高江から金武町へ

2011年12月21日(水) 1時59分
雑用色々あり、到着が夕方になった高江。暗くなるとハブが危険だと言われて、その日は住民の会の「トゥータンヤ(トタン家)」に泊めてもらうことに。トタンと言っても青いオシャレな家で、昼間はみんなの託児所にもなっているし、シャワーも台所もあり、支援者が何人も泊まれるようになっている。しかも、1人1泊500円という安さ。その日は、KさんとかSさんとがいて飲んで話し込み(私は金欠で酒を買わず、久々に飲まず)、翌日結局ここで1週間泊まらせてもらうことを決意。

翌日は舞台仕込みだったが、場所に水がないため池を作らず床を作って丸い盆を並べた舞台。これは簡単だったのだが、じつは楽団テントが残波岬の強風でビリビリ破け、その上骨も曲がり、金もないので手持ちの残材とブルーシートでトンカン。なんとか楽団小屋ができた。以前周囲を囲っていた紅白幕もかなり前に捨ててしまってヨシズになっているから、これで完璧な南国風小屋かも。

その日は高江の裁判の結審で、支援者の方々が集まって餃子パーティに。みんなで餃子1000個作って宴会。もちろん食って飲み、語り。翌日も酒を持って数人が集まり語り、その翌日はチヂミパーティとなり、その翌日は萌もお泊りに行ってひっそりとしていたが、その翌日はまた数人が集まり、最後の日はその日に締めたばかりという豚肉をサバいて豚汁で大宴会という、飲み、語る日々だった。

芝居にも皆さん来てくれて、徒歩範囲には数軒しかないという山の中であるにも関わらず、賑わったと言っていいんじゃなかろうか。到着した日からずっと雨で、初日土曜日も小雨降ったがラストはすごく久しぶりに光が差し込み、楽日日曜は暑いくらいだった。どちらも昼のツバメ。

その間、高江や沖縄の話をたくさん聴いたし、また、ここの人たちは面白いなぜか一芸のある人たちばかりで、恐ろしく意識が高く、今の日本のことや世界のことなど、音楽のこと、生き方のこと、教育のこと、まるで学生時代(芝居はもちろんだが、寮闘争とか西部講堂とか)に帰ったようにおしゃべりした。沖縄でいうと、ユンタクした。萌なんか、すっかり座り込みファンになった。お菓子はふんだんにあるし、色んな人がやってきておしゃべりに事欠かないし、子供たちもいる。

いやあ、楽しかったし、勉強になりました。高江を去って、あらためて「人権」というものについて考えてもいる。人権というのは誰もが持っているものなのかもしれないが、誰かが保障してくれたり、自然に持てるものではないんだね。主張しないとあっという間に踏みにじられてしまうものなのだ。

国際通りでの、高江サウンドデモの写真も見せてもらった。風船、仮装、ポンチョ、ジャンベなど、なんて楽しいデモなんだろう。高江には「スワロッカーズ」というバンドもある。座り込みしよっかーというトボけたバンドだ。毎日のように届けられる、高江でとれた自然農法の野菜もある。年齢を超えて、職業を超えて、いろんな人たちが子供も連れて夜遅くまでワイワイ話し込む。バカ話にゲラゲラ笑いながら。そして、高江のヘリパッド工事をしっかりと防ぎ続けている。全国の皆さん、ぜひこの運動があるうちに、沖縄の高江に行きましょう。予断は許さないけど、日本国家に、米軍に、諦めさせることができるんじゃないだろうか。

米軍ヘリがバリバリ飛んで、軍用車が何台も通る以外は至って静かで自然豊かな高江を後にして、今は金武町、キャンプハンセンのゲートそばの歓楽街の真っただ中の公園。周囲の店からロックが聞こえる。若い米兵たちが会話の中で何度も何度も「ファッキン!」とバカでかい声で叫ぶ。でも、ファッキンは「愛してるぜ」じゃないだろうね。

萌は去年からの友達たちとそんな中で遊ぶ。今夜は近所のお店から、焼き鳥6本、ケーキ2個を頂いてきた。今日はキリコは銀行とローン返済の交渉のために大阪へ。実は今年の沖縄は寒さと雨にやられて、かなりキビシイ。けっこうな借金を背負っている私たちにとってはなおさらだ。

キビシイと言えば、この日本、この世界なんか今はもっとキビシイ。いつ戦争が起きてもおかしくない。今や景気がよければ金融で儲け、社会が不安なら軍需産業で儲けだから、あんまりみんなが文句言うなら戦争でも起こしてやろうかいなという連中がいる。そして、そういう連中の手先になってしまう人たち、泣きながら従う人たちがいる。御用学者に御用マスコミも。沖縄の新聞はまだ健全。日本という国のためには、日米安保が最悪だと改めて思う。

ホントは国家というものが、もういらないと思うが。日本政府も、日本銀行のお金も、日本国憲法も、全てなくなっても私たちは豊かに生きていけるだろう。でも、そこに至るルートも、その後のビジョンも、まだよくわからない。私たちに必要なのは、まず何よりも人情(愛)と、知恵(平和)だとは思うが。

でも、まだまだ私たちの気持ちは明るいのだ。たくさんの出会いに感謝! 高江の現さんに頂いた豚のミソ漬けで泡盛飲みつつ。絶品なり!

伊江島公演を終えて再び読谷

2011年12月07日(水) 1時55分
伊江島公演は、客入りはボチボチだったのだが、私たちにはとても意義深いものとなった。

伊江島は戦争末期に激しい戦闘があったところだ。日本軍が軍事飛行場を作っており、それを米軍に奪われないために自ら破壊、それでも米軍は大挙してやってきた。島民は棒切れを持たされて戦いに狩り出された。また、鬼畜米兵の洗脳も受けていた島民は、捕らえられれば酷い仕打ちを受けて殺されると信じ、また自決をも強制された。

かろうじて助かった冬眠は、米軍に手厚い保護を受け、食料や医療まで提供されて喜んだ。しかし、島の家は一つ残らず焼かれ、生えている草さえなかった。今も生えているマメ科の草は、その後に緑を復活させるために種を撒かれたという。
親切に思えた米軍だが、その後、島は基地化され、島民の多くが土地を強制的に奪われる。その保証金さえ支払われず、生きる手段を失い、いくら行政に働きかけてもラチはあかず、阿波根昌鴻さんたちは沖縄本島を伊江島の事情を訴えながら、徒歩で放浪していく。この阿波根昌鴻さんこそ、生涯に渡り沖縄で反戦運動を続けた、日本のガンジーと呼ばれる人だ。伊江島に平和資料館「ヌチドウタカラ(命こそ宝)の家」を作り、岩波新書も2冊ある。

今年の私たちは福島原発事故についてずっと考える旅でもあったのだが、その思考の最初にあったのは、じつは沖縄の基地問題だった。基地も原発もその根は同じだと思ったのだが、この阿波根さんもまったく同じことを考えている。沖縄を旅しつつ基地について考え、この伊江島でさらに阿波根さんに学び、基地から原発を眺めることで、またちょっと色々と明確になってきた気がする。

つまり、マスコミをも抱き込んだ、国家的利権の暴力なのだ。「クリーンで安価なエネルギー」「核の平和利用」「絶対安全な原発」「過疎からの脱出」など、嘘で塗り固められた原発。それは、その土地に住む者たちを分断し、結果的に原発なしではやっていけないようにしてしまう。基地もまったく同じだ。「極東の安全(中国や朝鮮の脅威)」「日本の防衛」「日米友好」「基地産業の潤い」など。そして、問題は沖縄という限定された地域だけの問題として扱われ、そのほどんどは内地では報道されない。大量の税金を使い、一部の企業が儲かる利権構造。国家政策の顔をしているが、マスコミが、金融が、大企業が癒着しあい、都合のいいように政策や法律をコロコロ変えるのだ。彼らは金儲けをしているだけではない、かならず犠牲者が出る。その犠牲者は国内だけに留まらない。

そして、これはここ一国の話ではない。日本の大企業が日本のためにあるのではないように、日本政府も日本国民のためにあるのではない。彼らはいわば国際マフィアなのだ。だからこそ、TPPもやりたくてしょうがない。
今や自由も民主主義もお題目にすぎない。腐敗した教団みたいなものだ。

沖縄基地にしても、アメリカ国内でも必要ないという意見がある。軍の膨大な経費は、今、アメリカをボロボロにしている。「戦争をする国は、戦争によって必ず滅ぶ」と阿波根さんは言う。阿波根さんは、大戦時に私たちはあまりに命を粗末にしたと反省し、そこから「命こそ宝」という思想にたどりつく。

そういえば、伊江島の公演地は色んな命があった。TAMA体験ハウスというところだったのだが、沖縄で「民泊」というのをはじめた方の私有地。毎日全国からの修学旅行生たちが立ち寄る場所だった。そこにはヤギがいて、ポニーがいて、ハブがいて、ヤシガニがいた。アゲハ蝶の産卵も目撃した。パパイヤが木になり、ドラゴンフルーツが大きなサボテンになっていた。ハブが飛ぶそうだ。ヤシガニはイセエビより美味しいというが、食べているものによって身に毒のあるものがあり、それは茹でたものにハエがたかるかどうかで見極めるらしい。山の中で水を見つけたとき、飲んでいいかどうか見分けるのも、ボウフラがいるかどうかだとのこと。萌はポニーに乗せてもらった。楽屋テントに小さなヤモリがいた。小さな戦争資料展示もあり、サトウキビから砂糖を手作りで精製する工場もあった。いたるところに、ブーゲンビリヤやハイビスカスが咲いていた。伊江島は農業も盛んで、ほぼ中央に立つ城(グスク)山は、別名伊江島タッチューというのが、その頂上からは美しい畑が伊江島を覆っていた。その西の端には、まだ米軍基地が残っている。この山は、島よりも7000年古い地層が突き出しているもので、世界でも珍しく、山頂は岩だ。

毎日のように学生を連れて見に来てくれた方の話では、子供の頃には水道も電気もなかったいう。毎日水汲みをし、ランプのホヤも磨いたそうだ。2日目には、地元のオッサンたちが飲みに連れて行ってくれた。葉たばこを栽培している人、漁師の人、電照菊を作っている人など。お互いに喋っている言葉は、私にはさっぱりわからなかった。その店では、泡盛の水割りにブラックコーヒーを少し垂らしてくれた。

さて、今は再び読谷(よみたん)で、残波(ざんぱ)岬である。岬にある結構広い公園だ。ヤギとウサギがたくさんいて、私たちが到着したとき、雄ヤギ同士が戦っていた。一度後肢で高く立ち上がり、倒れ込みながら、角をガツンとぶつけ合うという激しいケンカだ。しばらくして、片方が血を流し、それでも続く。沖縄では闘牛が盛んだが、そのほかに闘鶏、そしてヤギをケンカさせるものもあるらしい。

木曜からの公演だが、土曜日には「きとね市」という市が立つ。いろんな屋台が130店ほど並ぶという。「アンチ・スーパーマーケット」という冠もついている手作り市だ。これは内地から移住してきた人たち(こちらではナイチャーという)が中心になっている。この日は、私たちも祭バージョンで、1時間ごとに上演するし、反原発紙芝居もやる。さすがに沖縄も冬で特に夜は寒く、風が強い。野外劇としては、だんだんとキツイ。

そして来週は高江だ。ここは米軍基地再編におけるヘリパッド(ヘリ発着所)工事阻止の座り込みを続けている真っただ中。このヘリパッドはオスプレイという垂直に離陸できる戦闘機が配備されることが明らかになり、その轟音と危険性は大きい。基地面積は縮小されるが、内容的にはより拡充される。地元の行政はすでに認めてしまっており、もとから住む沖縄人(ウチナンチュー)は声を上げることができない。声を上げればコミュニティから疎外されてしまうからだ。おそらく、今の福島でも同じ状況だろう。

私たちの上演は、座り込み支援ではなく、あくまで座り込みへの参加である。米軍基地を拡充していくことは、地元の人たちだけの不利益ではない。日本の不利益であり、世界の不利益だ。そこでは人殺しの訓練がされるのだ。かつて高江では南ベトナムの若い兵士も訓練を受けていた。高江は山の中の基地で、ジャングル戦を想定した訓練を行なっている。沖縄米軍基地は、世界の米軍基地の中でも最も最前線のための訓練基地なのだ。兵士たちにとっても、オキナワ行きはもっともキツイと言われる。オスプレイが配備されれば、この高江から伊江島へと飛んで行くことになるだろう。

その高江の次が金武町。昨年と同じアクティブパーク。今日、スーパーで買い物をしていたら、去年3回見ましたという人がいて、読谷に来れなかったら金武町で見たいと言っていたが、ここもまた、キャンプハンセンという基地のゲート前の歓楽街で、米兵相手の飲み屋街だ。円に対してドルの価値は低く、1ドル札が70円程度で、米兵の投げ銭もほとんどないが、時々当巻きに見ていく米兵もいる。ここはドルで焼き鳥が買えたりもする。先日、下見に行った時、その公園のヌシでもあり、連日客席で「ガンバレー!」と奇声を上げ続け、後半は酔っ払って寝ていた、フィリピンの血が入っているというOさんと出会った。珍しくシラフだった。もう一人、血縁を米兵に殺されたと告白してくれ、売店でオレには酒を売ってくれないから買ってきてくれないとちょくちょくテントに来てはタバコ一本とかせびられたTさんは、今年亡くなったという。まだ真偽のほどはわからないが。ある店のママさんからは、戦場に行った兵士の心の傷の深さを聞いた。どこか大阪の新世界とか、新宿ゴールデン街と似ているあの街がけっこう好きなのだ。

これは今思いついたのだが、この人間世界の暴力は、ヤギやウシやトリの雄たちの戦闘意欲の延長にあるのは確実なことだろう。競争する生命として、オスは存在するかもしれない。しかし、それが群れのボスに従い、利権に群がり、子供たちの犠牲者を顧みないような社会、そんなオスたちの群れはもうオスでも何でもない。それは恥ずべきジジイたちのネットワークなのかもしれない。そして、そこにつながりたいと思う、思想的独身者たち。
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