アイロニー

2006年03月25日(土) 6時59分
 とても散らかった部屋を見て、「この部屋はずいぶんきれいだね」と発話する時、それはアイロニー(皮肉)だと言われます。現代詩の言葉遣いはアイロニーに満ちていて、ストレートなメッセージとしては伝わってきません。例えば「詩は滑稽だ」という谷川俊太郎の言葉は、ほんとうに詩を滑稽だと述べているのでしょうか?

 アイロニーには様々な説があります。

1)「適切性条件からの逸脱」
 サール、グライス、バック&ハーニッシュらの説で、字義通りの意味と反対の主張を行う文であることを、言葉の受け手が計算しているという考え方です。これは彼ら言語哲学者によると、レトリック全般に通じるということです。しかし、ではなぜ反対の主張をしなければならないのでしょうか? それから、私たちはいちいち計算するのでしょうか?

2)「メンション・セオリー」
 スペルベル&ウィルソンの説です。つまりアイロニーとは言葉の「使用」ではなく「言及」(メンション)なので、言葉を直接使うのではなく、社会的な期待が間接的に指示され、それを満足しない状況を表現する、という説です。しかし、これは「部屋はきれいだ」には適用できても、「詩は滑稽だ」には適用できないように思われます。

3)「仮人称発話説」
 橋元良明の説です。これはメンション・セオリーの変形で、事実とは逆の評価をする仮想の人物の立場に主体を移し、その主体の発話に「言及」する発話行為である、とされます。これによると、「仮人称」なんて誰も学んだことはないはずですが、私たちは無意識にこれを使っているということになります。

 どれが正しい、などということは言いませんが、気になるのは、すべて発話行為の側からとらえており、また、アイロニーであることが明白な例にばかり即している点です。

 「詩を読む」とは詩を読むことです。詩人を読むことではありません。「詩は滑稽だ」が、果たしてアイロニーか否か、そうだとすればどのような意味か、それを考えるのは読み手の側です。これらの先行研究を念頭に置いて、読み手が各々、自分のアイロニー観を構築しなければなりません。

 新年度前期教養教育「『詩は滑稽だ』―現代詩とアイロニー」へのイントロダクションです。
  • URL:https://yaplog.jp/projectmannex/archive/62
コメント
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー 絵文字 プレビューON/OFF

不正な自動コメント投稿を防ぐため、チェックボックスにチェックをしてください。

利用規約に同意
 X 
禁止事項とご注意
※本名・メールアドレス・住所・電話番号など、個人が特定できる情報の入力は行わないでください。
「ヤプログ!利用規約 第9条 禁止事項」に該当するコメントは禁止します。
「ヤプログ!利用規約」に同意の上、コメントを送信してください。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:Project M Annex
読者になる
Project M Annexとは?
主宰者プロフィールはProject Mをごらんください。
初めて投稿する方は、次の記事をごらんください。
「このサイトについて」
「質問・投稿の仕方について」
「このサイトのポリシー」
コメントは承認制です。トラックバックは、不正な書き込みが多いので中止しました。
https://yaplog.jp/projectmannex/index1_0.rdf