焦りや不安

February 26 [Wed], 2014, 23:26
入院4日目。

そろそろお風呂に入りたかった…

少なくとも、明日の診察までは入られない……
というか、退院させて欲しかった。

今日は、点滴に来た看護婦さんに退院させて下さいって言ってしまった…

看護婦さんにそんな権限はないのだけど

でも仮に明日退院しても、すぐに仕事に出ていいのか、少しだけ不安はあった。

またすぐに具合が悪くなったらと思うと怖かった。

ちゃんと元気にならなきゃ

体だけじゃなくて、心も元気にならなくちゃ

入院中の時間

February 26 [Wed], 2014, 16:34
入院3日目。

今日は旦那さんがお見舞いに来た。

いつもは長い一日が、短い時間に感じた。

帰り際、行かないでって言っちゃった…

困らせたくないのに、涙がでた。


もう熱は下がって、体調もなんともない。

早くここから出たいな。

考える時間

February 25 [Tue], 2014, 0:27
今日は熱も少し下がって、昨日の午後から病室も移った。

病室は二人部屋だが、カーテンで仕切られて半個室状態だった。
隣の人とはほぼ顔を合わせる事もないが、名前はナカタさん(仮名)と言って、どうやら妊娠初期の出血により入院中の様だった。

午前中は母親が訪れ、午後は旦那さんが訪れ、聴こえる会話からなんとなくわかった。
出血を抑える点滴が、吐き気を助長するものらしく、何度もトイレに行っていた。
そして、今日の診察で赤ちゃんの動く様子がわかったらしく、お母さんに嬉しそうに話していた。
どっちに似てるかな?
性別は女の子がいいな。
早く家に帰りたいな。
など、明るい会話を聞いていると、自然と自分も嬉しくなった。

やっぱり私も早く赤ちゃん欲しいな…

そして今日は、午後から子宮内に残っている血の塊を綺麗にするため、また全身麻酔で手術台にあがる。
なんとなく……思い出してブルーな気持ちになったが、
やはり目が覚めると全て終わっていて何も覚えていない。

悲しかったり、嬉しかったり、また悲しかったり。

一難去ってまた一難

February 24 [Mon], 2014, 16:07
昨日の入院から一夜明けて、私の熱はまだ完全には下がっていない。
夜中、急な高熱によるものなのか、震えが止まらず寝れないのが辛かったが、
明け方になって震えも止まり、少しだけ睡眠を取ることができた。

職場には、昨日のうちに旦那さんから連絡をしてくれていたので
結局またしばらく仕事をお休みすることになった。

急患で入院した為、ナースステーション内の仮のベッドにいる。
ナースの愚痴も時々聞こえてくるが、新しい命が誕生して運ばれてくると、
力強い生命を感じるその鳴き声に包まれて、とても温かい気持ちになる。

でもまだ熱でクラクラしていて、若干意識がぼーっとしていた。
そんな時、実家の母親からの電話がなる。
流産したことも、手術をする予定だってことも前に話していたが、今入院していることは知らないはずだ。
今は何も話したくない気分だったが、何度も着信を知らせるバイブがなるのでたまらず電話に出た。

私:もしもし
丁度その時、病院内の何かの放送がなった。
母:あれ?もしかして今病院?
私:うん
母:手術って昨日じゃなかった?

どうやら、おとといの手術が昨日だと勘違いしていたらしく、今日は手術のあとで仕事を休んでいると思っていたらしい。
かいつまんで今入院している事を話すと、近くまで来ていた母は、そのまま病院に来ることになり電話を切る。

面会に来た母は、私が手術の次の日仕事した事が、後々の私の体にダメージになるなど色々話していたが、
とにかく今は何も話したい事はなく、早く帰って欲しかったので、無言のまま話を聞いていた。

そんな私の様子を察してか、母は早々と帰って行ったが、
私はすぐに、声を殺して泣いていた。
旦那さんなら男の人だからと思えるとしても、母親は女性でましてや自分のお母さんなのに…
少しだけ回復しようとしていた心は、また傷ついて、私の心は締め付けられるように痛むのだった。

自分の気持ち

February 23 [Sun], 2014, 11:33
手術の翌日から、私は普通に出勤している。

昨日まではお腹にいた赤ちゃんのことも、まるで夢だったかのよう。
やはり何事もなかったかのように振る舞う私を見て、みんなもいつも通り接してくれている。
ほんとにありがたかったし、仕事をしていれば、悲しいことも全部考えないでいられた。

就業後、帰宅する頃になって急に体調がおかしくなった。
腰の辺りに鈍い痛みを感じて、体がだるくて、とにかく寒気がしていた。

なんとか自分の運転でアパートに着くと、熱が上がって39度になっていた。
歯がガチガチ言うほど、寒気で震えている私を見て、旦那さんが病院に連れて行った。

診療時間外だったが、おじいちゃん先生が来て診てくれて
子宮はきれいだし、問題ないよ
とのことだったが、熱が下がらないので、念のため、感染症やその他異常がないかを検査するためにも
その日はそのまま入院することになった。

旦那さんは一旦アパートに戻って入院セットを持ってくると、
時間もかなり遅かったこともあってすぐにまたアパートに戻った。

私はベッドで、旦那さんに長文のメールを打った。

私、先生に子宮は問題ないって言われて、無意識に心の中で良かったって思ってた。
赤ちゃんがダメになったってわかった時
あなたが私に言った「また、頑張ろうな」っていう言葉を聞いて、
どうして赤ちゃんがダメになったのか原因がわからないのに、どうがんばればいいんだろう?
私は、本当は子どもが産めない体なのかもしれないのに。
どうして、こんなに傷つくことを言われなきゃならないんだろう?
もう、こんな人の赤ちゃんはいらないって、一瞬思ってた。
でも、今日先生の言葉を聞いて、やっぱり私はあなたの赤ちゃんが欲しいんだって
自分の気持ちに気づいたよ。
だから、私の心と体が回復するまで時間は少し掛かるかもしれないけど待っててくれる?

旦那さんからすぐに返信がきた。

本当にごめん。
メール見て泣いた。
俺、こんなにいい嫁さんをもらったのに、悲しませてごめんな。
ゆっくり体休めて、元気になって。
俺はいつまででも待ってるから。

稽留流産手術

February 23 [Sun], 2014, 4:25
今日は、手術の日だ。

朝早くから病院にきて、点滴したり子宮口開くための器具入れたりして準備して
夕方の手術まで待つ。

待ち時間が長くて、病院内にいなきゃいけなくて、何もすることなくて、
とにかくひたすら涙を我慢し続ける。

夕方手術後旦那さんに迎えに来てもらう予定。
だけど、何度も何度も
病院に今から行くっていうメールが来る

もし、今ここに旦那さんがいたら、アパートにいる時みたいに涙が止まらなくて、
手術前に間違いなく大変なことになる。

来なくていいよ
って、メールを返しても
心配だから病院に行くとしつこくメールが来る

最終的には、来て欲しくないから来るな!と返事を打つ

旦那さんは、男だからこの気持ちがわからなくてもしょうがないって思う。
でも、メールが何度も届くたび、心が痛くて痛くて、涙の我慢に限界が来て
何度も何度もトイレに駆け込んだ。


そして、手術室へ入るとそこからは全身麻酔で記憶はなく、
気づくと知らないベッドの上だった。

近くにあったナースコールを押すと、看護師さんがきて
点滴を外して、子宮に詰め込んでいたガーゼを抜いて、
迎えの人来るまで待ってていいよと。

麻酔が切れたばかりで、頭がぼーっとしていたけど、旦那さんが迎えに来て、
車に乗ったら、なぜか気分がスッキリしていた。

なぜなんだろう。
短い間だったけど、私の中にいた子がいなくなってしまって悲しいはずなのに。

なぜなんだろう。
お腹の中にもう居ない事実が、私を前向きにさせたのか?
今は、今だけは何も考えたくない。


追い討ち

February 23 [Sun], 2014, 4:11
流産がわかった誕生日の二日前、私はすぐさま会社に電話を入れていた。
電話越しじゃないと、ちゃんと話せないと思ったから。
電話を切ったあと、嗚咽が出るほど泣いた。

その後も、職場では何事も無かったかのように、普通に振る舞っていた。
普通に話して、普通に笑って、悲しくないみたいな自分が悲しかった。
だから、帰りの車の中とアパートについたら、ずっと泣いていた。

そして、悲しいかなつわりもない。
今思えば、色々悩みすぎて物凄いストレスで、自分で自分の体に負担をかけてたのが原因で、
赤ちゃんがダメになっちゃったんじゃないかって。

そして、ずっと泣いている私を見て旦那さんが言った。
また、頑張ろうな


何も言い返せなかった。
悲しすぎて、旦那さんに言いたいこと言えずに、泣き崩れた。

バカバカ…
でも、自分が一番バカ…

色んな涙

February 23 [Sun], 2014, 3:46
あれから二日後、旦那さんと二人で病院にいた。

おじいちゃん先生にも診てもらって、赤ちゃんの心臓が前は動いていたらしいけど、
今日は動いていないと言われた。

旦那さんもエコー画像を見せられた。

数日後、手術で赤ちゃんを出してあげる事になった。

病院を出てすぐ涙が溢れてきた。
旦那さんに支えられるようにして駐車場の車まで歩いた。

アパートに帰ると、旦那さんが用意していた誕生日プレゼントをくれた。
安物の靴だったが、以前私が欲しがったものを、自分の弁当代からお金を出して買ってくれていた。

涙がでた。
嬉しいのと、悲しいのと、何で今日なんだろうと思って泣いた。

さらに悲しいこと

February 23 [Sun], 2014, 3:24
7月14日。二日後は私の誕生日だが、今日は始めての妊婦健診。

数日前にもらったばかりの母子手帳。
まだ何も中身は書いてない。

大きくなってるかなぁ…ドキドキしながら診察台へ

今日はいつものおじいちゃん先生じゃなく、若い女の先生だった。

診察はすごく丁寧に時間をかけていた。

でも、何か言わないの?

何か、不安な沈黙が流れる…

まさか…

診察が終わり、今度は先生と向かい合って椅子に座ってお話を聞く。

残念ですが、赤ちゃんは死んでいます。

私は、なぜだか冷静に話を受け止めていた。

妊娠初期の流産はよくあること。

初期流産の原因は遺伝子そのものが弱かったなどの原因がほとんどで、

お母さんに原因がない事がほとんどだと言う事。

妊婦さん5人に1人が流産すること。

そして改めておじいちゃん先生に診てもらいに来なければいけない。

私は、アパートで待つ旦那さんにメールを打った。

でも、字が霞んでメールがちゃんと打てたかわからなかった。

病院を出て、帰りの車の中で電話をした。

赤ちゃんダメだったよ…

自分の言葉で始めて本当に事実を受け止めたみたいに、

一気に我慢してたのが出た。

運転に支障が出るぐらい前が霞んで見えなくなるから、

アパートでまた話すと言って電話を切った。

でも、やっぱり前が霞んで全然見えなかった。

腹をきめる

February 23 [Sun], 2014, 3:06
あれから私は覚悟を決めた。

どんな事があっても旦那さんについていくと。
それが、自分で選んだ道だから、自分で責任をとるって決めた。

まずは、旦那さんが自分でやらない債務整理から手をつけた。
やり方を知らないどころか、知ろうともしない旦那さん。
誰かがなんとかしてくれると思っているようだ。
私は、銀行に行って話を聞き、社会消費者センターに電話をし、ネットで調べ、
それらをもとに返済計画を紙に書いた。

旦那さんの無駄な保険は解約させた。

そして、旦那さんのお小遣い無しで毎月少しずつ借金を減らして行くことをはじめた。
そんな矢先、マイホームに一歩近づいたと思って、気が緩んだのか、
今日旦那さんはこう言った。

8月に出るドラクエ買いたいなぁ


私は、またも涙が出た。

人生でこんなに人に泣かされたことは今までなかった。

今にも血管が切れて、私倒れて天に召されるんじゃないかってぐらいキレた。

もうすぐ、始めての妊婦検診だ。
プロフィール
  • アイコン画像 ニックネーム:ピ
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:7月16日
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建てたくなかったマイホーム、妊娠、流産、そして妊娠、妊婦高血圧、胎児発育不全、を経ての出産。NICUでのこと、そして現在。自分の気持ちの整理のために始めたブログですが、同じような体験をしてきて、たくさんの想いを抱え込んでしまっている人のはけ口の一つになれたらいいな。
2014年02月
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