているのだが、文量上これでいいかなと思料して、ここで今回の記事は終わり。警察小説だったけれども、たまにはドカ読みなんてこともある。今だって他のを読んではいるが、そのあとがまた行列ばかりで大変なのである。さらにいうと吉田修一氏のものは現在読むべきではない段階である。撮影もしくはポスプロが全て終わってからのほうがいいかもしれないのだ。

 表現できないところはおっかなくて表現できないくせに、表現してはいけないところは表現している。
 なんだかバラバラだ。これは困った。さて、どうしたものか。


新時代SF西部劇 OK牧場の決斗の決斗

July 10 [Tue], 2018, 6:00

 ツイッターで書いた記事を総まとめ、加筆しています。

 全米の評判があれほどの悪評・低迷・不評(オールデン・エアエンレイクの写真を見たのは封切り日の一年半前であったがそもそも似てない印象を覚えてそのまま疑問を引きずってきている)でも筆者も一応は観てみる。第一に正直かなり派手では決してない印象を持ったファースト・イメージが大々的に公表された最初のキックオフだったが、実際に上映がスタートされ、本編を観てみると、異常なほどにその背景は実にでかいものであった。彼の砂埃まみれの環境(照明が見当たらない広大な設備環境)の中にある男ハン・ソロの道中、STAR WARSに巻き込まれるのがそもそも大嫌いなだかだか密輸業者ハン・ソロのかっとんで行く先はSTAR WARSそのものと映画版ドラえもん(タイムトンネルとタイムマシンと海底鬼岩城の大ダコ)と同等に背景がでかい。とそれは同時に見ものではあった。ただ劇場版ドラえもんのように子供の目にも面白い訳ではない。男ハン・ソロの周りには常にリアルな爬虫類だらけであるから、ポケットモンスターの実写化を観た場合と同様に想像すると、子供たちにはろくでもない結果になりそうな気がしないでもない。ガンダムの実写化も決定されたばかりだが、アニメは常にアニメの世界で楽しんでおきたいものだ、劇場版ドラえもんもしかりであり、くれぐれも本作が劇場版ドラえもんのように見られるわけではない。
 男ハン・ソロは現に惑星タトーウィンでオビ・ワン=ケノービらから密輸のオーダーを受けるその時まで実際に気さくに生き延びてきた。その生き延びてきた末に現れた最近のハン・ソロの姿は筆者もこれまでのSTAR WARSでわかっている。今回まさかあれだけではあるまいとも思わせ、彼の過酷とも呼べる道中の数々を度重ねて経ており、それでもその時とあの時とは変わらない最近の姿。この類似性、同時にこの再現性にも興味が持てた。
 ただし彼は密輸業者だが、取引の概要や物品をもう少しビジュアルで示してほしかったというのはある。でないと物語に盛りが足りない、物語が追えない、物語が省略的でそこにも魅力を追及できないなどが当たり前のように想定される。このときダース・モールは実は生きていた。このときクローン戦争は終盤に向かっている時期もしくは迎えたか。フリーメーカー兄妹とランド・カルリジアン男爵が会っていたこのときミレニアム・ファルコン号に搭乗し、ウーキーも同行、サバックを挟んでのハン・ソロとの駆け引きはまだない。ミレニアム・ファルコン号の先端部分が欠けた瞬間がとてもとても気になり、まるでハリボテが剥がれたその中は空洞だったのかと初めて知ったと筆者は実は思っている(欠けてから後で実は抵抗をかなり受けているとも)。
 ハン・ソロの道中がこの後も続けば、ハリソン・フォードがこれまでに演じてきたハン・ソロの生きざまに好感が持てる、そんなきっかけになるといいのだが、何しろ全米の評判のことがある。これがまた謎でして、百聞は一見に如かずとばかりに『エイリアン:コヴェナント』を想起したのも束の間、いつの間にか『劇場版どらえもん』のタイムトンネルのごときその中での赤い脱出劇、それでも見込み違いがあったのではいずれにせよ今後の赤字も厳しい予測。
 それにハン・ソロには持ち前の話すしぐさというものがある。これがシナリオのセリフ(ハン・ソロならではのセリフだったではないかな)、演技ともに再現むしろ踏襲の完成に近い形で仕上がっていたのが、個人的には良かったことだと思っている。


 『ハン・ソロ STAR WARS STORY』
 監督 : ロン・ハワード
 出演 : オールデン・エアエンレイク、ウディ・ハレルソン

 ワザト・クロサワのツイッター : @wazarlt


空飛ぶタイヤ

June 18 [Mon], 2018, 6:00
 砂漠に打ち捨てられていたタイヤのロバート。そんな彼にある日突然、どういうわけか命が宿ってしまう。おまけに荒涼とした砂漠をさまよっているうちに、恐ろしいテレパシー持っていたことが判明。なんと自身が動かなくても「壊したい」と念じるだけで物を破壊できてしまうのだ。最初のうちは砂漠の小動物やゴミを狙っては壊していたが、すぐに興味の対象が人間へと移り、特に彼の前を通過していった謎の美しい女からは目が離せなくなっていく。砂漠で目に入るものを手当たり次第に破壊するロバートが通った後は残骸しか残らない…彼の目的は? そして彼はどのような最期を迎えるのか? (映画チラシ解説より抜粋)

 『ラバー』
 2010年 フランス 82分

ビートたけしがかつて蹴倒したネオンサイン

May 28 [Mon], 2018, 21:00

 1989年11月9日、ドイツ国内の首都ベルリンで建設されていた巨大な壁が崩壊された。ベルリンの壁崩壊。第二次世界大戦後、東ドイツから西ベルリンへ頻繁に流入してきていた移民の増加の傾向が顕著で、ソビエト連邦という社会主義国からの脱退を目指したものであって、それは民主主義である西の隣国への自由を願っての大移動であった。ここを抜けるためには一つの関門を潜り抜けることが必要であって、その関門は一つしかなかった。それが首都ベルリンであった。
 貧困や飢餓の危機に晒されていく結果になるのを恐れ、かつ自由を謳歌することのできない、国民の文化の自由を表沙汰に出来ない社会主義国の脅威、というよりも何もかも閉塞された、廃墟のような建物の連続する街並みの連続では自由に生きる望みが一つも見えてこない、しかし西側へと通じる境界線の向こうを一度でも覗けば、そこに自由があると判断した東側国民は西側への希望を抱き、働くこと、歌うこと、雄叫びを上げること、生きることを目指すようになり、その人数は日増しに増えていくのであった。戦後の統制からの脱出、すなわち従来のナチス帝国下の支配から逃れんばかりとしていたのである。
 戦後、ドイツ帝国はすでに崩壊した。第二次世界大戦時の連合国側である。アメリカやソビエト連邦などが名を連ね、ドイツ、ベルリン陥落の末、この広いドイツの領域の各国による取り合いとなった。ドイツ国内のアメリカの分はこっち、ソビエト連邦の分はあっちというように4カ国分に分断され、民主主義と社会主義のカラーも分かりやすく見分けがついでにつくようにもなったわけだ。
 こうして境界線の設置はことごとく明確にされていったわけだが、なにしろイズムに起因する環境の変化は著しい、そうしてかようにも自分たちの住みたい環境に夢を抱かせるようになっていく大移動、大移民の発端を目にするところとなる。これがやがて増大化し、狭き関門に立つ警備すら歯が立たなくなり、急きょ壁を建て始めたのであった。
かつて『ホワイトナイト/白夜』という映画を観たことがある。亡命したロシアのダンサーがいた。ロシアとアメリカとの対立が背景にありながら、対比表現は使えても両国の持つダンスの素晴らしさを体で表現していく、というこういう表現を使ってもこの素晴らしさは伝わらない。それほどに良かったし、亡命の決意へと導く社会主義国による表現規制という統制支配下にある環境の中での葛藤もまた踊れない悔しさと共に心に溢れるばかりであった。素晴らしい映画であった。テイラー・ハックフォード監督作品である。
 つい先日、『アトミック・ブロンド』を観た。ベルリンの壁の崩壊を前にして、東ベルリンの国境を右往左往する女スパイをシャーリーズ・セロンが主役であるあれだが、どうしても音楽が面白い。東ベルリンの中を入ってもただでさえおっかないほどに荒れ果てた廃墟の建物しか見当たらない環境の外側で、ただでさえうるさいばかりの現代サウンドがこの映画のBGMとして流れている。女スパイが二転三転してはあちこちに飛ぶ、確かにこの結局はどっちかわからなかったりするのだが、東ベルリンでも果たしてこういう場所があるのかと考えたのがあって、外側にわからないように内側でガツンガツンと音楽を流しているバーもまたあるのかな、ということはまだ規制の名残もまたあるのだな、ということは、あの時筆者が目にした新聞の第一面で大きく載っていたベルリンの壁の崩壊の記事の世界的な空気がまた伝わってきたのであった。世界の流れが大きく動き、大きくせき止められ、そして大きく壊れたのだと。
 ただただシャーリーズ・セロンが女スパイとして暴れまわるだけだが、その背景にそこを選んでいるのが面白いのであって、その壁崩壊の直前にこの出来事が展開されているのを見届けていることになるのだが、その一部始終、どうしてもあの時の新聞記事を読んでいた当時の記憶に包まれている気分になった。その証拠に、終盤近くに来ると車によるアクションがシャーリーズを待っていたのだが、やはり窓は割れる。その時に外からBGMが漏れ聞こえてくるように出来ていた。東側でである。社会主義によって作られた音楽を伴わぬアスベストが町を覆っているはずなのに、映画はそうさせたのであった。シャーリーズが下着スパイ姿になって(果たして必要だったか)イメージもむちゃくちゃにされていようとしている中でこれを省けば、世界史として完璧に面白い、人間的な面白みを何か持っていれば遥か彼方の向こうへ向けて世界史への興味を、夢を届けている気持ちになれるだろうか。


『アトミック・ブロンド』
監督 : デヴィッド・リーチ
出演 : シャーリーズ・セロン、ジェームズ・マカヴォイ
#アトミック・ブロンド


ゴールデン・ヴァーチャル・ウィーク

April 27 [Fri], 2018, 13:00
 新宿・歌舞伎町に超現実エンターテインメントEXPO、「VR ZONE」が完成されて既に何か月か経つ。TOHOシネマズ新宿のビルの西向かいにある、平らで広がりのある建物だが、いつも行列もたくさん出来ているアトラクション施設である。ここでは自身が入れば、周囲がいつもとは異なる世界に包まれるヴァーチャル・リアリティ、すなわち仮想現実の世界、今ここにはない世界を体験できる。しかもゲーム感覚でだ。シューティング、釣り、探検、スリラーなどが体験でき、あっという間の出来事かもしれないが、時間が空いた、そんな時は隣の謎解き屋にでもどうぞ。VR ZONEもそこもかつては映画館が在った場所である。前者は期間限定だったと思います。
それにしてもまるで、つくばEXPOの時のようだ(現在のつくばエキスポセンターの前身のようなものだが遥かに規模は大きかった)。出展国数48カ国、IBM、三井グループ、東芝、富士通パビリオンなんてのもあったなあ。TOHOシネマズ六本木SCREEN7のような大画面が未来を先取りするかのように、当時の各電機メーカーが当時持っていた技術をふるって披露していた建物たちの集まりなのである。さて、この1985年の予言は果たして30年以上を経た2018年の現在に追随できただろうか。否、どこかでまだあるはずだ。未来を実現できていないいまだに何かが。ちなみに約半年の催しだった。

 では、映画では何にもないの? いやいや、一応の映画史はある。今自分が生きている世界は、実はこの世には存在しない世界、これから君が向かう世界が現実だ、とする世界が映画館のスクリーンの中で構築され、その場で大敵と際限のない無限な空間の中で戦う。そう、『マトリックス』であった。しかもサーガである。長期間にわたって、しかも3部作にわたって、ここまでVR、すなわち仮想現実を、あたかも自分がそこにいるように体験することができたのは、そこに映画館があったからである。違った。映画だからこそ、ゆっくりとシートに座って、『不思議の国のアリス』のごとき壮大な物語を堪能しながら、他人ごとのように戦いとアクションとスリルを見届ける筆者とあっては、この当時ただぼさっと観ていたに過ぎなかったが、今ここにきて初めて「体感」というものを実感したような気がする。それを踏まえると、この3部作はかなり面白い効果を味わうことができていたかもしれない。世界で初めての全世界同時公開であったことも筆者には記憶に新しい。…全世界同時公開。この一瞬が、世界を変えた。ちなみに筆者はこの第1作を渋谷パンテオンという映画館で観てきた。これもまた今はもうない映画館で、都内で1、2を争う大規模映画館で、現在は渋谷ヒカリエである。

 筆者は勝手ながら「ゴールデン・ヴァーチャル・ウィーク」と名付けた。ああいったVR施設はなかなか置いてはいないけれど、映画館でも最近はCG合成も進んで、進み切っていて、今度は何かな? といった楽しみもまたそぞろ。イメージポスターの中央に「映像トリップ!」とすでに3D上映も始まっている映画業界であるにもかかわらず、映像体験ももし文字通りであるならば決して新しくはないが、『犬神家の一族』みたいなタイトルであまりにも普遍的ではないこの家名が映画本来が持つリアリティから乖離(かいり)させており、VRから遠のくことでフィクション(作り話)を強調、あくまでも映像体験を売りにしたようである。しかしながら物語もかなり丁寧に作りこんであり、始まり、あらすじ、転機、結果といずれにおいても申し分のない仕上がりになっており、どんよりとしたノワールにも近いムード作りになっていた。そして今、ここにきて筆者は偶然にも部屋のBGMに「新世界より」をかけて聴きながらキーを叩いているが、いつもなら世界のどこかの大きな砂漠の向こうの太陽を感じるのだが、今回は西新宿の最後を、あくまでもフィクショナルに、感じてしまった。まずい、これは教育しなければならない。
 一家の大黒柱でありながら家族や会社の強烈なジレンマに身をどうしようもなく置き、しかし偶然の出来事で最高の能力を身に着けることになってしまった初老のサラリーマンを木梨憲武が演じる。
高校生とまだ若く、短絡的、間断的かつ飛躍的な判断に基づいて動いてしまう、ドヴォルザークをあたかも聴いてきたかのようなナルシスト、そこに自分は神だ、ああ、太陽だと最高の能力を身に着けて自己を高みに置く少年を佐藤健が演じる。飛んで行く姿の上昇気流は『ファイヤーフォックス』のジョン・ダイクストラによる特殊視覚効果のようだ。
 千載一遇の到来による転機が二人を変え、しかし無謙虚な暴力はやはり始まった。そこに無力を厭でも抱えた初老がよろめきながらも暴力を鎮めにかかる。少年の心情を理解ではなく把握はしたものの、折悪しくそちらに移るそこしかない方向性に導かれ、地上からではもはや追い込まれるしかない状況にありながら、自己にある最高の能力ゆえにそれをもものともしない位置関係、木梨憲武の今回はシリアスなだけにかなり抑えめだがやはり、しかもかすかに出してます。相方(かなり無茶だ)と共に「お笑い」の仕事は決してしてこなかった彼だが、シチュエーション・プレイは彼も怠りない成果を出している。

『いぬやしき』
監督:佐藤信介
出演:木梨憲武、佐藤健
上映中!
http://inuyashiki-movie.com/


 かたやこちらの作品だが、かなりの点で実は箝口令が敷かれている。それならば、ということではあるが、少なくとも映画館でスピルバーグなら興行面でギネス世界記録を作った『ジュラシック・パーク』をかけたほうが救急車を呼びやすいというものである。
 ヴァン・ヘイレンの名曲(スピルバーグの意外すぎるような選曲だが筆者はこれを不似合いだと感じた、これはスピルバーグ映画の見過ぎだからだ)から幕が上がる。秩序のかけらも見えない、ゴタゴタした建物の街並みでどこを通ればいいのかわからない場所に住む少年が移動していく。2045年、近未来だ。ふと辿り着いた部屋に入り、少年はゴーグルを手に取る。電源オン。彼がこれから見るのは果てしなく続く異世界、ヴァーチャル・リアリティだ。
 オアシス。この異世界を開発した発明者から遺言が公表される。謎を全部で3つ見つけた者には遺産相続権を与える。これを聞いたアバターたちが続々と挑戦してくる。少年も「よし、やってみるか」と気合いを入れる。ガンダムを選んだアバター、アイアン・ジャイアントを選んだアバターたち、そんなアバターたちがこぞって参加するも、やはり争奪戦へと展開、世界は広し、どこまでも走り、どこまでも爆弾を飛ばす。終いには爆弾の代わりにその世界の地上で巨大なメカゴジラまで作って武器にするんだから、しかし、ここは仮想現実、ヴァーチャル・リアリティである。自己の持つ許容範囲というものがあたかも外されてしまうようで、しかしながらそこに知恵が必要であることにも気づかなければならない。だから少年は頑張れたのだ。いや、ちょっと待て、はたしてそうか? とさも三船敏郎のように振り向いてもよい。筆者なんかいつも、しかし何かがおかしい、と考えているのだ。
 筆者はここはヴァーチャル・リアリティであるとした。同時に本編鑑賞中にはスピルバーグ監督作『A.I.』のついでだなあ、とも考えた。のちに『マイノリティ・リポート』のことも思いつくのだが、これらを総合して考えるならばヴァーチャル・リアリティに描かれる未来世界を現実に実現すると考えるのならば、その偉大なる可能性はゼロになるとも図らずも予測してしまう。そう考えた途端にシーンを思い出す。IOI(アイ・オー・アイ)の本社は綺麗だ。本編中、現実とVRを行き来するなど、複雑には出来ているがそこには企業の陰謀も絡んできているからであり、『マイノリティ・リポート』よろしく企業サスペンスもフル充填。開発者を雇っているために迷惑なことこの上ない。企業上層部とアバターたちとの確執も、前にあげた二作品のプロット構成とどこか似ている。ロボットと販売会社。捜査員と警察機構。それというのも下っ端を動き回っているからである。
 映画は主体的である。主人公がいないと物語は進まない。スピルバーグが進めようとすると人間の周りにはガーベッジだらけで遥か向こうに特殊なデザインを象徴させた建物が(建物のようには見えない形で)聳え立っている。この孤独性がどうしても際立つ環境になる。それは今作のVRの異世界においても同様の印象であった。ちなみにここはアメリカ合衆国である。あたかも合衆国制度が喪失されたかのようでもあった。ドナルド・トランプとはそういう男だったのか? 今後もアメリカ合衆国は何某と何某との間を右往左往することになるだろうとは思うのだが、少なくともここではアバター間による暴動でもあった。従ってアメリカ合衆国が主役でもあり、ここオアシスが主役ともいえるのだ。
 ヴァーチャル・リアリティでは何もかもが実現可能だ。そんなアトラクションの数々が見どころであり、そこに宝探しゲームが始まった。ゲーム感覚に溢れたオアシス開発者のもっともな着想であり、実際の宝となる3つの鍵はそのVRにしかなかった、なんて考えると損をするかもしれない。逆にアバター資格を取得するとこんなことが起こるとなると。リピーターを目指すなら、最初はノーマル上映で次のリピートには3Dで、ということも可能であって、アバター資格がなくても自由に出入りできる環境にも参加意識が派生するから、なんだかんだである。何もかもが混在していて大変な異世界だが、駄作とこき下ろされた経緯がある『ファイナル・ファンタジー』以来、裸眼で観れる範囲の3D効果も現在の技術で追随できたのかなとも思う。

『レディ・プレイヤー1』
監督:スティーブン・スピルバーグ
出演:タイ・シェリダン、オリビア・クック
上映中!
readyplayerone.jp


 ※「VR ZONE」は西武新宿駅東口正面、セブンイレブン正面左の脇道を
   左へ入って突き当りの建物です。入り口はこれの右へ進んでください。


わかってない Part II

April 15 [Sun], 2018, 20:30

 遅くなったが、筆者にはどうもわからない映画が出てきてしまったなあと思ってはいた。さて、これはどう考えたものか。
 出演者にサム・ワージントンやジェレミー・レナなどといったスターを一切使わずに、あくまでも一般人であるあくまでも現役の軍人に出演させた映画なのである。そりゃあ、ものは試しだがオーラも何もくっついていない、盛り上がりに欠けた出来上がりに筆者は吐き気をもよおした結果になっている。一方で、この映画の題材は実際にアメリカ合衆国のある一路線で起きたテロ爆破を現行犯的に実際に防止したその功績を讃えた映画であるとしている。監督クリント・イーストウッドのアメリカ国民としての気持ちももっともだが、どうも様子がおかしい。
 はっきり言う。これは大統領でもないハリウッド・スター監督によるプロパガンダ映画だったのである。

 確かに三人の現役軍人たちの、しかも実際のテロ発生現場に実際に居合わせたその時の犯行現場を押さえる瞬間そのものまで、彼ら自身が鮮明に残してある記憶の元に、シナリオの構成は監督クリント・イーストウッドの耳に入って行っては組み上げられていったことだろう。それとも「お前はこの時、何してた?」「私はこの時にこうしました」「じゃあ、そこから撮ろう」と繰り返し、しかも三人から聞き出しては細やかにカメラを回していったことだろう。イギリスのみならずアメリカ合衆国までもがテロの危機に晒される。その危機感をこの映画一本に募らせるためには現役軍人を使うとなればより一層の事件の様相に対する興味を煽ることになるだろうなどと考えたのかもしれない。しかし映画ファンにニュースファンはいなかったとしたらどうなったことだろうか。スターを見て楽しめなくなったのであり、演技も下手であり、しかしアメリカ人はまるで気にしてないし、言いたい放題だし、ニュースなんかテレビで見りゃそれで済むし、なおさら日本人はこのテロ爆破未遂事件を知らないから、未遂事件でもいいからなのをよそにして情報操作が疑わしい。ということは未報道は全て映画ネタにできるのである。これをスターが演じようものならば、真剣に事件を受け止め、真剣に考えてきたことを演技に反映させる。これを観たスター・ファンたちも一緒になって真剣に考えてくれる、ことなど悪い効果を予測する心配は少なからずないと思う。
 憶測ながら監督クリント・イーストウッドはどんな人物なのかというと、自分で敢えて新しいことは考えず、これはこうすればいい、あれはそうすればいい、それは今はまだだ、もう少し待て、これは要らない、忘れていたら今からでも遅くはない、すぐに始めろとすぐに即答するタイプであると思うし、そもそも映画の全てを知っていれば深く考える必要が全くなく即断できるし、監督作業も仕事が早く、能率がいい性格であると思う。頭の中ですでに映画は一本出来上がっているのであって、こういうのをビジョンと呼ぶならば頭から最後までしっかりと映画が出来上がっているのであれば撮影も早くなるのを熟知している。これが映画人なのである。
 しかし今回は違った。聞かなければわからないのである。さらにスターに聞いてもしょうがないので現役軍人を使った。現役軍人がスターに教えて演じてもらう手もありなのだが、スターを使わないで現役軍人の登場を通してアメリカ合衆国民の今回のリアリズムに対する反応を試験的に分析する手間を用意する羽目になった。
 前回同様にシリア攻撃がまた新たに実行されたとの報告が入った今、筆者はこれを戦争とは思っていない。そっちで起きていたとされる内乱の現場と残存しているかもしれない武力の跡地を狙った不毛ともいえる地域に対する粛清と考えている。ドナルド・トランプ大統領が「うるさい」といっているようなものであった。アメリカ合衆国の性格そのものを感じつつも、一方ではトランプ・タワーに火がまたついた。ドナルド・トランプは褒められるのが大嫌いなのかもしれない。そうそう、民主党だったっけ。やってることはロナルド・レーガン前大統領よろしく保守党のような気がしますですな。
 将来のアメリカ合衆国は憂いているだろうか。『アイアンマン』のような人間武器まで出てきやしないか、そうではなくて、人間が身体を張って爆破事件を食い止めた、これに対する称賛は必然である。しかし下手をすれば『スターシップ・トゥルーパーズ』のプロパガンダCMのようであって、しかも全編通しであるからして国家予算で映画を製作したようなもので、しかも日本にまで招集をかけているようなものであり、現職大統領の代わりに、いや辞任したばかりの国防長官の代わりに国を元気づけるために監督クリント・イーストウッドが早速やっちゃったようなものである。

 
 お前には答えん! 出て行け!
 『15時17分、パリ行き』
 監督 : クリント・イーストウッド
 出演 : 『スターシップ・トゥルーパーズ レッド・プラネット』エキストラ出演者かもしれない


こんなチラシがあった / 立ち読み 限定版

April 09 [Mon], 2018, 6:00

 黒澤明監督『どですかでん』の映画チラシです。
 これを見つけた時は即入手でしたね。
 黒澤明監督自身の手によるものですがどうしても気持ち悪いです。

 


 今回はこれを筆者も描いてみました。
 筆ペンを使っています。
 また筆者の解釈に基づいていますが、ブログPCサイト右広告にある
 『ワザト・クロサワのCinema Review Folder 〜身体障害者登場編』
 にもエッセイと共に挿絵として掲載してあります。

 拡大してじっくりと見てみてください。

 


 こんなのもいたよっていう感じでいいと思います。
 なかには他にも記憶違いやあべこべな勘違いもあったりしたんでしょう。
 これ以外にも考察することはいまだ数多ですが、それにしても
 これが戦後なんだろうか、なんてことも今になって思うのですが、
 如何でしょうか。

 『どですかでん』
 1970年 監督 : 黒澤明
 出演 : 頭師佳孝、菅井きん、伴淳三郎、三波伸介


メキシコ移民が犯罪を持ち込んだという諸説に日本人は首をつっこめない

March 09 [Fri], 2018, 6:00

 R15指定作品です。

 先日たまたまだったが、『クロノス』を観た。1992年の作品で日本では1998年に初めて映画館で上映されたファンタジー・ホラー・サスペンスだ。16世紀にも17世紀にもなろうか、ある錬金術師が要らぬものを発明し、そこで有事が発生して錬金術師は絶命したうえに、その小さい発明はお蔵入りとなった。しかし現代になってそれが骨董屋の店主に発見された。その小さなものはあたかも純金で出来ており、全身が金色になっているまるでコガネムシ(漢字にすると黄金虫なのだが)の形をした、置物のようなものであった。これを店主が左の手のひらに置いた。すると何かが刺さった。
 痛い、痛すぎる。年老いた店主はこの痛いようで実は魅了されうる何かに取り憑かれ、それというのも傷の治りが早くなっていったからである。たまたま辿り着いた先の富豪がこれを探していた。不老長寿を操る物だということを彼は知っていたのだ。敢えて店主は語らずにいた。しかし彼には雇われ者がおり、店主をつけ狙うことになる。そして一旦は成功した。店主と共に住む幼い少女を一人残して。

 監督ギレルモ・デル・トロの作品と出会ったのは恐らくこの作品で案外記憶がない。一応のファンタジー・ホラーであることは比較的に潜在的な意味での認識があるようで、まあいずれにしてもなんでもないような時に一回だけではね、といったところで極端に記憶に擦り付けたのが2004年、『ヘルボーイ』だった。双方ともに出演しているのが独特な形相を個性に持っていてうまく記憶に残りやすいロン・パールマンだったのもうまいし、これで少なくとも個人レベルでは間違いないものになった。しかもそこにエイブ・サピエン、半魚人がいる。これを演ずるはダグ・ジョーンズ、このエイブ、やたらに凄い世界観を造ったなかで迷宮の番人パン(『パンズ・ラビリンス』(06)のどれか)、そしてこの半魚人でいま一度の登場と相成った。
 唖(おし)の女性が勤める研究所がある。そこにあらぬ実験動物が送り込まれてくる。ラボは閉め出され、やがてそこで事態が起きる。上司の指がもぎ取られるという事故のためにラボの足元は血だらけに。唖の女性は清掃員であり、いやでもそこを至急にモップがけをすることになった。やがてそこに入り込む。水槽がある。途端にそれは現れた。半魚人だったのだ。ややもすると女性はゆで卵を半魚人に渡しに行く。
 というよりも何も考えずに、颯爽と半魚人に話しかけるつもりでいた。半魚人は口も語らず、こちらも手話で話しかけてはなんとなく打ち解けてはいく。そこがうまくいかずとわかってか、従来のツルギーとはかけ離していき、単純にはいかさないのを始めに、要するに「動物の謝肉祭」のようなきれいごとでは描けない世界観を表現する中ではかなり省略的だったし、『パシフィック・リム』(13)でもやったからなのか、少々現実に戻りつつあるギレルモ監督である故に、今回は軽い出来だ。

 クリント・イーストウッドもまだ売れていない時期は半魚人の着ぐるみでエキストラ出演したことがある。『半魚人の逆襲』(55)、ゴシック・オカルト・ホラーの隆盛を極めていた時期だった(スティーブ・マックィーンはあくまでブロブである)。オカルト・ホラーがハリウッド隆盛を左右するのはかなり以前からであり、しかもここ最近のハリウッドではCG技術に依存している一方で完成度は実に高いが、こちらはあくまでセットとクリーチャー・コスチュームに依存している。吸血鬼、フランケンシュタイン、半魚人、狼男、ミイラ男、あれやこれだ、ああ、そうか、ハリウッドの古き良き時代懐かしむ世代をなくしつつあるのを憂いてこその再盛期を狙えるとしたら彼しかいなかったのである。そして半魚人を見てはまた過去を勉強させようとしたのである。しかしこれまでもドラキュラはやった、ミイラ女がでた、狼男はハリポタにも現れた、フランケンシュタインはゾンビだった、などと喧伝されようが、ただ観客を怯えさせる作品群であったとしても、…ただわからないのは日本では散々映画館前の観客の混みようで映画の興盛を表現されてきているが、アメリカ合衆国の場合だとどうしてもそのきっかけががらんどうらしい。

 しかし、もうひとつ気になることがあるのだった。



 モンスター・パニック!
 『シェイプ・オブ・ウォーター』
 監督 :
 ギレルモ・デル・トロ
 出演 :
 サリー・ホーキンス、マイケル・シャノン
 オクタヴィア・スペンサー、リチャード・ジェンキンス


看板絵師が人を呼ぶ

February 18 [Sun], 2018, 6:00

 世の中には、ある日突然思いつくことがある。今回の話もまたそのひとつである。婦人がただただ広い草原の中、彼女の車である道を通ると道端には使い古された大きな看板が三枚も建てられてある。ふと気づくとそこには看板屋の連絡先も書いてある。そこで一案を講じ、自腹でその看板を全て借り入れて使用し始める。看板の表面を赤く染め、黒い字体で「署長よ」、「なぜ逮捕しない」、「死体レイプだろ」と。死体レイプも順番によってはレイプしてからの殺人でもあり得るのだが、要はその被害者となった娘の母親の静かなる逆鱗である。

 この看板の位置からどれだけの距離があるのか、これも不確かながらよほどの田舎であるとも思わせる自然感覚にはいかんとも処理しがたい事実関係が想起される、とにかく離れた位置には看板屋も、そしてその眼前の位置にある警察署もおいてある村がそこにある。意外と白を切れる距離だ。そのまま放置しても誰かがその看板を見つけても、せいぜい新しい看板が出来たぐらいでしかなく、看過して見過ごしてしまいそうなところだが、ようやく口コミが認められそうなところで、保安官がそれを発見する。いずれ誰のものかわかるようなものであっても構わない、そんな態度が垣間見られるようで、堂々とはしているが、警邏側にはなんだかさっぱりだ。看板屋に聞けばわかることなのだ。

 やがてわかる時があっては、うわさも広がり、町内でも噂の的にはさすがになる。しかしやや難解な迷惑沙汰を起こしてやっと警察の世話になることを選ぶ母親だが、さすがにどういうことなのか、母親は自分は何もしていないと白を本当に切り始めたのである。警察とは本当にくだんの件で直面したことになるのだ。

 母親は自分の娘がレイプされては死体として発見された、犯人捜しを頼んではいまだ成果が上がっていない、当時担当していたはずでいまだに返事がない現在に至っては署長が面喰ってはいるが、どうも幾分、一方では腐している生活のようだ。その下にいる保安官もまた腐したような輩で、どうにも煮え切らない。そんなグダグダした勤務環境の中で、いつまでも自分に無関心ではある、そんな警察を相手取っているものの、どんなに罪悪感を追及しても無駄であることを痛感しなければならないのは何故か、ここを母親は、共に戦うことについてひとり一生悩むことになる息子の存在とをも抱えて、頭を抱えることになることも見えてくる。

 死んだ娘のためにひとりの闘いを見せることがいかに無念に終わるか、さらにそれを解消する事態が起こりうることが分かってはいても、署長の打ち明ける話には一種の間の悪さを感じるものの、それを聞いてすぐにはわからないながら、次第に無駄を予感させ、この無力感がどうしても大きくて、たとえ母親と直面する顔が代わっても、どうしてもすっきりしない。その証拠に部下の保安官が目覚めたように看板屋を襲うシーンがあるが、どんなに長回しでのアングルショットで、さらに暴力の表現をいかにきつめにしても、そこはただの町の中のケンカにしか見えなかったのだ。

 これは女性の、母親としても闘いである。これがメインで会って、しかしながら山に覆われてしまった。いい俳優がそろってはいる。山々にこだまするほどの名優ぞろいである。ただでさえ素晴らしい英語がスラング混じりだが聞き取れる珍しい映画だ。そんな言い分でも、或いはどんな言い分でも山はそれを聞き分けない。この点でこの映画は恐らく失敗している。

 『スリー・ビルボード』 2018年 上映中
 監督 : マーティン・マクドナー
 出演 : フランシス・マクドーマンド
      ウディ・ハレルソン
      サム・ロックウェル

 公式サイト


本物はどっちだ Part II てんてこまい

January 17 [Wed], 2018, 23:30

 ここ数年、リメイクという表現を使用してアピールすることが少なくなったような気もしている。あるいはあえてリブートという表現をつけてアピールされた作品もあり、特にひどいのは「スパイダーマン」であって同じだといつまでも気づかないアメリカ合衆国各映画会社のあいまいさに唖然としている。それもしかしながらそれぞれが別のチームで制作撮影されているというシステムがあり、その情報交換がお互いに秘密扱いだったために作品もたまたまダブったようなハプニングにも見え、実際そうでもなく、各チームがお互いにつくろうぜ、みたいな風潮もあったことを考えるとなんだかアメリカ合衆国各社はかなり余裕ぶっこいているようにも思われ、どれが本当なのか結局わからないみたいな始末であった。

 リメイクというのはそもそも自分の表現を広げたいという要望もあろうが、基本的には旧来の作品のフィルム状態などの劣化からリバイバル上映も不可能に近くなり、かついかに名作であったかを伝えるためにも、内容や魅力を継承するにもその鮮度を損なうことなく再度新たな世代のチームで撮影・製作を行うものである。この言葉が意外にも昨今の時代の移り変わりとともに変わっていくことになるであろうことが、実は筆者には予測されている。
 いま現在、ひとつにデジタル・リマスター版、ニュー・プリント版と呼ばれる、最近の旧作上映でもそのようにタイトルの後にくっつくようにもなってきた。これはいわゆる焼き増しであって、ただ焼き増しといってもフィルム画像の鮮明度をさらにきめ細かくなるようにアップさせたり、音響のノイズを下げたりしてできる限りの鮮度アップを施してプリントに焼き付けるというものであり、再上映にかけることで当時の空気をまた振り返ってもらう、あるいは知ってもらうというものでもある。追体験とも呼ぼうか。しかし予算は少なくとも聞いた限りでは1千万円ほどという。それでも古い映画のフィルムというのは、とりわけ戦前・戦後ともなれば残存フィルムも極端に少なく、その一本だけのためにニュー・プリントを行う予算も簡単には取れないのが日本側での業界事情でもあると察してはいるが、そもそものヒット要因が再上映の場合には難しいものなのだと思う。
 ちなみに新作上映の場合、350館でもって焼き増しした本編プリント本数もそれに等しく、ウン千万円となるわけで先の話とは半分の話ではある。意外と割高な予算になるので少人数の企画で頑張っても、誰もそこまで払う気はない。これは頼み込むしかないのである。

 上の画像は1942年製作、アメリカ映画の『カサブランカ』であり、画像は1975年再上映時のイメージである。主演はボギーの愛称で知られたハンフリー・ボガート、ジャンヌ・ダルクをも演じたイングリット・バーグマン、戦争中、ナチスの統治下におかれたモロッコでの男と女の駆け引き物語である。バーを経営するオーナー、そこに昔の恋人だった女性がエスコートされながら来店し、二人は再会した。しかしオーナーには皮肉としか思えず、いまだ自分自身の中から彼女を追い払うことがかなわなかったことを悔やむのである。その時期ここからも亡命者は多数おり、パスポートの取り寄せやら偽造で自分の持つバーの中では軍警察の目から離れてしまうために必要なことが行われていた。彼女たちもいずれそうなっていたのだ。恋敵も一緒だが、この二人を国外へ送り出すにも覚悟が必要になるや、果たしてオーナーは二人を無事守れるか、といったところだ。「君の瞳に乾杯」も有名なセリフだ。実はこの映画、相当に面白い。
 ちなみに日活映画、石原裕次郎主演、1967年『夜霧よ今夜もありがとう』では、まあ25年もあとの作品だが、戦中戦後の日本と比べるなどしてみるとGHQなどの赤線地帯など風俗文化流入以来、この映画での全国上映でさらに『カサブランカ』が追憶され、建築事情が大幅に変貌してバーが流行した結果であると思われる。宍戸錠の亡き弟である郷瑛治も黒塗りで登場であった。
 昨年はゴールデン・ウィークで稼ぎ時にありながら国内年間興行収入トップ50にも入らなかったリスキー・ハイな凡作になった『マリアンヌ』だが、確かにプロットが似てはいるがリメイク意識からは遠のくようにした。カナダはケベックからの工作員とフランス人の工作員、すなわち男と女が出会い、暗殺計画を実行しては二人の逢瀬も進行する。これがまた『カサブランカ』と同じに勘違いするんだな。それを設定を大幅に変えているようには見えるけれども、いちおうリメイクとは聞いてないのでまあわかりましたってことで、『Mr.&Mrs. スミス』(05)みたいに暗殺を請け負う夫婦にも見えはしないが、ところがセリフの中で「カサブランカ流」と口を滑らしてしまってるもんで、全世界興行収入でも8500万ドル予算に対して1億1千万ドル収入(全米のみを書くとびっくりされる)という結果になってしまった。この映画は口が軽い。さらに観てきたみんなも口が軽い。言わなければ倍は違うことがあると思われた。同時に『カサブランカ』がどんなに知られてきているかを教えているようなものだ。こんな建物ない、あんなロケ地ない、どんなセットもお金かけます、みたいなことに対して興味は持てるし、戦火の下で出産するシーンは想像以上の揚げ物であった。『トゥモローワールド』(07)にはなかった感動だ。
 こんなとんちんかんな話があっても、なんだかんだ、リメイクとは意識されず、「流に」、「風に」といういい方も注文に含める方法とかあったりするわけで、しかしながらリメイクするからにはそれなりの勉強成果がなくては自信も確信もつくまいとは云えよう。スパイダーマンはかなりわかりやすいが、ブラックパンサーは誰も知らなさそうなアメコミで・キャラであったり、そうではなくて戦争ものの理解があるにもどんな準備が必要かなどと考えるのも、全体的な問題だから相当な力技ではある。その一方でつくりやすさを考えるとそれによって相変わらず何かがひっかるような気がしてならないのであった。例えばJ.J.エイブラムスのように。


 『カサブランカ』 1942年 監督 : マイケル・カーティス
 出演 : ハンフリー・ボガート、イングリット・バーグマン

 『マリアンヌ』 2016年 監督 : ロバート・ゼメキス
 出演 : ブラッド・ピット、マリオン・コティヤール





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「チラシ」語源 諸説ありあり

江戸時代の頃のこと。
宣伝を記した紙をあちこちに
ばらまいたことや紙を散らす
行為から「チラシ」と呼称
されるように。

飛行機からばら撒くことから
「フライヤー」との呼称もある。

明治初期の軽井沢など別荘
物件貼り紙の見出しに
"billa"。
「ビラ "bill" 」の語源。
"handbill" などとも。

地面に落ちた宣伝紙を拾って
内容を知ってもらう。
これが宣伝に繋がって
作品側も観客側も運気上昇。

運気を下げるには丸めて
ゴミ箱へ捨てて
観に行かない。

それ書くな



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