コノテーション2

2006年10月23日(月) 9時11分
 フリッツ・ラング監督の『M』の冒頭で、変質者に娘が誘拐されるシークェンスがあります。娘がボールで遊びながら道路を歩いていて、男に声をかけられ、盲目の風船売りから人形型の風船を買ってもらう。家では母が、帰りの遅い娘を待ちながら、夕飯の支度をしている。この2つのシーンが、交互にモンタージュされます。やがて、ボールが転がり、風船が電線に引っかかっているショットと、娘を呼ぶ母の声が、誰もいない階段や、アパートのフロアに響くショットが繋がれます。

 ここで、(ERC)RCの図式で、((/ボール/R[ボール])R[娘の誘拐])と書けます。ボールを風船に変えても、また空っぽの食卓に変えても同じです。転がるボールや、電線の風船を見て、なぜ娘が誘拐されたことが分かるのでしょうか。それは、ボールや風船が娘の付属物であったのに、今や主が不在であるからです。ところで、この2つめのRそのものも、さらに無数に分析できます。(((……R[娘の持ち物])R[娘の不在])R[娘の誘拐])などがその例です。このコノテーションは、シニフィアンとシニフィエの関係を、付属物からその主への連想によって結びつけています。これは、比喩論的に言えば、換喩(メトニミー)です。2つめのRは、隣接性・因果関係などの結合性質を示します。

 一方、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』で、猿人が投げ上げた武器の骨が、葉巻型宇宙船に繋がれるショットの場合、(ERC)R(ERC)の図式で考えてみましょう。(/骨/R[骨])R(/宇宙船/R[宇宙船])のように書けますが、やはり真ん中のRは、それじたい、R[円筒形の道具]Rと敷衍できます。これは、言うまでもなく隠喩(メタファー)の記号学的表記であり、Rは類似性の性質を示します。つまり、2つの記号が、共通の属性によって結合するのです。この場合それは、[円筒形の道具]という属性です。

 すなわち、コノテーションの結合性質の存在は、Rによって明示されるのです。バルトのERC図式の特長の一つはここにあります。比喩や象徴などの原理を、ここから再考することができるのです。遡って、ソシュールが恣意的であると見なした、記号一般のシニフィアンとシニフィエとの関係についても、考え直してみる必要がありそうです。言語学者のエミール・バンヴェニストは、あるラング(国語)内部では、この結びつきは必然的であって、恣意的ではない(ウシは牛であって、午ではない)、ととらえています。そうであるにしても、それはなぜ必然的なのでしょうか。

コノテーション1

2006年10月20日(金) 11時43分
 ロラン・バルトは、記号の一般形態をERCと書きました。E(表現)とC(内容)とのR(関係)が記号を形作る、というものです。基礎はソシュール流の2項対立図式ですが、2つの点で優れた表記法です。すなわち、1つは、括弧を用いた表記法によって、コノテーションの構造を明示できること、もう1つは、Rを明記したことにより、シニフィアンとシニフィエの結合の性質にまで、注意を喚起したことです。

 コノテーションは「共示」と訳され、記号の表現部分に別の記号が入る記号であり、比喩や象徴がこれにあたります。バルトはこれを(ERC)RCと書きました。たとえば、「男は狼」ならば、「(/狼/=[狼])=[野蛮]」と解釈できます。(//はシニフィアン、つまり音や表記、[ ]はシニフィエ、つまり概念、=は関係とします。)なお、ここでは話を簡略化していますので、比喩論から見れば、「男は狼」は、「男は野蛮」の単なる言い換えではないことはもちろんです。

 エーコの「ウォーターゲート・モデル」とは、ダムの水門に関する記号のあり方を題材として、コノテーションの実態を明らかにしたものです。たとえば、ABという水位の信号(記号)を考えてみると、「(/AB/=[危険水位])=[排水]」という図式が考えられます。「ABという信号は危険水位を意味するが、その高次の意味は、排水せよという指令である」と解釈できます。これは(ERC)RCの形式になっています。

 ところが、排水せよという指令を考えてみると、排水スイッチを押す・排水弁を開く・排水係に電話連絡する・電話の受話器を取る・電話番号をプッシュする……など、関連する行為の、無数の連鎖として分析できることが分かります。すなわち、解釈項の無限の連鎖であり、「ウォーターゲート・モデル」は、エーコの無限の解釈項の例示と見なすことができます。無限の解釈項は、コノテーションの無限性をも説明します。そしてこれをバルト風に書くならば、((((ERC)RC)RC)RC)……となります。

 意味なるものは、このような連鎖のプロセスのほかにはなく、決して実体化しません。固定的ないわゆる意味は、常に、このプロセスの便宜的な停止によって記述されます。これは、表象・言語・文化の多様性・不確定性・相対性の説明にもなります。

 Rのもう一つの特長については、次回に書きます。

無限の解釈項

2006年10月17日(火) 8時45分
 2項対立の図式によるソシュールの記号学とは異なり、チャールズ・サンダース・パースの記号学は、表象・対象・解釈項の3項対によって記号を理解します。これをパースは、第一次性・第二次性・第三次性として一般化し、第一次性についての第一次的記号、第一次性についての第二次的記号……と重みづけを行い、記号を3の自乗=9個の種類に分類してみせました。

 ソシュールのシニフィアンとシニフィエは、ほぼ第一次性と第三次性にあたるので、対象なしにも記号が成り立つことになり、その通り、ソシュール記号学は、記号と対象との関係は恣意的であると見なすわけです。ソシュール=バルト=メッツの系譜の記号学が、文芸・映画・美術など、純粋に幻想の所産でありうるようなテクストを論ずるのに効果を発揮する所以です。

 一方、英米系の分析哲学で、虚構の対象を指示するとはいかなる事態かという議論が延々と続いてきたことから分かるように、厳密な対象指示には、難しい要素もあります。しかし、記号がシニフィエのみならず対象指示を行うのは、むしろ日常の現実においては一般的です。逆に、幻想であろうと現実であろうとシニフィエとしては同じと見なすとすれば、両者の区別を有意なものにできません。

 パースの記号学を、ソシュールともうまく結びつけて記号学を大成したウンベルト・エーコの記号学は、もっと注目され、活用・展開されてよいと思います。記号の表現部分に記号が入るコノテーションが、いかに広く巧みに行われているかを示す「ウォーターゲート・モデル」、解釈項は常に他の記号であるから、その記号もまた解釈項(別の記号)を要請し、こうして3項対の三角形は、頂点を共有して無限に連鎖するとする「無限の解釈項」の理論。

 その他、可能世界物語論や百科事典理論なども併せて、エーコの記号学・物語学は、まだまだ汲み尽くされていないようです。
 YU映像論「文化の理論と映画記号学」への補足です。
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