啓蒙について

2006年03月21日(火) 6時48分
 「神話は啓蒙であり、啓蒙は神話である」。これはマックス・ホルクハイマー、テオドール・W・アドルノの『啓蒙の弁証法』の骨子です。私はこの本を読んで、文字通り蒙を啓(ひら)かれました。難しい本ですが、長く続く効力を持っています。

 古代の神話は、単なるお伽噺などではなく、当時の人々が生きていくための知恵を教えている、つまり啓蒙なのだ、という主張が、ホメロスの『オデュッセイアー』などを例として語られます。逆に、現代の啓蒙は、容易に神話的な水準に堕し、神話と同じように人々をある共同性に染め上げ、自分で考えることをしない奴僕と化してしまう、とも。名指しは避けられていますが、ここでは、ナチズムやスターリニズムが念頭に置かれています。

 これらの全体主義の解明は容易ではありませんが、忘れてならないのは、これらは決して単純な暴力的圧政として出発したのではなく、当初は民衆の支持によって権力を握ったということです。それらを野蛮として告発するだけでは、その本質はとらえられません。ファシズムは、啓蒙としての性質によって、民衆を魅了し、民衆は啓蒙家として、彼らを歓迎し珍重したのです。全体主義は支配者だけの問題ではなく、私たち自身の問題でもあるわけです。

 しかし翻って考えるならば、人が生まれて生き延びるためには、無数の学習の過程を経なければなりません。社会的生活を営むためには、より高度な様々の知恵や技術を身につけなければなりません。文学や芸術でも同じことである、どころか、その最たるものですらあります。このような生きるための知恵とイデオロギー的な領域とは、画然と区別できるものではありません。どこかでつながっています。私たちは、啓蒙を捨てることも、もはやできないのです。

 ここにはパラドックスがあります。けれども、パラドックスは人の生の本質です。私たちは、知恵や技術、そしてイデオロギーをも学びながら、それらを常に批判的にとらえ、それらをいちいち相対化して、自分で判断する習慣を身につけなければ、必ずや、いつか来た道に戻ることになるでしょう。そして、例によって、私のテキストもまたそうです。私がしていることは、「啓蒙批判」という啓蒙であり、自分自身で考えよ、という啓蒙にほかならないのです。
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