3. ピンクの花と新しいこと

November 30 [Sun], 2008, 13:24



あの例の “箱庭の人” と会話を交わした日からも、相変わらず僕は何の変哲もない時を過ごし、あと2、3日

もあれば、その日の出来事など消え去ってしまっていたと思う。





午前中の講義が一通り終わり、友人の樋高は、その日とてつもなく明るい顔をして僕の前に現れた。

何でも、ゴールデンウィーク中の3連休を使って試みたアルバイトが思わぬ大成功を納めたという。


そのアルバイトというのは、ほとんど自費出版に近いようなマイナー雑誌の表紙をデザインする仕事で、

芸術系の学部に属している樋高にはもってこいの仕事だった。

プロのデザイナーの事務所で、数人の仲間と意見を出し合いながら絵を描くという作業。

雑誌は1か月分で、3日を使って1枚を仕上げればよいという、比較的余裕のあるスケジュールだったようだ。




樋高が自慢げにカバンから取り出したその雑誌のタイトルは 「月刊 サイエンシー」 と名づけられていた。

科学系の大学教授や、その線のマニアしか読まないような代物のようで、

本屋の店頭で手に入れるのはもちろん、小さな本屋においては取り寄せも難しいという。





ただ、現物を手に取り、1ページめくってみると、これが意外と面白そうに見えたから不思議だ。

今月号はどうやら、”シャボン玉”がテーマのようで、大きなシャボン玉を割れずに作るコツとか、

小さなシャボン玉を沢山作る方法とか、小学生でも楽しく読み進められるのではないかという気がした。





近くにあったベンチに腰掛け、ご丁寧に足を組んでまで雑誌を読みふけろうとし始めた僕だったが、

2,3ページ読み進めていくと、だんだんと最初に感じた意外性や好奇心が薄らいでくるのを受け入れないわけにはいかなかった。


最初のページすら「小学生向け」だったものの、やはり数ページ後はそれなりもそれなりで、

受験勉強のとき必死に詰め込んだ ”√” やら ”Π” やらが数字に混じってびっしりとページを埋め尽くしていた。

シャボン玉の大きさを表現しているのだろう。 石鹸液の粘度でも表しているのだろう。  そのくらいはわかる。


苦笑いで雑誌を閉じた僕を、相変わらず樋高はキラキラとした目で見つめていた。




「どう?」




「どうと言われてもね・・・・ こういうのは文系にとっては暗号でしかないから・・・・」




「表紙だよ、表紙」





「あぁ。」





そうだった。と慌てて表紙を見返す。




悪くない。



決して悪くはない。



ただ・・・・







「このさ、ピンクの花は何?」







青・紫・黒の幾何学模様の組み合わせの中に、場違いなピンク。


しかも不自然な”花柄”。


リアルでもなく、抽象画にも程遠い、ピンクの花。


それが3つほど、幾何学模様の中に浮かんでいた。





僕が指差したその3輪を見て、「ああ、それ。 それね。」 と樋高は頬を染めた。






僕は遠慮がちに紡ぐ。

「別にこういうののセンスとかあるわけじゃないけど、無かった方が良かったと思う。」




「やっぱりか。 そうか、無いほうが良かったか。」







がっかりするかと思って「センスがあるわけじゃないけど」なんて”前置き”をつけたが、「やっぱり」と何度もつぶやく彼は、がっかりよりは、どちらかと言えばはにかんだ顔をしているように見える。






この不自然な樋高の対応に、ピンときた。

僕はこういうことには敏感なほうだと思う。
  • URL:https://yaplog.jp/pinkpinkpower/archive/6
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