フラクタル

2017年12月31日(日) 0時00分
2年前。2015年の大晦日にacoさんに年越蕎麦を食べませんかとお誘いをもらって初めてお会いして撮らせていただいたのでした。(ネット上ではその数年前に出会っていました。)日記に「生きることの苦しさ女性が受け流しながら抱えている生きにくさみたいな湿っぽいお喋りをしながらの撮影でした。人を撮らせてもらうってのは湿っぽいことですね。」とありました。その後、翌年の4月と5月にも撮らせていただき、それをまとめて「フラクタル」という寫眞集をつくりました。1年経った今年4月にフラクタルの続編の撮影準備をしていたのが3月中旬にキャンセルの連絡をもらい、死のうと思っている旨を聞きました。フラクタルをつくらせていただいたときに、死ぬまでにもう1冊つくりたいと話していて、予感はあったのです。間に合わなかったのかもしれないし続編は不要だったのかもしれません。私の作品集を手始めにどれか1冊とお考えの方には「フラクタル」がおすすめです。

暮れの恒例行事

2017年12月29日(金) 12時00分
毎年恒例、ちんどん通信社さんの年末公演を今年も観られました。ここ何年かはいつも、あづまでうどんを食べてから観に行きます。ここ美味しいです。チンドンを観たあと、夜は千葉真一さんのトークライブを聴きに。





いる/あるから見るのではなくて、見るからいる/ある、ということ。

2017年12月28日(木) 0時00分
いる/あるから見るのではなくて、見るからいる/ある、ということ。
人はそれぞれ見ている世界しか見られない。つまり、見ることで世界が立ち現れる。先に世界があってそれを見るのではない。

点から点へのナラティブが思考を導いたりまたは思考が未来の点を導いたりして寫眞の世界が立ち現れてきて、私はそれに任せて撮り進めています。撮れるも撮れないも向こうからやってきます。

暴力

2017年12月27日(水) 0時00分
寫眞は、寫眞であるだけで暴力です。
そのことに自覚のない人の撮る寫眞はつまらないです。

素晴らしい一人芝居

2017年12月23日(土) 12時00分
今日の西部講堂での舞踏は、いろいろと余計で不要なものに感じてしまい、演出意図がわからなかった。
昨夜の一条さゆりは、よくできたシナリオと的確で最小限の演出で下世話なお涙頂戴にはならない素晴らしい一人芝居だった。若林美保さんのファンになりました。


そこに意味も答えも物語も無い。

2017年12月21日(木) 0時00分
事実だけがあって答えは要らないのだと思う。わけもわからずに翻弄されて、わからないままに死んでゆく。ぷっつりと終わる。そこに意味も答えも物語も無い。そういうものだと思う。

路地

2017年12月19日(火) 0時00分
読了。面白かった。これ読んでると、お肉を食べたくなるし、かすうどんを食べたくなってきて困ります。滋賀ではかすうどんは食べられないもんなあ。

はりついたにせもの

2017年12月17日(日) 0時00分
移動時間が長かったのは海での撮影を希望されたからだし、店のチラシを渡したのは後日何かあった場合に備えて私の身元と連絡先を伝えておく当然のこと。「どちらにも不利にならない適正な対価」を要求していながら、作品の売上をきれいに折半するという私の提案については、不当な搾取だとか無償の奉仕だとか言う。自分が常に正しくて、自分の主張が通らないと未成年だのド素人だの未経験だのを理由にして私に責任転嫁する。
はりついたにせもの。
相手のことを全否定すれば相手にダメージを与えられると思っているこの単純さが若さ故であればよいけど、この人のすべては結局こういうところなのだろうと感じる。
はりついたにせもの。
「私はあの日の撮影を仕事としてお受けしました」と言いながら「あなたの作品自体には興味はなかったのでホームページ見ていませんでした。予習は勝手にしといてねってことですかね」と言い「ど素人相手にろくな説明もしなかったそちらに非はないのですか?」と責任転嫁。仕事であればクライアントが提示した資料には目を通しておくのは最低限のこと。自分の都合だけで立場をころころと変えて、気に入らなければ仕事のクライアントのことをあなた呼ばわりして侮蔑する。「単純に忙しかったから」という理由で、こちらが送った写真のチェックを無視して怠っておきながら「どの写真を使用するかもこちらで選別もしていません」とまた責任転嫁。呆れる。
はりついたにせもの。


スリ

2017年12月15日(金) 0時00分
17年ぶりに「スリ」を観ました。誠実さ故にダメな人たちばかりの映画。17年も前なのですね。黒木和雄監督の10年ぶりの復帰作だったので初日に大阪に観に行きました。映画を観終わってとある狭い居酒屋に入ったら黒木監督が店の奥にいらしていて緊張して「観ました。よかったです。」としか言えなかったことや、別の日にその居酒屋に行ったらこんどは原田芳雄さんがいらしていて緊張して一言も話せなかったことや、思い出の映画です。
「父と暮らせば」も持っているはずだけど見つからない。宮沢りえさんと原田芳雄さんの素晴らしい二人芝居の「父と暮らせば」は木村威夫さんの美術も素晴らしい。松田正隆さんが「紙屋悦子の青春」を書いたのは「TOMORROW」を観たからでしたっけ。ぐるっと一回りして次の扉をってところでしたでしょう。山中貞雄監督の映画を撮れずに亡くなってしまわれたけれど、「スリ」以降の亡くなられるまでの多作は奇跡のようで、どの作品もほんとにすごい。


みんな孤独で人はさびしいです。

2017年12月13日(水) 0時00分
寫眞は目で見ているものによく似たものを写すので、もっともらしい嘘をつく媒体で、たとえば表情もカメラを向けた時点でそれは嘘なわけで、だから私がどれだけ生身のその人を撮ろうとしてもつくりものしか撮れません。ぜんぶ嘘です。
点の集積が線に見えているだけです。人はわかりあえません。みんな孤独で人はさびしいです。
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