としのかさね方を学ぶのに必要な要素

April 08 [Tue], 2014, 23:10
「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)
熊代 亨
講談社
売り上げランキング: 158,067


 2月・3月は公私とも濁流に呑まれるような日々で、というか現在も絶賛呑まれ中でなんとか丸太にしがみついてなんとかコントロールしようとして失敗を重ねているわけなのですが、皆様にご心配とご迷惑をかけつつも取りあえずも生きながらえて誕生日を迎えることができました。その感謝の気持ちを込めて、数十日ぶりにエントリーを書いているのだけど、上手に書けるかしら…。

 特に30歳を過ぎて、誕生日がやってくるたびに思うのは、「あのひとの享年(とし)を越してしまった」ということだ。33の時はヤン・ウェンリーの歳を過ぎてしまったと愕然としたし、35歳の時はhideの時間に追いついたことに気づいて悄然とした。そして今年、Parsleyは太宰治の享年に並んでしまった。
 それでつくづく感じるのは、気持ち的には若輩者で、「おとな」になったという自覚を未だに持てないでいるのに、年齢ばかり重ねて、偉大な功績を残した先達に追いついてしまい、憧れていたキャラクターたちの時計の針を抜き去り、おめおめと生きている、という事実だ。
 人生失敗している。そういう焦燥はいつも自分の中にあったし、だからこそ一人称"Parsley"というイタい名にこだわり、「まだ若い」と言い聞かせることにより、自他ともに「許される」ことを望み続けていたのかもしれない。
 とはいえ、身体や気力は確実に衰えている。10代の頃と比べて無理が利かなくなった。これが「老い」というものなのか、というと怖さもあるし、いろいろなことを諦めたり捨てたりしなければいけないのかもしれない、と漠然と思うようにもなった。

 しかし、そうはいっても今更「若さ」を捨てて、「年齢相応」という奴にシフトチェンジがスムーズにできるかといえば、言葉にするほど簡単ではない。自分より上の世代を参考にしようにも、彼らも「若さ」へのこだわりまくっているし、佳い年輪を重ねているようには(失礼だけど)感じられない。一体どうすればいいのか…。

 シロクマ先生が先ごろ刊行された『「若作りうつ」社会』では、まさにこういった「若さ」への執着が日本社会全体に与える弊害を真正面から取り上げている。ここでは、戦後に都市化・郊外化が進む上で地域コミュニティが分断され、子どもと非血縁の年配者などとの交流がなくなることにより、個々人のアイデンティティ形成に影響し、さらには子育てを中心とした社会問題とも密接にリンクしていることが詳らかになっている。
 ここで彼は、エリクソンのライフサイクル論を現代風にアレンジしつつ、各世代間で相互に影響しあっていることを強調している。子どもが成長する際にぶつかる壁と同時に、親も成人期の課題に直面しており、祖父母の世代も同時期に「死」の絶望と向き合っている。この同時進行をエリクソンは重視していた、というのだ。つまり、個々人の成熟には上下とも年齢の離れた世代と触れ合うことが欠かせない、ということになるだろうか。

 しかし。特にバブル世代以降は安定雇用が崩れ、結果的に家庭を築けずに年齢を重ねているというParsleyみたいなケースも少なくない。そうすると「育成」に関わるチャンスが得られず、いつまで経っても「若い」気分が抜けない、ということになってしまう。
 ここで救いなのは、シロクマ先生が「全員結婚しろ」「早く子どもを作れ」的なコンサバティブな価値観に拠らず、多様な年の取り方を許容していること。「生殖性」とは別に血縁が必ずしも必要ではなく、年少世代に何かを分け与えたりコミュニケーションを取っていくことが肝要だと明示している。これを意識することで、結婚せずとも年齢の重ね方を学ぶことができ、自身も年少者から育てられるというのだ。

 数年前にこれを読んだとするならば、あまりピンとこなかったかもしれない。だけど、ここのところのParsleyは、自分よりも若い方々とお仕事をしたり遊んだりすることの方が飛躍的に増えていて、必然的に「教える」という場面に出くわすことも多くなっている。ちょっと前ならばこのような境遇になるとは思いもよらなかったけれど、考えてみればそれって年齢的にごくごく自然なことだ。
 そして。「教える」って大変ではあるけれど、案外楽しい作業でもあるということに気づくことができたのだった。

 正直なところ、未だに「成熟」なんてドブに捨てちまえ、という思いも捨てられないでいるのだけど。それとは別に、「継承」ということを意識せざえるを得ないし、たまに面倒に感じることがあってもそれがまったくないよりは面白い一日を送っている実感も間違いなくある。これが、この一年前との比較で一番変わったことになるかなぁ、とも感じていたりするのだった。
 何にせよ、このような機会に恵まれたことは幸運だし、かなり雑把な感じでも付き合ってくれるひとたちがいるというのはもっと恵まれている。次にいつエントリー書けるのか不透明な感じなので、ここはちゃんと感謝しておかなきゃ、ということで、いつもありがとうございます。これからもよろしくね。

 そんなこんなで放っておいた作業に戻るとしましょうか。


 ・追記・

 ここではシロクマ先生の本のこと手放しで褒めているように読めるかもしれないけれど。サブカルチャー、特に「かわいい」の考察に関してはかなり異論がある。端的に言うならば、宮台真司氏の史観に拠りすぎているという感想を持たざるを得なかった(これはシロクマ先生に限らず、多くの論者にも共通している)。しかし、このことを細かく見ていく機会を作ることが出来るのは一体いつになることやら…。

 

なんとか生き残った。

December 31 [Tue], 2013, 21:45
 作業もお掃除もとっ散らかりっぱなしで、どちらも抱えて年をまたぐことになりそうだけど。

 2013年を振り返るとするならば、なんとか生き残った。この一言に尽きる。
 今年のはじめは、明日をも知れないような状況で暗中模索を続けていたし、ぶっちゃけ自暴自棄っぽい日もかなりあった。それでも様々な方々が目をかけて頂いたおかげで、どうにかこうにか、あぶなっかしい足取りながらも現世に踏みとどまることができた。そもそも、去年の段階だとこれだけお仕事がある状況になるとは想像できなかったし。ほんとうに感謝しかありません。

 また主に体調面の部分と、スケジュール管理の失敗などで、ご迷惑をかけてしまった場面も多々あった。来年以降はそういうことをなくしていくように、自己管理していかなければと思っております。

 2011年から12年までは、読書や映画鑑賞どころではない状況だったけれど、今年はもっと読みたい・観たいという欲が少しだけ戻ってきた。ギャラリー巡りを含めて、こういったことにもっと時間を作っていくのが課題かなぁ。
 あとはブログがこことYahoo個人、それに『誠』ブログと増えたにも関わらず、満足にエントリーを投下できなかったのも反省点。まずは週一本ずつというところから、徐々に増やしていければと考えています。

 そんなこんなで、2013年中はご愛顧頂きましてありがとうございました。

 2014年も、どうかよしなに。
 

ブログが窮地を救うこともある #ブロガーサミット

August 13 [Tue], 2013, 2:50
 アジャイルメディア・ネットワーク(AMN)の『ブロガーサミット2013』、ちょっとスケジュール的に時間取れるかどうか微妙になってきた…。とりあえず登壇者はスゴい面々で来場者も豪華になりそうなので、人脈を作りたいという方やビジネスのヒントを得たいという方は参加されるといいことがあるかもね、とは思います。

 その『ブロガーサミット』にあわせて、「ブログを続けてきて良かったと思う出来事」というお題を募集されているということなので、現実逃避気味に書いてみようと思う。

 【ブロガーサミット2013】 あなたがブログを続けてきて良かったと思った出来事を、ブログに書いて教えて下さい。 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社 Fans Fans

 このブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』は2004年10月に何となくはじめた。特に何か書きたいことがあったということでもなく、当時なかば休眠状態だったホームページよりも更新がラクそうだし、これなら続けられるかも、という漠然とした理由だったように覚えている。
 最初のエントリーは、自分の血液型がB型なのにあまりそうは見られない、といった内容で、いま振り返ると「知らんがな」というものだった。その頃、アダルト系出版社に勤めはじめたばかりで、その時に感じた備忘録や、読んだ本、観た映画の感想を誰に見せるつもりでもなく書き連ねていく、という記事を重ねていた。当然ながら、アクセスはフタ桁にいけば読まれているほうで、別にそれでも充分だった。
 ちょっと様相が違ってきたのは、ニュースに関する感想を頻繁にエントリーにするようになってから。コメント欄やトラックバックがつくようになり、自分の中で「読まれている」ということに対して、少し意識をするようになった。
 そうこうするうちに、自分のような底辺をさまよっている人間からしてみれば雲の上と思えるような方からとも、ブログを通じてコミュニケーションが取れるようになった。嬉しくなかったといえば嘘になる。自分について認められたような気持ちになったのも事実だ。
 ブログが縁でオフ会のお誘いを受けたりするようにもなり、雲の上だと思っていた方々と実際にお会いし、知遇を得る機会にも恵まれた。一方で、ネットでの騒動に首を突っ込んだり、巻き込まれたりして、神経がささくれ立つこともあったけれども、その大半はやがてオフでの宴席の笑い話となった。
 そうこうするうちに、しがない零細ブログの書き手にすぎないParsleyのところにも、物書きのお仕事の依頼を頂けるようになった。10代の頃に夢見ていて半ば諦めていたことが現実となった。ブログを書いていなければ舞い込んでくることもなかったのだから、これだけでも自分にとってははじめた意味があった、ということになる。まぁ、物書き仕事が出来るようになったことでその後さまざまな勘違いをして、いろいろな壁にぶち当たることにもなるのだけれど、それに触れるのは別の機会にしておく。
 このエントリーでは「ブログのメリット」について、「もの書き仕事ができるようになる」ということを書きたいのではない。Parsleyの場合、むしろ冷静に見ればブログで人生の方向性を誤った、という見方も出来るように思う。もしかしてブログをやっていなかった場合、変な高望みをせずに済んだのかもしれない。あくまで可能性としてだけれどね。

 2010年2月、当時勤めていた広告企画会社を解雇になった。その年は喘息がひどく、欠勤しがちだったから仕方ないといえば仕方なかった。とりあえず、その際にツイートしてエントリーをアップした。
 それからすぐ、ブログやmixi、twitterなどで繋がっていたいろいろ方々からさまざまな反応を頂いた。慰めの言葉だったり、「飲みに行こう」というお誘いだったり。これらもありがたかったのだけれど、お仕事の話も持ちかけてくれた方もたくさんいらっしゃった。その後、転職活動はなかなか結びつくことがなく、心身とも疲弊することになるのだけれど、あの時にお声がけしてくれたことは忘れることができない。
 しばらく底なしの状況だったParsleyがなんとか生きてこれたのは、ネットを通じて知り合った方々から、毎回手を差し伸べてもらったから。それも、すべてブログを細々とながら続けてきたおかげでもある。もしそれがなかったならば、ひとりで悩んで完全に詰んでいたことだろう。

 学校や会社など、一つの組織にどっぷりと染まって、別の価値観を見ることがないと、はしごを外されてしまった時に何をものさしにしていいか分からなくなる。ネットで発信して反応をもらうと、自分の居場所とは違ったルールで動いているひとの考え方を知ることができる。時にぶつかり合うこともあり、消耗することも多いけれど、そういった「相違」を体感できることは、Parsleyの場合は実生活でも非常に役立った。だからこそ、まったく違った業界に飛び込んでもある程度順応することができたわけだし。

 もっとぶっちゃけると。一つの組織やクラスタに寄りかかることは、それが崩れた時に自分も共倒れになってしまう可能性が高く、超リスキーだ。別にリアル/ネットに限らず、学校・会社⇔家族との間以外の、複数のコミュニティーに出入りしておくのは、リスク回避という面からも必要だと思う。
 所属している組織やクラスタとは別の足場を作るのに、ブログやソーシャルメディアは大きな役割を果たすと思う。もし、現状に閉塞感を覚えているひとは、息抜き目的でもネットでの発信をした方がいいはず。

 まあ、Hagex氏がおっしゃるように、ブログを書くことによって様々な災いを招くことも多々あるわけだけど。(参照
 道具を使うはずが使われるという状態になるのは、別にネットに限ったことではないし。アクセス数やツイート数・いいね数などをあまり気にしないか、ゲーム感覚で割り切るか、しばらく書いているうちにその按配が分かるようになる。実のところ、それって経験していないと身につかないスキルだったりするんだよね。

 ずいぶんと書き散らしてしまったけれど。ブログを書いていると、自分が窮地に陥った際に誰かから助けてもらえることがあるかもね、という話でした。あるいは、ブログは自分がどん底になった時のために書く、という考え方もあるかもしれない。
 少なくとも、Parsleyの場合はこの木っ端ブログを書き続けることで、いろいろな方に出会えて、様々な経験を積むことが出来たことが財産となっているわけで。どんなブログにも、自身の状況を変える力は確実に秘めているはずですよ、と前向きな煽り文句で、このエントリーを締めたいと思います。

 為せば成るとは限らないけれど、為さねば確実に成らないよ☆
 

二年間で転職・求職にかかった費用を計算してみた。

July 17 [Tue], 2012, 22:42
 2010年3月に、広告企画会社を会社都合で退職、つまり解雇が決まってから、2012年の3月までの間に私Parsleyの転職・求職してきた結果について、ここに晒してみようと思う。
 まず、僕のスペックとしては、派遣社員として営業事務を約1年経験した後、アダルト系出版社に2年10ヶ月在籍、IT系ベンチャーでWebディレクターとして1年半在籍、広告企画会社に6ヶ月在籍。ちなみに解雇理由はぜんそくで健康状態が思わしくないこと。

 2010年3月から、2012年3月までの間に、エントリー・履歴書送付したのは、正社員・契約社員318社、アルバイト65社に及んでいた。そのほか人材派遣・登録会社22社のお世話になっている。派遣社員として紹介があったのは、総計で76件だった。また受託案件で52件ほど紹介や応募をしたが、それはここでは除いておく。
 そのうち、面接したのは、正社員・契約社員130社、アルバイト24社だった。さらに二次面接まで呼ばれたのが12社あり、三次面接まで行ったのが4社あった。アルバイトのうち、2次面接があったのが3社。
 派遣社員としては、29件就業先の担当者との顔合わせをしている。

 受けた業種はIT系、特にWebディレクター職が半分以上。他にも営業・企画・バックオフィス系も待遇などを考慮した上で応募している。アルバイトは、スーパーやファミリーレストランの接客業から、工場での仕分け作業、警備員、携帯電話販売といった多岐にわたる案件に応募している。
 年収は、希望としては360万円にラインを置いていた。しかし、書類面接では「年収に対するこだわりがない」旨を明記しておいた。また、勤務先は東京都内、川崎・横浜市内で探した。

 で。結果として。内定・入社に至ったのはゼロだった。

 まぁ、採用されなかったことに関しては、先方の人材要望とのマッチングがなされてなかったり様々な要因があると思う。なによりも、Parsleyの経歴はかなりの「ヨゴレ」なので、使いづらい人材だと思われたことだろう。
 しかし、アルバイトでもスーパーでさえ書類選考の段階で実質的に落とされた(返信がない)ことや、ファミレスで店長さんに「接客向いてない」と通告されたことは、かなりダメージを受けた。これでも60席規模のカフェにてひとりでホール回していた経験あるんですけれどねぇ…。
 要するに、「30代男性」をどこの職場も「なるべく取りたくない」というのは厳然とした事実なんだと思う。あと、一般的に「簡単に就ける」と思われているお仕事、例えば警備員なども、資格や経験を重視されるから、登録してもなかなか紹介されないということは、あまり知られていないことなのではないだろうか。

 まぁ、私がなかなか採用されないことは、このエントリーの本題ではない。
 たわむれに、転職・求職活動にかかった費用を計算してみて、ちょっと青くなっちゃったんで、皆様にもご開帳するのが目的なのです。
 では、どうぞ!

 ★書類送付
 
 履歴書  7210円 (172件分)
 写真代 15000円
 郵送費  3780円 (47件)

 ★交通費

 147820円 (183件・195回分)

 ■総計
 
 173810円

 このほか、散髪をひと月に一回したり、シャツを新調したり、スーツをクリーニングに出したり、時間つぶしのためにカフェに寄ったりした分を計上するとするならば、軽く20万円は超える額になる。
 私の感覚からすれば、「えーじぶん20万円も無駄金使ってるの!?」という感覚なんのだけど、いかがでしょう。
 失敗しているのは、履歴書と証明写真をバカ正直に毎回払っていること。履歴書はネットでフォーマットをダウンロードして自宅で印刷するべきだったし、証明写真も一度撮影してセブンイレブンのネットプリントを利用すればかなりコストダウンできるはず。
 だけど、一番使っている交通費だけはどうすることもできないなー。

 そして、お金以上に時間的な損失が大きい。
 単純に一回の面接に60分、書類作成などに90分、移動時間に90分かかったとすると780時間(46800分)を使っていることになる。32日分あまりかぁ…。この間いろいろなことできたなぁ。

 そんなこんなで。
 これから転職をしたいと考えている方は、自分の血を流すだけの(主にお財布面での)体力とそれ相応の覚悟が必要だよーという話でした。
 

『ガジェット通信』さんで連載「なぞなぞ霞ヶ関」はじまりました!

March 06 [Tue], 2012, 23:00
 2009年の鳩山民主党政権がはじまってから、岡田外相(当時)が記者会見を「オープン化」して以来、継続的にウォッチしているうちに、消費者庁の会見にもぐりこむことに成功、それ以来、内閣府・法務省・総務省・国土交通省…と徐々に入っていくことができるようになったParsleyですが、この度、『ガジェット通信』さんで連載をさせて頂くことになりました!

 題して、『なぞなぞ霞ヶ関』

 霞ヶ関や永田町では常識とされていることでも、門外漢の私のような木っ端ブロガーからしてみれば、「なぜ?」というしきたりや決まりは山のようにあります。それが窮屈に感じられることもあったり、不思議に思うこともしばしばです。
 それを一つ一つ、政治家や官僚、そして既存メディアの方々に聞いてみて明らかに出来ればいいな、と考えております。

 第一回目では、「オープン化」したはずの大臣会見が、国会議事堂の中で開かれるとフリーをはじめとする「記者証」を持たない人間には門戸が閉ざされている「なぜ?」について書かせて頂きました。

 【なぞなぞ霞ヶ関】数100メートルが遠い……国会議事堂内で取材できないのはどうして?

 これからも、各大臣会見や省庁の発表で感じた疑問や、ささいな「しきたり」に至ることまで、霞ヶ関の「なぜ?」について探っていくつもりでおります。
 摂ブログともども、何卒よろしくお願い申し上げます!


『ドラゴンベース(昇龍拠点)』のご案内

December 31 [Sat], 2011, 23:45
 2011年12月30日、長年連れ添っていたパートナーが、我がカワサキハウスを離れました。
 彼女とは別に仲が悪くなったということではなく、単にParsleyが甲斐性なしだったということで、共同生活を継続していくのが困難になったということです。

 そのため、2DKあるカワサキハウスは、ひとりのすみかとしては少々広すぎる部屋となりました。
 また、毎月87000円の家賃を払うのに、零細ライター&Web制作者(絶賛お仕事募集中!)にとっては、なかなかコストの高い場所になりました。

 とはいえ。物件としてはとてもいいところではあるので、個人的にはこの「拠点」を維持したいと考えております。

 そこで、空いた部屋をシェアハウス・シェアルームとして、『ドラゴンベース(昇龍拠点)』と名付け、希望者に開放することにいたしました。

 ★場所

 〒211-0006
 神奈川県川崎市中原区丸子通1-413-2 サンライズ新丸子203


大きな地図で見る

 東急東横線・目黒線新丸子駅より徒歩7分、南武線武蔵小杉駅までも15分。
 近くに丸子橋があり、多摩川の河川敷がすぐそば。
 最寄のコンビニまで徒歩2分です。

 ★間取り

 2DK(ダイニングキッチン+6畳+4.5畳&バスルーム・トイレ)
 基本的に4.5畳の部屋をお使い頂くことになります。
 が、6畳の部屋にある本棚や各収納スペース、キッチン・バスルーム・トイレもご自由にお使い頂けるようにしたいと考えております。

 ★会員費用

 15000円/月

 ※こちら、ご相談に応じさせて頂きます。


 ★募集条件

 私Parsleyことふじいりょうがtwitterでフォローしている方、facebookで私と「友達」の方、mixiで「友だち」の方に限らせて頂きます。
 ご希望の方は、twtterの@parsleymoodまでリプライ頂くか、facebookmixiで「ドラゴンベース希望」と明記の上、友達申請をして下さいませ。

 ★募集人数

 最大6名。
 『ドラゴンベース』の使用状況については、Googleカレンダーで共有できるようにしたいと考えております。

 ★お問い合わせなど

 parsleymood@gmail.com

 
 以上、よろしくお願いいたします。

 2011年12月31日
 Parsleyこと、ふじいりょう

有料メルマガ『ParsleyのSurvival in Tokyo』刊行宣言

November 30 [Wed], 2011, 23:55
 「もう限界。勘弁してください」
 家人にそう三行半を突きつけられたのは、8月の暑い最中だったか。
 昨年の3月に広告企画会社を解雇になって、その年いっぱいは失業保険などで一定のお金が入ってきていた。だけど、2011年に入ってからは、満足にカワサキハウスにお金を入れることが出来なくなっていた。
 無理もないな…。
 ぬるい麦茶を飲みながら、自分の非力さをつくづくと思い知らされた。

 失業してから、私も手をこまねいていたわけではない。応募出来る職種は片っ端から応募してみたし、面接した総数は延べ50を超えた。あらゆる派遣会社にも登録してみたし、携帯電話販売員や警備員の仕事の登録もしてみた。
 けれど、実際に職にありつく、というところに至らなかった。
 これには、大学を出てから派遣社員⇒出版社勤務(3年)⇒ITベンチャー勤務(1年半)⇒広告企画会社Webプランナー(半年)という職歴で、しかも35歳という年齢が多分に「中途半端」なことに起因しているように思える。特に専門職を求めるWebの世界では、「何でもやっている」という私の経歴は、「浅い経験」と見なされてしまう。

 ライターとしても、結構必死になって「営業」した。仕事になりそうなところには全て首を突っ込んでみた。正直、無理もしたけれど、実際に「身」になったものもあった。私のことを「買って」くれる方もたくさんいらっしゃるという事実は、私を勇気づけもした。
 だけど、手元にやってくる収入が、まったく十分でない、という事実は私を今も悩ませ続けている。
 そして、「良い記事を書き続ける」ということが、「新しい仕事を呼ぶ」「ライターとしてのステージが上がる」ということに全く繋がらないという事実に、もがき苦しんでいる。

 そして。仕事に対して手加減なしに向き合った代償として、自律神経失調症になったという過去が、どこかで社会人としての自信を取り戻しきれていない自分がいることも、暗い蔭を落としている。
 瞬発力はだいぶ取り戻した。けれど、必ずしも自分が望まない状況で業務を続行する持久力があるのか。そういった不安を抱えたままだ。

 こういった状況に自分がハマってしまっているのは、私の責任だ。だが、「ロスジェネ世代」と呼ばれていた年代のちょうど中間に位置する私が、社会的状況から受けている影響というものにも、無関心ではいられない。
 いや、もっとはっきり言ってしまおう。こういった自分を取り巻く状況に、私は怒りを禁じえない。

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 そんなこんなで。
 年明け1月より、有料メルマガ『ParsleyのSurvival in Tokyo』を刊行いたします。
 今のところ、BLOGOSさんとまぐまぐさんとで刊行予定で、週1回配信。月額315円(税込)を想定しております。

 コンテンツは、会見などに出席したり取材したりして各大臣・省庁の動きをレポートする「霞ヶ関から愛を込めて」、その週のネット上のトピックに関して触れる「ネット世論ウォッチング」、東京のカルチャーについてレポートする「トキオニアン・スピリッツ」、そしてParsleyの日常の苦闘を記録する「秒針を走る」、などなどを予定しております。

 その他、読者参加コンテンツなども企画したいと考えております。
 お申し込みが出来るようになりました際には再度告知したいと思います。
 週60円、月300円の価値はあるコンテンツを提供できるように務めますので、何卒ご登録頂ければ幸いです。
 よろしくお願い申し上げます。

求職活動二ヶ月ほどの雑感みたいな

April 21 [Wed], 2010, 23:53
 私ことParsleyが前職の広告企画会社から会社都合での退職を勧告されてから(参照)、そろそろ二ヶ月になった。3月24日付けで正式に退社してからは、「副業・零細ライター」だったのに「本業・零細ライター」になってしまった。
 当然、食べていけないので、いろいろなところにご迷惑になることを承知で営業してみたりもしたのだけれど、それはここでは触れない。ここでは、転職戦線の前線に放り込まれたParsleyの苦闘をつらつらと愚痴、もとい報告したいと思う。

 求職活動は、退職勧告を受けて直ちにはじめた。利用したのは主にWebサービス、特に『Find Job!』『マイナビ転職』。Webディレクター/プランナーという職種の情報が豊富な前者と、過去二度の転職でお世話になっている後者で、なんとか今回も職にありつけないかなぁ、というところだった。
 最初のうちは、面接へのステップの敷居が過去に比べるとかなり低かったので、「何とかいけるんじゃね?」と考えていたParsleyだが、その甘い期待は3月中旬になると消えた。やはり、30代前半という年齢と、Webディレクターとしての経験3年という中途半端さは、市場からの評価はどうしても低くなる。仮に各業務で結果を残していたとしても、だ。
 また、今回はtwitterからのご縁があって、人材紹介会社への登録もしてみた。紹介された案件は、ECサイト運営業務で、やや私の志望職種とは違っていたのだが、会社の安定性と給与面などが希望と近かったので、お話を進めてもらうようにお願いした。が、これもECサイト運営の経験が少ないと判断され書類選考で脱落した。

 4月21日の時点で、私は51社にエントリーし、15社の面接に臨んでいる。そのうち13社からは「弊社の状況および貴殿のご経験などを勘案し、慎重に検討致しました結果、弊社では貴殿にご活躍いただける場がご提供できないという結論に至りました」といったテンプレ文とともに脱落を伝えられた。残りの2社は選考待ち。

 まぁ、きっついなぁー、というのが、正直な感想になる。

   さて。ここで「なぜハローワーク行かないの?」と疑問に感じた方がいらっしゃるだろう。実は、書類の手続きが冗長で、私の手元にまだ離職票が届いていない。だから、失業者として認められないのですね。ヽ(`Д´)ノウワワワーン!

 しかし、この年齢になると、自分から求職をしていくというのは、よほど分かりやすい実績を上げているか、経歴にレガシーカンパニーの名前があるか、職種が「上流」であるか(Web屋でも上場企業とか大手代理店関連とか)、そういったものが記載されていないと難しいんじゃないだろうか? 各職で「それなりの」実績を示していることを、職務経歴書に書いて、面接官に伝えても、なかなか響かない。
 というか、それぞれの職場では、それぞれの事情があるし、スキルだけでなく雰囲気とか和とかスタッフ間の相性とか、そういう側面でも判断されるから、一概に能力だけでも判断することが出来ない。
 ちなみに、私が面接をしたところは一社を除いて人事担当ではなく、現場のマネージャークラスの方が面接官を担当していた。自分も経験あるけれど、通常の業務をこなしつつ面接をするのは、かなり労苦が大きいのは言うまでもない。
 多くの中小企業で、マネージャークラスが「人事」も投げられているということが転職市場にかなり功罪あるなぁというのがParsleyが毎回思うことでもあるのだけれど、このあたり指摘された本もないし、人事担当者以外のまで分かりやすく簡便なメゾットにまで落とし込んだ指南書も寡聞にして存じ上げない。ここは良書を待ちたいところだ。

 話が逸れた。まぁ30代半ば・Webディレクター/プランナー志望・経験3年というあまりに微妙すぎる経歴では、仕事なんて簡単に見つからないっす、ということなのだが。例えばこのブログが積み上げたこととか、地味に文芸系のメルマガを一年近く週刊で続けてきたこととか(これね)、仕事の外で培ってきた人脈とか、そういったこともひっくるめて、社会に対峙していくためには、どこかに所属するというかりそめの「安心」を求めるのは諦めて、手前の顔で勝負するのが、自分にとっても社会にとっても「最適」なんじゃないか? …なんてことも思ったりするし、どこかで独立という気持ちは持ち続けていたのだが、何といっても今回は準備期間がなかった。

 とはいっても、ここで泣き言をいってもはじまらない。石にかじり付いたり、誰かに泣きついたりしてでも、生きていかなきゃいけないし、そのためにはどうしたらいいのか、考えつつ手足を動かし続けるしかないな、というのが今のParsleyの「リアル」だ。

 そんな感じで、Webディレクターの仕事募集ちゅう!MTとCSS得意です!!
 ライター・企画のお仕事も募集ちゅう!!過去のお仕事はこちらをご参照下さいませ!!


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解雇(?)なう!!の、お知らせ

February 24 [Wed], 2010, 14:51
  1. Parsley
    parsleymood 社長から解雇?退職勧告?なう。 *Tw*
  2. Parsley
    parsleymood 不思議とショックや動揺はないな…。 *Tw*
-- this quote was brought to you by quoteurl


 と、いうわけで、現在勤めている広告企画会社とは、半年足らずのお世話ということになります。会社都合退職ははじめてだな?
 今後どうすべきか。またもの転職活動戦線か。はたまたフリー宣言!?

 というわけで、書き物、Webその他何でもお仕事大募集中です!!
 連絡はtwitter、もしくはparsleymood@gmail.comまでお願いいたします。
 詳しいプロフィールはこちらをご覧くださいませ。

しょーこりもなく肩書き「ブロガー」なワケ

April 26 [Sun], 2009, 12:40
 あるいは、「ぜったいにライターなんか名乗らないからね!」宣言(笑)。
 これは冗談にしても。Parsleyがこれまでにお仕事をさせて頂いた『メディア・イノベーションの衝撃』にしても、『週刊ビジスタニュース』『乙女男子研究所』にしても、肩書きは「ブロガー」ってことになっている。
 今回、『Voice』にしても、「藤井 亮(ブロガー)」と記されている。○○代表取締役や○○大学教授や○○主任研究員といった錚々たる顔ぶれの中に、「ブロガー」ですよ、「ブロガー」。これには、おこがましいという気持ちを覚えつつも、「やってやった」と、思っちゃっていたりしてる。
 
 とはいえ、「ブロガー」という言葉が、今や「ブロガー(笑)」なんじゃない?というのも2009年のシーンのようにも思える。
 眞鍋かをりが2004年にブログを開設して、「ブログの女王」など持て囃されて、今や芸能人・スポーツ選手などでブログを開設していない方の方が少数派と感じる程になった。その文脈でアメーバブログなどは「パワーブロガー」という言葉を使っている(拙エントリー参照)けれど、あくまで有名人の日記サイトという位置づけ。リアルでの人気をさらにレバレッジするためのツールとしてのブログ、ということだよね。
 ビジネス系ブログに目を向けると、FPNが中心となって『アルファブロガー』が出版されたのが2005年の10月で、同年には「ジャパン・ブロガー・カンファレンス」が開催されている。
 2007年には『編集会議』でブロガー特集を組んで「カリスマ・ブロガー」「プロブロガー」という言葉が出てくる。(拙エントリー参照
 しかし、この時点で「自らが"プレーヤー"として社会を変えていける人」を提唱したはいいけれど、結局のところ社会は変わらなかった、と判定する方が妥当なような気がする。理由は簡単で、「パワーブロガー」にしろ、「プロブロガー」にしろ、社会を変えようなんて意識はさらさらなく、逆に個々の今のポジションをカタいものにするためのツールとして利用しているからだ。
 もちろん、それを批判するには当たらない。ウェブあるいはブログはツールに過ぎず、それを上手に利用して何らかの目的を達成させるのがミッションなのだろうから。むしろ、「社会を変える人」=「プロブロガー」と定義した方がミスリードだったわけだ。

 「ブロガー」という言葉が、若干の苦笑を禁じえないのだとすれば、そういった「ブログ」に対する期待値と、実際のブログの利用者に対する温度差、そして、「世の中何も変わっていない」という現状認識=閉塞感が交じり合ってのものなのように思える。

 でも! でもですよ!
 何度も記しているけれど、Parsleyの場合、このブログで積み重ねてきた言説みたいな駄文みたいなもの以外に、担保するものは何もない、薄っぺらい存在。それでも、書いていることに、なんらかの引っ掛かりがあれば、お仕事のお話を頂ける、というのも私のとっては「事実」なわけ。
 で。そういった身軽さがあるからこそ、しがらみでがんじがらめになっている人には書けないようなことも書ける可能性がある。そういった自由さを表すためには「フリーライター」なんかよりも、「ブロガー」の方が適切だと思っているから、「ブロガー」って肩書きに誇りを持っているし、これからも性懲りもなく「ブロガー」を名乗り続けるのだろうなーと思っている次第です。

 あと、「別にワナビーじゃないもんね」的な意味が、多少こもっていないかといえばウソになるのだけど、これはまた別の機会に、ということで。

 

profile
Name:Parsley
Birthday:1976/4/8
Point:首が長い。つまりエロい
Favorite:エイガにケイバ
タバコ:Davidoff GOLD
ウィスキー:アーリータイムズ
おしごと募集!!
カワサキシティーで布団と同化中
コメントは返したり返さなかったりです。
parsleymood@gmail.com
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