ずっと一緒だから

July 05 [Thu], 2018, 0:00
今日は小春の17歳のお誕生日。

16歳のお誕生日は一緒に迎えることができました。
でもあの時、なんとなくもう
お誕生日をお祝いするのはこれで最後なのかもしれないと
心のどこかで思っていた気がします。

それがわたしの「あきらめ」、「心の弱さ」だったのではないかと
喉に刺さった魚の骨みたいにずっとチクチク痛かったのですが。

それももう過ぎたこと。


今は毎日ずっと一緒です。
小春のことを思わない日は1日とてありません。


小春との生活は
陽だまりの中でのんびり日向ぼっこするような
やさしくておだやかなものでした。

ふわふわの手触りや静かな面影を思い出すたび
ああ、幸せだったなぁと思います。


もちろん今も、幸せですけどね。
梅子は小春とまったく違う幸せを連れてきてくれました。



なんとなくずるずると、どうしようかなぁと思い続けてきましたが
思い切ってこのブログ、ここで終止符を打とうと思います。

梅子のこともちょっと書いてしまったけど、
ここは小春だけの場所ということで記事は消しました。

梅子のことは、Instagramでつづっていこうと思います。



2004年から10年以上もおつきあいいただき
本当にありがとうございました。


みなさんと、シッポのある心の友が
どうかいつまでも幸せでありますように。




半年 徒然に思うことを

February 27 [Tue], 2018, 18:31
2月15日で小春がお空に還ってしまってから半年が経ちました。
長いような、短いような、そんな半年でした。

その間のことを思いつくままに書いておこうと思います。
公開しておかないと書いたことも忘れるので(笑)公開しますが
誰かのためになろうとか、
誰かを否定しようとかも思ってません。
完全独り言なので、スルーしてください。





1月末から2週間ほど盛大に風邪をひきました。
今冬初めて。
あまり長引かないほうなのに、寝ても、薬を飲んでも全然治らなかった。

汚い話だけど、ありえないほど鼻水が出て。
まるで体中の水分を全部出そうとしているかのようでした。
花粉症かな?と思ったぐらい。
でも違ったみたいです。
全部出し切ったら、すっと治りました。

なんとなく、これが区切りなのかな、と。
小春に「そろそろいいよね?」って言われてるみたいでした。

______________________

小春を亡くして2週間ぐらいはひたすら感謝の気持ちでした。
一家揃って人づきあいも犬づきあいも良い方ではないのに
たくさんの方がお悔やみにきてくださって。
16年の間にできた「縁」をひしひしと感じたし、
小春の生きざま、逝きざまに尊敬の念を抱いたりもしました。

次にきたのが忘れてしまうことの苦しさ。
忘れる、というのは、存在ではなくリアルな感触。
抱いた感じ、耳の柔らかさ、肉球の弾力。
なめてくれる時の舌のあたたかさ。
そういう、日常的にずーっと感じてたことを
忘れていくのがたまらなく辛く、苦しかった。

そのあとが後悔。
あるネットセミナーを受けたんですね。
そこにはあの時の小春に役立ちそうな知識がたくさんあって。
なぜ、あの時もっと調べなかったんだろう。
なぜ、これで良いと思ったんだろう。
やれることは、こんなにあったのに。
納得していたつもりだったのがぶり返して
身の程知らずの後悔で、自分を責めた時期。

ようやくそれも落ち着いて、残ったのは寂しさでした。
ただただ、寂しい。それだけ。


ペットロスってなんだろうね。
よく、泣いてたらその子が浮かばれないよ。とか
亡くなった子だって
飼い主さんの笑い顔を見たいはずだよ。とか
ポジティブにならなければペットロス、みたいに言うけれど。

でも悲しいものは悲しいし、泣く時は泣く。

友だちが、「仕方ないじゃん!悲しいんだから!」って
言ってくれたのがとっても救いでした。
だから、これがペットロスでも、がっぷり四つで向かい合おうと思った。
いつか、抜け出すまで
悲しみも味わい尽くしてやろうと思ったんです。



決めたのは他ならぬ自分だけど
お骨をお墓に入れた時、寂しかった。
夕食を作った残りの野菜くずの使い道がないこと。
どこへ行っても小春との思い出がつきまとうこと。
夕方することがなくなったこと。
小春の季節は夏で止まったままなのに
わたしだけがどんどん進んでしまうこと。
ふいに思い出す、最期の瞬間。


よそのわんこを見て悲しくなるとか、
掃除の時に毛をみつけて悲しくなるとかはなかったな。
そこは予想外だった。

人それぞれ、なんですね。


なんだかよくわからない日々の中で、
やっぱり人に支えてもらったかなぁと思います。

思いやり深く接してくれた
友だちやマッサージのお客さま。
年賀状で小春のことを報告したら、
小春には会ったこともないのに
メッセージや返信で悲しんでくれた人たち。
年が明けてからも不思議なことに
ぽつりぽつりとご連絡をいただいたりお花をいただいたりして、
ほんとにありがたいなぁと思いました。

そして、何より夫。
「寂しい」と言うと、「寂しいね」と返してくれる。
それがとっても、ありがたかった。
家族は大切だね。


年末年始が、寂しさの底だったと思う。
小春を喪った穴は、どうやっても埋まらなくて。
どうするかなぁと。
これじゃさすがに小春も気の毒だよなぁと。
そんな時
“どんなにヘタレても、その子は飼い主が
元気になるのをちゃんと待っててくれる”
というような言葉を見つけて。
ほっとした…。


そこから少しずつ上向いて。
その感触を忘れても、存在を忘れたことはなかったなぁとか。
色々なことに小春の操作?意思?を感じて、
そうか、ずっと一緒ってこういうことかと。
すごく、自分の中で納得できた。
これが大きかった。

そうしたらだんだん
また一緒に歩く子が欲しくなってきた。
夫もいい加減、わたしの「寂しい」とかマジ泣きに危機感を感じたらしく。
「次の子を探そう」と。

1月、動き始めました。
と、同時に風邪を引いたので、ああ、やっぱりと思ったんです。
小春の仕業か(笑)


実際、色々あって。
トントン拍子といかないところが
実に小春らしいのだけど。

今は、小春の采配を待っているところです。

大丈夫、なんとかしてくれる。ね?




つくづく思う。
愛してやろう、守ってやろうと思っていたけど
いつのまにか、愛され、守られていたのはこちらでした。


やっと本当に抜けられるかも。

幸せな16年だったよ。
ほんとに、ありがとう。


ウチにぴったりの
新しい家族を頼んだよ!




北海道弾丸ツアー その2

February 19 [Mon], 2018, 19:52
・・・|ω・`)チラッ


・・・年越しましたね。
2018年ですね。平成30年ですね。
おでかけ日記半分書いたまま4か月放置とかありえないですよね。

陳謝(。-人-。)

言い訳はありますが、とにかく続き!

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石狩の浜から帰宅後、今度は新千歳空港にばびゅーんと出発!

飛行機は夜の便だったので、それまで遊ぼうというわけで
空港への途中にある「ノーザンホースパーク」へ連れていってもらいました!


ここは・・・なんていうか・・・日本じゃない!
いわゆる観光牧場はいくつか行ったことがありますが
もちろんここは牧場ではないし・・・。
でもお馬さんがたくさんいるし・・・。
芝生がなんかめっちゃキレイだし。
木々もちまちましてないし。
ああ!北海道!っていう感じでした。(なんという語彙力のなさよ)



まずは近くの建物の中でやっていたポニーショーへ♪
その名も次郎くん♡
美しいたてがみとシッポをなびかせて、色んなコトをしてくれました。
ハードルなんかも跳んでたよー。
わーすごいすごい!ところで風鈴さまは?と振り返ると
端っこの方でちゃんと人気者になってました(笑)さすがの風鈴!

ポニーショーのあと、次郎くんがお外に出てきてくれたので、
ここぞとばかりに抱きつくわたくし。
だってー。お姉さんが「いいですよ」って言ってくれたんだもん。
風鈴ちゃんとお写真を撮ろうとしたのだけど、
ふたりとも「ぼくたちは犬なので」と近寄ってくれませんでした・・・ちっ。





お馬さんたちの厩舎も見学させていただきました。
すーごくおいしそうなオヤツが販売していて(注:馬用です)
さっそくかじってみる・・・意外とおいしいかも・・・(注:馬用です)
大丈夫、ちゃんと厩舎のお馬さんたちにあげました。
サラブレッドは大きいなーーーー。



馬車を引いているお馬もエラく大きい。



そういえば、障害の施設もありました。
犬のアジリティをずずずいーっと大きくしたようなコース。
帰ってからテレビで、馬の障害の全日本?を観たんですけど
ここだったんですねー。すごーい。


広大なパークを徒歩でお散歩したり・・・。
もう紅葉が始まっていたよ。









この日は晴れてはいなかったけど、奇跡的にあたたかいとのことでした。
実際、千葉とあんまり変わらなかったです。でも・・・でも・・・
ソフトクリームは食べないよ・・・風鈴、体冷えるよ・・・(笑)


最後は運動嫌いなボスと風鈴ちゃんを車に残して、
ちょびママ、ちょびパパ、ちび太くん、わたしで
カルガモ自転車なるものに乗って、パーク内をギコギコ。

これがけっこうな良い運動でして・・・(笑)やっぱ歳だな。
写真を撮る体力が残っていない(^^;

でも、視線が下がるので意外とスピード感があるし、
途中で結婚式でもするのかなー?なキレイな会場を見られたりと
なかなか楽しく遊んでしまいました(^^)


というわけで、3時過ぎからの滞在だったわりに、
なんだか満喫させていただきました。
これも本当に、連れてきてくれたちょび家のみなさんのおかげです。
小春も芝生の上をのびのび走れてたよね・・・きっと。


日もとっぷり暮れてから空港へ。
ボスリクエストの海鮮どーんで旅をしめくくりました。
うまかー。



ちょび家とお別れしたあとは、搭乗口のイスでひたすらボンヤリ・・・。
なんか・・・あっという間だったね・・・(そりゃそうだ)



ほんと、何しにきたんだかわかんない夫婦だったけど、
やさしく受け入れてくれたパパさん、
長時間の運転をずーっとしてくれたちょびママ、
(空港への送り迎え、本当にありがたかったです)
たまに甘えたちゃんに変身するちび太くん♡
そしてそして、久しぶりなのにちゃーんと憶えていてくれた風ちゃんと鈴ちゃん。

みんなみーんな、本当にありがとうございました。
どうか元気で。健康に気を付けてね。
平穏でフツーの毎日を楽しく過ごしてくれますように。
人も犬も長生きしてねー。

また会おう!!!!!

北海道弾丸ツアー その1

October 25 [Wed], 2017, 21:24
10月ももう月末とか!
うっかりしているとすぐ年末になってしまいそうです。おおこわ。


さてさて10月最初の連休で北海道へばびゅーんと行ってまいりました。
目的はちょび家のみなさんに会うこと。

犬友だちはほぼほぼそうですが、小春が若いころからのお付き合いなので
ちょび家とももう10年以上のお付き合いになります。
とはいえそう頻繁に連絡をとりあうわけでもないんだけど(笑)
でも、間がどんだけ空いていようとも、声をかければいつものテンションで話ができる
それはそれでとっても貴重な距離感のお友だちでもあります。

北海道へお引越ししてしまってからは
なかなかこちらから訪問することもできず、
しかし小春さんがいなくなった今!
そう、今でしょ!今行かなくていつ行くんだ!ということで、
1泊2日の弾丸で行ってきたのでした。


なんせ目的が「ちょび家のみなさんに会うこと」だから、
観光なんてまったく考えておらず、
ちょびママがどっか行きたいとこないの?と聞いてくれても
「べつにない」とやりがいのない返事ばかりをしていたわが家。

そんなやる気のないわが家でしたが、
さすがはちょびママ、ちゃんといくつか候補を考えてくれて
その日のノリで連れていってくれました。
ホントありがたい。持つべきものはマメな友だち(←その前に反省しようか)


行きも帰りも夜のフライト。
あ。行きは夕方か。
羽田の天候はイマイチだったのですが、
雲の上からきれいな夕陽を見ることができました。



到着するとちょび家のみなさんが迎えにきてくださってて、
そのままみんなでラーメンの夕食♪(食べちまったので写真はない)
なんと風鈴ちゃんも連れてきてくれてて、
雨降る駐車場でごたいめーん。

もーね、りんりんのかわいいこと!
お耳ぺったんこにして「黄身さんだぁ♡」って言ってくれました。
ふうちゃんも「このヒト知ってるだふう」と言ってました(たぶん)。
なんせ久しぶりだもんね、覚えてくれてただけで嬉しい。

ちょび家に着いたのはだいぶ夜も更けてだったのですが、
そこから息子のちび太くんたっての希望で人生ゲーム大会!!!(笑)
いや、人生ゲームってこんなに進化してるんですね・・・。
なんかね、ゲーム盤が広がるし、カジノは複雑化しているし
お宝はあるし職業はイマドキだし・・・。
ゲームは世相を反映するんだなぁと感心してしまいました。
しかしいいよね、テレビゲームも好きだけど、盤ゲームってワクワクする♡


ひと晩泊めていただいて、翌朝はちょびママに朝ごはんをふるまっていただきました。
もうさーここだけの話だけどスープがホントうまかった。
なんなら北海道で食べたものの中で一番うまかった。
おいしい朝ごはんをありがとうー!

しつこいようですがノープランで何も予定がなく、
なんなら午前中ずっとちょび家でうだうだしててもいいぐらいの感じでのんびり。
ご近所にちょっとお散歩しに行ったりして、なんか普通の休日(笑)





ナナカマドの街路樹 本州では見たことないもんね

しかしさすがにそれでは・・・ということで、
ちょび家のみなさんに連れていっていただきました。石狩の浜。



見渡す限りのこの景色!
あーーーーーでっかいどうーーーー(←うるさい)
ハマナスの実がたくさんなっていたり、キタキツネのが落ちていたり
やっぱりここは北海道なのねー!
ただ歩くだけでもとっても楽しかった♪
みんなで写真を撮りました。
写ってないけど小春も一緒だったんだよね。
シッポの遺骨をカプセルに入れて連れていってたから(^^)
よい記念になったな・・・嬉しかったなー。





ランチはこちら。マウニの丘で。
だだーっぴろいところにぽつんと建っているレストラン。
以前はテラス席はわんこOKだったそうですが、今は安全上の問題から
テラス席自体が封鎖されてました。
ふうりーん、ごめーん、いただきまーす♪(←ヒドイ)







石狩から戻る途中で小春家大好き佐藤水産へ。
ここのがごめ昆布が大好きなんですわが家は(笑)
今回は旅程が短いこともあり、何も買わない予定だったのですが・・・
気が付いたらクール宅急便のカウンターで手続きしているという(笑)
見たら買うよね。鮭もタラコも美味しそうなんだもん。
ちなみに今回「石狩ラーメン」なるものを買って帰ったのですが、
これがメチャうまでした・・・オンラインで買ってしまおうか・・・。



てなわけでいったんおうちに戻って早くも荷造り。
ばびゅーんと新千歳に向かいます。
いやほんと、何しにきたんだワタシたち・・・(笑)

お友だちに会いに…の前に

October 16 [Mon], 2017, 17:21

小春の四十九日過ぎてすぐの連休で、ちょび家の皆さまに会いに北海道へ行ってきました。
で、楽しかったその旅行のことを書こうと思って前置きを書いていたら思いのほかまたしてもダークな記事になったので、とりあえずこれだけであげておきます。


楽しいのとごちゃまぜになっちゃうのは忍びないからね







先日、2回目の月命日でした。
あれからもう2ヶ月経っちゃったんだなぁーと。
季節はもうすっかり秋、というか冬?みたいな寒さ。
このぐらい寒かったら小春ももっと楽だっただろうに。
とかそんなことはまだまだ考えてしまいます。

実際一番辛かったのは最初の月命日から四十九日まで。
ささくれだつほど尖っていた神経が少し落ち着いて、
いろんなことを思いだすこの時期…良いことばかり思い出すわけもなく。

あの時の小春の表情は何を言いたかったのだろう。
あの時のあの症状はもしかしたら今回の前ぶれだったのではないか。
そこでわたしが適切なアクションを起こしていれば、
こんなことにはならなかったのではないか。

一番の後悔は、小春が亡くなってしまったことよりも苦しませてしまったこと。
呼吸が苦しくて眠れない、横にもなれない。
一番豊かなはずで、一番楽しく過ごさせてあげたかったシニアの時期に
どうしてこんな一番辛い思いをさせてしまったんだろう。って。

繰り返し繰り返し考えては泣く。そんな毎日で。

でも、結局のところ、考えたところで小春が戻ってくるわけではなくて。
そしてわたしは万能ではなかったわけです。当たり前だけど。

後悔は時として傲慢だ。と思う。
できるはずだったのに、というのは自分を過信しているだけ。
このままの自分でできることは、たぶんしたんだと思う。
だから、仕方ない。

後悔があるなら、次の子で活かすしかない。
だから、もう、ふっきることにしました。
こはちゃんのお墓も購入したしね。今、作っている最中です。


もう少し待っていてね、小春さん。



月命日

September 15 [Fri], 2017, 22:30
今日は初めての月命日です。

あれから1ヶ月経ちました。

あっという間のような気もするし、まだ1ヶ月かーという気もするし。
でも確実に季節は動いていて、秋風が立つようになりました。


心境の変化は…?
よくわかりません。

亡くなってすぐと、あんまり変わらないかな?
ただ、なんともいえない独特の寂しさが出てきたような気がします。
ハッキリと見えていたリアルな小春の像が、少しずつ薄くなってきてます。
時が経つことがとても寂しいです。
否応なしに時は過ぎるし、おとなだからそれを受け入れざるを得ないのもわかってる。
というか、受け入れてる。
このままでいたいけど、前を向く自分もいる。
そういうすべてが寂しいなぁと。
秋だからなのかなぁ。

際立つのは日常の思い出。

抱っこする時の決まりごと。
出かける時、帰宅した時に小春にかける声のトーン。
掃除機かけた時の小春の反応。
お手の順番。
おいしいものを食べた時の小春のおめめ。
ぺろぺろしてくれる舌の温度。
ベッドから降りる時のとすん、という音。
ボール遊びで必ずかけるフェイント。
冬になると増える首回りのたるみ(笑)
肉球のにおい。

数えたらきりがない。
そういう日常の思い出は、できるだけ残っていてほしいなぁと思います。


ずーっと闘病記を書いていたら、ブログがものすごく暗い(笑)
実際のわたしはかなり元気で忙しく過ごしています。
仕事もしているし。
ふつうにテレビ観て笑ってるし。
友だちとLINEで毒を吐いたりもしています。

昨日なんか初めて馬に乗ってしまいました。
お互い初対面で背中に乗せてもらうって、なんだか今日初めて会った人と一緒に漫才やるみたいな感じで。
お互いの呼吸を合わせて、お互いほめあって確認しあって、みたいな作業がとっても楽しかったです。
そして今日は尋常じゃなく全身が痛い(笑)

そういう日々の中で、ふと寂しくなるのはこれ仕方ないんでしょうね。


さて、ブログをどうするかな…。
このまま日々の雑感を書いていくか。
すっぱりとやめるか。
ちょっとまだ考え中です。

四十九日までは、小春もまだあっちとこっちを行き来しているでしょうしね。
よく相談して決めたいと思います。
それまでもう少し楽しく小春のことを綴りたいと思います。


あなたのものではありません




悪性黒色腫とのたたかい その5 それでも彼女がこだわったこと

September 14 [Thu], 2017, 8:37
日が経つにつれて、考えることが変わってきました。
変わってくるというか、今まで考えなかったことにも思いが及ぶというか。
それが新たな後悔を生んだりもして、どっぷり「申し訳ない」に浸る日もあるし、それじゃいかんと、次につなげなきゃと前向きになる日もある。

ま、日によってさまざまです。
それもこれも、小春さんがくれたもの。
こはちゃんは偉大だ。
そこはもう揺るぎなく・・・。ありがとうしかないのだけどね。




そんな偉大な小春さん(笑)が、亡くなる直前までこだわったことの話をします。

だいたいヒトにせよ犬にせよ、若い頃はイキがったり声高に自己主張したりするものだけど、歳をとれば少しずつ丸くなり、やがて感覚も鈍くなって、どうでもいいやーってことが増えてくるもんではないかと・・・。
それはきっと、あの世へ行く道すがらで、重い荷物を少しずつおろしていくようなもんなんだろうなーと思うし、それがうまくできることは幸せなことなんだろうなと思っています。

小春さんも確かにそういう部分はあって。
絶対着ません!と言ってた洋服も最終的には気にならなくなってたし、外で水は飲みたくありません!というのも大丈夫になってたし、人様の前でお腹見せるなんてありえない!といってたのが、おまたパカーンと開けるようになっていました。


そんな小春さんでも最後までこだわっていのが排泄場所。

生後2ヶ月で家に来て、3日でトイレを覚えた天才小春さん(笑)でしたが、4ヶ月頃にはもう外でしか排泄をしていませんでした。
5歳ぐらいだったっけ。再度トイレトレーニングを試みましたが、21時間ぐらい我慢されて、こちらがあきらめたということもありました。

そんな小春さんも14歳から15歳にかけて、腎機能が少し落ちたのか、寝ている間に少しもれてしまう・・・いわゆるおねしょをしていたことがありました。
オムツを試すと目に見えて凹み、気の毒だったので、子ども用のパンツを履かせてみたのですが、それもお気に召さなかったらしく(^^;
結局腎臓の数値がもとにもどったことでおねしょは解消され、いつもの真っ裸に戻ったわけですが、あの時もしかしたらこだわりを捨てる良い機会だったのかもね。

トイレシーツが排泄場所というのは理解していて、よその家では堂々とトイレシーツに用を足すくせに、自分の家ではよっぽどのことがない限り、排泄しなかった小春さん。
具合が悪くなってからもかたくなに外での排泄を要望した小春さん。

そんな小春さんですから、たまに失敗するとすごく凹みます。
7月の終わり、眠るのがキツくなってきたころ、いつもだったら出勤前にオシッコ出しをするのですが、とても気持ちよさそうに寝ていて、オシッコ出しをやめたことがありました。
夜じゅう立っていて疲れたのだろうし、仕事が終わったら速攻帰れば間に合うだろうと。
ですが、帰宅すると、ウンチもオシッコも、さらに吐いたあともあり、小春はすみっこのほうで明らかに凹んでいました。

いいんだよーいいんだよー。出たんだから大丈夫なんだよー。
ウンチだってちょうど良い固さだし、オシッコや吐しゃ物は拭けばいいんだし。
よっぽど我慢できなかったか、うっかり出ちゃったんだね・・・。
ちゃんとオシッコ出ししてあげればよかった。ごめんごめん。

なぐさめ、謝ったけど、夜までずーっと落ち込んでいました。
具合が悪くなってから家で排泄できるようにならないかなぁ、そこのこだわり捨ててもらえないかなぁと思っていましたが、このことをきっかけにすっぱりあきらめました。
こんなに凹むくらいなら、とことんこだわりに付き合おうと。
きっとこれが、小春の最後のこだわりなんだなぁと。


お気に入りの排泄場所はわかっていたので、車で行ったり抱いて行ったり。
排泄だけさせて、すぐ戻る。
カートはもう、振動がキツそうで使えませんでした。
抱くのも肺を押さえるとえずいてしまうので、特殊な抱き方をしていました。

外に出るたびに呼吸困難になっても、左の前足が麻痺しても、小春は絶対外排泄をやめませんでした。
地面におろしてあげると、ちゃんと腰を落として排泄するんです。
帰宅するとゼイハアしながら「やったわ!」って顔をするんです。
これには本当に凄みすら感じるというか、執念というか。
気丈な子だったと思います。


亡くなる2日前の排泄後
やったわ!って言ってるでしょう?

亡くなる日の午後8時頃、最後の排泄をしました。
その時もちゃんと、自分の足で立って、用を足しました。
生ぬるい公園で、そのまま立って風を感じていたような・・・心配だったのですぐに抱きかかえて連れて帰ってしまったけど。

その日の夜、旅立ちました。
小春らしいね・・・。


最後は苦しまなかった?
とよく訊かれるのですが、正直なところよくわかりません。
亡くなる1時間半ほど前から呼吸困難の状態だったので、その間はきっと苦しかったと思います。
でも亡くなる瞬間は・・・。
わたしが抱いていたのですが、かくん、と糸の切れた人形みたいに首が落ちて、もう、そのままでした。
寝かせてから何度かあえぐような仕草をしたけれど、獣医さんいわくもうその時は心臓は止まっていたはずだと。
であればきっと、その瞬間はそれほど苦しくなかったのだろうと、そう思うことにしています。

メラノーマにさえならなければ。と今でも思います。
あんなに良い子なのに、人生の最後にどうしてあんな苦しい、辛い思いをしなければいけないのか。
それを想うと本当に申し訳なくて、泣けてきます。

確率だから運命だから仕方ないというのもわかる。
でもね、となってしまう(笑)
時が経てば受け入れられるのかもしれないですね。

それまではせめて精進しようと思うのみです。



それにしても。
わんこは凄いなと思います。

飼うからには(自分基準にせよ)幸せにしてやらなくては!
とか
なにかあったら守ってあげなくては!
と思っていましたが、
実際に幸せをもらっていたのはこちらだし、守ってもらっていたのもこちらでした。

愛されてたなーと思います。
すごくよく見てくれてて、いろんなこと働きかけてくれて、教えてくれた。
今もまだそうなんだろうね。

悪性黒色腫とのたたかい その4 食事

September 06 [Wed], 2017, 21:11
最近、小春を抱いた感触がだんだんと薄れてきていて、それがとても寂しいです。
「忘れる」ことは、人間に備わった自己防衛能力であり、しかたないのだとわかってはいるんですけどね。
その一方で、あの時は必死すぎて、スルーしてしまっていたことを思い出したり。
ああ、あの時ああしてあげればよかったなー。とか。いまさらなんですけど。

そういった寂しさも少しの悔しさも、抱えていくべきものなんでしょうね。


さて、小春さんの闘病中のお食事です。

春からずっと嘔吐がとまらなかった小春。
もともとは「手作り食+ロールフード(パテのような生のフード)」だったのですが、だんだんと量を食べることが難しくなってきたため、ロールフードをやめて少量で済むドライフードにしていました。
手作り食のほうも、4月からは今までのようなおじやではなく、ミキサーにかけてドロドロに。
1日2回だったのを、少量ずつ1日3回に分けてみたり、それでも足りない場合は合間にドライフードをあげてみたり。
スプーンで食べさせていたのをやめて、なるべく小春のペースでかつ食べやすいように工夫してみたりもしました。
この頃はなんとか必要なカロリーと栄養素を摂ってもらおうと必死でした。

嘔吐が止まったのは6月の中旬。
この頃から鼻の発作のようなものが増えてきます。
それでも7月中旬までは食欲もあり、通常のご飯を食べてくれていました。

7月下旬に入ると1日3回の食事のうち、昼を食べなくなりました。
朝夕も、以前は待ちきれなかったのに、少しずつ関心が薄れていくのがわかりました。
さらに手作り食、今まで食べていたドライフードも食べなくなっていきます。


小春にそんな日が来るとは思っていなかったので、最初は面食らってしまい。
食べてくれるものを探す、とひと言で言っても今まで食べないものがなかったので、正直どうしたらいいのかと途方にくれそうになった時。
助けてくれたのは周囲の友人・知人でした。

自分の経験から食べるかもよ、と持ってきてくれたり、わたしと違うセレクトで買ってきてくれたり。
わたしひとりの想像力ではとても用意しきれなかった広範囲のものが、小さいダンボール一杯に集まって、心からありがたかった。
もちろん食べなかったものもあったけど、食べたものは次に自分で選ぶ時の参考になりました。
それと、わたしにはやっぱり手作りでやってきたというプライドがあったのですが、そんなこと言ってられないんだ、こだわりなんてもう必要ない、とにかく食べることが大事なんだということを、強烈に意識させてくれました。


幸い胃腸は丈夫だったので、犬用、猫用、ヒト用と色々なものを試しました。
缶詰を参考に手作りしてみたりもしました。(結局ちょっぴりこだわった 笑)

とにかく野菜・穀物を食べなくなりまして。
缶詰はタンパク質オンリーのものならわりと食べてくれました。
ホントは総合栄養食を食べてほしかったけど拒否られました。
タンパク質も今まで手作りで食べさせていた魚や鶏は拒否!
牛、豚、ラム、鹿、馬、ターキーなどをローテーションしていました。
缶詰なら開けたて、手作りなら作りたてのほうが食が進んでいたような気がします。
チーズも好きで、チーかまが主食だった時も(笑)
手作りのお肉ペーストにクリームチーズを混ぜると食が進んだこともありました。

あとは甘い物が好きで…。
ヨーグルトは食べなくてもプリンは食べてくれることが多かったです。
カステラを牛乳とハチミツで練ってあげたりとか。
ピーナツバターをなめさせたり、アイスクリームもわりと食べてくれたかな。

それ以外で特徴的かなと思うのは、食べものの柔らかさです。
最初はドライフードのような硬いものも大丈夫だったのが、クッキーくらいの硬さになり、チーかまや半生フードの柔らかさへ移行し、最後は固形のものは食べなくなり、ペースト状のものや液体をなめていました。


みなさんそうだと思いますけど、毎回バイキング状態で(笑)
これ食べる?ダメ?じゃこっちは?ダメかー
これならどうだ!おお、ちょっとイケるねーじゃあもう一口いってみよう!
ってな感じ。

おそらく必要量の1/3くらいしか食べていなかったと思います。
それでも小春は毎日何かしら、食べてくれました。
そのことが救いでした。
食べてくれたら次の食事はもっと食べられるように工夫しようと思う。
ほんとに頑張ったよね。小春さん。

この頃小春のベスト体重は6kg。
一時5.1kgまで落ちましたが、亡くなる3日前の体重は5.3kg。
被毛も艶があり、ぱっと見病気の子には見えないぐらい綺麗でした。
弔問に来てくださったみなさんが「ただ寝てるみたい」と褒めてくださったのが、とても嬉しかったです。



最後に食べたものはアイスクリーム。
ハーゲンダッツと言いたいところですが、ケチってスーパーのPBものにしちゃったのを、飼い主は今でも後悔しています・・・。

?
これはハーゲンダッツ(笑)

悪性黒色腫とのたたかい その3 眠るための車椅子

August 29 [Tue], 2017, 20:48
レントゲン撮影後、肺が悪いことを飼い主に伝えられて小春もほっとしたのか、こちらがそういう目で見るからか、目に見えて調子が悪くなりました。
呼吸数は安静時で1分間に40〜60。通常の約2倍。
動くと当然のことながら呼吸は激しくなります。
今年の7月は梅雨明け前からとても暑く、お散歩はカートを持って乗せたりおろしたり、という感じでした。

7月の中旬を過ぎると、痰を出したいのに出せないような苦しい咳のようなえずきのようなものが出始めました。
呼吸の仕方も右肺が使えなくなったのか、左の肺と右の横腹を大きく動かすものになってきました。
それでも調子のよい時は、酸素ハウスに入り横になってすやすやと眠れていたし、ブランケットをぐちゃぐちゃにして巣作りすることもできていました。

7月の終わりになると、呼吸はますます浅く荒くなり、調子の良い時と悪い時の差が激しくなってきました。
調子が悪い時は横になる=姿勢を変える とえずいてしまうので横にもなれず、立ったままうとうとと寝る姿が見られるようになってきました。
余談ですがこの頃顎下のリンパが腫れて微熱があり、もしやリンパへの転移!?と飼い主青くなりましたが、この腫れは1週間ほどで引きました。小春の免疫力は凄い。本当に良く頑張っていました。

話がずれました。もとにもどします。
小春が立ったまま寝るようになってきたので、あるアイテムを投入することにしました。車椅子です。

もともと小春は車椅子を持っていました。
というのも、友人が車椅子を製作・販売しており、いずれ使うだろうと用意していたのです。

わんうぉーく 

当初の目的は足が弱ってきた時のリハビリと立位姿勢の確保でした。
車椅子というと、障害のあるわんこ、歩けなくなったわんこに使うという印象がありますが、こちらの車椅子はそれだけでなく、歩けるうちから使うことで筋力の維持を目指したり、シニアわんこの生活に取り入れることでQOLを上げることもできる優れものなんです。

…とにかく立ったまま寝るのならいっそ、車椅子に乗せて寝かせるのはどうだろう?と思ったのでした。

しかし根本的な問題がありました。
本来車椅子は主に胸の部分で身体を支えます。
でも小春は肺が悪いので、胸の部分は極力圧迫したくない。
わんうぉーくさんに相談したところ、胸以外で身体を支えることができるようにうまく調節してくださいました。
その調整の内容はこちらに詳しく書いてあります。








車椅子で寝るの図
寝入っているので少し腰が下がっています
1枚目に写っているチューブは酸素のチューブです


かくして小春さん、1日1回ないし2回、1〜2時間ほど車椅子で眠ることができるようになりました。
実に亡くなる前日まで使っていたんです。
苦しい呼吸ながらもぐっすり眠る時間を持てたことは、小春にとっても、見ているわたしたちにとっても本当に嬉しく、助けになりました。
この車椅子に出会えたこと、それまでの縁に感謝しています。


もうひとつのアイテム、赤ちゃん用の授乳クッション
わたを少し抜いて、高さを低くしてあります
うまく腰をおろせた時は、このクッションをあてがってあげると、それでもすやすやと寝てくれました


車椅子はこの他に本来の目的でも使ったのですが、それはまた機会をあらためて。


悪性黒色腫とのたたかい その2 酸素ハウスレンタル

August 23 [Wed], 2017, 21:29
正直、今年に入ってからのことを、正確に思い出せずにいます。
断片的には出てくるんですが、時系列にそって思いだせないというか、なんとなく全部夢の中というか。
嘔吐や鼻の発作など、肺転移がわかる前から心配ごとはあったので本当に毎日毎日の積み重ねというか…。
明日が今日になってくれてよかったね、の繰り返しでした。
なのでこのブログも手帳のメモとiPhoneのカメラロールを見ながらの思い出し書きです。



6月の末に、最初の呼吸困難らしき症状が出た、と書きましたが、この時点ではまだ、本当に肺転移が起こっているとは考えたくありませんでした。
今思うに予感はあったと思います。
友人に、もしかしたら転移しているのかも…と話していたようですから。

でもこの頃はまだ、30分くらいのお散歩はこなしていましたし、たとえ数回でも室内でボール遊びをしたり、じゃれてひっくり返ったてくねくねしたりしていましたから、嫌な予感と、杞憂かも、という気持ちは半々だったと思います。

本当にこれはヤバいかも、と思ったのはちょうどお誕生日の頃でした。
メモに「変な咳が増える」「伏せて寝る(横にならずに寝る)ことが増える」と書いてあります。
それまで何度もDr.には相談していましたが、ここでついに、レントゲンを撮ってみようということになりました。

7月11日。レントゲン撮影。
小春の右の肺には4つの腫瘍が確認できました。
どれもかなりの大きさで、右肺はもうほぼ真っ白でした。

早晩呼吸が苦しくなってくるだろうということで、急いで酸素ハウスをレンタルすることにしました。
ネットで検索してみたら、4社ほどヒット。
使っている方のブログもふたつぐらい見て、自分なりに比較のポイントを搾りました。
・装置の安定性
・酸素ハウス内の温度管理
・稼働時の音
・価格

酸素ハウス内の温度管理は、夏場だったのでかなり心配していました。
装置から出るチューブごと酸素を冷やすような機器を扱っているところもありましたが、わが家は結局使いませんでした。
酸素の作り方が、部屋の空気を吸って、そこから酸素だけを取り出してチューブで供給する…という形だったので、吸入口にクーラーを直接当てるような形で対応しました。

意外と大事だったのが稼働時の音。
わが家は居間兼寝室なので、寝る時に邪魔にならないよう、音の小さいものを選びました。
ちなみに約30db程度。クーラーの稼働音と同じくらいだったので、ほとんど気になりませんでした。

そして何より大事だったのが装置の安定性。
HPの説明に連続稼働可能時間が書いてあるところはほとんどありませんでした。
今はともかくもっと症状が重くなった場合に、途中で止まる、とか故障した場合に対応が1日以上かかる、とかは許しがたい。
ということで、365日24時間連続稼働が可能という、こちらに決めました。
夜間もつながる電話が確保されていることも決め手のひとつでした。
(他社についてきちんと調べたわけではないので、他社がよくない、ということではありません)

酸素を溜めるハウスですが、こちらの会社はケージ+それをすっぽり覆うビニールの販売でした。
ケージの形状が思うようなものと違っていたので、ビニールのみ購入して、骨組みだけ100均の材料で手作りしました。


右側のデカイ白い機械が酸素供給装置です


これはスリットを入れる前 前面を半分折っています
このあとスリットを入れて、1/4ずつ開口できるようにしました
温・湿度計はこれは外に出てますが、このあと中へ入れました
フローリングむき出しになってますが、もちろんこの後滑り止めをしています


ビニールにはスリットを入れて、そこだけ開口することもできるし、カーテンのように押して出入りすることもできるようにしました。
完全に密封されるわけではないし、開口すればもちろん酸素濃度は薄くなりますがそこは臨機応変に。

それと、酸素を供給するチューブは市販の熱帯魚用のチューブで延長可能でしたので、5mぐらいに延長しました。
酸素ハウスに入っていない時は直接そのチューブを口元に持っていったり、最後はその先に100均の漏斗をとりつけて、簡易酸素マスクのようにして使っていました。
このマスク、小春は最後まで外で排泄してたので、帰宅してすぐ酸素吸入ができ、とても便利でした。


酸素ハウスを導入したのが7月14日。
そこから亡くなるまでぴったり1ヶ月、本当にお世話になりました。
わたしたちがいる時は強がってあんまり入りたがらなかったのですが、いない時はちゃんと入って寝ていたようですし、中で寝ることができなくなっても、ずっと簡易マスクで酸素を供給することができました。
装置を配達・引き上げしてくださった方々も、親切で親身になってくださり、この会社で良かったと思っています。


P R
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