値段のつかない経済効果

2011年10月31日(月) 21時24分
沖縄最初の場所である大宜味村喜如嘉での公演が終わった。初日、びっくりするほどの大賑わいで、増席にくわえて立ち見まで。その後の2日はそこそこだったが、近所からおじいやおばあも来てくれて、すごくうれしかった。昼間はすぐそばでおそらくハマヒヨドリがずっと鳴き続け、何種類もの蝶が舞い、ツバメも飛んできた。セミもまだ鳴いている。近くのガジュマルには夕方になると大きなコウモリ。どこから来たのか、客席の足場板にでっかいヤドカリ(?)がいたこともあった。毎日暖かく、夜でもまだTシャツで十分だ。楽日には地元の人たちも含めての宴となった。萌にも友達ができた。

昨日の昼間には、沖縄のガンジーとも言われる阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんの記録映画「教えられなかった戦争・沖縄編 阿波根昌鴻・伊江島のたたかい」の上映会に出かけた。98年に撮られたもので、阿波根さんは1901年生まれなので、もう90を過ぎている映像だ。若い頃にキューバに移民に行ったり、京都で学んだりした後、伊江島で農民たちの学校と生きる場を作ろうとしていて、米軍に基地用地として土地を奪われ、その後、生涯を基地との戦いに生きた人だ。10年前、101才で亡くなられている。家や農地を米軍に暴力的に奪われた後も、非暴力的に戦い続けたその生き様は圧倒的。晩年になって、基地が戦争抑止のためでなく、軍需産業と結びついた国家及び資本家たちのために存在するという理解になっている。ずっしりと重く、それでも暖かい映画だった。

それにしても、あれだけの事故を起こし、国民のほとんどが望んでいる脱原発もできず、県民のほとんどが望まない辺野古への基地移転を無理強いし、そのうえほとんど誰も望んでいないTPPにまで参加しようというこの政府はあまりに酷い。大阪の橋下はガレキを受け入れると表明したそうな。こいつもホント何考えてるのか。

戦争も原発も基地もTPPも、中心でやっているメンツはほぼ同じだ。そして、どれも、誰のためにもならない。

TPPには経済効果があるそうだ。あちこちで経済効果と言われるが、金が動けば経済か? 宇沢先生は「社会共通資本」という言葉で、金銭とは無関係な経済資本があることを述べている。そこに緑があること、田畑があること、水がきれいなこと、海が泳げること、皆が健康でいられること、それらがどれだけの経済価値を含んでいることか。

金銭だけが経済ではない。たとえば我が家では最近キリコが手作りパンにこっていて、毎晩仕込んで朝フライパンで焼くのだが、これなど我が家における経済効果ははかりしれない。しかも、お金はパンを買ってくるより安くつく。経済とは、ヒトが生きていく中で生み出される価値総体のことであるはずなのに、いつのまにか金銭の移動のことだけに限定されてしまっているのだ。TPPに参加となれば、今私たちが当たり前のように享受している、値段のつかない価値の多くが傷つけられることになるだろう。

逆に、為替取引や株の売り買いでどれだけの価値が生み出されるというのか。それは、経済的にはほとんど価値のない経済行為だ。つまり、経済効果ではなく、たんなる金銭効果とでも言うべきだろう。芸能的には、もはやお金とも呼ぶこともできない、たんなる記号のやり取りだ。TPPは、経済を記号のやり取りにまで貶めるだろう。

たとえこの世界がこれからどうなろうと、値段のつかない経済価値こそが最も重要であること。これからは、その価値はどんどん大きくなるだろう。そんな経済効果こそが真の経済効果だ。

鹿児島・読書・沖縄

2011年10月27日(木) 0時21分
鹿児島公演は、初日は小雨。お客さんチラホラだったが、いつか止むだろうとはじめたところ次第に大雨、最後は雷雨となるが、お客さんはほとんど帰らず。二日目は開場直前に豪雨とすごい雷で、開演前にはやや小雨となり、お客さんもチラホラと来てくれたのだが、中止。土日は結構賑わい、受け入れをしてくれた船倉さんのおでんだの何だので二日とも宴会。

昨年と同じ場所の天文館公園だったのだが、昨年は一番奥だったのを、入口に近いところにしたため、芝居中に見物から客席に座ってくれる人もいたし、土日連続で見てくれた人もいて、昼間も声をかけてくれる人がいたり、差し入れをくれたり。そうそう、到着するなり公園管理の方が懐かしがってくれたのもうれしく、なんとも暖かい(気温も)鹿児島だった。桜島の噴火も今回はけっこう盛んで、黒い灰が降った。鹿児島湾ではイルカが泳いでいるのを見た。

そんな鹿児島を桜島を見ながら後にして、今はもう沖縄。大宜味村の喜如嘉。うって変わってまったく静かな村の中だ。付近は沖縄特有の昔ながらの瓦の民家が立ち並ぶ美しい村。夕方到着し、暗い中を楽屋作り。途中で大きなコウモリがすぐそばの枝にやってきてぶら下がった。すぐ近所の受け入れの前田さんが訪ねてくれて、再会を喜び、沖縄の事情や農業のことを色々と聞くことができた。近所のお年寄りたちが来てくれたら嬉しいのだが。

鹿児島から沖縄まで、ほぼ丸1日のフェリーの中で、3冊の本を読み終えた。ひとつは、原発問題でも色々と話題になった広瀬隆氏の「資本主義崩壊の首謀者たち」(集英社新書、2009年)、二つ目は、その広瀬氏の本に紹介されていた「正しく知る地球温暖化 誤った地球温暖化に惑わされないために」(赤祖父俊一)、三つ目は「宝島」(スティーブンソン、金原瑞人訳)。

自分が今までどれだけ認識不足だったかを思い知らされたが、今までの直感は間違っていなかったとも思った。「資本…」は、アメリカのリーマンショック前後に誰がどのようなことをして、どのような結果が起きたか、そして、世界や日本がどんなふうに巻き込まれているかを非常に分かりやすく解説している。知らなかった。アメリカ政府の長官たちが金融界と政界を行ったり来たりしながら、法律を変えては大儲けし、国家の金をそこに注ぎ込んできたとは。そして、アメリカ国民の税金も含めた金がそこに吸い上げられているだけでなく、日本でも貯金・年金・保険金などがそこに吸い込まれてきたか。金融マフィアによる国家乗っ取りともいえる。こいつらが原発を推進し、米軍基地を作り、TPPをやろうとしている。アジア通貨危機を作り、あっちを潰したりこっちを煽ったりしながら、ここ10年ちょっとで莫大な儲けをつかんだのだ。小泉以降、日本政府は全くの言いなりだ。

「温暖化…」は、まったく知らなかった。1400年〜1800年の間は、地球には小氷河期があり、その後、1800年以降から温暖化がはじまっていた可能性が高いということだ。化石燃料が温暖化に与える影響はせいぜい5分の1。温暖化は起きているが、それはここ200年ずっと続いているのであり、海面上昇も1850年頃から始まり、年1.7ミリ。しかも、この30年では年1.4ミリになっている。温暖化は科学というより政治なのだ。「もともと温暖化問題は英国で原子力発電を導入しようとし、温暖化の危機を訴えて市民を納得させるために使われたようである。」「資本…」では、温暖化キャンペーンで有名になったゴアの娘婿は、リーマンの重役でもあったという。なんてこったい。

「宝島」は、何度目かの再読。何度読んでもこんなに面白い物語はない。読み出したら止まらない。つくづく、物語とは脱物語のことだと思うのだ。

さて、これから沖縄で5ヵ月。あらゆる物語(問題)が渦巻く沖縄。大阪の自宅はいっこうに売れる気配がないが、私たちはこれから沖縄をもう一つの新しい拠点とすることになりそうだ。5ヵ月と言えば、23週。そのうち5週は決まっており、あと3週も何とかなりそうだが、残り15週はまだ未知の公演場所を探す必要がある。特に、来年の1月〜3月、できそうな場所があれば伺います。どうぞご紹介ください!

宮崎から鹿児島へ!

2011年10月20日(木) 1時05分
さて、宮崎の大塚八幡神社を無事に終えて、今は鹿児島。2日目は雨のため中止したのだが、直前になって雨が止んで、ガックリした。鏡池の土曜日は、小雨が降ったり止んだりする中で上演。お客さんの数こそ多くなかったが、誰も帰らずに最後まで見てくれ、手拍子や拍手、笑いも多かった。このところ、鏡池物語もよく笑ってもらえている。萌がだいぶ背が伸びて、背負うのが大変だが、この作品、もう少しやっていきたい。ツバメも体力芝居で、テンポも早い。これは、もともと南の国をめぐる話として書いたのだが、沖縄でどうなるか。楽しみだ。

鹿児島は去年と同じ天文館公園。到着するなり、公園管理のオジサンが再開をよろこんでくれたし、看板を立てると去年見たというオジサンが絶対また見るからと声をかけてくれる。やはり毎年の積み重ねが大事だなあ。公園を昼間の飲み場所にしているオジサンから、コーヒーなど差し入れアリ。去年バラシまで手伝ってくれたM氏のバーにも行ってみた。そこにジプシーの大きな本があって、写真も豊富で面白そうだった。ジプシーって旅芸人民族だ。商人や芸人は旅をして、世界をめぐる。受け入れをしてくれている船倉さんとも再会。原発のことなど話し込む。

事前に、船倉さんに紙芝居街頭劇「金魚姫と蛇ダンディ 原発編」をやれる場所を相談したところ、ナント、あの小出助教の講演会が鹿児島であり、その前座として紙芝居をやれることになってしまった。尊敬する小出さんの本「原発のウソ」は、誰にでも勧めていて、今も手元にないが、そんな人とからんでやれるなんて、ワクワクもんだ。楽日の昼間にそれをやって、ちょっとでも賑わってくれたらという思いもあるけど〜。歌も4曲あるし、楽しくて皮肉の効いたアジテーション芝居だ。私たちとしては、こういうアジテーション芝居をすることが、むしろ心の平安となったりする。

宮崎から鹿児島への移動では、最後は桜島がケムリの中におぼろに見えた。木々が葛でビッシリと覆われ、まるでヌイグルミのようになっていて、旺盛な生命力を発揮している。桜島を囲む鹿児島湾では、イルカが岸からすぐそこを泳いでいるのを見かけた。海がすぐそこにあって山もまたすぐそこにあるのは、ちょっと高知や和歌山にも共通する。鹿児島はとくに沖縄の匂いがすでにしている。

今年は旅を中断することなく、沖縄で春まで動くつもりだ。芝居を続けながら、新作も作る。そのことで、新作もきっと変わってくるだろう。新作の仮タイトルは「宝の島」だ。冒険活劇でありながら、ちょっとアダルトで、ちょっと悪の香りがするものにしたい。

曼珠沙華からススキに

2011年10月12日(水) 23時29分

宮崎は大塚八幡神社。今日は舞台仕込み。池の土手のコンパネがだいぶふやけてしまったので、シコシコ補修。これは大分で丸ノコをお借りしてシコシコ準備していたのだ。巾木をスノコ状にビス止めしたので、なんかちょっと縁側みたいだ。でも、生木がやっぱりいい。これからはコンパネではなく、なるべくこういう材を使いたいと思う。

大分の吉四六ランドは急遽決まった場所でもあり、入りこそ少なかったが、毎日楽しく上演。しかも、月曜が祭日だったために追加で5ステージ。これは1時開演で、その後にバラシ。北九州から来てくれる人もいて、バラシにも参加してくれ、舞台バラシはナント6時に終了。芝居の後に紙芝居もやったのにである。さすがに疲れたが、その後、受け入れをしてくれた久原(くばる)さん宅にお邪魔し、だんご汁、カボス焼酎、桑の葉入りの焼酎、新米、柿、カボス、芋の天ぷら、柿を10年以上保存して羊羹みたいになったもの、カラシ味噌など、自家製のおもてなしを受ける。なんともその贅沢にうなりっぱなし。これがホントの豊かさというものだ。

ここのオヤジさんは、組合から叩き上げの社民党県議員で、原発のことやTPPのことを大いに語り合った。私は無政府主義なのだが、意見の一致がたくさんあり、しかも飲みスケでタバコ吸いでもあったので、ホントに楽しい語らいだった。後で奥さんもやってきて、昔のことから色々聞かせてもらった。しこたま飲んだはずなのに翌日は爽やかで二日酔いナシ。おみやげに大量の柿、さつま芋、ニンニクの醤油漬け、オニギリ、芋天、クリを頂く。食べきれるのか〜!

大分では、歌も2曲作った。一つは原発紙芝居の歌で「未来の君たちへ」。もう一つは、ツバメ恋唄で、私が歌う恋の唄「ケッケッケ」。どちらも名曲だ。紙芝居のやつは、歌詞をツイッターとフェイスブックに上げたので、ここでは「ケッケッケ」の歌詞を紹介。

ケッケッケッコンして欲しいなんて ケッケッケツロンからいきなりかよオレ
ケッケッケッキョク言えねえソンナこと ケッケッケチなバツイチ野郎さ
ケッケッケド これは恋なのさ ケッケッ

ケッケッケッカは傷つくだけだぜ ケッケッケムリと消えゆく恋か
ケッケッケンカなら場数も踏んでるが ケッケッケチなバツイチ野郎さ
ケッケッケド これは恋なのさ ケッケッ

哀愁のバツイチ中年恋唄である。ラブソングの型としては、オンリーワンだろうとキリコが言ってくれた。

大分は山の上だったからか、ここ宮崎はあったかい。地道での移動は4時間。曼珠沙華はなく、新しいススキが美しかった。地道だと風景が楽しい。荷物満載だと、燃費も高速よりいい気がする。

ここ大塚八幡神社は、とても親切にしてくれ、すでにキンツバみたいな羊羹と焼酎を頂いてしまった。仕込み中に通りすがりの方からミカンも。そう言えば、大分でも差し入れ多数だったなあ。秋の田舎は、急に差し入れが増える気がする。
今夜は、その神社の道場で「試し斬り」を見学・参加。古ゴザを丸め、水につけていたものを真剣でぶった斬るというもの。こういうのははじめて見たし、ましてや真剣を持たせてもらったのも、それで何かを斬るのもはじめて。この半畳ぶんのゴザなのだが、1畳分だとちょうど首を斬る感じになるという。ということは、これだと手首位だろうか。人が真剣を降っているのを見ているとかなり怖かったが、自分が手にすると、恐怖心なく、落ち着く。多少剣道もやってたからね。ゴザは気持ちよくスパっと切れた。キリコもやらしてもらっていたが、空振りした刀が床に当たりそうになり、怖かった〜。

最後に、TPPについて。ヒトゴロシ野田ドジョウがTPPの交渉に入ったらしいが、TPPこそ原発より恐ろしいグローバル利権だ。日本の風景(田畑)は変わり、貧乏人は医者にもかかれなくなり、もちろん基地も原発も推進される。果ては日本が引き金となって世界的食料危機がアラワになり、利権産業のトップ、軍隊の出番にもなるだろう。やはり歴史は繰り返すのか。クソTPP、絶対反対!

紙芝居街頭劇「金魚姫と蛇ダンディ 原発編」

2011年10月01日(土) 21時32分
久しぶりの日記。佐世保はお客さん少し。去年は商店街で練り歩きなどやったが、今年は紙芝居作りがあり、せっせといそしむ。が、去年見てくれたお客さんたちが今年も来てくれて、ほっこりした1週間だった。米海軍基地のそばの公園で、静かな海のそば。去年はあまり意識しなかったのだが、沖縄以来、やっぱり基地はきになるようになった。入口に日章旗と鳥居をデザインした看板が立っている。どういうセンスだろう?
佐世保は商店街もシャッター店は少なく、地元のお店がまだまだ元気。なんとなく、大阪の十三や天満みたいだ。好きな町なのだが、この明るさも基地と深い関係がありそう。アメリカがくれた明るさってある。去年から知り合ったお客さんたちは村上龍の同窓生たちで、小説「69」にも出てくる人たち。考え方も自由だし、原発のことなんかを大いに語れた。

さて、明日はもう門司の楽日。門司もまた、ちょっと住宅地からも繁華街からも遠い場所で、お客さんやっぱり少し。去年の小倉は賑わったけどなあ、と思いつつも、またまたそういう時に限って人情に触れる。レストランの人から食べにおいでと言われたり、毎日のように来てくれる人が何人かいたり。とーっても少人数だが紙芝居もやっている。この紙芝居、「金魚姫と蛇ダンディ」となっているが、その中身は脱原発へのアジテーション紙芝居というもの。15年ほど前に「NIPPONブルース」など、アジテーション芝居のスタイルを模索したことがあるのだが、それで作った紙芝居だ。萌の口からも、「コソコソ食べると、原発ってホントにおいしい」なんていうセリフが出てくる。

いつからだろうか、私の中に、「もし戦争が起きたらどうするか」というのが常にあって、そういう時の戦い方として芝居がある。実際はどうかわからないナマッチョロイもんかもしれないが、この紙芝居もそうだ。でも、311以降、戦時中といってもいいし、もしそうなら、それ以前もそうだったのだ。
芸能の復権は、いろんなことの復権を含むはずだ。だから、私たちは自分たちの思いを叫ぶ。「太郎の上に核ふりつむー!」と。もちろん、投げ銭もお願いする。
今回、絵は黄色いプラダンにキリコが黒マジックで描いている。これがスゴクいい! ほとんど2日くらいで描いた。

この紙芝居は、まったく新しい紙芝居街頭劇というものにしたい。紙芝居をネタにしつつ、衣装・メイクをした役者たちが登場人物として前に出てきて、紙芝居を背景に街頭劇を繰り広げるというもの。新ジャンルだ。アジテーションだけでなく、これから少しずつネタを考えていきたいと思う。またまた小さい舞台である。
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