再び田村神社

2011年07月28日(木) 1時29分
久しぶりのブログなので、まずは明石のことから。
明石の岩屋神社ではお祭りとひっかけての公演だった。イベントの中というのは、人が集まりそうで難しい。芝居への集中度がどうしても。でも、おしゃたか舟のお祭りそのものが素晴らしく、しかも、漁師さんの船にまで乗せてもらえ、祭の全貌を見学できて、すごくラッキーだった。
小さな作り物の舟を「おしゃたか〜!」(おじゃったか〜→よくいらした〜とか、来たくれたのですか〜とかいう意味)と言いながら、ふんどしの若者たちが海の中で前方に投げたり進めたりしつつ、沖に泳いでいく。昔は全部泳いでやったらしいが、今は港から出たら漁船に乗って、赤石まで。全速力の漁船でも10分くらいはかかるところ。
そこで、刀と鏡を海底に沈め、それをもう一度引き上げて、港に帰ってくる。以前は、海に投げ入れた後、潜って拾ってきたらしいが、見つからなくなったことがあって、今はロープをつけて引き上げる。色々簡略化こそされているが、じつに、海の生活者らしい神事だった。
舟に酔わないコツは、舟を自分で揺らすことだそう。

大阪の高石神社も、古くからある海辺の神社。今は埋め立てで海岸は遠いが、そこは今でも昔の浜辺のような松が生い茂る。
ここで育ったというMさんのはからいで、Mさんの昔の仲間たちを中心に、久しぶりの大盛況。連日立ち見が出た。やっぱり宣伝よりクチコミだ。
毎朝クマゼミがシャワーのように鳴き、「セミしぐれ」という言葉を思い出した。
今年は十三と扇町をあせせて、大阪が3カ所になった。地元のあちこちでやれるなんて、うれしいことだ。夜中に大阪弁で怒鳴っている女の人とかいて、やはり大阪でも南のアラクレ感がいいなとか。だんじりの保管庫もあり、日曜にはそれを出している人たちがいた。
3日間ずっと来てくれた人も何人かいて、リピーターも多し。
ここでは、Mさんたち同級生たちのために、「クラス会に行こうよ」という唄を作曲。歌詞はクラス会の幹事の人。いい歌詞だった。小学生時代のクラス会だそうだが、仲間っていいもんだ。
人間国宝の斎藤さんも来てくれて、盛り上がってお泊り。

そんで、今は香川は高松の田村神社。今年2度目で、去年も含めると3度目というのはここだけだ。意外と、アブラゼミも鳴いている。4月に来たのだが、あっという間の3カ月だった。
ここは、エンターテイメント性溢れる神社。私たちの次の週には、地元の子供たちが私たちのクルクル回る舞台で芝居をする。それも楽しみだ。
近所では、稲がかなり伸び、もう穂が実りそうだ。夏の時間は早い。4月はまだ肌寒かった。
夏にもう一度来たいという申し出に、快く二つ返事をしてくれた田村神社に、感謝。

「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)を読了。たまたま古本屋で見つけたのだが、超オススメの戦前の人生読本。認識論、社会論に満ちている。岩波文庫では丸山真男が解説。ここのKさんも学校で使っていたらしい。
情報収集よりも、いかに自分で感じ、考えるかの大切さ。

そうそう、今年の旅も3カ月になったが、今のところ、なんとか投げ銭だけでやっていけてる。スポンサーも助成金もなし、自分たちでは大した宣伝もせず。それで、投げ銭だけで暮らしている。つくづく人の心の温かさを感じる。

非実体経済(マネーゲーム)の現代

2011年07月15日(金) 0時47分
阪神淡路震災の時、これは人災だと思った。日本は間違った道を進んできていると感じ、いろいろ調べて「NIPPON憂歌(ブルース)」という芝居を作った。そのとき、実体経済に対し、非実体経済は約20倍の規模があると知って驚いたのだが、たぶん今はもっと進んで30倍とか50倍になっているに違いない。

なにげなくラジオでニュースを聞いていたら、株価が1万円を超えたという、そして本日の東京証券取引所での取引高は18億株だという。ということは、18億×1万円で、18兆円の株取引が日本で行われたことになるに違いない。
これを1億の人口で割ると、ナント一人18万円も株をやっていることになる。赤ん坊も年よりも含めてだ。一人万円だって今どきけっこうな身分だ。

で、調べてみたら、世界の為替取引(円とかドルとか)の取引量は、一日平均372兆円。世界の人口は約70億人とすると、一人一日5万円以上の為替取引している。ちなみに、世界の一日平均所得は1600円らしいから、ざっと30倍。

所得人口が果たして未成年や失業者まで入っているかどうかわからないが、少なくみても、非実体経済は実体経済の30倍とか50倍、場合によっては今100倍あるのかもしれない。
しかも、経済というのは、ヒトの社会行為全体を考えれば、お金のやり取りが発生しないものもたくさんある。家事労働が典型的だが、山の維持だとか、ボランティアとか地域活動とか、芸術家とか、みんなそれぞれ立派な労働だし、社会のために汗水たらしている。

ところが、マネーゲーム経済が圧倒的な力を持つのが現代なのだ。自民党とか原発推進者が「今の日本の豊かさ」という場合は、たぶん、このマネーゲームをさしている。そりゃ、圧倒的な金額で、汗水たらす方など、もはや経済とは言えないくらいだ。というより、マネーゲームは実体経済を破壊し、自然や社会そのものを破壊している。

もともとこれらのマネーゲームは、実体経済の潤滑油として発達してきたものだ。銀行など典型的で、実体経済を支える役割を果たしてきた。しかし、この圧倒的な非実体経済の占める割合をみると、世界中でいうなれば本末転倒といった事態が発生してくる。株取引や配当、利子や国家予算の分配(私はこれもまた非実体経済だと思っている)のために、ちょこちょこっと実体をいじくることになる。本音を言えば、それはどうでもいいのだ。

だから、原発にしても、電気のためというのは口実で、圧倒的な非実体経済という利益のために作られたといえる。復興や事故処理もまたそうで、彼らには現実などどうでもいいのだ。思考の99%は、今持っている株や権利をどうやったらうまく維持、もしくは切り抜けられるかに関心が向く。1%からこぼれ落ちたら、私たちと同じ99%の実体経済の側になってしまうのだ。仮の単純計算だと、一人あたりの富は1万分の1以下になるのだから。

しかも、これは勉強不足で明確ではないけれど(取引したことがないので)、どうも株とか為替の購入には、消費税もかからないようだ。取引手数料が発生した場合のみ。だとすれば、実体経済から税金を吸い上げ、非実体経済においては税金を無視して自由に金が動くということだ。
本来なら、ここにこそ税金をかけるべきではないのか。米を買うのに税金を払い、株を買うのに税金がかからないというのは、どういうことなのだ。

たぶん、この非実体経済は、高度成長期あたりからジワジワと勢力を増し、道路網を作り、大企業を肥やしてきた(1980年、1:9。これが2000年には逆転)。公務員や大企業の退職者たちは、その恩恵に預かることができたが、これからはそれも危うくなっている。非実体経済は現実とは違い、想像上のイメージで金が動く。大きな金が動くたびに現実は大打撃を受けるが、空想世界に生きている彼らはイメージを傷つけられたと怒り、ちょっと金を失うだけだ。

なにしろ、99%の富があるのだから、皆がそれに群がる。なんとかそこにぶら下がろうという競争社会が、自由な社会の本質だ。私は、民主主義というのもすでにその本来の理念よりも、実体経済から非実体経済への吸い上げと統治のシステムにしかなっていないと思う。

これは実に困ったことだ。とくに、この原発震災の危機においては。たぶん彼らは、日本のイメージを守るために汚染食品や汚染物質をばらまき、「たいした被害は起きなかったでしょ」(多少の被害は出ても)ということにしようとしている。一部に集めて明確な被害が出る方が、イメージが悪いのだ。彼らはチェルノブイリもたした被害はなかったと考えているのだし。
そして、そんな彼らにぶら下がる政治家や企業、行政、マスコミ、学者、あらゆる成り上がり願望者たちが、支配欲剥き出しで私たちに相対する。この中間層たちが、1%を支えていてタチが悪い。原発はそうやって成り立っているし、米軍基地もそうだ。

この社会を変えるためには、武力革命しかないのか。この1%とぶら下がりを全員消してしまえばいい、そういう発想をしたのがポル・ポトだろう。けれども、それは殺伐とした社会にしかならなかった。暴力革命でどうにかなるものではない。
どうすれば、この世界をひっくり返せるのか。そして、それ以降の世界はどうするのか。シューマッハは一つの提案として、企業の株を地元地域の委員会が半分管理するということを言っている。企業はその活動を全て公開とし、その代わり法人税を取らない。そのことで、企業の利益主義を抑え、社会的責任を明確にしていこうというものだ。しかし、これはまだマネーゲームが存在しなかった時の提案だ。

もっとも必要なのは、価値の転換だ。金銭的富の価値より、もっといっぱいの価値でこの世界を満たすこと。これは明確なことだ。それが現行のシステムを無効にしていく。そんな流れがこれからもっと大きくなっていくだろう。ひょっとすると、この原発事故をきっかけにあまりに急激に変化するかもしれない。

・・・しかし、マネーゲームそのものが一気に崩壊する可能性もある・・・。アメリカでは、すでにドルが紙切れになることを防ぐため(ドルが紙切れになることを見越して?)、金持ち以外の金銀の取引を、明日(7月15日)から禁止する。
・・・1929年の大恐慌では、大量の失業者が溢れ、世界に飛び火、世界的な不況でブロック経済となり、ファシズムが台頭、第2次大戦となった。

必要なことに、もう一つ加えておこう。国家を心情的に応援してはならない。警戒はすべきだが、応援するべきではない。国家というシステムは、弱者のためにあったためしがない。口先だけだ。

小豆島を終えて

2011年07月13日(水) 22時35分
小豆島、お客さんはボチボチだったけど、なんだか楽しかった。一番の収穫はJさんに出会ったこと。2箇所目の清見寺には連日来てくれたし、あちこちに声もかけてくれたし。なにより、いろんな話をすることができた。清見寺の住職さんも連日のように見に来てくれて、楽しんでくれたようだ。フェリーも安くなったようだし、来年もぜひ行きたい小豆島〜。港では妖怪さんご夫婦とJさんがいつまでも手を振ってくれた。

小豆島では、古い歌舞伎小屋を見た。舞台の茅葺きの建物があるだけで、客席は段々の芝生になっている。なんともいい感じなのだ。これもまた野外劇だ。小豆島ではそんな劇場が二つ残っていて、それぞれ5月と10月に上演される。300年くらい前からある。こうゆうのを、ホントの豊かさというんだろう。
そのそばには、百枚田といって、小さな段々田が斜面に続いている。田んぼは本来こういう斜面に作られたと書いていたのは宮本常一だったろうか。水が上から順繰りに注いでいくその風景は、これもまた人間の知恵と豊かさ、そして自然との調和を感じる。人間は自然を壊すばかりではない。木を植えたり、枯れ枝を処理したり、日差しが通るような工夫をして、山を活かすこともできる。

シューマッハの「スモール・イズ・ビューティフル」を読み終えた。誰もが手に入れられる道具を使っての「中間技術」の重要性。組織の規模の問題など、彼が提出したことは深い。私たちは家族3人の組織だが、まったく彼の言う通りで、なにがすぐれた中間技術であるか、身をもって知りつつある。最初に購入したいろんな機材がいらなくなっていく。また、家族3人の話し合い能力が高くなってきた気がする。あまり宣伝はしておらず、お客さんはちょっと少ないが、深い出会いがある。日本は農具の種類がすごく多くて、誰もが知恵を働かせ、工夫を続けてきた。そういうことが大切。

といっても、まだまだ舞台(盆がはずれた!)、客席(パイプ椅子をなくしたい!)、生活の仕方(流しを作りたい)、演出や音楽やメイク(まだまだ工夫の余地あり)、9月にやろうと思っている紙芝居のプランなど、課題は山積み。

1日アキができて、今は自宅。テントより暑い!
明日は明石の岩屋神社へ。ここはナント、神戸の長田神社にいた若い神主さんが、ぜひうちでもやって欲しいと呼んでくれた。お父さんの宮司さんたちも明石から長田に見に来てくれた。「おしゃたか祭」というお祭りにあわせての上演で、土日のみだ。福井の大湊神社も雄島と岬の神が呼応していたが、ここもまた、淡路島と明石が呼応している神社だ。海にザブザブと入り、泳ぎながら船をかついでいく祭りも楽しみ。天気がよければ、ほぼ満月!

小豆島1週目!

2011年07月04日(月) 23時33分
小豆島の一カ所目、木香の浜での公演があっという間に終わった。さすがに梅雨、天候不順な毎日で、降ったり止んだりだったが、上演中はほとんど降らず。劇場仕込みの日はカンカン照りで、ひとつ日焼けでもしてやろうと欲かいて、上半身裸で仕込みをしてたら、翌日初日には背中が痛く、そして水ぶくれに。今は皮がむけつつあり、かゆい。今後、日焼けには注意しよう。と言いつつ、腹側もなんとか少しは黒くしたいという欲もある。銭湯の鏡に映った、二の腕とか顔が異様に黒いわりに、裸になると色白の自分に照れるのだ。

ここはすぐそばが海で、昼間は近所の方々がゴルフの練習にいそしんでいる広い芝生。そこにこしらえられた野外円形劇場は、なんだか小さな御伽の国の妖精たちの集会所みたいだった。隣にカフェがあるのだが、近所に民家はほとんどない。

初日はなんとか20人以上のお客さんに恵まれ、いけるかなと思ったが、二日目の昼間は降ったり止んだり。本番前には降り止んで、これは行けそうだと思っていたのだがナント、昨年の旅も含め、はじめての坊主となった。7時10分くらいまで待って誰も来ないので、ギターで蛍の光を奏で、閉店。蚊取線香を消したり楽器を片付けたりしていると、一人いらっしゃったのだが、本日中止の旨を伝え、雑談しきり。この方は、翌日も楽日も来てくれて、お友達に。

3日目と楽日はわりと盛況となり、何度もいらしてくれる人もたくさんいた。おばあちゃんと大きなお孫さんの二人も2回来てくれ、楽日には色紙3枚を書かせて頂いた。子供たちもずいぶん来てくれ、投げ銭も好調なり。長野つながりの人もいて、こっちに来て農業をやっている。残ってくれて、いろんな話ができた。

昼間の時間に、小豆島でお世話になっている妖怪画家の柳生忠平さんのギャラリーを見せて頂いた。妖怪専門の若い絵描きさんで、どんなにオドロオドロシイ妖怪を描いても、どこか明るく楽しい雰囲気がにじみ出てしまうという、あったかい妖怪画家さんだ。

あと、小豆島で亡くなったという尾崎放哉記念館にも行った。「咳をしても一人」自由律の俳人である。あまり心が動かなかったが、急にブンガクが読みたくなって、バルザックの短編をいくつか読んだが、気分が悪くなった。口直しにと、「二十四の瞳」を読んだら、あっという間に読み終わってしまって、あっけなかった。

そうそう、小豆島へ向かうフェリーの中で読んだ、小出裕章さんの「原発のウソ」は、日本の原発のカラクリや欠点が明快で、知らなかったことも数多くあり、またまた衝撃。
この沈みかけているセカイの中で、どんなブンガクを読みたいんだ、オレ。

明日は、世界最小の海峡を渡って(毎日渡ってるんだけど)、清見寺の前の田んぼ。ど、どんなとこだ?

本日のメニュー
朝食:マヨネーズトーストに、ハチミツ(長野で中学の同級生にもらった、自家製とのこと!)入りコーヒー。
そして、完熟のスモモ。これも小豆島での頂きもので、自家製だとのこと! むちゃうまい!
昼食:塩焼きソバ。豚肉(カナダ産)と、モヤシ、貝割れ入り。
夕食:鶏軟骨(ブラジル産)とピーマンの酢豚風。ジャガイモと人参とワカメ(中国産の乾燥もん)とコンブの味噌汁。ごはん(これも長野の同級生の自家製!)
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