I氏

2018年04月27日(金) 4時55分
そういうこと言うてるんとちゃうよって追伸した言葉をねじ曲げて、腐っても鯛だからと自分の手柄を守りたいだけのヒョーロンカの権威様と、権威にすり寄ることで意見した気になる人と。

だいたい十数年も変化なく焼き直しを続けてきた作家なんて腐っても鯛なんかじゃなくて終わってる人だから、今まで支持してきた人は保身に走らずその自分を見直さなくては何も見えていないに等しい。見たら見えるのが世界だから、何を見ているのかに気づこうとしなくては。

なにが娼婦だ郷愁だ。I氏の指すゲージツってのはオッサンのファンタジーなのか。もう少し評論らしいこと言えないのかしら。A氏の評論で権威になった人だから評論なんてできるわけないか。しかしI氏のあれはあまりにひどい文章だ。最低だ。何も見えていない終わった人だ。

時代のせいにするなんてほんとにまったく最低。それじゃ何だって言えるだろう。

社会のバイアス

2018年04月23日(月) 4時51分
これが女性の裸であることに変わりはなく不愉快に思う女性がいても当然で、その場合に私はどう言葉を並べても私が女性ではないので女性の側には絶対に立てない。私はどうしたって搾取する側マジョリティの側なのです。私は撮影者として被写体から搾取し更に男性としても搾取しています。だから不愉快に思われたら頭を下げるしかできません。弱者の側には絶対に立てないのです。寫眞を撮るとはそういうことです。

A氏

2018年04月07日(土) 21時21分
寫眞の関係性と虚構ということをA氏の寫眞や言葉から学んだけど、私は好きにはなれず97年頃を最後にA氏の寫眞は観ていない。寫眞を撮るという行為はすべて暴力で搾取で、そこを情にすり替えるズルさが嫌だなあと思った。
話が脱線したけど、正しいものだけが美しいわけではない。

その作家その作品を好きな自分はその何処に惹かれていて、それは何故なのか、そこにどんな自分が潜んでいるのか、というところを見つめずに、ただ好きだから好きだみたいに片づけるのは、作品を見たうちには入らないんじゃないかしら。

著名だから好きな権威が好きな人が大半だから、別の権威(例えばM氏のような)が的外れな批判をしてもそれを鵜呑みにして納得していて滑稽。

情にすり替えるズルさが嫌だと私は感じていました。私たちセンチメンタルな生きものでみんなセンチメンタルが好きでセンチメンタルでごまかして自分を正当化したいから受けるよなあっていう、そういうことです。

寫眞のことに限らず、思うこと。

2011〜12年にどちらもやめました。

2018年04月02日(月) 0時00分
縦位置ばかりで15年この照明で10年つづけてきて2011〜12年にどちらもやめました。311がありました。
このモデルさんは2010年頃の撮影。喧嘩別れしちゃったのだけど先日Instagramで再会できてとても嬉しいです。
(海外の知らない人がTumblrに載せていたのを拾ってきた画像なので状態が悪い)

婉曲の芯

2018年04月01日(日) 0時00分
「トイレに行ってます」の婉曲表現に使えます。
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