二年後 或いは五年後か

February 22 [Fri], 2019, 12:10
失ってしまったもの
得ることができなかったもの
ここにあったかも知れぬもうひとつの今
それらが突如強烈にこの胸を締め付ける
同時にそうせざるを得なかった幾つかの選択を経て存在する今というものが相対的に迫ってくる

僕らは自分の意思でナニかを選び続けているようでいてしかしきっとそれは大きな大きな不思議なナニかが残酷にも美しくも大河のように流れていて僕らはただただその渦にいるそれだけなのだろう

そんな思慮の中ふと
哄笑を上演しよう
そう思った

ずっと気になっていて
そして決めかねていたのだけれど

二年後
或いは五年後か
わからないけれど

これはかなりな挑戦
今まで以上の

演出ノート/三稿

February 18 [Mon], 2019, 12:10
花子は 良雄との再会を待ち焦がれながら
しかしその実 その幸いの一切を信じず
ただただ静かに 死を待っている

僕にはそう見えた

花子には虚無という言葉では言い尽くせない底の見えぬ真っ暗闇な無が横たわっている
待つことで純化する狂気 研ぎ澄まされる孤独
現実から乖離することでしか生まれぬ美

花子の魂は透き通り森羅万象に溶けてゆく
山奥に佇む 朽ちかけた禅寺のように

良雄はその魂を手中に収めようとする
その手の中で花子の魂は破壊され消えてしまうことを実子は知っている

物質主義がもはや限界を越えていることは誰の目にも明らかで
しかしそれは更に加速し続け 止めることはできない
破滅され消えたもの それは計り知れない
この果てには ただただオソロシイ 巨大な虚無があるだけなのに

実子のアトリエ その小窓から外を眺める花子
静かに遠くを見つめるその花子の目に見えているものは 何であろうか

班女/演出ノート(二稿)

February 17 [Sun], 2019, 12:10
幸いと呼ぶに相応しい 男との再会を夢に見 待ち焦がれながら
しかしその実 その一切を信じず
ただただ静かに“死”を待ち望んでいる

初めて「班女」読んだ時の 花子に抱いた印象である

僕は花子の奥に 虚無という言葉では言い尽くせぬ
底の見えない真っ暗闇な無と孤独を見た

待つことでのみ純化する狂気
現実から乖離することでしか存在し得ぬ美
名利の悦は もはやそこにない

花子の魂は透き通り森羅万象に溶けてゆく
山奥に佇む 朽ちかけた禅寺のように

物質主義がもはや限界を越えていることは誰の目にも明らかで
しかしそれは更に加速し続け 誰にも止めることはできない
この果にはただただオソロシイ 巨大な虚無が 横たわっているだけなのに

実子のアトリエ、その小窓から外を眺める花子
狂気の世界から 静かに遠くを見つめるその花子の目に見えているものは 何であろうか

班女/演出ノート(草稿)

February 14 [Thu], 2019, 12:10
幸いと呼ぶに相応しい 男との再会を夢に見 待ち焦がれながら
しかしその実 その一切を信じず
ただただ静かに“死”を待ち望んでいる

初めて「班女」読んだ時 僕にはそう見えた
花子に見たもの それは虚無という言葉では言い尽くせぬ
底の見えない真っ暗闇な無と孤独であった

花子とは待つことでのみ純化する狂気
現実から乖離することでしか存在し得ぬ貴い美
飛躍をおそれずに書くとそれは物質主義を捨て 森羅万象と繋がりゆく豊かさ

現実から乖離することでしか存在できないのだとしたら
それは“在る”とは言えまい

しかし 僕らの皮膚が想像力の中で森羅万象と溶け合い
もし 現実を凌駕することができるのだとしたら…

僕は花子の在り方に わずかな希望を見ているのだろう
それを信じ そして待つことは
明日をなんとか生き抜くために必要なのかもしれない
それこそ まるで この花子のように
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:karada no keshiki
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2007年に旗揚げされた演劇のプロデュースユニット。2009年からはオカノイタル(俳優)、田中圭介(演出家)、松田幹(音楽家)との共同作業を開始。独自の“時間”と“空間”の切り取り、身体を軸とした再構成を展開。2012年 ミリャン国際演劇祭(韓国)にて演技賞を受賞。2014年 ソウル シェークスピア フェスティバルへ招聘。
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