乙女男子学園入学式に行ってきたよ!

April 23 [Sat], 2011, 23:25


 乙女男子学園。その名を知らぬ方にご説明すると真珠子先生のプロダクトで、先生が「乳母車に乗りたい!」ということで我こそはと名を上げた乙女男子達が集って、リボンを書いたり書初めをしたり1月に実施した。詳しくは真珠子先生のブログ記事を見て見て!

 先週、先生からDMで「ワークショップはじめたよー23日には祖父江校長の入学式もあるよー」と直々にお誘いがあって、残念ながらかばんを即興で作るというワークショップにはお邪魔できなかったのだけど、今日の入学式には無事に参加することが叶いました!!
 しかし、「祖父江先生」って、吉田戦車先生の『伝染るんです。』の装丁を手がけられた、あの祖父江慎先生ですか!?
 
 会場に着いたら、祖父江先生待ちで、1階も2階も入校生の皆さんでいっぱい!!小一時間ほどゆるーい空気の流れを楽しんでいると、どこからともなく傘を差した祖父江先生が歩いてやってきた! 傘が上手くたためない先生。超萌える。思わず近くにいた自分が傘をまとめて差し上げました♪

 入学式は、まずワークショップでのバッグに祖父江先生から高評を頂くところからはじまった(あー自分も参加するんだった、と後悔)。それから真珠子先生から入学証を頂きました。その後、校歌を即興で、「バラバラに」歌い、みんなで記念撮影をして、無事式は終了した。

 前に、お嬢様学校少女部卒業式典に列席した際にも感じたことなのだけれど(拙エントリー参照)、これから、アートとコミュニケーションの関係というのは、どの作家さんにとってもこれまで以上に大切なファクターになる、と感じた。何かを作る体験を共有することにより、作家さん自身にとっても生まれてくるインスピレーションが変容するだろうし、それによって、そこに集うひと達にとっても得がたい体験を得ることになるかもしれない。
 何よりも、同じ空間を醸成しているという事実から、まったく別の何かが、作家さん自身以外からも誕生するかもしれない。そのような雰囲気を作る、ということもアーティストの「仕事」の一つになっているのではないかなぁ、と思ったりした。
 そういった中では、オーディエンスがオーディエンスのままでは許されず、何らかの雰囲気への関与が求められる、とも。

 parsleyとして嬉しかったのは、祖父江先生が私の名前に気を留められて「パセリは好きですか?」とお尋ねになられたこと。もちろん元気に「だいすきです!」とお答えしました。
 そして、祖父江先生と、真珠子先生の2ショットをチェキで撮影させて頂いた。
 たぶん、記憶と記録に残ることをして、はじめて二度とない時間への痕跡を残したかったのだと思う。

 それにしても会場の裏に飾られていた龍の絵、素敵でした。いつか、また、どこかで、お目にかかれますように。



 

「視座」を複数持つ、ということ

April 19 [Tue], 2011, 23:55

 献本頂きました。ありがとうございます。

 さて、実は2月中には読了していて、本書では述べられていない「キュレーション」がいかに「マネタイズ」に繋がるのかという点について考察してみたいと思っていたのだけれど、東日本大震災を受けて私のtwitterへの認識が変化した部分もあり、本書で書かれている部分でより有用な箇所と、ここは少し留保が必要だと思える箇所があったりするので、そのあたりを中心に再読してみた。

 本書の主旨は、オビにもあるように、一次情報を発信することそのものよりも、その情報が持つ価値を付与できる存在=「キュレーター」が重要性を増していて、これは画期的なパラダイムの変換だ、ということ。要するに、新聞とかメディア、あるいは雑誌やCDといったパッケージによって意味付けられていたコンテンツがばらばらになって、人それぞれによって思い思いに再構成される時代になった。そんな中、自分にとって意味のある情報を「キュレーション」するひとを見つけることが大事だし、自分も誰かにとってはそういう存在になるかもしれない。そういった空間がネット上で出来つつある(これを著者は「ビオトープと呼んでいる)。著者の主張は、2011年のネット情報社会を切り取る上で的確で、それは震災前/震災後で変化はないように思える。

 個人的に、第三章で触れられている「視座」という概念は、震災後に重要性が増したのではないか、と考える。
 本書でも語られるが、人によって世界観や価値観は違うから、必ず情報にゆらぎが生まれる。Parsleyの出す情報にはParsleyのバイアスがかかるから、決して100%客観的にはなれない。そういった前提のもと、多くの、それも出来れば良質な「視座」を複数見つけることが出来るひととそうではないひとには、ものごとの判断に変化が生じるのではないか。
 また、今回の震災では、フォロアー数の多いひとたちの「姿勢」を見る上でも、一種のリトマス試験紙になったのではないか、と思う。私がニコニコニュース記事にした福田萌女史のように、公的情報をまとめたリストを作成して(参照)読者をなるべく公的な情報にアクセス出来るようにするようなひともいれば、いたずらに不安を煽るツイートや公式リツイートを流すメディア人もいる。
 私としては、この「視座」と「姿勢」の二つのバランスで今後フォローしている人を「判断」していかなければいけないのかな、と感じていたりしている。

 そして、本書の主張で留保しないといけないのかな、と感じるのは「情報のタコツボ化」は避けられる、それは文化が多様化するから、といった箇所。
 東日本大震災では、twitterやSNSは交通情報や停電情報、道路の被害状況など、ユーザーにとって身近な情報を得るためには有用だったという。一方でニュースや事故といった、これまでマスメディアが担ってきた情報に関して、正しい情報は公的な機関が出したもので、ユーザー発の情報が大きなインパクトを残す結果とはならなかった。
 そればかりか、数々のデマ・パニックを誘発することになってしまったのだ。
 ちなみに前のエントリーで川崎市の福島粗大ゴミ受け入れ問題に関して、パニックを起こしている(と僕が判断した)twitterのユーザーを50人程確認してみると、フォロー数は多くて数百人程度で、ほとんどの人は20〜50人程度だった。
 実際、最近では多くのマスメディア・ネットメディアがtwitterとの連携機能を実装しているが、反応しているユーザーは総じてフォロー数/フォロアー数とも少ない。それが刹那的なツイートにも繋がるし、コンテンツにぶら下がる、本来のtwitterのタイムラインとは別のコンテキストが出来る要因にもなっている。
 このようなひと達が、「視座」を複数持つ意味や、自身が「タコツボ」に陥っていることを自覚出来るのかどうか。正直分からないなぁ。
 まぁ、著者のことだから、「そんなのノイズだから放っておけばいいんですよ」とおっしゃると思うけれど(苦笑)。
 ただ、「一万人の馬鹿は歴史的な力である」ともいう。今回のtwitterなどでの騒動が、日本の再構築ではなく、断裂の方向に行かなければいいのだけど、と若干心配にも感じていたりするのだ。

デマ・パニックの原因は「書かれてない」こと

April 13 [Wed], 2011, 9:50
 最近、総務省からインターネット上での流言飛語への関係団体への要請(参照)が出されて、「そんなにネットでデマって広がっている?」と懐疑的だったParsleyですが、自分も住んでいる自治体絡みでパニックになっている様子を見てしまったので、そのメカニズムも含めて検証してみたい。

 川崎市、福島から震災の粗大ごみ受け入れ(YOMIURI ONLINE)

 川崎市の阿部孝夫市長は7日、福島市内で佐藤雄平・福島県知事と会談、東日本大震災で大量発生した木材などの粗大ごみを受け入れるほか、ごみ収集車、消防車などを提供し、復興を支援する考えを伝えた。

 阿部市長は福島市出身。市長によると、被災地の粗大ゴミは、貨物列車で運搬し、川崎市内の処理施設で焼却する。既にJR貨物と調整を進めており、月内にも始まる見通し。復興の過程で必要となる車両は、消防車10台、バス二十数台などを提供する。

 阿部市長は「福島県は地震、津波、原発、風評被害の『四重苦』に苦しんでおり、(福島で育った)自分も身を切られる思い。早期復興に役立てれば」と話した。甚大な被害を受けた宮城、岩手の両県についても、「要望があれば対応していく」としている。

 (2011年4月8日15時13分 読売新聞)
 
 へー阿部ちゃんなかなかやるじゃない、と思ってtwitterの反応を見て愕然。放射性汚染物質を川崎まで運んで処理することへの懸念・反対・怒りの声に溢れていたのだ。(twitterの反応Ceron.jpの該当ページ
 2chを見てみると、ニュース速報板にスレが立っていて、こちらでも汚染に対する懸念や阿部市長、福島県知事への怒りの声が大勢を占めていた。(参照
 さらに凄かったのが鬼女板こと既婚女性板。「汚染物質を持ってくるなんてとんでもない!」という憤怒からはじまり、関係部署や周辺自治体、議員達に電話・メールをしようといった運動が起きていた。(4月13日現在、2スレ目

 まず、ここでポイントなのが、読売のソースでは「粗大ごみを受け入れる」という記載のみで、「放射性汚染物質」を処理するとは一切書かれていない、ということ。にもかかわらず、多くの読者は「福島の粗大ゴミならば汚染物質でも何でも受け入れる」と読んでしまった、ということになる。つまり、「書かれていない」ということが、誤解と不安を呼ぶ結果になっている。

 こういった市民やネットユーザーからの反応があったためか、川崎市は11日にHPに「被災地から発生した災害廃棄物の受入れ」というお知らせを掲載した。

 本市では、福島県や宮城県等への被災地の復興支援のひとつの取組として、今回の震災及び津波に伴って発生した災害廃棄物の受入れについての支援を表明したところです。
 災害廃棄物の本市への受入れにあたりましては、国等において、災害廃棄物の処理に関する全体的な計画が示された段階で、その計画に基づき、関係自治体とも協議しながら、市民の健康と安全を第一に処理の体制を検討していくこととなります。また、実際の受入れに際しましては、放射能汚染など市民の健康に影響のない廃棄物を受け入れることとなります。
 今後、災害廃棄物の処理計画については、市ホームページ等でお知らせしていきます。
 本市では、今後も引き続き、様々なかたちで被災地への積極的な支援を行ってまいりますので、御理解、御協力をよろしくお願いいたします。


 市の公式発表で、「放射能汚染など市民の健康に影響のない廃棄物を受け入れる」と明記してあるのだから、これで一件落着。…とならないのが怖いところ。
 まず、最初の情報である読売新聞の記事が出てから3日が経過していて、記事を読んだひと全てがこの情報を参照したとは思えない。2chの該当スレでリンクは貼られていたのを数箇所見かけたが、それによって不安を払拭するには至っていなかった。
 そして、何よりも、多くのひとが、国・東京電力・原子力保安院の発表をハナから信用しておらず、「福島=原発汚染」という図式が強固に成り立ってしまっており、その福島の「ゴミ」が住んでいる街(の近く)にやってくる、という情報を得てパニック寸前になっている様子があちこちで見受けられた。

 そして、パニック寸前になっている人には極めつけのダメ押しになったのが、武田邦彦中部大学教授の記事。

 生活と原発 07 汚染された瓦礫の処理

これからは、「散らばった放射性物質をできるだけ、福島原発の近くに集める」ことをしなければなりません.従って、福島のゴミなどは早く原発の近くに放射線物質を回収できるフィルターのついた焼却炉を作って、そこでドンドン放射性物質を回収する必要があります。

そうしないと放射性物質が徐々に日本全体に拡がります.その第一歩を川崎がすることになり、同情は良いことですが、決して放射性物質を「拡がらせる」ことになってはいけません。


 武田先生のご見識は尊重するけれど、ある意味福島をトリアージの対象にして日本を守れ、と読めなくもない危ない主張をされているな、と個人的には感じていた。まして、該当の記事には、数的な裏づけが一つも記載がない。これが、不安を増幅する結果にもなってくる。
 また、川崎市のソースでは「廃棄物を受け入れる」とあるが「焼却処理をする」という記載はないにもかかわらず、武田先生の中では普通の粗大ゴミの処分と同じようにすることが前提で書かれている。念のために書くけれど、川崎の浮島処理センターでは、埋立事業所もある。(参照
 
 ここは私は門外漢なので専門家の知見が知りたいところではあるが、通常より原子力発電所で出た使用済みペーパータオル・作業着・手袋などは施設内で焼却処分をしている。浮島処理センターの焼却処理施設の排出ガスは煤塵0.02g/m3という優秀な数値を示している。通常時に原発内で処分しているレベルのものを焼却するとどのような値になるのかシミュレーションをしているのか、または試算があるのだろうか。

 というのも、ここで引用したテキストの全てに、「何ベクレル以上付着して何シーベルト以上被曝するものは危険」といった数値的な裏づけに基づいた記述が一切ないこと。その「書かれていない」ことが憶測を呼んでいる結果となっている、ということだ。
 例えば、市の発表でも、「福島県内(福島第一原発半径30km圏内を除く)」といった明確な記載がされていたり、妊婦が被曝すると胎児に健康障害を引き起こす可能性のある「100ミリシーベルト以上の被曝をした可能性のある物資は除外する」といった明確な数値が記載されているだけで、混乱の拡大は防げるはずだ。

 しかし、ただでさえ、政府・東京電力・原子力安全保安院の発表が二転三転して不安になっているところに、福島県内のものを「外」に出す、といったことにこれほどの反作用が起きているところを目の当たりにすると、情報の正確さもさることながら、過不足ない「量」のものを提供しないと、いらぬ誤解が起きる元になるな、と痛感させられた。
 また、普段は「マスゴミ」と嘲っているネットユーザーでも、当事者性のあるネガティブな情報だと信じてしまう、ということや、公官庁の情報を当たるユーザーはごく一部であること、そして、誰も「信じたい情報」の提供先には困らない、ということを、今回の事例は浮き彫りにしているように思えた。

 とにかく、川崎市民と近隣自治体の皆様は冷静に。
 川崎市は、一刻も早く、方針の全貌の決定を。
 そして、国と東電は、頼むから福島第一原発の放射線数値を分秒単位でリアルタイムで見れるようにして下さい。

 

お嬢様学校少女部卒業式典に列席したよ

April 08 [Fri], 2011, 23:55

 ちょっと銀座まで行く用事があったので、せっかくだからヴァニラ画廊で開催されたお嬢様学校少女部の卒業式典に列席してきました。

 お嬢様学校とは…昨年の4月にはじまった胡子女史のプロダクト。黒髪の「少女」ならば誰でも入学でき、これまで写生会や文化祭、修学旅行、水族館への課外授業などを行ってきた。より詳しいことを知りたいという方はサイトをご覧の上、『卒業記念アルバム』を入手すること!

 式典は、父兄に立ち見が出る程で、ヴァニラ画廊にこんなにひとが入っているところはじめて見た、という感じだったのだけど、進行はクラシカルなスーツ姿が麗しい美少女先生によって厳かな雰囲気ですすめられた。
 お嬢様学校の生徒さんたちに共通するのが、凛としたたたずまい。それが10名集まり、共通の空気を発散させていると、教会で神父様を待つ時の静寂さのような一種の聖的なものが無意識のうちに生まれる。それが、お嬢様学校を記録した写真たちの魅力なのだけれど、そのクライマックスとしての卒業式典ということで、父兄(オーディエンス)の側もその「学校」というコミュニティに上手に組み込まれていたのではないかな。
 とはいえ、「ギミック」としての卒業式として、校歌を歌うと見せかけて「一同、黙読」と声が掛かり「ズルッ」となったり、卒業証書の授与では胡子先生が、「ただし少女を辞めるものではありません」と添えたり、「クスッ」としてしまうアイロニーもまぶされている。
 それは、『卒業記念アルバム』から逆算して立てられたというプロダクトの成り立ちが内在するものでもあるのだけれど、少女性というものを突き詰めると、社会に対する「抵抗」といった存在にもなり得るというあたりが彼女たちの存在意義の一つで、それは写真評論家の飯沢耕太郎氏とのトークセッションでも話題になった。

 個人的には、少女達が、セクシャルな存在から逃れよう逃れようとすればする程、フェティッシュな存在になっていく、というアイロニカルな構造と、それとは切り離されたカタチで切り取られた少女たちの時間の記録、という二重構造になっているところが、お嬢様学校のユニークなところだと思うので、第一期生の卒業後のこのプロダクトの行方が気になるところ。
 胡子先生のこれからの展開に引き続き注目してみたい。


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政治・行政と有権者の新しいカタチ

April 03 [Sun], 2011, 8:10
 さて、4月1日の菅総理会見出席を狙っていたParsleyでしたが(参照)、結果的に作戦失敗でした。ネックになったのは、「記者として活動実績・実態について、掲載した加盟社又は媒体による証明。記事を発行したことの確認と、推薦状又はこれに代わるもの」。ドワンゴ様のご厚意で、ニコニコニュースで執筆している、という証明証を頂いたのだけれど、それだと、会社から「推薦」されていることにはならない、という判断になるらしい。「"これに代わるもの"には当たらないんですか?」と食い下がってみたけれど、結果的にNG。まぁ仕方がない。

 会見の様子は、ニコニコ生放送でノーカットで視聴できるので、興味のある方はそちらをご覧頂くとして。

 【4月1日17時30分】菅直​人 内閣総理大臣記者会見

 さて。ネット上で生放送で中継される会見が増えている上に、後からYouTube等で視聴できるようにする省庁も増えた。それに、ほとんどの省庁では数日後には会見のテキスト起こしがアップされ読めるようになっている。こういった状況下で、会見に出席する意味って、実は「大臣(会見者)に直接質問をし、答えてもらう」こと以外に存在しない。
 もっと言えば、省庁側の立場からするとわざわざ会見をセッティングする必要性は減っている。もし発信をしたいのであれば、ニコ生かUSTREAMで中継することを告知して、皆に見てもらえばいいのだから。しかも、ニコ生にしろUSTにしろ、コメントを書き込んだりtwitterと連動していてインタラクティブ性は確保されているから、質問を書き込めばそれに対して答えをその場で述べることさえ可能だ。
 現に、原口一博衆議院議員は総務相時代にUST利用を開始し、現在でも積極的に発信している。(参照
 各メディアの記者たちも、中継を視聴し、これらのソーシャルメディアを使って質問し、関連する内容を官庁の事務方に裏取りすれば「記事」を書くことはできる。テレビも、映像を提供してもらえばいいだろう。
 つまり、「記者会見」というスキーム自体が、もう既にソーシャルメディア時代にそぐわなくなっているのだ。

 となると、私Parsleyが会見に参加したりしようとしているのはなぜなのか、という疑問が当然出てくると思う。
 その答えは、短期的には記者クラブ制度を廃止するためのプロセスとして、クラブ員外の限りなく一般人に近い人間が出席出来るという規定事実を作ること。そして、長期的には、政治・行政と有権者の関係を一方通行ではなく、双方向なものにすること。こんなところになるだろうか。
 もし、「会見」という場が今後も必要だということならば、「報道」という観点からではなく、「広報」というカテゴリーで考えるべきだし、それならばメディアに所属する「記者」のみに門戸を閉ざすのは機会損失になる。より一般市民にも参加できるようなスキームを作って、政策をアピールすることが、政治家にとっても省庁にとっても、本来は利益になるはずだ。今は、政治と一部報道機関との「関係」が密着しすぎているため、会見者側にもメリットがある状態だが、大手メディアの力が衰えを隠せなくなっており、こういった状況は変化せざるを得ないだろう。

 そして、市民の側からしてみれば、「投票行動」という以外の政治参加のスキームを用意すること、政策立案に積極的にコミットすることは、選挙によって政権が変わるということが常態になり、「こんなはずじゃなかった」ということにならないためにも、必要なのではないだろうか。
 私が「新しい公共」「オープンガバメント」にこだわっているのは、これらが新たな市民の政治参加の「土台」としての役割を果たすことになるだろうからだ。

 いずれにしても、政治行政と市民・有権者との関係は変容せざるを得ない。今回の東日本大震災の復興や新たな「国づくり」において、政治家・官僚に任せるだけでなく、よりみんなで良い案を模索していく、というのが、新たなカタチとして、機能するべきだと、Parsleyは確信している。

 さて。そうなると。メディアや「ジャーナリズム」の役割はどうなるのか、ということも興味深い問いだが、これについては別の機会に考えてみたい。

大畠国土交通相会見に出席したよ!

April 01 [Fri], 2011, 14:30


 4月1日。10時30分過ぎよりはじまった大畠章宏国土交通大臣の会見に出席することが叶った。これで、内閣府(&消費者庁)、法務省に引き続いて三省庁め。

 国交省の場合、フリーは「オブザーバー」という名目での参加になるとのこと。といっても、写真撮影は自由で質問をすることも出来た。動画撮影は今回はチャレンジ出来なかったので、次回の宿題ということにしたい。

 参加までの流れは、至ってシンプルだった。
 まずは広報課に前日に電話をして、会見の時間と場所を確認。他の大臣もそうだが、閣議室ぶら下がりだとフリーは院内に入れないので残念ながら今のところ参加は出来ない。今後の改善を求めたいところだ。
 今回は国土交通省の建物の5Fにある会見室とのことだったので、はじまる20分程前に行く。まず入館のために、身分証を提示して、名前・住所・来訪目的などを書いて入館パスを貰う必要がある。
 その後は、会見室の隣りにある記者クラブ(広い!)に行って、「オブザーバー証」に名前・所属・電話番号・FAX番号を記入する。そして名刺を渡して、幹事社の許可を頂く、という流れになる。なお、この手続きは、参加の度に必要とのことだった。

 Parsley的には、これまで参加した大臣会見の中では専門用語が飛び交ったりしていて、質問の内容も多岐に渡っていたので、質問する記者さんにもよどみなく答える大臣にも素直に「すごいなぁ」と思ってしまった。
 ちょっと怖気づいたのだけど、それでも自重は絶対にしないParsleyは、二つ質問を試みた。

P:福島第一原発の廃炉の可能性が濃厚になりました。八ッ場ダム建設によって吾妻川流域の水力発電の総量が大幅に減るという試算がありますが、これが八ッ場ダム建設の是非に関する政治判断に影響を与えることはありますでしょうか?(発電量が減る、というソースはこちらを参考にした)

大臣:事実関係を調べさせてください。

P:大畠大臣は、日立製作所時代、原子力発電所プラントの設計・建設業務に従事なさっていました(参照)。国際的な議論になりつつある原子力発電の今後のあり方も含め、大臣個人の率直なご感想をお願いいたします。

大臣:昭和30年代から原子力発電所、東海原発を英国から輸入したが一番最初。日本の経済発展を一つの大きな支えてきたのは事実でございます。私も含めて原子力発電所のプラントの設計をし建設していたメンバーは、安全な原子力発電所を作るということで頑張ってきたことは事実です。今回の地震と津波によってこのような形になったことは残念で無念。私はアメリカもフランス各国も色々な力を結集して頂いていますので、必ず困難を乗り越えられると信じたいと思います。今後のあり方については今回の現象をよく分析して、今後のエネルギー政策をどうすべきかは少し冷静に判断することが必要だと思います。まずは危機を乗り切るために全力を挙げている仲間の皆さんに感謝を申し上げますし、私も国土交通大臣として今回の原子力の事故によって避難されている方に大変申し訳なく思っておりますが、そういうことも含めて、やれることは全部やりたい、尽力したいと思っております。

 私がした二番目の質問は、やや大臣よりの質問だったように捉える方がいるかもしれない。でも、大畠大臣がもともと原子力発電所設計・建築のエンジニアであったこと、彼がどのような気持ちでいるか、ということに関しては、何よりも福島第一原発で必死の作業をしているひとたちに届けるべき言葉があるように思えた。それもまた、「ジャーナリズム」ってやつの、役割の一つなのではないのかなぁ、と私は感じるのだけれど、奇麗事に過ぎるかな?
 とにかく、このブログは小さい存在だけど、今も現場で放射能汚染と戦っている方々に、大臣の言葉が伝わることを祈りたい。


profile
Name:Parsley
Birthday:1976/4/8
Point:首が長い。つまりエロい
Favorite:エイガにケイバ
タバコ:Davidoff GOLD
ウィスキー:アーリータイムズ
おしごと募集!!
カワサキシティーで布団と同化中
コメントは返したり返さなかったりです。
parsleymood@gmail.com
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