「がんばろう」をやめるべき3つの理由

May 18 [Wed], 2011, 12:10
 3月11日の東日本大震災から二ヶ月が過ぎた。その間、キャッチフレーズとしてどこからも聞こえてきたのが、「がんばろう、日本」という言葉。
 民間レベルでの支援プロジェクトでも名前に「がんばろう」と入れているところが目についたし、民主党・自民党とも「がんばろう、日本(NIPPON)」とポスターなどに大々的に入れている。
 ネットメディアでも、例えばLivedoor BLOGOSが、復興特集に「具体的にがんばろう、日本。」というコピーにしている。
 だが、Parsleyが見るに、「がんばろう」という言葉を安易に使うことによる弊害の方が多くなってきているような気がする。
 というか、もう「がんばろう」は禁句にすべきだとはっきりと思うので、理由を3つほど挙げてみたい。

 ■被災地・被災者はもう既に充分以上がんばっている。

 東北地方や関東北部など、被災地は復旧に向けてこの二ヶ月間いろいろな方が尽力なさって、インフラは回復しつつある。長い期間の避難所暮らしに耐えていらっしゃる方も大勢存在している。
 特に東北は地域性もあって、あまりいろいろなことを要求せずに、黙って苦難に耐えるという方が多いという。ボランティアをしたある方によれば、ほんとうに必要な物資を聞き出すことも大変だという話も聞いた。それだけ慎み深いともいえるし、他地域の人間になかなか本音を明かしてくれない、ともいえるだろう。
 ともあれ、そういう方々に対して更に頑張りを強いるような言葉を、外部の人間が吐くべきだとは、私には思えない。
 原発の被害で苦しむ福島県にしても、放射線の被害がどこまでのものなのか、情報が二転三転して精神的に疲弊しているように感じる。もうこれ以上、県民や自治体の努力や尽力でどうなるものでもない状態。これほど「がんばろう」という言葉が空しいこともないのではないだろうか。

 ■若い人に「がんばる」という言葉はネガティブな印象がある。

 今回、「がんばる」という言葉には励ます意味で使われているのは分かる。けれど、私Parsleyのような人間からしてみれば、「がんばれ」と言われるたびに「一体、何を、頑張れというのだろう?」と反発に近いことを感じることの方が多かった。
 「がんばろう」には、無意識のうちに「もっと」という前置詞が隠されている。「力が足りていない」という意味も内在されている。そういった言葉を安易に使えば使うほど、発言した人と当事者との距離は遠くなっていく。そういった精神論的なものを求める時期は過ぎている。
 また、手足を動かして何とかするフェイズはもう終わって、これからは頭を使って効率的に復興へ進むフェイズに突入しなければならない。「がんばらなければいけない」から、「がんばらないでも済む」スキームへの転換を図らなければならないのだ。
 春休みからゴールデンウィークにかけて時間を取れたボランティアスタッフはそれぞれの日常に戻り、現地でニーズの高いという長期間滞在出来る人材は減っている。特に現地ボランティアセンターでの情報ボランティアで人材が減って、各地の避難所のニーズを吸い上げるのにマンパワーが足りていない、という話も聞く。
 仮に一ヶ月間奉仕活動をしたいと希望しても、会社がそれを認めず、その間の収入もゼロというのでは、参加するためのコストが高すぎて個人の頑張りで済む話ではない。
 ならば、国なり自治体なり企業なりで、こういった長期ボランティアを奨励・支援する制度が必要になってくるはず。ボランティアをするのに、「がんばらないで済む」ための法令なり企業内の制度を作るべきだろう。

 ■政治・行政の怠慢につながっている。

 この二ヶ月間で明らかになったことは、政府・行政のガバナンスが欠如している、ということ。
 例えば、計画停電にしても、節電にしても、まずはそうならないように対策を練るべきで、一般国民に「耐える」ことを求めるような政策をするならば、それなりの働きをしてもらわないとね、と個人的には思うのだけれど。福島第一原発への対応が右往左往している様子や、一向に明らかにならない義捐金の配分とか、被災地に負担が長くなりかねないようなことばかりのように感じる。
 がれきの処理などは、政府の指針では8月末をめどとしているが、福島第一原発事故で汚染された可能性のあるがれきに関しての会合は15日に開催されたばかり。果たして間に合うのか。支援を表明している自治体との連携はどうするのか、不透明なままだ。
 まぁ、要するに、「がんばろう」と音頭を取っている政治家の皆様こそ、死ぬ気で頑張って頂かないと、復興どころじゃないんじゃないか、とParsleyとしては思うわけですよ。
 で、私のような一般市民としては、「がんばろう」という言葉に隠れて、電気料金を値上げしたり、「復興税」なるものを持ち出している動きに関しては、まさに政治・行政が「楽をしよう」としていることなので、厳しい目でチェックし続けなければいけないだろう。

 以上の三つの観点から、「がんばろう」というのは直ちに止める必要がある、と考える次第。
 そして、被災地はもちろん、日本全体が「ラクしても大丈夫」なスキーム作りをすることに、政治家や官僚の皆様におかれましては知恵を絞って頂きたい、と切に願うわけです。
 まぁ、今の政府にはかなり高いハードルだということは分かっているけれどね…。

  • URL:https://yaplog.jp/parsleymood/archive/1016
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kin
はじめまして。

自分の考えた言葉ではなく、新聞で読んだ事ですが、、

ある野球選手が精神的に追い込まれてしまい、鬱のような状態になってしまい、成績も下がってしまい、落ち込んでいたそうです。
そして、周りからは「頑張れ」と言われ、最初は励みになっていたのですが、段々と、プレッシャーに感じてしまったらしいです。
そんな時に小学生からファンレターをもらい、そこには
「○○選手、顔晴って下さい!」と書いてあったようです。
「顔晴れ」と書いて「がんばれ」
その選手は、「ああ、そうか、顔を晴れやかにすればいいのか。」
と思って、すごく元気がでたらしいのです。
そしてまた選手として「顔晴ろう」と立ち直れたという話でした。
自分もこの記事を読んだ時に、なるほどと思い、とても良い言葉だなと思いました。
まずは顔を晴れやかに上を向いて生きようと思いました。
なんだか変な文章になって申し訳ありませんでした。
June 03 [Fri], 2011, 18:02
Ghost writer
 知人のRTでたまたま岡田氏とのやり取りを目にし、こちらに訪れた。
 そんな訳で真っ先に読んだのはツイッターのプロフィールなのだが、自分の知見や国語力、技術では「職業:ライター」を名乗るに値しないと自覚している(あるいは単に自信がない)のであろうとすぐに見て取れた。もしもそれが誤解で、本気でハイパーメディアクリエイターを目指しておられるのならば、申し訳ない。私の思い違いだ。以下完全に見当違いな物言いになるので読まずに消されたい。

 さて、フリーライターなんて名刺に刷ってはいても、実際に文章を買い取る媒体の人間には、こちらの主義主張や美学、薄ぼんやりと物書きという仕事に憧れていた時分に妄想していた職業人としての矜持なんてものにはこれっぽっちも興味がない、ということは当たり前の話である。

 だが、読み手は違う。混ぜて考えてはいけない。

 ブログやツイッターは自らが読み手に対して責任を持って発信する、謂わば自分のメディアだ。50ツイートと10エントリ程の文章を読ませていただいたが、内容云々以前に語の選び方、文章の書き方の基本が無茶苦茶で、大変な苦行であった。
 程度の低い文章を書き散らした挙句、天に唾して売文を貶める様な物言いを垂れ流しているようでは、物書きとしてのあなたを伸ばしてくれるような(編集者からの、あるいは読み手からの)仕事をする機会はこの先も舞い込んでこないだろうし、わざわざ時間を割いてあなたの書いた文章を読みたいと思ってくれる読み手は確実に少なくなるだろう。

 もっと本を読んで、真剣に読んで、文法の勉強もして、それから書いてはいかがか。そんなこと言われずともやっているというならば、それはあなたの努力か、才能か、そのどちらもが足りないのだ。少なくとも、ライターの端くれとして物を書いてお金をもらうだけの水準に達しているとはとても思えない。
 私は27歳で恐らくあなたよりも若輩者だが、あなた同様に売文屋の端くれだが、物書きとして最低限の矜持を持ち続けていたい、と改めて強く感じた。売文ってこんなもんだから、とあなたはさも仕事を見切っているかのようだが、よくもその程度で分かった風な態度でいられるものだ。仕事なめんな。簡単に開き直んな。人や仕組みのせいにすんな。精進していただきたい。
June 02 [Thu], 2011, 19:27
みーたん
がんばれと頑張ろうの国語的な違いを考えてみて下さい。頑張ろうは神戸の時に使用されました。
June 02 [Thu], 2011, 12:44
mimi

私はただの一人の人間に過ぎませんので、常に配慮が行き届いていると申し上げるつもりはありませんが、できるだけそうでありたいと心がけたいと思っています。

言葉自体を悪いと批判するつもりもありませんし、時と場合によるのも同意します。

被災者同士がど共がんばろうと励まし合うのはいいことだと思うし、監督がプレーヤーにがんばれと言うのも問題ありません。それは、同じ境遇にいる者どうしだから言えることであって、ひとつの単語を「時と場合」を抜きにして全否定するつもりは元からありません。

しばしば例に出されるうつ病患者への配慮についてですが、被災者は、うつ病まで行かなくても、抑鬱症状を訴える人や、PTSDを発症する例もあるかと思います。そうでなくとも、生活が困窮している方が大勢いらっしゃいます。それを踏まえれば、この度の震災は「時と場合による」に該当すると思うのです。
June 02 [Thu], 2011, 12:36
spellsinger_man
訂正します。

>ネガティブに変換して受け止めてます。ならば「勝手に傷付いている」人の問題になるのではじゃないでしょうか。

ネガティブに変換して受け止めているなら、「勝手に傷付いている」人の問題になるのではじゃないでしょうか。



>なぜそれで「包丁を使ってはいけない」とはならないでしょう。

なぜそれで「包丁を使ってはいけない」とはなるのでしょう。

June 02 [Thu], 2011, 11:13
spellsinger_man
> 言葉を“道具”のつもりで「がんばれ」と言ったら、相手が惨めさを覚えた場合、「使った人の問題」ですか?それとも「勝手に傷付いている」人の問題ですか?

時と場合です。
相手が善意で「頑張れ」言ってるのであればポジティブ発言です。
相手の意図を汲み取っておらず、ネガティブに変換して受け止めてます。ならば「勝手に傷付いている」人の問題になるのではじゃないでしょうか。

包丁の話もそうですが、意に反せず包丁で傷つけたとして、なぜそれで「包丁を使ってはいけない」とはならないでしょう。

> 受取手が発信者の気持ちを汲むべきというのはおかしい。
> 発信者が受取手の気持ちを考えた上で発言すべき。

それならば、mimiさんの発言は受取手の気持ちを考えた上での発言なのでしょうか?
June 02 [Thu], 2011, 11:09
mimi

> それぞれに用途があってそれ以外の用途に使用した時に
> 問題があったとしてもそれは使った人の問題です。
---
> 素直に受け取ればいい物を勝手に斜に構えてうけとって
> 勝手に傷付いているだけです。

言葉を“道具”のつもりで「がんばれ」と言ったら、相手が惨めさを覚えた場合、「使った人の問題」ですか?それとも「勝手に傷付いている」人の問題ですか?

勝手に傷付く人がいるよりもいない方が良いでしょう?

勝手に傷付く人が出てくる可能性を想定して言葉を選べない人は、思いやりが足りないのです。

包丁を道具として使う人は、明確に道具として使う意志があって使うのです。包丁を武器として使う人は、明確に武器として使う意志があって使うのです。問題は、道具のつもりで使ったら、意に反して武器になっちゃった、という場合を想像できるかと言う点です。

私が下に書き込んだ内容を繰り返します。

> 受取手が発信者の気持ちを汲むべきというのはおかしい。
> 発信者が受取手の気持ちを考えた上で発言すべき。

それでも、あなたは「素直に受け取ればいい物を勝手に斜に構え〜」と仰いますか?

「私は相手を思いやる気はありません」と言っているのと同じことですよ。
June 01 [Wed], 2011, 20:28
十里
mimiさん

ご高説大変尤もですが
それならば言った人間を批判すれば良いだけの事で
言葉自体を悪いと批判するのは甚だ的外れです。
言葉は道具と同じです。
それぞれに用途があってそれ以外の用途に使用した時に
問題があったとしてもそれは使った人の問題です。

ベタな例えになりますが
包丁で人を殺せるから禁止しようと言ってるのと大差ありません。

大体今回の場合仮に下心があっても害意は無いんですから
本来受け取る側が気にしなければ良いだけなんです。
うつなどでそれが出来ない人に対しては配慮が必要かもしれませんが
特にそういった問題の無い普通の人はそれが可能です。
でなければ真っ当な社会生活は送れません

何度も言いますが、言葉は悪くないです。
言葉が意思を持って何か仕掛けてくる訳ではありません。
素直に受け取ればいい物を勝手に斜に構えてうけとって
勝手に傷付いているだけです。
June 01 [Wed], 2011, 18:53
とり
日本語を、日本語の意味を、言わなくても気持ちで続く言葉をもっと勉強してから記事を書いてください。

本当の日本語を知らないから反発を覚えるのです。
貴方の書いた記事は日本語に対する侮辱です。

貴方の反発心は 「ファイト」 と言われて 「俺に戦えって言うのか!!」と逆切れする事と同じ事です。

英語でも日本語でも、
言葉には同じ発音でも複数の意味が存在するのです。

ブログで書くのは貴方の自由ですが、
他所へ寄稿して広げる行為は辞めてください。

即刻寄稿を取り消してください。
June 01 [Wed], 2011, 18:02
spellsinger_man
持論を前提なコメントですが、

本来、「頑張れ」って言葉には続きがあると思う。
「頑張れ、くじけるな、俺達がいるぞ」みたいな。

誰もが頑張ってるってことは皆知ってる。それでも苦しい時も不安になる時もあるだろう。
だがそれは一人だけ苦しい分けではない、皆で支えあってる。
「頑張れ」っていうのは、お互いを励ますための言葉じゃないのかな?
June 01 [Wed], 2011, 11:01
あらい
【頑張る】という言葉に対してネガティブキャンペーンをやめてください。
素晴らしい言葉を殺さないでください。
貴方の勝手な思い込みをあたかも本当かのように人に伝えないでください。
June 01 [Wed], 2011, 4:00
mimi

言葉というものは、発する者の立ち位置と、受け取る者の立ち位置で、意味が異なってしまう。ある言葉を発する時、それぞれの立場の違いに配慮が行き届いているのなら問題ない。

単語そのものが前向きな言葉だからといって、TPOをわきまえずに乱発してはいけない。

「がんばれ」という言葉の持つ意味がネガティブなのではない。

同じ境遇にいる者どうしががんばれと言い合う分には、もちろん何の問題も生じない。

言う側が何ら苦労なく生活できており、言われる側が非常な苦労を強いられている状況において、安易に言葉を発すると、立場の違いによって不公平感が生じて、他人事のように聞こえかねないので、配慮しようということ。


> お互い頑張っていこうという少しだけ前向きな言葉であるだけ
> なんだということを理解してもらえたら幸いです。

↑の文脈で重要なのは、「頑張っていこう」ではなく、「お互い」の部分だろう。

今、最もがんばらなければならないのは、幸いにも被災を免れた人々だと思う。

置かれた境遇によって、同じ言葉でも違った意味に受け止められる可能性があるということを理解してもらえたら幸いです。
May 31 [Tue], 2011, 23:16
こうじ
こちらのコメント欄をみて安心しました。「がんばれ」という言葉に何故そんなにネガティブな意味を持たせるのか理解できません。最近はなんでもかんでも一部の人の気持ちを大半の人の気持ちのように報道され、それを見聞きしているうちに「そうなんだぁ」と皆が思ってしまうという変な風潮がありますね。
May 31 [Tue], 2011, 22:04
ttt
mimiさん、

私と十里さんは決して
「こっちはあんたのことを思って言ってるんだから、ありがたいと思え」
などという意味の言葉は発していません。
そう感じるのだとしたら、そんなことは全く思ってないので
そう解釈する必要はありませんよということを伝えたいと思います。

確かに、頑張れという言葉を不快に思う人もいるでしょう。
しかし、その人たちを基準にして「がんばれ」と言うのをやめたら
自体が好転するでしょうか。マイナスがゼロになるだけです。
それならば、「がんばれ」という言葉に励まされる人たちを基準にして
頑張れという言葉の力を借りてゼロをプラスに持って行くほうが
有意義だと思うのです。

「がんばれ」という言葉を不快に感じる人達を切り捨てた
考えだと感じるかもしれませんが、そうではありません。
決して強制でもなく、お互い頑張っていこうという少しだけ前向きな
言葉であるだけなんだということを理解してもらえたら幸いです。
May 31 [Tue], 2011, 21:13
mimi

自分自身に活を入れるために、独り言として自分に言い聞かせるならまだいい。

誰かが、別の誰かに向かって言うと、思いやりのない他人事のように聞こえてしまう。

他人の言葉をネガティブに受け取るもなにも、そう聞こえてしまうのだから仕方がない。

言われて不快に思う人が少数でもいるという事実に配慮しよう。

相手を思いやれる人なら、相手がどう感じるかを思い計って発言できるはずだ。

「こっちはあんたのことを思って言ってるんだから、ありがたいと思え」という態度での物言いは、それこそ正気の沙汰ではない。

受取手が発信者の気持ちを汲むべきというのはおかしい。
発信者が受取手の気持ちを考えた上で発言すべき。

○(私は)がんばる
△(私と共に)がんばろう
×(あなたは)がんばれ

×(国から被災者に)がんばろう
→他人事の香りが強いのでNG

○(国から全国民に)がんばろう
→経済活動を活性化しようという意味ならOK

May 31 [Tue], 2011, 19:11
十里
tttさんと同意見ですね。

「うつの人に頑張れって言うのは逆効果」ってやけに聞かれますが
それが最近は一人歩きしている状態と言いますか
別にうつでもないのに「頑張れ」が禁句みたいな風潮があります。

うつなどの精神的疾患を抱える人はともかくそうでない人にとって
それはただの言葉であり、それならば受け取る側の問題です。
健常な精神を持っているならば己のネガティブ思考を
言葉の所為にはしないで欲しいものです。

他人の言葉をネガティブに受け取っても良い事なんかありません。
まして、励まそうとして頑張れって言った人に噛み付く風潮なんてのは
それこそ正気の沙汰ではありません。
May 31 [Tue], 2011, 16:10
ttt
「やめるべき」と声高に主張しなければならないほど「がんばろう」
という言葉に悪影響を与える力があるとは私は思いません。

そもそも「がんばれ」という言葉に対して「ちょっと待て」と
一石を投じるきっかけになったのは、うつ病の患者などに「がんばれ」
というと逆効果になることもある、という精神科における事実です。
うつ病の人に「がんばれ」と声をかけるのをやめた方がいいのは確かです。

そこで、貴方が主張する「がんばろうというべきでない理由」を見てみると

>■被災地・被災者はもう既に充分以上がんばっている。

確かにその通りです。被災者はとてもがんばっています。
だからもうがんばろうと言うべきでない、ということには繋がらないと思います。
励ます声がなくなればこれ以上がんばる気力がなくなるという人もたくさんいます。
被災者が全員うつ病であるならばがんばろうというべきではありませんが
気骨を持って復興しようとする人もいっぱいいます。

>■若い人に「がんばる」という言葉はネガティブな印象がある。

これも上記で説明したように、うつ病の人にがんばれと言ってはいけない
という事実が一人歩きして、「とにかくがんばれという言葉は使わない方がいいんだ」と
がんばれという言葉を無条件に忌避する風潮がはびこっているだけです。
それを理由に「やめるべき」だと主張されるのも根拠が薄いと思います。

貴方は、「がんばろう」という言葉にはマイナスしかないのだという前提で記事を書かれています。
それ自体が思い込みだと思います。もう少し「がんばろう」という言葉の力を信じてもいいのではないでしょうか。
May 31 [Tue], 2011, 14:44
しにすぎ
ほとんど脅迫
May 21 [Sat], 2011, 23:50

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Name:Parsley
Birthday:1976/4/8
Point:首が長い。つまりエロい
Favorite:エイガにケイバ
タバコ:Davidoff GOLD
ウィスキー:アーリータイムズ
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カワサキシティーで布団と同化中
コメントは返したり返さなかったりです。
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