核とDir

September 23 [Sat], 2006, 5:22
わたしはしょっちゅう泣くし胸も痛くなるし癖みたいに虚無感に囚われるし最早惰性で感傷に浸る。本っ当に生きにくい人間。馬鹿なくらい生きにくい性格に体質。決して良いことじゃない。
でもそれがわたしだって認められる、許せるようになったのは、そりゃ勿論年相応に成長したからと、一番辛い寂しいときにディルを知ったからだと思う。京の歌があったからだと思う。

私は生きることがあんまり好きじゃなく、かといって死ぬことには興味がない。幸せって何?それに何の価値があるの?それにどんな意味があるの?何もかもに何もないことは知ってる、分かってる。私の空は決定的な虚無感。痛みだけがすべて。人は大切な人を亡くしたり肉体的に傷つけられなければ痛みに気づけない。生まれた時から胸は痛んでるのに。生きる痛みは何よりすべてなのに。
人はそんな私の思考を病んでるとか非凡だとか言うけど、そうじゃない。まだ気付いてないだけなんだよ、貴方達が。
明日笑えたならだから何?
笑うことに、幸せになることに何の意味が、何の価値がある?
生きて死んでそれが何だというのか?

傷つけなきゃ生きていけないんだ。被害妄想でも自己陶酔でもなく、私は幼いころにそれを知ったし今でも痛感しながら生きてる。
唯一の世界だった手に捨てられ、残った希望は私を見てはいなくて。
私はそれでも感謝していたし尊敬もしてる。でも自分の言葉を武器にしなきゃ、凶器にしなきゃとても生きられなかった。あまりに辛すぎたんだよ、子供で人一倍人間が、生き物が好きだった私には。
今はもう目を閉じる術を知ったけれど、やっぱり時々私の言葉は暴力になる。
傷付けて、傷付けられて、それでも生きなきゃいけない。これからずっとそうやって生きて、生きて、生き抜かなきゃならない。
そんなことに何を見出せっていうの?

ずっとそんなふうに思ってて、やるせなくて、でも人を嫌いになれない自分が大嫌いだった。
結局私は生き物が好きな私のままで、誰かが笑ってくれたら嬉しくて。
だけど私を愛してくれる存在なんて、なくて。
辛かった。痛かった。何もなかった。
それは今も変わらない。私の核になっちゃってると思う。

でもディル聴いて、京を好きになって、彼の言葉を集めて、彼の幸せを願うようになって。
笑われてもいいけど、私は本気で心底彼の幸せをいつも願ってる。
そしたらね、生きる意味なんて見つかんないけど、とりあえず彼の幸せを今必死で願ってる、それでいいんじゃないかって思った。例え他人でも誰かの為に何かを強く想う、そんな生き方があっても別にいいんじゃないかって思った。
本当に私には何もなかったから。

確かに何よりすべてだった父親の手。一瞬で私の手を振り切って、その意味を知るのは数年後。私を映さない母親の瞳。私をいないものとして扱う姉と親族達。生きてること、ここにいることを認めてほしくてでもそんなの叶わなくて。どうしようもなくなれば言葉を暴力にして傷付けて。本当に、傷つけて傷つけられて、どうしたって私が生きてることは荷物以外の何者でもなくて。
だから愛とかそういうのないって思ってた。
でも私が今馬鹿みたいに彼がいつか絶対幸せになれますようにっ今誰かが隣にいるなら彼を心の底から笑わせてくれますようにって祈ってる、それって恋愛とか友情とか家族愛とかじゃないけど、愛じゃないの?って。
誰かの幸せを祈ることを、愛って呼ぶんじゃないの?って。
そう思った。

今は絵を描くって目標を見つけて、笑って生きたいって思えるようになって、そうやってなんとか毎日を生きてる。愛ってやつを手に入れてやるって、思う。
今でもそりゃあ家族には好きでも嫌いでもない、くらいにはなってほしいと思うけど。でもそれは流石に無理だと思う。それに京の歌があれば、ディルがいてくれれば、大丈夫だと思う。耐えられる。
もう子供じゃないんだからそのへんは仕方ないって諦めないとだよね。

前みたいに彼の歌を聴いて一晩中空を見ながら泣いてる、なんてこともなくなった。
どうか笑ってと祈ることも今は減った。
前みたいに必死に祈ったりなんかはしない。
もう自分が京を応援してる、ってのは自分が一番よくわかってるから。


むむむ。
文章力ないし今は何ひとつ手に入れてないから上手くまとめられない。
でも何か書いておきたかった。
人から見たら馬鹿みたいで、ほんと意味のない散文だけど。
でも自分がどうやって今ここにまだ残ってるのか、再確認しておきたかったから。

というのも某盤解散で友人がそれについて書いてて、色々と考えさせられたから。
私にとって大事な存在のディル、解散なんて考えたくもないし想像できないけど、その影響や恩恵はすごく大きいんだなって。
あのとき京の歌がなかったら、京を知らないままだったら、多分わたし今、いない。

うまく言葉にできないんだ。
どんなこと感じたかなんて。
なんで好きになったかなんて。
でも私の人生の中で京が大切な存在で、良かったと思う。
心からそう思う、な。



あ、題名がDirなのはわざとです。
変わらず今もDIRが大好きだけど、初めて出会ったのはDirだからさ!

京都

September 19 [Tue], 2006, 23:05
私が一等好きな場所。
何かもう好きなもの全てが詰まってる、ような気がする。というより好きなもののルーツがみんな揃いも揃ってここって感じなのだ。そんな勘違いを疑いもせずにできる程、私はこの街に憧憬と執着を抱き続けている。
しかもちゃんと私という自己と理想像が確立してからは行ってないしなあ。
将来は絶対市内に住みたい!まあ新しく住むには不向きってのは十二分に分かってるんですけどね!(泣)色々厳しいしさ。
そもそもお金がなきゃ無理だけど。いや絶対大丈夫成功するよ私の夢は叶うのよ!と自己暗示しておきます。まだそれが有効な歳なので。いや何歳になってもイメージは大切にして必須だと思うけど、挑む前と挑んだ後じゃその鮮明さと大きさが変わってきちゃうから。

私が京都に求めてるのは安住じゃなく獲得だと思う。というか何かに安住を求めたことはない。というのも常に獲得に必死だからだ。きっと確保できたら安住を祈るのかもしれないけど。
ともかく私にとっては色々な意味で夢の街なのだ、京都という日本の地は。

夢野久作

September 19 [Tue], 2006, 23:02
ドグラ・マグラで有名なあの人。私が一等尊敬する小説家にして一種の気違い。
あくまで私の夢野像を語ろうと思います。
気違いという特殊な存在をしかし特殊でないとし、それに傾倒し心血を注いだ人。この人の作品で気を違えてない人がいるのってない。
角川の作者紹介には因縁と心理遺伝を題材とした作品を著し、なんて書いてあるが適切ではないと思う。因縁だとかそんな言葉じゃあ駄目なのだ。
気を違えてはないが狂わせた経験のある私から見れば、つまり理想から来る自覚と絶望じゃないかと思う。諦念しかないなら心なんてそんなに弱くはない。
この人は人を見下しながらも畏怖し、また愛した。だけど彼が見ていたのはこの世界ではなく、それでも両の目はこの世界を見ていた。賢い傾倒者というのはいつの時代も気を違えた以外にない。

虚構。「少女地獄」。嘘に感情を寄せればその人間もその感情も嘘になる、されど惹かれた嘘が死すとも寄せた嘘は死にはしない。それは真とどう違うのか。嘘が最後まで嘘ならば寄せた嘘も嘘にはならないのか。「何んでもない」なんてとんでもない嘘から始まるこの作品、嘘吐きの自分には考えるものが多々ありました。
うーん、しかしユリ子の一生は美しい。憧れはしないけど。私は至って健全な女子なので(笑)

「非」日常・現実・常識

September 19 [Tue], 2006, 23:01
私が生きたい世界。
非日常的で非現実的で非常識的に生きたい。
常にドラマチックに生きたい。なんて小学生のようなままこの歳になってしまった私は一生治らないと思う。ので、それを絵に生かすしかないと思っている。

といっても現実逃避がしたいわけじゃなくて、望む世界が今ここにはないっていう。明確な理想ができちゃってるもんだから問題。もう空想狂、妄想狂の域。ドグラ・マグラの住人まであと一歩★笑

ていうか簡潔に完璧な理想を言うと二次元の世界に住みたい(゚∀。)
それは好きな漫画やゲームや何やらがあってその世界にいきたーい、って意味じゃなくて、もう異次元というそのものに異常な憧れを抱いているのだ。
この世界じゃ満足なんて出来やしない、って思い込みがあるのがいけない。

とりあえず、見たことも感じたこともない環境に惹かれるのです。

外見

September 19 [Tue], 2006, 22:56
人の価値は内面だと思う。
でも外見が良くなければ内面まで見て貰えない。外見は書類面接であり甲子園予選なのだ。
つまり生きる上で、評価されたい人間と愛されたい人間には必須の項目で最低ライン。
「人」の価値は内面で決まっても、外見が悪ければ「人」として見なされない。

ちなみに私は醜形恐怖症の為自分の顔が史上最強最悪にコンプレックスです。鏡見た直後に自殺衝動や破壊衝動、圧倒的な絶望感に襲われるのはしょっちゅう。顔について褒められる事があるともうほんとどうしていいか分かんなくなる。被害妄想だとはわかってるけどどうしても素直に受け止められない。この馬鹿!
まぁ理由は分かってて、私の理想の顔は二次元だから(死)
鼻は目の三分の一で横顔は綺麗なEラインで肌は陶器のような質感と雪のような白さと…
それもはや人間じゃないし!
でも分かってるのに高望みは止まらない終わらない。まあ望む限り上昇できる可能性はあるっていうし、精一杯頑張ろうと思います…
…って話がずれた。

ともかく顔と体格とセンスは大事すぎると思う。多分私が無意識に冒頭のように人を見てるからだろうけど。
さえない夫と歩いてる妻とか見ると「あんな人と結婚しちゃって…せっかく一度の人生なのに何も捨てなくても」とか余計なお世話全開で哀れんでるし…(最低)

あと髪型。私はまず髪型で人を判断します。その人が望む自らの人物像は一番髪型に表れると思うので。

寺山修司

September 19 [Tue], 2006, 22:54
私が一等好きな言葉人。
「寺山修司少女詩集」はお墓の中まで抱えていきたい、というか是が非でも入れて欲しい。
ここまで網膜や鼓膜で止まらずに胸や脳天、涙腺の奥まで響く詩はこの人にしか書けないと思う。
見かけは正直やーさんなのに(笑)

特に“全身”“さがす”“ダイヤモンド”“贈物”“てのひらをじっと見る詩”は本当にもう滲み入るように悲しく寂しく切なくそれでいて息が楽にできるようになる。胸は痛んで仕方ないのに共鳴する。“時計恐怖症”は私が表現したかった漠然としたものをばっさり書いてくれたもの。

彼の詩は教室であり浜辺であり家であり秘密基地であり。彼の本を開いていると何だか落ち着く。でも一切の先が見えてしまった日に夕陽を一人見て涙ぐむような、そんな感傷的な気分にもなる。でも虚無感とは違う、まさに文字通り感傷的な気分に。

そして、
「お母さんは色情狂です 猫は浴槽の中で剃刀を舐めています」
「発狂した母が 浴槽の中で美しい犀を飼いはじめる」
この二つの文の美しさったらない!こんな文章が地上に存在することが奇跡みたいなもの。あらゆる可能性を信じたくなってくる最高の美文。この文を見る度私はアホのように溜め息ばかりついてしまう。

うーん、自分のボキャブラリーのなさが嫌になってくる…
二年前くらいの方がまだ日本語使えた気がする(T∀T)
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