2. 出逢い

November 30 [Sun], 2008, 13:18
「もっと大きくしなくちゃならないんだ。」




箱庭の前にうずくまったままの僕は、

後ろから都会とは不似合いな爽やかな声にそう言われ、思わず立ち上がっていた。





「はぁ。」





何と答えていいかわからない僕を無視して、その人は淡々と言葉を紡ぐ。



「今はこのとおり、ミニチュアの森でしかないけど。 ここから、そうだな、あの橋のある辺りまで、ずぅっと広く、ね。」



指差された先は途方も無い。50キロはあるだろうその橋のある方角を眺めながら、

僕はきっと今、目をキョロキョロ動かしているに違いない。 

理解できないのだ、その話の趣旨は、全く。



「昔、ここは池だったんだ。だから地盤がゆるくてね。今建っているビルもほとんどが近々別の場所に移築されるらしい。」



「ふうん。」 







「君は、この辺りに住んでいるの?」



初めて僕の存在を認めてくれたような言葉遣いで、何故だかうれしくなる。



「そこから、バスに乗って、3つめ。」



顎でしゃくって見せた目的のバス停までは、あと30歩足らずといったところだ。




「あぁ。そうか。」







背は高く、少し痩せ型のその男は、30代前半と思われる顔つきをしていた。

一瞬少し若く見えたのは、着古した紺色のポロシャツと真っ白のジーンズを身に着けていたからに違いない。

ただ、その辺りの男たちと一線を画していたのは手元と足元だった。

茶褐色に汚れた軍手を両手にはめ、同じく茶褐色に染まったスニーカーを履いている。

よくよく見れば顔もあちこち泥まみれだった。





あとになって考えてみれば、このときから全てが少しおかしかったのかもしれない。



あれだけ小さな花壇を作るためだけに汚れたにしては、その茶褐色は派手すぎた。



ビルの移築の話なんかも、冷静に考えれば非現実的だった。



もちろんこのときの僕には、そんなことに何一つの違和感も疑問も生まれていなかったのだが。








「木を植えるとね、少しだけ心の荷が降りるんだ。」



また妙なことを言い始めたと思いながらも、何故だか僕はそこを離れることも、うちに帰ることも忘れて彼の話に聞き入ってしまう。



「心に苦しみや、悲しみが溜まったときには木を植えるんだ。そう、決めたんだ。」



世間話にしては重い話題になりそうな予感がしていた。

その悲しみの訳を語るよう促したほうがいいのか、黙っていても話は続くのか。

選択肢はそのどちらかしかないと思っていたのに。


その人は続きを語らないまま、不意に歩き出した。

僕の向かうべきバス停とは反対側に向かって・・・・







「あ。あの・・・・」



その人の背中に向かってボソッと投げかけた僕の一言は、

すうっと空気の中に吸い込まれて、そして消えた。



サヨナラも言わないその人の後姿の横を、乗るはずだった時刻のバスが通り過ぎたが、

僕は、そのバスに走って追いついて息を切らせて乗り込むなんて、そんなことをする気は起きなかった。

もちろん、彼を追いかける気も全く起きなかったのだが・・・




そして次のバスまでの時間を、また例の、箱庭の前で過ごすしかなかった。

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