がるる

August 15 [Thu], 2019, 16:51
虚脱、放心。
ビール。
ピスタチオ。

なにも考えず。
なにも思わず。
なにも感じず。
ただただピスタチオを剥き、
8〜9個のその剥かれたピスタチオをまとめて口にはこび、ビールを飲む。
また剥き、運び、ビール。

ビートルズ。
オスカー・ピーターソン。

のち、
サザンオールスターズ。
鬼束ちひろ。
松任谷由実。
これら客入れの曲はよしきくんのアイデア。

のち、日本酒。
大根の煮物。

ふとブログを書いてみようと思い立つ。
誰も読まぬようなダレダレの文章を。
酔也。

お香を焚く。
ふむ。

班女、終わる。
終わる。
約1年間、これだけに集中してきた。
放心である。
虚脱である。
現実に思考が戻るか心配である。

班女、たくさんの感想が届く。
その幾つかには驚くほど的を得た感想があり、
「伝わったのだ」と、
とても嬉しく、独り祝杯をあげたりする。

ピスタチオ。

かけがえのない時間を経た充足とその豊かさと同時に、
やわらかな絶望と諦観は僕の魂の底に如何ともし難く横たわっている。

日本酒。

花子は僕の中にある。
実子も僕の中にある。

8ステージ目。
僕は舞台上で嗚咽をおさえた。
25年俳優をやっているがこれは初めて。
懸命にさとられぬようにセリフを置いていった。

人間はダメなのだと思った。
それでも明日を生きるその悲しさにどうしようもなくなった。

しかし、どうしたって、生きねばならぬのだ。
花子は死のうと、実子が死のうと。
僕らは明日を生きるのだ。

日本酒。
ごくり。

終演後、ためらいながらも僕に歩み寄り、
涙を流しながら、良かったです、と伝えてくれた女性がいた。

彼女はナニが良かったのかを、きちんと言葉にできなかった。
言葉にできないことに恐縮しながらしかし懸命に言葉を綴っていた。
その姿は美しかった。

僕らはナニも分かりはしまいのだ。
わかると思っている輩は、目に見え、思考できる5%を言語化に置き、それで満足しているに過ぎない。
残りの95%が存在していることなど、露程にも感じていない。
その5%から零れ落ち、陵辱され、踏み躙られてきた数え切れない花子たちなど眼中にないのだ。

日本酒。
大根。
ピスタチオ。

突如ものすごい風が窓を叩く。
怒り也。
虚しさ也。
どこにもゆけぬ人間の。

高山辰雄氏の絵を眺める。

どうしたら、人間力はつくのだろう。
強くなりたい。
すべてを受け入れ、飲み込み、
そしてそれでも尚、
「これでいいのだ」
と言いたい。
バカボンのパパのように。
あれ、仏教の悟り也。

いや、
しかしひどいダレダレの文章。

日本酒。
ごくり。

最期、実子は「すばらしい人生」というセリフを言うが、これ、
種明かし。
このセリフ、バカボンのパパの「これでいいのだ」と同じ也。

しかしそんな境地に僕自身がゆけるはずもなく、
しかし俳優として感覚的に到達は可能で(それが俳優)、
その引き裂かれるような感覚は、本当に、辛かった。

  • URL:https://yaplog.jp/okano1971/archive/997
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:karada no keshiki
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2007年に旗揚げされた演劇のプロデュースユニット。2009年からはオカノイタル(俳優)、田中圭介(演出家)、松田幹(音楽家)との共同作業を開始。独自の“時間”と“空間”の切り取り、身体を軸とした再構成を展開。2012年 ミリャン国際演劇祭(韓国)にて演技賞を受賞。2014年 ソウル シェークスピア フェスティバルへ招聘。
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