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2006年01月05日(木) 14時42分
 Project M Annexは、ホームページProject Mの別館です。専門分野である日本近代文学・比較文学・表象文化論の授業や研究について、学生や一般の方の質問を受けつけ、情報を発信することを主な目的とします。

 その他、大学・教育方法改善・大学間連携・地域連携などについても、同じように意見と情報を交換することにします。また、人文・社会・芸術などにわたり、必要と思われる発言を行うこともあります。

 Project M Annexでは、学生や一般の方の、質問や投稿を歓迎します。ただし、個人情報保護のため、匿名での投稿をお勧めします。適宜、ニックネームで投稿してください。

 質問などのない場合には、術語集・授業の補足・こころ・動きなどのカテゴリーに従って、思いつくままにメッセージを書いてゆきます。原則として、ウィークデーは毎日更新します。

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 これからよろしくお願い申し上げます。
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mih
 それにしてもたいした英語力ですね! 私はイシグロを読もうとして難しいので投げた覚えがあります。アーヴィングやオースターは、村上さんのテリトリーですね。レイモンド・カーヴァーはどうですか? きっと読みやすいと思います。いや、もう読んでいるのかな?

 村上さんのフランス語訳も素敵ですよ。「蜂蜜パイ」なんて最高です。どうもやはり翻訳されると別のものになるのですね。村上さんの原文の文体は、もちろん素晴らしいのですが、英語やフランス語になると、どこの国のものだか分からなくなり、いっそう、その文体の本質だけが残ってピュアな感じになるようです。もちろん、訳者の技量の見せどころでもあります

 ルービン訳とバーンバウム訳を比べると、前者はすっきりしていて原文の趣を伝え、後者は典雅な感じで文学っぽくなっています。どちらもそれなりによいのですが、バーンバウム訳は、言葉が難しくて読むのには苦労しました。今手もとにテキストがないので(たまたま函館に来ているためですが)どの作品だったか言えないんですけどね。

 それにしても、趣味(と実益?)でそんなに読んでいるなんてすばらしいことですね。読むことが完全に仕事になると、意外に、好きなものはなかなか読めなくなるのですよ。どんなことでも、仕事となると大変なのです。。。

2009年09月13日(日) 8時06分
オヤマハツヨ
 面接練習もちろん覚えております。あの一回の練習のおかげで無事合格し!今でも現役教員です。
 ご推薦いただいた私と同じ山羊座のA型のムラカミハルキは、先月What I talk about when I talk about running を読んだところです。先生のおっしゃるように、英語栄えする文章でした。流行の1Q84でも読もうかなと思ったのですが、まだ翻訳(英語に…)されていないのでしたね…。断念。
 宮沢賢治は、実は格別好きなわけではないのですが、英語で読むという発想はなかったので、今度チラ見してみようと思います。
 面白い本に出会ったときのなんともいえない幸福感を味わいたくて、素敵な本との出会いを求めています。日本語を学ぶ外国人が、夏目漱石と大江健三郎と村上春樹を読むのでは大分違うように、私が英語で読むのにも、ジェーン・オースティンとジョン・アービングとポール・オースターでは大分違うので、同時代の作家、作品で、出来れば「明るい文学」が、とっても読みたい気分です。
 久しぶりに先生の声に触れ、ご返答とても楽しく読ませていただきました。
 これからでも遅くないので、素敵な本を思い出したらご紹介下さい。
でないと、今読んでいるカズオ・イシグロが終わったら、今度はまたポール・オースターになってしまいます。別に先生のせいではないですけど…。
2009年09月11日(金) 21時25分
mih
 どこか太宰を思い出させるそのお名前は、とてもなつかしいですね。お元気でしょうか。出張講義でおめにかかったきりですね。和室で採用試験面接の練習をしたことを覚えていますか?

 ところで、「語学が堪能な文学者」というのは、単なるあなたの思い込みです。事実は、さいきん派遣されたオランダでの研修で、15人のメンバーのうち一番英語が苦手だったのが私です。このごろは、なにをかくそう「英語が苦手な教員」として自己紹介しています。

 従ってむしろあなたの方がお詳しいでしょう。私が派遣された理由の一つに、英訳の村上春樹作品の講読を授業で担当していたことがあげられます。The Elephant Vanishesという、赤い表紙の有名なアンソロジーをテキストに使いました。ジェイ・ルービンとアルフレッド・バーンバウム訳の短編集です。

 村上さんの作品が世界中で読まれている理由として、人名・地名を除けば、世界のどこにでも共通に受け入れられる物語であることがよくあげられますが、英訳になるとそれはいっそうはっきりします。また、日本語だと読み飛ばしてしまう箇所も、英語では精読しなければならず、今まで見えなかったものが見えてくる体験がたくさんありました。

 そして若い学生たちの想像力は、なかなかのものですよ。いくつも発見がありました。なかには、「今まで村上作品は一つも読んだことがなかった」という学生もいましたが、それでも、批評家顔負けの解釈を提案して、議論が盛り上がる場面が見られました。

 他に、宮澤賢治の英訳なども興味深いものです。と、いうわけで、現在の私はそんなことばかりしているので、ご質問にお答えする能力がありません。もうしわけありませぬ。むしろあなたがお読みのもの、考えたことがありましたら、ご遠慮なくお聞かせください。
2009年09月11日(金) 14時49分
オヤマハツヨ
 山大人文国文科時代に大江健三郎で卒論を書き、英語教員をしている卒業生です。お世話になりました。
 語学が堪能な文学者の中村先生に、お願いがあります。私はここ数年英語の本しか読まなくなっているのですが、(多読をしていたら英語の本しか面白味を感じなくなりました)、最近何を読んだらいいのかわからなくなってきました。難しすぎても困るのですが(ジョン・アービングレベルは「自然な読書」になりません。)、普通の本なら普通に読書できますので、何冊かご推薦いただけたら、大変助かります。身の回りに英語の本を読む人があまりいないので、切実に情報に欠乏し、困っております。
 英語で読んで好きな作家は、Roald Dahl, Louis Sachar, Kazuo Ishiguro, Paul Auster などですが、このへんはほとんど読み潰しています。John Irving は日本語では好きでしたが、英語で読むと、自然な読書を楽しめなくなるので、将来の楽しみにとってあります。最近読んで面白かったのは、Slumdog Millionaire, Eat Pray Love, Kite Runner, The Last Lecture, The glass castle などです。図々しいお願いですが、明るい文学、簡単な文芸書、文学理論に関する英語の初心者向けの本などをご推薦いただけると、本当に嬉しいです。
お忙しい中とは思いますが、ご解答いただければ幸いです。
 お体に気をつけて、頑張って下さい。(^_^)/~   
2009年09月09日(水) 21時20分
mih
 ご質問うけたまわりました。
 が、多忙につき、しばらくお待ちくださいませ。
2007年12月13日(木) 18時58分
ふるー
志賀直哉の 城の崎にて と 草稿 いのち の違いを簡潔に教えていただけませんか
2007年12月11日(火) 23時34分
ミハル
 ただ、何をどう学んだらよいのかということも、永遠の課題ですよね。巷にあふれているハウトゥー本、ロードマップの類は、なるほど便利ですが、きちんとした思考のプロセスを提供してくれるというようなものではありません。

 また、構えて「学ぶ」姿勢は、時として大変に苦痛なものです。自分に適した学び方を学ぶことが大事なんですよね。たくさん濫読する中からの発見もあれば、片々たる断章に、きっかけが眠っていることもありますし。

 ほんとうは、何かを教えるというよりも、学び方を教えることが必要なんですが、そういうわけで人それぞれに違うので、なかなかむずかしいところです。

 ご質問をお待ちしています。どうぞご遠慮なく。
2006年02月14日(火) 9時13分
ぽにー
返信ありがとうございました!!今までとは異なったフレームで小説を読もうと思ったら、「学ぶ」ことが大切なんですね。多くのことを学んで、その契機にしようと思います!ありがとうございました!
2006年02月13日(月) 22時51分
ミハル
 自転車がなぜ倒れないかというと、倒れそうになったらその方向にハンドルを小刻みに動かし、重心を移すからです。初めは意識しなければできないそのフレームを、人はいつしか修得してしまいます。そして、修得してしまえば、意識するかしないかの境界線は、定かではなくなります。

 「語り手は作者ではない」「小説は物語だけでは成り立っていない」などの事柄も、みなフレームです。自然な読み方≠ニいうのは、たぶんないので、たとえば絵本のようなもの、『ぐりとぐらの海水浴』でも、『さかなはさかな』でも、ある種のフレームによって読まれるものだと思います。

 読書のステージによっても、小刻みなフレームの動きは必ずあります。そうでなければ、読み返す≠アとの楽しさは生まれません。でも、無理やりに見方を変えようとしても難しいでしょうね。自然≠ニいうことはないにしても、何らかの契機は介在するものでしょう。学ぶ≠ニいうことが、その契機の一つになります。

 「文学は教えられない」「詩は解釈できない」という思想は、ある水準以上では、もしかしたら有効かも知れません。でも、その水準ははるかに高い。同じく、フレーム理論にも限界があるでしょうけれども、きっかけをつかむことによって、大きく変わるという発見は否めないと思います。

 文学は、教えられるし、学ぶことができます。少なくとも、かなりの水準までは。
2006年02月13日(月) 9時09分
ぽにー
初めまして。今日初めて三春先生のHPにお邪魔しました!少し難しいところもあったんですが、授業の延長のようでとても参考になりました
 小説を読むときに、どうしても人物ばかりを追ってしまうのですが、そうではない読み方もしてみたいと思いました。しかし、もしそういう読み方をしようと思ったら、やっぱり意識しながら読まなければならないんでしょうか?空間と空間の越境の物語だと、自然に感じられるものではないんですか??小説は様々な読み方が出来ると思いますが、それは読む人の数ではなく、同じ1人の人間からも複数の読み方が出来るものなのでしょうか。私が今まで読んだ小説も、見方を変えていけば、それまでとは異なった読み方が出来るようになるんでしょうか??
 拙い文章で申し訳ないです
 
2006年02月12日(日) 20時40分
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