ムラカミアン宣言

2013年05月25日(土) 17時50分
 別にことあたらしく言う必要はないのかも知れませんが、やはり、いろいろな意味で、敬愛できる作家というのは、そうざらにあるものではありません。それも、同じ時間を生きている、存命中の作家ということになれば、なおさらのことです。

 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を、第1刷で買わなかったのも、買ってから(第1刷の10日後の第5刷!)一月も読まなかったのも、忙しかったせいもありますが、要するに私は「ハルキスト」と俗に呼ばれるようなマニアではないからです。どちらかというと、ほとんど騒がれていず、多数の若手作家の中の一人だった時代に、(あの小説、読んだことある?)と、仲間うちで純粋に感想を交わしていたのがなつかしいのです。もう、そういう時代が来ないというのは、とても寂しい気がします。でもそれはしようがありませんね。

 この小説は、とにかく五月蠅いメディア(ネットメディアを含む)、派手な販売攻勢、そして出た途端の毀誉褒貶、と、話題性には事欠かなかったのですが、内容は、しっとりした、静かな、素敵な作品だと思います。たぶんそれなりの年齢の人なら、多かれ少なかれ(強かれ弱かれ、と言うべきでしょうか。量の問題ではないので)、似たような思いを抱いたことのある事柄が、例によって、誰にも真似のできない繊細な文体と筆致で書かれているのです。もちろん、絶対的に最高の地位に置くべき傑作だなどと言うのではありません。しかしそもそも、現代においてそのようなものがあるでしょうか。またそれ以前に、そんなものが必要なのでしょうか。

 思い出して、送ってもらった『朝日新聞』の記事(2012.9.28付)を机の中から探し出して読み直しました。そこで彼は、文化交流は国境を越えて魂が往来する道筋であると言っています。また、安酒は人を悪酔いさせて前後不覚にさせる、安酒を提供して騒ぎを煽るような政治家らには注意すべきであると書いています。このように、落ち着いた、白面(しらふ)の、整った言葉で提言をしてくれる人を、私たちは他に知っているでしょうか。

 この文章は、イェルサレム賞受賞スピーチの「卵と壁」の話や、バルセローナ賞の際の「無常と効率」の説と同じように、当該の事件や事態を超えて、あらゆる場合にもあてはまる普遍性を帯びているように感じられます。むろんそれは哲学的な普遍性ではありません。むしろ文学的な普遍性、つまり、比喩や喩えが柔軟な意味の拡張性を備えていて、幅広く事象をとらえる際の普遍性にほかなりません。いや、一言でいえば、要するに彼は、まっとうな小説家なのだ、というだけのことです。

 私は好きな作家、好きな作品がたくさんありますし、一つのテクストに対して正しい解釈は複数あると信じています。また、既にいろいろに宣言をしていますから、そのような資格で、ですが、もう一つの宣言をしておくことにします。そして、再び、静かに、しみじみと、(この小説、もう読んだ?)と、語り合うことにしましょう。残念ながら、いつでも安い酒しか飲んでいないのですけど。……

書くことを忘れたあなたへ

2006年12月27日(水) 10時13分
 「あなたには書くべきことがあり、あなたには書く能力がある。それなのに、なぜあなたは書かないのですか? 私の心のわだかまりは、いつもそのことに向けられています。書かない人に、無理に書かせることはできません。書くことほど、本質的に主体的な行為は他にありません。

 私はあなたのテーマを知っています。それは、素晴らしいものであり、価値の高いものです。私はあなたの文体の魅力も分かっています。一定の年齢に達したら、後進の指導にできるだけ力を注ごうと、若い頃、私は考えていました。書く能力は、簡単な指導によって飛躍的に伸びます。

 けれどもあなたは書こうとしない。日々の生活、目の前のめあてに振り回され、何よりも、書くことという、余りにもあてどない行為のむなしさが、あなたを書くことから遠ざけてしまったのかも知れません。それに、書くこと以外にも、自己実現の方法はいくらでもありますから。

 でも、書かない限り、書かれない限り、そのテーマも、その魅力も、誰にも知られることもなく、永遠に闇の内に消えてしまうのです。それは、言葉の死、です。私はこのごろ、自分が死ぬことについてよく考えます。日の目を見ずに、死んでゆくあなたの言葉。あなたの言葉を読まずに、死んでゆく私。

 そうさせてはならないと、私の心は私に教えます。今は見えない、あなたのその持ち前を、見えるものにしてほしい。私の願いは、ただそれだけです。書くことは、人にできることの中で、最も素朴で、かつ最も尊い行為です。あなたが書き始めることに繋がるのならば、私は助力を惜しまないつもりです。」

 

ソリューション

2006年09月19日(火) 9時34分
 eラーニングの仕事に携わらなかったら、こんな言葉の用法を知ることもなかったでしょう。つまり、IT技術を利用した問題の解決、というよりは、IT技術上の問題の解決です。IT企業は客に個々のニーズに応じたソリューションを提供する、というように使います。そういうわけで、今や、だいたいの要望に応えてくれる技術のラインナップは揃っています。

 私が携わっているeラーニングの手法は、大きく分けて2種類あります。一つは、通常のスライド授業をスクリーンごと撮影して、それをエンコード(配信可能なデータ形式に変換)し、遠隔キャンパスに同時配信する方法です。リアルタイム・ライヴストリーミング方式と呼んでいます。

 もう一つは、講師のスピーチの動画と、スライドとを画面上で同期化して、コンテンツとして配信する方法です。この種のコンテンツをリッチコンテンツと呼ぶこともあり、同期化の編集を必要とするので、ライヴストリーミング方式ではなく、VOD(ヴィデオ・オンデマンド)方式と呼ばれます。

 どちらもインターネットで配信され、多くの場合はブラウザや動画プレーヤで視聴します。大学・学校で受講する場合はオンキャンパス方式、学生各自が任意の場所で受講する場合は在宅受講方式と呼ばれます。一般的には、コンテンツに直接アクセスするのではなく、動画へのリンクや、テキストその他のダウンロード用の教材や、掲示板・質問回答・小テスト・リポート機能などを備えた、LMS(Learning Management System=授業支援システム)とか、CMS(Course Management System)と呼ばれるプラットフォームを介します。

 これらの各段階において、撮影・編集・蓄積・配信のソリューションが必要になってきます。eラーニングは、実施している機関とそうでない機関との差が激しく、先発の大学では全く珍しいことではないのに、後発では信じられない夢の世界とも思われています。物理的・政策的に、要求や危機意識があるかないかの違いです。

 しかし……この記事の趣旨は次のようなことです。つまり、お金さえ積めば、技術的困難の大半は解決されるのです。真にソリューションが求められるのは、管理者・教職員の側の、人間であり、組織です。全く以て、この部分には、技術の進歩など、関係がないみたいです。

孤独原則2

2006年05月02日(火) 17時03分
 マリオ・バルガス=リョサは、そのフローベール論『果てしなき饗宴』で、自分はエマに恋をした、ここ20年来の『ボヴァリー夫人』ブームで、多くの人がエマのことを言うのが堪らなく気がかりだ、でも、安心なことに、自分の愛するエマは、虚構の世界にいるので、どんなにライヴァルが躍起になっても、彼女は私だけのものとして、いつまでもそこにいるのだ、という意味のことを述べています。バルガス=リョサがテクストで出会い、そこまで愛したものは、いったい何でしょうか?

 テクストの体験。それは、一人の、または、多くの他者との出会いであることに間違いはありません。その他者は、現実の他者と同じく、理解の契機があるように感じられたとしても、結局は心から交わることのできない、ディスコミュニケーションとしてのコミュニケーションの相手にほかなりません。バルガス=リョサが愛したエマ、それは、その告白の後で彼が綿々と書き綴っている、精緻で愛すべきテクスト分析によってこそ立ち現れた、彼だけのホログラフィに過ぎないのです。

 孤独は人間にとって大事な時間であり(ドストエフスキー『死の家の記録』には、シベリア流刑地で何が耐え難いと言って、四六時中、他人と一緒であること以外にはない、という記述が見えます)、そしてテクスト体験ほど、純粋な孤独はありません。(たとえ複数的な受容の場であったとしても)文芸や映画の体験は、仮想の他者や、仮想の自己とのみ向き合うことのできる、自分で自分を見つめる、希有の場であると言えます。変な言い方ですが、作中人物とは、私の、純粋な孤独の同伴者にほかなりません。

 テクストの中で、私は多くの人物と出会いますが、実は、誰とも出会っていないのです。誰とも出会っていないのですが、実は、多くの人物と出会っているのです。テクストに、外部というものはありません。それは、他の何ものかの、引用であり、反復であって、入出力の回路は無数に広がっている反面、どこをたどっても、現実や本質には到達できず、他者との繋がりも、断絶とよく似た交流でしかありません。

 でも、だからこそ、そこで人は、そのような境地としての、純粋な孤独に出会うことができます。そうした場所は、他にもあるでしょうが、最も身近なところとして、小説・詩・映画が挙げられるのです。

氷の街から2

2006年05月02日(火) 8時31分
 季節は移り、春が来て桜が咲きました。けれども、私の中の冬は変わりません。私は、あの冬の日、からからに晴れた首都から帰ってきて、氷に閉ざされた街で凍えたことを忘れません。私は、高校への出張講義の帰り、吹雪でバイパスを超低速で走ったことを忘れません。ブリザードのため、ハザードランプをつけて停車したことを。多くの人が亡くなり、それよりさらに多くの人が傷つき、私も腰を再三傷めた、この冬の降雪を忘れません。

 初めて会った学会の長老は、私に向かって突然「ナカムラさんが、そこで大変苦労してることはよく分かるよ」と言いました。本がない、仲間がいない、研究会もない、都市基盤のない地方では、研究するのが大変だ、ということだったでしょう。それらはすべて、当時は事実でした。だが、田舎者であることに居直ってはなりません。今ではこう思います。東京に憧れ、その憧れを否定し、否定することじたいにも懐疑する、氷に閉ざされた心、そのような田舎者の心を身に帯びざるをえないことこそ、地方に住む、ということの鬱屈なのだと。

 有楽町、恵比寿、表参道、御徒町……きらびやかな東京漫遊は、畢竟、場所の記号と種々のテクノロジーの表現に過ぎず、そこで何が得られるか、はあっても、そこで自分が能力として何をなしうるか、が決定的に欠けています。新宿の高層ビルがいったい何でしょうか? 大半は、自分が作ったわけでもない街なのに。けれどもそれは、私たち田舎者とて全く同じです。私は郷土愛とか地元志向などは欺瞞だと思っています。自分がこしらえたものでもないのに、自然や環境を単純に誇るのは浅薄です。都会にせよ自然にせよ、大切なものは目には見えない、ということを、人はいつから忘れたのでしょうか。

 私たちは、何をなしうるかの技術と強度を個々に身につけ、それによって個々に独自に生きればそれでよいのです。街や場所を、意識・無意識に誇るのは低次元です。ただし、それでもなお、その強度のうちの幾分かは、私の中の氷の部分に由来します。埋もれたくない、負けたくないという気持ちと、勝ち負けは無意味だという気持ちに折半された、ともかくも、灼けるほどに冷たい、あの氷の街に。私たち田舎者は、その氷の街から、これから、誰のものとも違う、テクストの見方・読み方を発信することができれば、それでよいのです。

話し下手の話し上手2

2006年04月11日(火) 14時46分
 話のうまい下手は見かけでしかないので、それだけで人間は決まりませんし、だいたい、「人間が決まる」なんて尊大な言い方です。話が下手でも書くことは得意な人、言葉は苦手でも創作や仕事では成果を上げている人はいくらでもいます。話の技術は人の本質ではありません。

 作家の文体が人それぞれ全然違うように、話し方も人それぞれ異なっていてよいし、異なって当然なのです。人は他人にはなれません。「文は人なり」の伝で言えば、「話は人なり」です。特定のスタイルを求めたり押しつけたりしない方がよいので、これはどんなことにでも言えます。

 とはいえ、学校でも社会でも、話し上手は有利ですし、演習や就職活動でちゃんと話ができないと点数に関わりますし、何よりも人から見られているイメージが気になり、そうしたことすべてが悩みの種になることも事実です。話し上手になるのは、一つの理想です。私も話し下手なので、気持ちはよく分かります。

 初めは、話す前に、簡単でもよいので、話す内容を書いてみましょう。私の場合、初仕事の時から講義のノートは全部ワープロで一字一句事前に入力し、冗談や脱線まで書き込んだこともあります。話し下手だということに、ものすごい危機感をもっていたので、意識的にこれに取り組みました。

 言うまでもなく、話し言葉と書き言葉は違うので、文章語を読むようなことに極力ならないように留意して、しかし、台本がそろっていると芝居はやりやすいものです。これを、10年くらいは続けましたね。書くことで頭に入りますし、内容を事前に精査することもできます。また、私の場合は、その副産物として、講義の内容を論文化するのも容易でした。

 すると、「先生は講義の際にノートを見ていて顔を上げない」と言われました。申しわけありません、でもこちらも必死です! ノートがなければ講義ができないような状況が続きました。でも、……今はかなり平気です。むしろ、学生と一緒に使うスライドやテキスト資料をちゃんと作れば、ノートはなくても大丈夫になりました。

 あなたも、スピーチや面接の際、初めはぜひ、どんなことを話すのか書いてみてください。さすがに面接では原稿を読むことはできないでしょうから、あらかじめ何度も予行演習をして、書いたことを頭に入れてください。書いてみると言葉になる、というのは、やはり基本中の基本と思われます。 

加害者意識

2006年04月08日(土) 5時58分
 差別・抑圧された弱者の立場に立ち、その状況を作り出している制度・権力者・大衆を批判する。そのような被害者意識の観点からする批評は、力を持ち、人を説得する技に長(た)け、即効的かつ直接的なインパクトを持つことができます。ジェンダー、植民地、戦争……。多くの現実は、そのような弱者の視点からのみ、明晰に見えるものなのかも知れません。

 私もまた、自分が弱い人間だと感じ、様々な被害から、多くの係累・制度・組織によって守られている実感を否めません。しかし、私は、単純に被害者側に立つことはできないと思います。私は自分の中に、悪・欺瞞・攻撃性を認め、それによって常時、誰かを苦しめているという印象を消し去ることができません。私は、明確に強者の側にいます。一般的にも、単純な弱者、単純な被害者は、希な場合と思われます。(それが、ないとは言いません。)

 あの日、夏の日差しの中で、他の何ものでも取り替えの利かない多くの命が失われ、今でもなお、失われ続けています。けれども、戦(いくさ)がやってきたのは、ほんとうに海の向こうからだったのでしょうか? あの日、鉄の雨に打たれ、死んでいったのは、私の父だけなのでしょうか? それが痛切な体験であるだけに、テクストは常に、その痛切さを表象すると同時に、それを相対化する契機をも宿しているのではないでしょうか?

 加害者意識を自覚し、それを取り込んで、その構造を全体として批判・告発するべきだという主張もあります。まさか、理論的指導者たちは、自分が無色中立で純粋な正義の味方だなどとは、思っていないことでしょう。自分が虐(いじ)められ、差別を受けた体験を拡大し、あるいは他者の体験を代行し、自分が現在ある立場の加害性を認識していないなどということは……。

 私が戦争について書いた唯一の論文である原民喜論は、私にとってはとても大事なものです。私はそれ以来、戦争について一度も書いていません。これからも容易には書かないつもりです。ジェンダーやポストコロニアルについて述べる際にも、書き方において一線を画しています。元気のいい、告発の書をいくら読んでも、よく勉強してるな、とは感じますが、正しい、とか、おもしろい、とは、全然思えないのです。

啓蒙について

2006年03月21日(火) 6時48分
 「神話は啓蒙であり、啓蒙は神話である」。これはマックス・ホルクハイマー、テオドール・W・アドルノの『啓蒙の弁証法』の骨子です。私はこの本を読んで、文字通り蒙を啓(ひら)かれました。難しい本ですが、長く続く効力を持っています。

 古代の神話は、単なるお伽噺などではなく、当時の人々が生きていくための知恵を教えている、つまり啓蒙なのだ、という主張が、ホメロスの『オデュッセイアー』などを例として語られます。逆に、現代の啓蒙は、容易に神話的な水準に堕し、神話と同じように人々をある共同性に染め上げ、自分で考えることをしない奴僕と化してしまう、とも。名指しは避けられていますが、ここでは、ナチズムやスターリニズムが念頭に置かれています。

 これらの全体主義の解明は容易ではありませんが、忘れてならないのは、これらは決して単純な暴力的圧政として出発したのではなく、当初は民衆の支持によって権力を握ったということです。それらを野蛮として告発するだけでは、その本質はとらえられません。ファシズムは、啓蒙としての性質によって、民衆を魅了し、民衆は啓蒙家として、彼らを歓迎し珍重したのです。全体主義は支配者だけの問題ではなく、私たち自身の問題でもあるわけです。

 しかし翻って考えるならば、人が生まれて生き延びるためには、無数の学習の過程を経なければなりません。社会的生活を営むためには、より高度な様々の知恵や技術を身につけなければなりません。文学や芸術でも同じことである、どころか、その最たるものですらあります。このような生きるための知恵とイデオロギー的な領域とは、画然と区別できるものではありません。どこかでつながっています。私たちは、啓蒙を捨てることも、もはやできないのです。

 ここにはパラドックスがあります。けれども、パラドックスは人の生の本質です。私たちは、知恵や技術、そしてイデオロギーをも学びながら、それらを常に批判的にとらえ、それらをいちいち相対化して、自分で判断する習慣を身につけなければ、必ずや、いつか来た道に戻ることになるでしょう。そして、例によって、私のテキストもまたそうです。私がしていることは、「啓蒙批判」という啓蒙であり、自分自身で考えよ、という啓蒙にほかならないのです。

先読みについて

2006年03月16日(木) 9時18分
 英会話の達者な先生から、「英語では先読みをしないことが大事なのよ。相手の言っていないことまで言うと、『あなたは人の心を読むのか?』なんて言われるわよ」と教えられました。日本では逆で、人の気持ちを読んで行動するのが、「気が利く」などと評価されます。

 これはコミュニケーションや、物語のあり方とも深く関わっています。コミュニケーションは、多かれ少なかれ相手の心を推測することによって支えられていますし、物語はまさしく、これからどうなるのか?、という先読みが、本質的なメカニズムを構成しているからです。

 物語については別に述べるとして、このことは、授業の方法とも密接に関わってきます。ある高校の先生によると、授業には2つの型があり、一方は先生が生徒に向けて情報を提供するタイプ、他方は先生が生徒の考えを聞いて授業を構築するタイプです。多くの授業はこの2つの要素を配合し、この両極の間のどこかに位置づけられます。

 私の授業ですが、講義については、明らかに前者のタイプです。「変異する日本現代小説」の資料は50ページ以上になり、その他にスライド資料も配付し、講義ではパワーポイントを全開に使います。こうなってしまうと、学生の反応を取り入れる余地は、ほとんどなくなります。

 演習では、どちらかというと後者のタイプで、もちろん指導し意見も言うのですが、結論じみたことは言わない(言えない)ので、最後はやらせっ放しで、感想を書かせて終わります。ところが、教員の方が情報の蓄積は多く、そこは商売ですから、学生が言いたいことをうまく言えないでいても、だいたいの場合、分かってしまうことが多いのです。先読みですね。

 しかし、こちらが先読みすることが相手に伝わると、相手はそれに依存して、自分で言葉を生み出さなくなります。常に、先生の顔色を見ながら発言するようになってしまう、これではダメです。何のための演習か分かりません。そこで、分からないようなフリをして、できるだけ学生自身の言葉を引き出そうとします。でも、一度知られてしまうと、なかなか巧くいきません。

 スピーチやプレゼンの技術はもちろん必要です。それは追って書こうと思いますが、こうしたコミュニケーションのバランスは、何も授業に限ったことではないでしょう。先読みの多い社会は、やはり、甘えの構造なのかも知れません。

感動をありがとう=H

2006年01月30日(月) 8時42分
 そんなに簡単に、感動してよいものでしょうか? 世の中には、それほど多くの、感動すべきものがあるのでしょうか?

 何にでも興味を持ち、好奇心旺盛に見ること。学校ではそう教えますし、それはどうやら脳の老化防止にもよいようです。しかし、何にでも感動する人は、その感動を長続きさせることはできず、次から次へと感動すべき対象を取り替えることにしかなりません。興味や好奇心を持つことと、簡単に感動することとは違います。感動は、対象による自我の浸食です。いくら自我のあり方が多様だからといっても、感動ばかりしている人は、自我のあり方が弱すぎます。私は、そう簡単に感動すべきではない、と考えます。
 あなたはどう思いますか?

 記憶になぞらえていうならば、感動にも、短期感動と長期感動があるように思います。短期の典型が「感激」で、長期の場合は「感銘」です。感動をありがとう℃ョの感激は、だいたいにおいてメディア資本の術中に嵌っているだけです。それに対して、半生、また一生にもわたる感銘が刻まれ、こころの形にまで力を及ぼすような対象との出会いは、生涯に何度もあるものではなく、またそれがそうであると分かるまでには、かなりの時間がかかるものです。その場合、感動はもはや一方的な受容ではなく、自我の側からの生成という意味を帯びています。

 私は、特殊講義の最後に取り上げた、原民喜の「鎮魂歌」を最初に読んだとき、正直に言ってよく分かりませんでした。でも、原の全集にゆっくりと取り組んで初めて、その驚嘆すべき内容が理解できたように感じました。その感動は、20年以上経った今も、ほとんど変わらずに続いています。
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