作者、テクスト、文化研究

2006年03月27日(月) 6時29分
 私はテクスト論者だと見られることが多いようですが、別に自分をそうだとは思っていません。ロラン・バルトの「作品からテクストへ」とか「作者の死」は正しいと思いますし、おおかたの文化研究なるものはおもしろくないと思っていますが、だからと言って作者を問題にしてはならないなどと考えているわけでもなく、文化研究は全部ダメだと言うわけでもありません。

 だいたい、人を何らかの主義者に分類しようとすることじたいが偏見なのです。あえて言うならば、私は私主義者です。私の考え、書くことすべてが私の主義です。

 さて、言葉は不透明な対象です。その意味は、言葉は純粋に一義的な意味を伝達する道具ではなく、それじたいで多様な意味を持ちうるということです。一義的な意味としては誰にも制御できないので、それを制御できるとしたら、その人に権力を与えることになります。作者の意思が作品の意味であるという考え方は、作者に権力を与えることにほかなりません。逆に、ある読者(指導的研究者など)の読み方が正しい読み方だと見なすのは、その読者に権力を付与しているのです。

 また、一部の文化研究では、テクストじたいの意味などは捨象して、その影響力こそがテクストの意味であると見なし、そのテクストや作者のいわば責任を問題にします。そこでは、言語の不透明性いかんにかかわらず、結果責任がすべてなので、極端な場合には、結論はあらかじめ決まっており、たとえ作者や読者がそれを否定したとしても、そのような反論は意味を持たないことになります。

 これらの様々な立場の間には、言語観において決定的なフレームの対立があり、たぶん容易には調停できないでしょう。それらは相互に共約不能であるか、または係争的な状態にあります。また、一定の水準にある論述は、多くの場合、その筆者を単純に何々主義者だとレッテル貼りできない程度に、その内部にも係争をはらんでいるものです。

 私はもういい加減、作者かテクストか文化研究か、などというお山の大将争いはやめて、虚心に対象に向き合うべき時だろうと考えています。よいものはよく、悪いものは悪い、と、その都度、判断することです。
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