あったかかった紋別!

2012年06月28日(木) 1時14分
毎日気温が10度を切った紋別。ストーブを貸してもらい、ずっとつけていた。芝居していても吐く息が白かった。ついに、衣裳の下に2枚も重ね着。6月下旬にして、今年一番の寒さだったのではなかろうか。しかも、夜中とか昼に、まるで霧のような細かい雨が何度も降った。

だがしかし、紋別の人たちはあったかかった〜! そんな寒さの中、今日こそ誰も来ないんじゃないかと思ったのだが、毎日思った以上に集まってくれた。何度も足を運んでくれた人も多い。新聞にも前記事が載り、そして公演後に舞台についての記事も大きく書いて頂いた。人数からすれば投銭も多かった。芝居中のセリフに拍手もいただいた。

2年前と比べると、格段の違いだった紋別。おいしい差し入れもたくさん。とくに地元で獲れた魚介のすり身の天ぷら(揚げカマボコともいう)は、2年前も頂いて絶品だったもの。今年はどれだけ汚染されているかわからないとおっかなびっくりだったのだが、新聞記者の方が大丈夫だとタイコ判を押してくれた。北海道は大丈夫だとのことだ。安心してバクバク食べた。行く先々で、放射能測定器で測っている。拡散予想の図から、道東はかなり危ないんじゃないかと思っていたが、思ったより低かったのも事実。だからと言ってけして油断できる状況ではないとも感じている。

そして、紋別から旭川の移動日になって、急にあったかくなった。大阪だと、真冬から夏。昨日まで一日中ダウンジャケットを着ていたのに、Tシャツ一枚に。移動中はクーラーをつけたくなったほど。30度近く。旭川までの道中は、牛たちが寝そべる、まさに北海道。ウグイスが鳴き、たぶんラベンダーであろう花が咲いている。

かなり長い時期、雪に閉ざされるであろうこの地で、かくも生き物達が毎年なんとか復活してくる不思議。士別では最高30度、最低マイナス30度と聞いた。それでも木は枯れないし、アリンコも鳥もちゃんと生き延びている。

そうそう、紋別のウミネコはでかかった。紋別にはカモメはいないそうだ。セメント工場かなと思ったら、ベルトコンベアの上を流れているのは、ホタテの貝だったりした。クレーンで船から吊り上げらた網には魚がいっぱいだった。

今は北海道最後の公演地、旭川。ここはまた大都会。ここでは毎日日替わりで演目を変える。楽日の「宝の島」では、萌のバイオリンデビューの予定だ。密着取材を続けているテレビの要望に応えるためだが、いいチャンスなのだ。バイオリンのことなど何も知らない親が指導しているので、かなり悲惨な状況ではあるが、本人はふてくされたりしながらもなんとか頑張っている。可愛そうだが、私は演技指導なんかもそうやって無知なままやってきた。人生は、いつだって無謀なものなのだ。

紋別寒し!

2012年06月24日(日) 0時15分
士別のバラシ終了後は、神社の宮司さんと奥さんに士別特産の羊肉の焼肉をご馳走になる。そして、神社に自生している桑の葉、アカシア、よもぎの天ぷらや、士別産のトマトピューレをトマトジュースのようにゴクゴクと。ここは羊の町で、村上春樹も「羊をめぐる冒険」を書く前に訪れているのだ。宮司さんたちは、芝居も二つとも見てくれたのだが、温暖化説がおかしいことなども含め、全てご存知だった。涙が出るほどうれしくなる。話はつきないが、お二人とも朝5時には起きるとのことでお開き。

おみやげにお酒と士別で作っているテンサイのお砂糖なども頂いて、翌朝に出発。約2時間半で紋別に到着。北海道らしい丘の続く風景。トラックギリギリにトンビが飛んだり、牛をたくさん見た。紋別の手前の町「おこっぺ」は人口より牛の方が多いらしい。しかし、道中どんどん寒くなった。しかし、あっという間に到着。

移動・楽屋作り・舞台作りの3つを一日でするのははじめてだったが、なんとか暗くなる前に終える。今回は温泉も含めた敷地の駐車場なので、そのまま風呂へ。地元新聞の方が取材してくれ、載せてくれるという。最初の年、一番大きく、しかもしっかりと書いてくれたのがここの新聞だったのだ。今でも看板としてトップに飾っている。

それにしても寒い。「氷紋の駅」というだけある。電源を貸してもらい、首降りストーブも貸してもらっている。電源がなかったら使えないかも、助かる。10度を切ると、大阪ではまったくの冬だ。

今日の初日は宝の島だったのだが、やはり寒い。たぶん8℃。ここは以前8℃でビヤガーデンをして新聞に載ったらしい。しかも、朝昼と何度も小雨がパラつく。これはお客さん来ないんじゃないかなと思っていたが、けっこう来てくれた。芝居中に冷たい北風も吹き始めたのだが、なんとか最後まで。ゲストに詩の朗読もあり、来たかいがあった初日だった。ラストのカチャーシーに参加してくれた人も多かった。感謝感激。

今回の「宝の島」は、かなり社会的な問題、とくに原発事故について直接的に語っている。チラシにはそんなことは全く書かれていない。一般の人たちが来て、どう思うか心配だったのだが、拍手が出る。共感してくれる人が多いと感じる。小さくとも、扇動の旅でありたいと思う。扇動とは扇を動かすこと。芸能の力の一つだ。

士別楽日は雨の中!

2012年06月21日(木) 0時26分
留萌の次は士別へ。車で約3時間。もちろん地道だ。今年の移動はほとんど高速に乗らないで経費節減。燃費も良くなったし、景色もいい。留萌→士別はどちらかというと山道。大した山ではない。岡道という程度。

途中、水田が目立つ。一枚の田がでっかい。最近は北海道でもおいしいお米が作られているという。もちろん牧場も多い。日本のあちこちでシャッター街が存在し、北海道も例外ではないが、もしTPPが成立したりすると、これら水田や田畑、牧場などが今度はシャッター田ならぬ休耕地だらけになるかもしれないと思うとぞっとする。車で走っていると、日本はほんとに耕作地と森と川の国だ。今年、滋賀で教わったのは、その森も世話をする者がいなくなり、とても荒れてきているということだった。

さて、士別はもちろん、士別神社もはじめての神社なのだが、到着するなり集客のことや宿泊のことなどを大変心配していただく。境内に大きな舞台があり、その舞台の内部に泊めさせていただくことになった。社務所でもよいと言われたのだが、ソラもいるし、ヘビースモーカーでもあるので辞退。それでも寒くなく、じつに快適。翌朝、奥さんが連絡してくださり二つの地元紙から取材。すぐに掲載された。ここ士別神社は北海道で2番目に大きな神社だそう。

うっそうと茂る神社の森。仕込をしていたら赤い帽子をかぶったアカゲラがすぐそばで鳴く。ウグイスや蝉も。リスもいるそうだ。ニセアカシアの白い花が咲き乱れている。初日の昼間には、奥さんの手作りカレーをご馳走になる。ムチャクチャうまかった。それと、士別の人が自分で作ったという福神漬けもサンショの実がはいっていてうまい。納豆を食わしているという士別のタマゴもうまい。最後に玄米を炒ったお茶を頂いたがこれもうまし。

町からはちょっと離れた神社だが、初日は予想外にお客さんが来て下さり、びっくり。あちこちで台風の情報を聞いていたが、北海道はまず来ないだろうと思いつつ、今日は朝から冷たい雨。本番までついに降りやまず、結局雨の楽日。ひょっとしたら誰も来ないかもと思いつつも準備。けっこう寒くもあった。そしたら、ナント、チラホラと集まってくれて10人程度。雨の降る中ラストまで「宝の島」。二日とも来てくれた方々もいた。ひたすら感謝。宮司さんと奥さんも、二日とも見て頂き感謝。今夜はお風呂まで頂いてしまった。

北海道は短い期間に5カ所をまわるため、2日公演が続いた。初日と楽日。あっという間だ。二日土砂降りだと、何しに来たのかわからない。残すところは紋別と旭川。こちらは3日公演だが、どうなることやら〜。それにしても、6月の北海道の朝晩は、まだまだ寒いのだった。

留萌公演報告

2012年06月19日(火) 23時57分
今日は士別初日だったのだが、留萌公演の報告を。

札幌から海岸沿いに車を走らせて留萌へ。考えてみると、あまり北海道では海岸沿いの道を走ったことがなかった。ところどころの岩に、まるで岩から生えているような水鳥。走っている頭上をカモメが横切ったり。なんだか歓迎の挨拶のように思えてならなかった。そして、留萌神社に到着。そこはちょっと高台にあり、留萌の街が見渡せる。留萌の町並みは明るくて、すぐに好きになった。楽屋テントを設営しようとしたら真上に虹!

留萌は地元FMラジオに3度も出演。最後のヒデちゃんの番組は1時間。飲み会も多く、少し太ったみたいだ。まるで正月太り。海の幸もたくさんご馳走になったし、焼肉も。2日間の公演だったのだが、盛りだくさんで楽日にはお酒やビール、オードブルまで用意してもらい宴となる。

銭湯もあるし、温泉もあった。温泉はなにやらアイヌの頃からあったらしい。昔はニシン漁も盛んだった漁師町だ。受け入れの方にあちこち案内もしてもらった。長い冬には雪に閉ざされてしまう町でもあるが、そんなところに人々は根を張って生きているような気がする。今は初夏といっていいだろうが、夜になるとさすがに少し寒く、息が白くなるときもあった。それでも、4月の鹿児島や大分よりは暖かい。

留萌の町並みは明るいと書いたが、駅前はやっぱりかなりシャッター街。日本中、小泉政権の傷跡は大きい。この傷のせいで民主党政権になったわけだが、傷口は広がるばかりだ。

留萌神社はどくんごも公演している場所で、受け入れの方々もどくんごを応援してきた人たち。どくんごとはかなり違う私達だが、どうだったろうか。来年はもっといろいろと話せるかな。留萌のおみやげもいろいろともらい、出発時にはお見送りまでしてもらい、とってもあったかい留萌だった。感謝感激!また来年もきっと!みなさん、お元気で!

札幌公演報告

2012年06月19日(火) 0時12分
ブログをサボっていたので、まずは札幌公演の報告。留萌はまた後日に。現在、すでに士別なんだけど。

金沢、福井はすごく賑わって、北海道へのフェリーは舞鶴から小樽へ。大湊神社から舞鶴まで5時間。途中、敦賀でいくつもの原発をかすめた。実際に見たのは小浜のみかな。再稼動に揺れていたおおい町も通る。
この辺り、若狭湾は夢のように美しい場所だった。こんな美しい場所に、原発があることが悲しい。
再稼動の理由が、電気が足りないというウソ。神戸製鋼からの電気購入を今までやっていて、今年はまだ購入打診もないという。電気なんて、余ってる。ウソばっかりだ。

小樽から札幌はすごい霧の道中。これからの北海道の前途の見えなさを象徴しているかのようだった。札幌に到着し、照明家のTさんの家に泊めてもらう。いんやあ、居心地よかった。

札幌ははじめての円山公園。入りはキビシイ状況。初日はとくに。6月の北海道はまだまだ寒かった。
二日とも昼公演だったのだが、夜はフェアトレードのお店で反原発紙芝居をさせてもらい、その投銭でおぎなう。とくに、二日目夜はTちゃんの結婚式披露宴だったのだが、こういうものこそ二人の門出にふさわしいとよんでもらった。
その心意気に拍手。集まった人たちからも、多大な拍手をいただく。北海道は、日本という国に対して、独特なスタンスを持つことができるのかもしれないという可能性を感じた。

札幌の市内にある公園だったが、夜はキツネもやってくる。後ろ足の片方が途中でなくなっているビッコのキツネで、かわいそうに思い、ネコのエサをやった。その後、野生のキツネにエサをやってはいけないこと、寄生虫もいて危険なことをツイッターで教えてもらったが、朝までずっと待ち続けるキツネに根負けして、最後にもまたエサをやってしまった。ガリガリにやせていた。エサをあげてもあげなくても、罪の意識がある。

札幌の円山公園は、どこか東京の井の頭公園にも似ていた。のびやかな場所。来年はできれば7月にして、再度来てみたい。あのお店もすっかり大好きになったし。

神戸の長田神社で、テレビ東京の下請け会社スタッフが私達をちょっと撮影したのだが、福井から密着取材がはじまり、フェリーに同乗して、札幌にもついてきた。今やまったくのテレビ嫌いな私たちだが、宣伝になればという思いで協力。いろいろと今のテレビの状況なども聞く。テレビはもともと電波が許認可制で、真実の報道には向かないとか。そんなものはココロザシ次第だと思う。

条件に従い、利権にブラ下がることだけを考えているのが今のニッポンだ。首相官邸前では、11000人のデモがあったらしいが、そんなことさえ報道されやしない。みんな自主規制。すぐに「そんなことはムダ」になってしまう風土! 誰かを傷つけることばかり気にしている風潮! 風を変えなくては!

奇跡の福井、そして北海道へ!

2012年06月07日(木) 17時11分
福井の三国、大湊神社では奇跡とも言うほかないほどの連日大入りだった。お天気にも恵まれた。土日にあまりに多かったので、もう全員来てしまったのではないかと思ったのだが、月曜もまた満員になった。受け入れの方々に感謝、感謝、感謝。3年目の福井、2年目の大湊神社だが、少し定着してきたかもしれない。子連れで来てくれる方も多かった。金沢からもチラホラと見に来る方々がいて、21世紀美術館とはまったく違うロケーションに驚き、喜んでくれた。松に囲まれていて、バラシにはまたハルゼミが鳴いた。

今年は神主さんともたくさんお話ができて嬉しかった。そして、たくさんお褒めの言葉を頂き、帰りに、おみやげとして書を二つお書き頂いた。この方は元美術館の館長もされていて、地元では「先生、先生」と呼ばれて人気のある方だが、ちっとも偉そうなところがない。一見したところ可愛いおじいちゃんだが、部屋にはワンサカ美術品があり、私は円空の仏像をなでさすらせて頂いた。ちょうど私達が行っていたときに、中沢新一や高橋源一郎などと福井にある古い杜と原発についての座談会があり、ホントはぜひ行きたかったのだが、ちょっと遠かったので行けず、残念。

じつは神社に到着するなり萌に蕁麻疹が出て大変だった。はじめてのこと。神社の近くの医者に見てもらったが、翌日もけっこうひどく、毎日点滴してもらう日々。本番にはなんとか消えた。このお医者さんもすごくいい方で、電話で相談してくれたり、最後は芝居も見に来てくれた。金沢で私達は腹の調子を悪くし、熱が出ていたりしたので、そのためかもしれない。キリコが一番ひどかったのだが。この2週間は全員医者に世話になった。私も鼻の頭が化膿したり。原因不明なのだが、酔ってすりむいたのかも。

日曜から、テレビの密着取材がはじまった。「変わった家族」をテーマにドキュメントを撮りたいとのこと。まあ、テント暮らしで全国を旅する「変わった家族」ではあるのだが、その日々は結構地味なので、いい絵が撮れるかどうか。いちおう7月の最後の日曜にテレビ東京系列での放映らしい。二人で来ているのだが、たくさん撮って使われるのはほんの一部だろうから大変だ。こちらは普段のままの生活。札幌にも同行することになる。

フェリーに乗るために、舞鶴まで車で6時間。途中、いくつかの原発とすれ違う。話題のおおい町も通過。大きな施設が目立つ。この若狭湾をめぐる道の景色は、夢のように美しい。もし原発に何かが起きれば、あっという間にこの美しさも失われるのか。いや、なにもなくとも、やはりすでに色んなものは失われているのか。美しさがよけいに複雑な思いをかきたてる。

今は、舞鶴から小樽までのフェリーの中。「宝の島」の台本を少し削ろうということになり、キリコと相談しつつカット。萌のバイオリンも芝居に取り込んでみたい。あとは「その男ゾルバ」を読む。映画も面白いが、小説も抜群に面白い。これは思想小説だ。
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