今週は扇町公園!

2011年08月31日(水) 0時34分
名古屋の公演は、結局雨降らず。なんとかお客さんも連日ギリギリ輪になって、ホッとした。昨年見て頂いた方たちも来てくれたし、写真を撮ってくれたKさんからは立派な写真集を頂き、写真仲間の方たちも大勢連れてきてくださった。近所の本山温泉もいい銭湯だったし、毎日蝉しぐれと虫の声に囲まれて(城山八幡宮はちょっとした山になっている)、夜は涼しく過ごせた。ジャコウネズミのパパさんとの再会もあり、感想に「芸能の原点」という言葉を頂いたのもうれしかった。

これで8月が終わり。12月末までとすれば、旅の半分以上の期間が終了したことになる。それにしても、まだまだ昼間は暑い。避難する場所が見つからなかったので、発電機をまわし扇風機を使ったりもした。料理としては、米をフライパンで炊くパエリア風(あくまで風)が大成功。これは燃料の節約にもなりそうだ。今回水道が遠かったのと、蚊もイヤだったので、洗い物はほとんど「拭き取り」で。赤ちゃん用のおしり拭きが大活躍。

名古屋では楽屋と劇場を一日でバラし、その日のうちに地道を走って(6時間)自宅にたどりついたのは夜9時。本来ならかなり無理なスケジュールだったのだが、最近まだ段取りが良くなってバラシが早くなった。1カ月前ほどにインパクトをもう一台購入し、キリコの作業量が増加したのだが、それに加え、バラシと積込みをほぼ同時に行なっていくようにした。これは十三からだが、じつはこれもキリコの発案。

同時にやるのはなかなか勇気がいることで、まだ必要だったものを積み込んでしまうと、再度下ろさなくてはならないというリスクがある。しかし、さすがに50回以上ほぼ同じ舞台を作っていると作業手順も熟知。客席をまず積込み、それから・・・と、バラしたものから順次積み込んでいくと、「仮置き」の手間が省けるわけだ。ついでに作業スペースも少なくてすむようになり、動きやすくもなった。仕込むときは逆に、下ろしながら組み立てていく。

さて、大阪は扇町公園だ。大阪野外演劇フェスティバルも11回目になる。このところ旅に出ていて何のお手伝いもできないが、1回目からずっと参加しているから、なかなか感慨深い。当初は、扇町公園の工事により、ここでの野外劇ができなくなるという危機感からはじまったことだった。犯罪友の会の武田さんの呼び掛けでいくつかの劇団が集まり、扇町公園は設計変更となった。当初、NGRがここでやっていたが、3年前からはうちがやっている。その前はほぼずっと中之島公園だったのだが、もう使えなくなったし。

扇町公園は、今全国を旅している私たちにもすごく不思議な場所だ。まず、夜でも明るい。神社が多い私たちだが、こんなに近代的な、いやあえて言えば近未来的な公園は珍しい。夜にサッカーしてたりする。屋根も壁もないから、芝居をしている向こうでサッカーが見える。一説によると軍事施設があったとか。で、すぐそばの天神橋筋商店街は、じつに大阪らしい商店街でもある。世界一長いアーケード商店街。去年は土砂降りのステージがあったっけ。あと、じつは毎朝のラジオ体操がやかましいんだよなあ。いや、べつにいいんですけど。

ここに匹敵できるとすれば、沖縄の金武町か。あそこは米軍基地のゲート前。夜になると、どっと若い兵士たちが繰り出してくる。昼間は生活保護者たちがタムロし、基地の奥からかすかに号令と奇声が響く、静けさ。

ハシモトなんていう大阪の狂気も、こういう公園から生まれてくるんだろうな。

9月1日(木)〜4日(日) 午後7時開演(30分前位からギター演奏あり)
木・金・日 新作「カモメ恋唄」(芸人であるツバメ父娘と迷い蝶のタテハとの、ドタバタ風刺喜歌劇)
土「鏡池物語」(そろそろ150回上演)
受付なしの入場無料。投げ銭よろしく。上演時間は1時間15分〜30分。

水流でクルクル回る、水に浮いてる回り舞台。親子3人だけでスタッフなし。
生演奏しながらの演技。雨天決行。
赤ちゃんも、小さい子供も大歓迎。確実に楽しめます。終演後は舞台で遊ぶ子供多し。
飲食、撮影、録音、ペット連れも可。

それにつけても、くそったれ政府! 情報隠蔽と知らんぷりには腹が立つ!
原発と米軍基地は、まったく同じ構図。
日本に民主化はあるのか?

こども神楽、高知、十三

2011年08月22日(月) 20時50分
さてさて、長いこと日記らしいものを書いていないことに気がついた。ツイッターにはちょこちょこ書き込んでいるのだが。
香川の子供神楽は、2日間大いに盛り上がった。お客さんも大盛況で、とくに二日目は子供たちもノビノビ演じた。天気にも恵まれた。私は客席の中でギター演奏。
翌日の、ノンアルコールの打ち上げは、まるで子ども会のお食事会といった風だったが、食品のことを気にする私たちのことをとてもよく理解してくれて、そんな料理ばかりをお母さん方が手作りしてくれた。お母さんたちも、子供たちが熱心に取り組むのを見て、とても喜んでくれたようだ。
芝居というのは、いろんな要素がたっぷりある。だから、一本の芝居を通じてホントに様々なことを体験できる。1週間という短い期間だったのだが、私も大変勉強になった。こういうことはぜひ続けてみたいものだ。

今年2度目の高知は、本山町という山の中。川がグネリと曲がり、川にはさまれた島の突端のような場所だった。三味線弾きの今井田歌さんにお願いして、地元で場所を探してもらったのだ。
お天気も不安定で、夏祭りのシーズンでもあり、お客さんはボチボチだったが、田歌さんは仕込みもバラシも手伝って下さり、たっぷり話もできた。「わら一本の革命」はぜひ読んでみたいと思っている。田が広がり、山が迫り、大きな川が流れている本山町は、それだけで素晴らしいところだと思う。田歌さんが作ったスイカを何度か頂いたが、あんなにおいしいスイカを食べたことはなかった。
地元のお祭りにも参加させて頂いたし、ほとんど真下で打ち上げ花火を見たし、川でも泳いだし(アオスジアゲハが数羽水を飲みにきていた)、萌も友達ができたし、アブに何度か刺されたりもしたが、ヒグラシ、ツクツクボウシ、アブラゼミなどが時間帯を分けて鳴くことも知ったし、アカトンボや黒いイトトンボ、キリギリスやクツワムシの声、巣立ったばかりと思える、電線に群れるツバメたちなど、夏の風景をたっぷりと満喫した。そうそう、屋根を作らなかった舞台では、虫たちの乱舞にもなった。

地元の十三は、ホントに阪急の線路の脇で、しかも踏切から10m位というところに舞台を設置となった。挨拶のときに、「電車の音は都会の風物詩、日本海の荒波だと思って、それも楽しんでくださいね」と冗談のように言っていたのだが、演じているうちにそう感じることができる気がした。
初日はほぼ満席になったが、2日目、3日目は雨で、お客さんはまばらだった。高校の校舎脇だったので、3日目には校舎の渡り廊下に席を作って見てもらった。2日目はけっこう降ったので、ギターは低音はウッドベース、高音はバイオリンのピチカートみたいな音になった。これはこれでいい音かもしれんなどと思いつつ演奏した。

滋賀で連日雨だったため、一度屋根を作り、高知でも一度屋根を作ったのだが、終演後の屋根のバラシでアブに刺され、左手がパンパンに膨れ上がった。また、強風でも豪雨でもむしろ危険になる。もう屋根はスッパリと諦めることにした。お客さんは大変だと思うが、どうかお客さん自身で雨対策を工夫して欲しい。私たちとしては、お客さんが来る限りは雨の中でも演じるつもりだ。
野外能なども、どんな雨でも客席は屋根がないまま演じられるのではないだろうか。お客さんには苦労をおかけするが、雨の中や虫たちの乱舞の中で演じるのは、それなりの意義深さも感じる。
ということで、荷物がまた一つ減ったわけだ。

明日は名古屋だ。

TPP

2011年08月05日(金) 23時50分
宇沢弘文「社会的共通資本」(岩波新書)を読み始めた。震災前の2月、少し長いが、彼が書いた文章を、備忘録として以下転載しておこう。(http://www.jacom.or.jp/proposal/proposal/2011/proposal110214-12526.php より)
宇沢さん、病気で入院中らしい。
〜〜〜〜
パックス・アメリカーナの惨めな走狗となって
◆TPP参加が意味するもの
 日本が現在直面している最も深刻な問題は、菅直人首相自ら「平成の開国」と叫んで、積極的に進めているTPP参加に関わるものである。
 TPPは、2006年5月、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国の間で締結された自由貿易協定を広く環太平洋地域全体に適用しようとする。2015年までに工業製品、農産物、金融サービスなどすべての商品について、関税、その他の貿易障壁を実質的に撤廃するだけでなく、医療、公共事業、労働力の自由化まで含めて、究極的な貿易自由化を実現することを主な目標に掲げて、政府間の交渉を進める。これまでオーストラリア、ペルー、米国、ベトナム、つづいてコロンビア、カナダが参加の意向を表明してきた。米国政府は東アジアにおける経済的ヘゲモニーを確保、維持するために、米国の忠実な僕として仕えている日本政府に対してTPPへの参加を強要している。
 貿易自由化の理念は、参加各国が同じ土俵に上って、同じルールにしたがって市場競争を行なうものである。このことが何を意味するのか、米国とベトナムを例にとって、農業に焦点を当てて考えてみよう。

◆ベトナム戦争がもたらしたもの
 ベトナム戦争の全期間を通じて、米国は、歴史上最大規模の自然と社会の破壊、そして人間の殺戮を行なった。米軍がベトナムに投下した爆薬量は、第二次世界大戦中を通じて全世界で使用された量の、じつに3倍を超えている。その上、ダイオキシンを大量に撒布して、森林を破壊し、すべての生物の生存を脅かす枯葉剤作戦を全面的に展開した。戦争が終わってから30年以上経った現在なお、奇形をともなった幼児が毎年数多く生まれている。広島、長崎への原爆投下にも匹敵すべき、人類に対する最悪、最凶の犯罪である。また20%近い森林はダイオキシンに汚染されて、竹以外の植物の生育は難しい。農の営みに不可欠な役割を果たす森林の破壊は深刻な傷跡を残している。
 他方米国は、英国植民地時代から何世紀にも亘って、先住民族の自然、歴史、社会、文化、そしていのちを破壊しつづけた。米国の農業は、先住民族から強奪した土地を利用して、氷河時代に蓄積された地下水を限界まで使って行なわれている。そして米国の都市構造、輸送手段、産業構造は極端な二酸化炭素排出型であって、人類の歴史始まって以来最大の危機である地球温暖化の最大の原因をつくり出してきた。

◆「開国」とは何だったか?
このような極端な対照を示す米国とベトナムが、農産物の取引について、同じルールで競争することを良しとする考え方ほど、社会正義の感覚に反するものはない。米国とベトナムほど極端ではないが、同じような状況が世界の多くの国々について存在する。このことが、現行の平均関税の格差になって現われている。各国は、それぞれの自然的、歴史的、社会的、文化的諸条件を充分考慮して、社会的安定性と持続的経済発展を求めて、自らの政策的判断に基づいて関税体系を決めているからである。
 関税体系は、それぞれの国の社会的共通資本と私的資本の賦与量の相対的比率に密接な関わりをもち、経済的諸条件、とくに雇用に大きく影響を与えるだけでなく、資本蓄積の具体的な構成、さらに経済成長率にも影響を及ぼし、将来の経済的諸条件に対しても不可逆的な影響を与える。
 菅直人が「平成の開国」と叫ぶとき、「安政の開国」を念頭に置いてのことであろう。1858年井伊直弼によって締結された日米修好通商条約は、治外法権、関税自主権の放棄、片務的最恵国待遇からなる極限的な不平等条約である。
 「安政の開国」の結果、日本の経済、社会は、とくに農村を中心として、致命的なダメージを受けることになった。農村の窮乏、物価騰貴、それにともなう社会不安が、桜田門外の変、明治維新を経て、不平等条約改正への大きな流れを形成していった。しかしその道は厳しく、関税自主権の完全回復は1911年になってようやく実現した。
 その後も、日本の国民の多くには、列強に対する強烈な被害者意識が心の深層に厳しく残っていて、暴虐な軍国主義の台頭を許し、つぎつぎとアジアの隣国を侵略し、無謀な太平洋戦争に突入し、そして敗戦の苦しみを嘗め、挙句の果てにパックス・アメリカーナの惨めな走狗となってしまった。
 菅直人が虚ろな顔をして「平成の開国」と叫ぶとき、日本の首相としてこの歴史をどう考えているのだろうか。

◆自由貿易は人間を破壊する
 自由貿易の命題は、新古典派経済理論の最も基本的な命題である。しかし社会的共通資本を全面的に否定した上で、現実には決して存在し得ない制度的、理論的諸条件を前提としている。生産手段の完全な私有制、生産要素の可塑性、生産活動の瞬時性、全ての人間的営為に関わる外部性の不存在などである。
 この非現実的、反社会的、非倫理的な理論命題が、経済学の歴史を通じて、繰り返し登場して、ときとしては壊滅的な帰結をもたらしてきた。ジョーン・ロビンソンがいみじくも言ったように、自由貿易の命題は支配的な帝国にとって好都合な考え方だからである。十九世紀から二十世紀初頭にかけての英国、二十世紀後半の米国に象徴される。
 その結果、世界の多くの国々で、長い歴史を通じて大事に守られてきた社会的共通資本が広範に亘って破壊されて、図り知れない自然、社会、経済、文化、そして人間の破壊をもたらしてきた。

◆社会的共通資本を守るのが政府の役割
 社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置を意味する。
 山、森、川、海、水、土、大気などの自然環境、道、橋、鉄道、港、上・下水道、電力・ガス、郵便・通信などの社会的インフラストラクチャー、そして教育、医療、金融、司法、行政、出版、ジャーナリズム、文化などの制度資本から構成される。とくに自然環境は、それぞれの国、地域の人々が長い歴史を通じて、聖なるものとして大事に守って、次の世代に伝えつづけてきたものである。
 社会的共通資本の管理について、一つの重要な点にふれておく必要がある。社会的共通資本の各部門は、重要な関わりをもつ生活者の集まりやそれぞれの分野における職業的専門家集団によって、専門的知見に基づき、職業的規律にしたがって管理、運営されなければならない。
 社会的共通資本の管理、運営は決して、官僚的基準に基づいて行なわれてはならないし、市場的条件によって大きく左右されてもならない。社会的共通資本は、それ自体、あるいはそこから生み出されるサービスが市民の基本的権利の充足にさいして重要な役割を果たすものであって、一人一人の人間にとって、また社会にとっても大切なものだからである。
 政府の経済的機能は、さまざまな社会的共通資本の管理、運営がフィデュシァリー(社会的信託)の原則に忠実に行なわれているかどうかを監理し、それらの間の財政的バランスを保つことができるようにするものである。政府の役割は、統治機構としての国家のそれではなく、日本という国に住んで、生活しているすべての人々が、所得の多寡、居住地の如何に関わらず、人間的尊厳を守り、魂の自立を保ち、市民の基本的権利を充分に享受することができるような制度をつくり、維持するものでなければならない。

◆パックス・アメリカーナと新自由主義、市場原理主義
 第二次世界大戦後、パックス・ルッソ=アメリカーナ、一方ではロシアの力によるロシアのための平和、他方ではアメリカの力によるアメリカのための平和がお互いに厳しい緊張関係を形成しつつ、世界中いたるところで、自然、歴史、社会、文化、そして人間を破壊してきた。
 1945年8月、日本軍の無条件降伏とともに始まったパックス・アメリカーナの根幹には、新自由主義の政治経済的思想が存在する。新自由主義は、企業の自由が最大限に保証されるときにはじめて、一人一人の人間の能力が最大限に発揮され、さまざまな生産要素が効率的に利用できるという一種の信念に基づいて、そのためにすべての資源、生産要素を私有化し、すべてのものを市場を通じて取り引きするような制度をつくるという考え方である。
 水や大気、教育とか医療、また公共的交通機関といった分野については、新しく市場をつくって、自由市場と自由貿易を追求していく。社会的共通資本を根本から否定するものである。

◆国民の志をうち砕くな
 市場原理主義は、この新自由主義を極限にまで推し進めて、儲けるためには、法を犯さない限り、何をやってもいい。法律や制度を「改革」して、儲ける機会を拡げる。そして、パックス・アメリカーナを守るためには武力の行使も辞さない。水素爆弾を使うことすら考えてもいい。ベトナム戦争、イラク侵略に際して取られた考え方である。
 小泉政権の五年半ほどの間に、この市場原理主義が、「改革」の名の下に全面的に導入されて、日本は社会のほとんどすべての分野で格差が拡大し、殺伐とした、陰惨な国になってしまった。この危機的状況の下で、2009年9月歴史的な政権交代が実現した。
 しかし、国民の圧倒的な支持を得て発足した民主党政権は、大多数の国民の期待を無惨に裏切って、パックス・アメリカーナの走狗となって、卑屈なまでに米国の利益のために奉仕している。
 普天間基地問題に始まり、今回のTPP加入問題にいたる一連の政策決定が示す通りである。戦後60有余年に亘って、平和憲法を守り、経済的にも、社会的にも、安定した、ゆたかな国を造るために、大多数の国民が力を尽くしてきた、その志を無惨に打ち砕くだけでなく、東アジアの平和に恒久的な亀裂をもたらしかねない政策決定を行なおうとしている。心からの憤りを覚えるとともに、深い悲しみの思いを禁じ得ない。

◆農の営みのもつ重い意味
 農の営みは人類の歴史とともに古い。むしろ人類を特徴づけるものとして農の営みが存在するといってもよい。
 農業は、自然と直接的な関わりをもちつつ、自然の摂理にしたがって、自然と共存しながら、人類が生存してゆくために欠くことのできない食料を生産し、衣料、住居を作るために必要な原材料などを供給する機能を果たしてきた。しかも人々が農業に従事するとき、概ね各人それぞれの主体的意志に基づいて、生産計画をたて、実行に移すことができる。
 農業のもつ、この基本的性格は、工業部門での生産過程と極めて対照的なものである。工業部門で生産に従事する人々の大部分は、それぞれ特定の企業組織に属して、その構成員として、企業の経営的な観点からの指示にしたがって、生産に関与する。
 このような状況のもとでは、商品化された労働力と、労働者の人格的主体との間には、厳しい緊張関係が形成されるのが一般的である。資本主義的な分権的市場制度のもとで企業活動が行われるときにも、社会主義的な中央集権的経済計画にしたがって生産が行われるときにも、このようなかたちで形成される自己疎外は、例外的な現象ではなく、広く一般的な性格をもち、現代社会の病理現象を特徴づけるものとなっている。

◆日本列島の豊かさを活かす
 これに反して農業部門では、そこに働く人々が自らのアイデンティティを維持しながら、自然のなかで自由に生きることが可能となる。
 農業部門における資源配分の非効率性を惹き起こす主な要因は、自然的条件の予期せざる変動に基づくものか、投機的な誘因に基づく農産物の市場価格の異常な変動、あるいは政策的要因に基づく生産条件の攪乱である。農業の生産にかかわる内在的要因に基づくものではない。
 さらに、農業における生産活動の特徴として挙げなければならないのは、自然環境の保全に関わるものである。農業部門における生産活動は基本的には、自然的条件に大きな改変を加えることなく行なうことができる。とくに日本農業の場合、水田耕作を主としているため、大きな保水機能をもつとともに、夏季における温度調整に重要な役割を果たしている。さらに日本の水田耕作は、耕作者が絶えず水田に入って撹拌するため、メタンの発生を最小限に止め、地球温暖化の防止という点からも優れた効果をもつ。
 日本は、極めて特異な地理的構造をもつ。とくに河川の急勾配と多雨地域の存在によって、森林の保全が自然環境の維持のために不可欠な要件となっているだけでなく、文化的、社会的な面からも重要な役割を果たしてきた。
 森林を良好なかたちで保全、維持するためには、林業との関わりが重要となる。林業に従事する人々が絶えず森林に入って、作業を続けることによって初めて、森林を良好なかたちで保全してゆくことが可能となる。このことはとくに日本の森林の場合、重要な意味をもつ。林業経営が可能となるような条件が整備されていないときには、森林の保全、維持は極めて困難となる。

◆農こそ人間的な営み
 また、日本は海に囲まれて、豊かな水産資源に恵まれた国である。それはもっぱら、海の生物の多様性について、世界で最も高い国の一つだからである。
 温度差が20度もある暖流と寒流が日本列島を守るように囲んでいて、複雑な海岸線がつくり出す多様な海岸環境が、生物の多様性を持続的に保全している。内湾の奥深くには干潟、岬の突端には磯があり、その間に砂浜、岬と岬の間には礫浜がある。加えて川の流入が海岸の生態系の多様化に貢献している。
 さらに赤道太平洋の西部、琉球諸島からオーストラリア北部にかけての海域は世界で最も海の生物多様性の高いところである。これはもっぱら、琉球諸島の豊かなサンゴ礁の存在による。
 この日本列島の海の生物多様性は、第二次世界大戦後の六十有余年の間に決定的に壊されてしまった。干潟は、半分以上の面積が、埋め立てや浚渫によって失われてしまった。大都市の周辺では、干潟そのものが消滅してしまった所が多い。藻場の沖にある砂堆の消滅は、海砂採取によって破壊的な規模をもって進行してきた。これらの海砂は、コンクリートの骨材として、高速道路や高層建築物の建設に使われ、陸上の自然のエコロジカルな均衡を破壊し、都市を醜悪な姿に変えていった。
 農の営みに重要な役割を果たす自然環境は、人々が生き、人間的な営みを行なうためにも重要な、不可欠な役割を果たす社会的共通資本である。その大切な自然環境をコンクリートの固まりによって無惨に破壊しつくしてしまった。

◆社会的共通資本としての農村
 農業の問題を考察するときには、農の営みが行われる場、そこに働き、生きる人々を総体として捉えて、農村という概念的枠組みのなかで考えを進めなければならない。
 一つの国が、単に経済的な観点からだけでなく、社会的、文化的な観点からも、安定的な発展を遂げるためには、農村の規模が安定的な水準に維持されることが不可欠である。とくに、農村で生れ育った若者の人数が常にある一定以上の水準を保って、都市で生れ育った若者と絶えず接触することによって、すぐれた文化的、人間的条件を作り出すことが肝要である。
 しかし、資本主義的な経済制度のもとでは、工業と農業の間の生産性格差は大きく、市場的な効率性を基準として資源配分がなされるとすれば、農村の規模は年々縮小せざるを得ない。さらに、国際的な観点からの市場原理が適用されることになるとすれば、日本経済は工業部門に特化して、農業の比率は極端に低く、農村は事実上、消滅するという結果になりかねない。

◆農村の最適規模を維持する
 このような状況のもとで、まず要請されることは、農村の規模をある一定の、社会的な観点から望ましい水準に安定的に維持することである。
 政府の役割は、農村における経済的、社会的、文化的、そして自然的環境を整備して、農村での生活を魅力的なものとして、実際に実現される農村の規模が最適水準に維持されるようにすることである。それは単に農業の生産活動のために必要な生産基盤整備だけでなく、快適な生活を営むことのできる住居や学校、病院、さまざまな文化的施設、さらには道、公共的交通機関などという社会的インフラストラクチャーをも含む。つまり、農村を一つの社会的共通資本と考えて、人間的に魅力のある、優れた文化、美しい自然を維持しながら、持続的な発展を続けることができるコモンズを形成するものである。
 しかし、このような経済的、環境的条件を整備するだけでは工業と農業との間の大きな格差を埋めることはできない。何らかのかたちでの所得補助が与えられなければ、この格差を解消することは困難である。差し当たって考えられる手段は、農家に対する所得補助である。それは農家単位当たり一定額の給付のかたちをとるべきで、農家の規模あるいは生産量に無関係でなければならない。

◆コモンズとしての農村を守る
 これまでの日本の農政は、農業を一つの資本主義的な産業として捉えて、農業に従事する人々を単なるホモエコノミクス(一介の経済人)とみなして、効率性のみを追うという偏見にあまりにも大きくとらわれてきた。農の営みという最も本源的な機能を担ってきた人々がもつ、すぐれた人間性とその魅力的な生き方が、日本社会の社会的安定性と文化的水準の維持という視点からこれまで大きな役割を果たしてきたし、またこれからも果たしうることが忘れられてしまっている。
 農業基本法は、一戸一戸の農家を一つの経営単位と考えて、工業部門における事業所ないしは企業と同じような位置付けを与えた。自立経営農家という概念に示されるように、一戸一戸の農家が、それぞれ主体的に生産計画を立て、雇用形態を決め、投資にかんする決定を行ない、その農業所得を基準として行動するという点で、工業部門の一企業と同じような役割を果たすものとされてきた。
 このような意味での一つの独立した経営主体である農家が、工業部門の企業と同じような条件のもとで、市場で競争する。その結果、市場競争に敗れた農家は、第二種兼業農家なり、あるいは他の職種に転換させ、生産効率が高く、工業部門の企業と競争して十分に存立しうる農家を自立経営農家として位置づけようとした。そして農業部門に対して、生産基盤の整備、構造改革、価格維持政策などの多種、多様なかたちでの保護政策を展開してきた。
 しかしこれらの保護政策は工業部門においてなされてきた明示的(explicit)あるいは陰伏的(implicit)な保護政策と比較したとき、その規模、性格において全く比較できないほど小さなものにすぎなかった。その上、農村に生まれ、育った子どもたちを「拉致」して都会で働かせることを日本ほど大々的に強行して、農村の空洞化を招来させた例を私は寡聞にして知らない。
 農業部門における生産活動に関連して、独立した生産、経営主体として捉えるべきものは、農村として、広く社会的、文化的、自然的環境のなかで生きる生活者の集まりとして位置づけるものでなければならない。その上で、日本農業の置かれた苦悩に充ちた状況を超克して、新しい農村を形成する契機を求めることが、日本の農政に求められている。
 しかし現実には、農業生産法人の要件緩和などを通じて一般法人の農業参入を許し、さらに農地所有権解禁に道を開こうとしている。今ここで、TPPに参加することになれば、長い歴史を通じて大切な社会的共通資本として、人々の血と汗によって守られてきたコモンズとしての日本の農村は壊滅的な影響を受けて、事実上、消滅してしまうことになりかねない。
 日本は今、「安政の開国」を迫られたときと同じような危機的状況に置かれていることを私たちは肝に銘じなければならない。

子供神楽劇、もうすぐ本番

2011年08月05日(金) 1時34分

香川での公演は無事終わり、今はこども神楽劇の演出中。10人の子供たちによる1時間弱の芝居。そのうち6人はセミの幼虫の役で、出ずっぱりなのだ。
演出といっても、月曜から木曜のたったの4回、1回あたり2時間なので、大したことはできないし、子供たちを相手にするのもはじめてで、なかなか大変。昼間の野外で、直射日光を浴びながらだからすごく暑いし。
明日(金曜)はもうリハーサル。
衣装とメイクをする予定。つけた演出のはじめての通しでもある。できるかなあ。せめて元気よくやってくれるかなあ。不安だらけだけど、ちょっぴり楽しみでもある。
子供たちと一緒に芝居を作ること自体は楽しい。ほんとはもっとジックリやってみたい。いつかそんな日が来るだろうか。
土日が本番。自分たちの本番以上に、ドキドキだ。

ところで、ここ田村神社で親しくなってしまった(!)子猫、黒猫なのだが、萌とキリコでタミー(田村神社なので)と名前をつけ、あっという間に楽屋で暮らすようになっている。
我が家の旅する猫、ソラは不満げだ。近づくと威嚇しているが、どうもタミ(私はタミーはなんとなく恥ずかしいので、タミと呼ぶ)は遠慮しつつも平気らしく、食事中のソラのシッポにちょっかい出したりする。
首輪こそしていないが、ノミもいないようだし、人なつこいし、ソラのトイレも使い、ソラのお椀から食べている。ときどき蝉とか虫を拾ってきて、虐待。迷い猫だろうか。
最初は顔を見るだけで威嚇していたソラ。次第にその距離は2m、1m、50センチと縮まっている。今、私が酒を作っていたら、なにかもらえると勘違いした2匹が走りよって、ほぼ30センチの距離で鉢合わせ。
そそくさと距離を取ろうとするのは、いつもソラの方である。

今日は、近所にある県立図書館に行ってきた。バクーニンとか大杉栄に関する本をチラ見。旅中に図書館に行ったのは初めてだ。
ほとほと国家というものに嫌気がさしてしまったので、無政府主義に希望はないのかという思い。
バクーニンと対立していたマルクスも、国家は最終的になくなると考えていたらしい。
無政府主義者は、極左テロリストと思われがちだが、そうでもない。人間以外は、みんな政府なんかなしでうまくやっている!

赤毛のアンを読みながら

2011年08月01日(月) 7時00分

赤毛のアンを読みながら思うことは、その土地の美しさだ。これはカナダの、美しい田舎の話。

土地があるからこそ、人間関係や愛が成立する。今の日本はどうだ? その土地が、もうズタズタにされている。国が土地をボロボロにし、食べ物をグチャグチャにしている。

すでに日本中が放射能で犯されていると考えている我が家は、国産の牛乳や乳製品、卵、肉類、海産物、葉物野菜をいっさい食べない。内部被爆のリスクをを小学生の娘から遠ざけるためだ。それでも、テント生活の私たちは、できれば沖縄に拠点を移したいと思っている。

しかし、現実にはどうだ。多くの人たちが危険な地域にとどまっている。政府が安全だと言っているからか? すでにもう、多くのマスコミやネットでは、危険であるという情報は溢れている。

私が思うには、みんな今の「利権」が大事なのだ。その「利権」は、仕事かもしれない。地域ネットワークかもしれない。家のローンかもしれない。仕事上の借金かもしれない。
けれども、この戦は10年は続くだろう。来年はもっと悪くなる。雪のように、溶けることはなく、降り積もるだけだ、放射性物質は。
今の、安全ばかりを言い、保障へ逃げ腰の政府に、なにを期待する? 今までのあらゆる公害訴訟で、被害に見合った保障を誰かが受けたことがありますか? 保障なんて、被害に対する精神的な賠償程度だ。

今回の放射法被害は、これからドンドン出てくる。よっぽどのバカでない限り、すぐわかる。チェルノブリイがあるかだ。

私は、年間1ミリシーベルトを超える地域に住みながら、そこを逃げないというのは、すでに東電支持、原発支持、今のヒトゴロシ政府を支持しているとしか思えない。今の地位や金、生活がそんなに大事か? 

私は東京生まれで東京育ちだから、東京に実家があるし、友人もたくさんいる。しかし、大阪の家を手放そうと思っている私は、あえて言いたい。東京にいるだけで、あなたは東京を支えている。東京というヒトゴロシの街を。

今の日本は、原発事故隠蔽という犯罪国家で、世界中がその成り行きを見ている。そのことがまったくわかっていないのであれば、それは非国民、いえいえ、国家支持、東電支持だ。

彼らは産業第一主義で、今まで通りの産業システムが維持されることを願っている。だから、「安全」だと言う。そして、バラまく。
私たちはこれに真っ向から反対だ。いまほど危険な状況はない。

国家が人々を守ろうとしたことが、かつてあったのか? じつは一度もない。将棋の歩と一緒で、命は捨てさせても国に役立つならヨシとしてきた。

広島・長崎の原爆、チェルノの事故、世界的な核実験。それらを生き抜いてきたと自負する人たちもいる。なんてバカな人たちだろうと思う。死んだ人たちのことは考えず、自分たちが生き残ったことしか頭にない。こういう人たちこそ、今の政府と同じヒトゴロシの仲間だ。自分さえよければ、誰が死んだってかまわないのである。

今の政府がヒトゴロシたちであること。この一点を共有できないのなら、私は何も話すことはない。今の政府についていけばいい。私は、ヒトゴロシの仲間たちだと思うだけだ。
「赤毛のアン」には、政治的に意見を持っている人物がたくさん出てくるが、今の日本は、まさに戦時下。
2011年08月
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
最新コメント
アイコン画像ボーダー
» 2017年08月03日のつぶやき (2017年08月04日)
アイコン画像長山現
» 2017年03月14日のつぶやき (2017年04月04日)
アイコン画像ドテチン
» 2017年03月14日のつぶやき (2017年03月15日)
アイコン画像ふーちゃん
» 2016年08月19日のつぶやき (2016年08月23日)
アイコン画像沖縄のみゆきです
» 2016年07月09日のつぶやき (2016年07月11日)
アイコン画像長山現
» 2016年02月14日のつぶやき (2016年04月02日)
アイコン画像善光寺クロ
» 2016年02月14日のつぶやき (2016年02月15日)
アイコン画像みゆき
» 2015年12月20日のつぶやき (2015年12月21日)
アイコン画像ピエロ
» 2015年12月06日のつぶやき (2015年12月07日)
アイコン画像善光寺クロ
» 2015年11月01日のつぶやき (2015年11月02日)
Yapme!一覧
読者になる