ヨイショ!

2011年04月27日(水) 2時06分


一昨日、香川は高松の田村神社での上演が終了。楽日には、子供たちがヨイショのかけ声にあわせて踊ってくれ、大成功。今は高知に到着〜。
一方で、貴重な意見を木村さんから頂き、台本の構成を大幅に変更することにした。さっきそれが終わり、あさってにはカタチになるかどうか。新作「ツバメ恋唄」、もっともっと面白くしたいのだ。再演の「鏡池物語」は、もう130回もやっていて、ホントに好評だ。でも、旅の最初のうちは、ナカナカだったのだ。
盆の組み方の変更があったりするのだが、サスガに今年はなんでもスムーズにいく。たいがいは晩御飯までに作業が終わる。これも、スゴイことではなかろうか。
ただし、飛蚊症と光のスジに加え、朝の30分くらいは指が閉じなくなった。指は去年も同じ。こうなってみて、つくづくニンゲンて目と指の生物だなあと思うのだ。
田村神社では、夏にももう一度上演することになるかもしれない。と同時に、もしかすると、子供たちの芝居も上演することになるかも。

旅がはじまった!

2011年04月17日(日) 7時34分
水曜、無事に徳島到着。夕方から搬入のみ終えて、Yさんにご馳走になってしまった! 魚も鶏も、そしてポテトも素晴らしくおいしいお店だった! 感謝〜! Yさんは昨年のお客さんで、今年は徳島での公演のお世話をしてくれている。ほんとにありがたい。

木曜は一日かけて仕込。今回の舞台はいろいろと作りやすくしているのだが、なにしろはじめて作るので、なかなか難しい。

金曜、昼間に「ツバメ恋唄」の通し稽古をし、初日。少し寒い。お客さんは子供を含めて20人くらい。初日にしては多い。まだまだこなれていない舞台だが、手拍子、拍手、たくさん頂く。今回はアンケートもなくしてしまったので、終焉後、お客さんとたくさん話す。ある夫婦の方たちは、「感動しました」と涙を流してくれた。昨年来てくれた方から、「投げ銭の唄」をリクエストされた。すごくうれしかった。

土曜、つまり昨日は、「鏡池物語」の久しぶりの再演。午前中に盆を作り直し、午後に稽古。さすがに130回以上やっただけあって、こちらはガッツリ演じきる。すごく寒かったのだが、お客さんはほぼ満杯! 子供たちも多数。犬も2匹。金曜より一段と、ほんとうに寒かったのだが、お客さんは最後まで観てくれた。芝居を観ながら、涙が出て、お孫さんの靴下で涙を拭いたと、笑いながら話してくれる方がいた。この方も含め、昨日も来てくれた方が何人も。やっぱり2本立てにしてよかった。昨年の旅の最終日に加えた唄も、いい感じだ。

今日はもう徳島楽日。ツバメ恋唄は、衣裳もメイクも、音楽も、ややシンプルだが、そのぶん骨太な舞台にしていきたい。初日、二日目と、東京から井上氏が来てくれて、いろいろ話すことができた。今日はいなくてさみしいな。ありがとう〜!

問題は、作り直した盆だが、まだ欠点があり、次の田村神社ではもう一工夫が必要。メールニュースもまだ出せていない。旅はまだはじまったばかり。あわてず少しずつやっていこう。フシギなことに、不安はないし、疲れも少ない。徳島は2回目ということもあるだろうが、お客さんがとても温かく、身近に感じる。舞台からも、お客さんの顔がよく見える。生活も、旅の方がむしろ普通に感じる我が家。とくに猫のソラはのびのびしている。楽しい旅になりそうな予感!

共同幻想試論2 数字信仰

2011年04月10日(日) 1時07分
今日は数というものについて考えてみよう。あくまで私なりに、思っていることのメモ。

たしか、ギリシャのピタゴラス学派が、数というものが神の摂理を表すという神秘主義にとりつかれ、そこから数字信仰ははじまったという記憶がある。

それは、芸能から一歩踏み出した、数字への信仰である。ケプラーもまた、「よりシンプルな数式(美しい数式)が神の摂理である」とした神秘思想の持ち主であり、そこから地動説を導いた。それまでは、恒星と惑星の軌道計算は、かなり複雑になっていたが、それを地球が回っていると考えることで、よりシンプルな数式となることを発見したわけだ。

ここには、それまでの一般的な神に対抗する、数字への信仰がなくてはならない。この逸話は、「科学の誕生」として語られることが多いが、じつはそう単純ではない。数字というものが持つ神秘性、そこへの信仰心がより強固になっていく歴史の一部として、科学万能主義があるからだ。

これは、美術における遠近法(いわゆる透視画法)なども同じである。一神教としての神の視点ということで、一対一座標(透視画法のグリッド)表現として、遠近法は現れる。それは実際の視覚とはかなり違うが、理性ではその位置関係を理解しやすいという性質がある。これも、一つの信仰の表れなのだ。

音楽にも平均律が現れるが、これも一本の糸を数学的(等比級数的)に分割した音の高さを並べたものだ。半音ずらしても、まったく同じ関係性で音が並ぶように、数学的に作られたもので、神の数学への信仰の上に成り立っている。

これらの数字信仰は、世界を原子(要素)に分割可能なもの、要素に分割すれば、計量も可能であるという思想(信仰)に基づいている。

おそらく、人の感性の根底(芸能性)には、数学的なものがあり、ある程度は分割や対立、対照性や繰り返しといったものを好む。しかし、それは信仰ではなかった。

この数字への信仰は、やがて実験主義を含み、科学信仰へと進んでいく。そのとき、数字は独自の価値を持ちはじめ、神から切り離される。まるで、数字が神になったかのうようだ。

民主主義も、まったく同じ数字から出てくる。投票という考え方は、数字なしにはありえない。これは、平等という思想から来ているとも思えるが、むしろ数字が平等を作り出したともいえる。人が数字で数えられることになったのだ。世界中にある数え歌は、その残酷さを歌っている。たいがい、数えれば数えるほど、誰かがいなくなっていく。

統計・投票・成績・ギャンブル・金融・年齢・人口・売上・・・現代においては、あらゆるものが数値化され、数値化されていないと安心できないほどだ。

しかし、現実問題として、じつは数字はそれほど多くを語らない。料理などで大匙何杯と出てくるが、たいがい計る必要はない。ラーメンの3分にしても、コンロの火力でまったく異なる。また、上にあげた数字の、どれだけを私たちは記憶しているだろうか。
お金にしても、正確に数える必要が本当に出てくるのは、税金の申告くらいなものだ。

たしかに、数字はチェック機能として参考にできる。しかし、それはじつはかなり不確定要素を含んでいる。ちょうど医学におけるエビデンスのように。数字にならないものを排除すれば、チェルノブイリの死者数はすごく少なくなる。

私が言いたいのは、数字を信用するなということではない。数字というものが、ある種の信仰に基づくものだということだ。信仰に基づいているからこそ、法則という神の摂理を見出したいと思うのだということだ。そして、この数百年は、この数字信仰の中で世界が推移してきたということだ。

出発まであと1週間

2011年04月07日(木) 0時48分
出発まであと1週間になった。
大変だあ〜。
タタキはあらかた終わりつつあるが、ペンキ塗りとかいろいろ作業が残っている。
誰か手伝ってくれんかなあ。

台本も七転八転したし。
これは誰も手伝ってくれんなあ。

健康保険も国民健康保険に切り替えせねばならん。
もう、震災どころじゃないのに、原発がいつドカンといくかもしれんと思うと、気が気でならんし。

今回は旅がテーマ。ツバメだから、南への旅なのだが、歩いての旅。でも、東北も気になる。

4日前に、右目の飛蚊症がひどくなり、光も走るようになって眼科に行ったら、そこの先生が完全にボケていた〜。
先生、もう無理ですと、逃げてきたが、80いくつらしい。
老いた医者一人で、スタッフなし。受付にどれだけ時間がかかったか。
私、初診なんですってば!
右目なんですってば!

「となりの人間国宝」っていう番組に出ることになるかもしれん。
前取材に三人が入れ替わりに来た。
何度も同じ質問。
最後はディレクターだが、関テレじゃなくて下請け会社で、拍子抜け。
三人ともそう。どこでもそうなのか?

政府も下請けっぽいな。

今年は、パンフもアンケートもなし! これは時間がないためじゃなくて、震災前に話し合って決めた。
相談もしたし。
舞台も、一段、低くしたし。
方向として、やっぱり、スモール・イズ・ビューティフルかもしれん。
まだ、読んでないけど。

出発まであとわずか!

2011年04月03日(日) 2時31分
現在、旅の準備に全力集中! と言いたい所だが、なかなか。日本の、世界の問題が溢れかえっているので。
それでも、稽古と作業やってます! いい芝居になると思う、「ツバメ恋唄」! エンターテイメントの喜劇ですが、今の日本の問題がギュウギュウ詰め込まれていると思ってる。いろんな怒りを笑いにして、日本の半分をまわるのだ。ずっと野外で暮らす私たちは、もしかするとかなり危険かもしれないが。しかし、これは私たちなりの闘争だ。おそらく、もっとも小さい闘争だ。

ドイツでは、通常運転中の原発の周囲5キロで、小児白血病が他の地域の2倍であることがわかったとのこと。ドイツ中の原発で、5キロ以内はそういう結果が出た。推進派と反対派の両方で調査。1ミリシーベルトの安全基準でさえ、危なくなってきたということだ。なぜ5キロ以内で小児白血病が多くなるのか、まだ原因は特定できていない。ドイツでは、どれだけ経費がかかろうとも、原発全廃になるだろう。
http://www.priee.org/modules/pico2/index.php?content_id=12

日本はどうなるだろうか。検察は、今後、政府発表以外のことをネットでささやいたりした場合、逮捕するらしい。東電は、この時期に原発増設の要望書を提出するし、米軍基地に対する巨額の思いやり予算とやらはあっという間に通過。誰かさんは、首都圏で100人に一人くらいの発癌リスクなら問題にならないと言う。水も食品も、どんどん安全基準は上げていく。テレビは復興がんばれ一色で、その本当に悲惨な実態(いわき市では物資が山積みのまま)は映さず、原発村のACは「みんなで頑張ろう」のメッセージを流し続ける。千葉では本来の基準値からするととてつもない数値の水道水が出るし、あちこちの選挙では、反原発は共産党だけ。明確な非難勧告は出ず、安全ばかりを強調。そりゃ、被害が出るのは数年後で、臨床試験じゃないんだから、エビデンスとしての因果関係は立証できないだろう。津波と地震のストレスでそうなったという言い訳もできる。たとえ続々と奇形児が産まれても(あえて言っておきます)。

今の福島の状態は、爆発が起きなくても1年以上続くらしいし、海への放射性物質投棄は、その間ずっと続く可能性がある。最悪、まだ爆発が起きる可能性も十分残っている。調べれば調べるほど、アメリカにコントロールされた政府や財閥系企業、金融が中心となって、この原発行政を進めてきたこと、その過程の中で、マスコミも大学も、取り込まれてきたこと。医療崩壊や教育崩壊、年間3万人の自殺者も、同じところから発生してきたことがわかってくる。

なんてこったい。清志郎は、すごくわかってたんじゃないかな。放送禁止になったって? よし! 9・11のイマジンと同じになった!
私は、私のラブ・ミー・テンダーを唄うのだ。今までもずっとそうしてきたし、これからもそうするのだ。
とにかく、この闘いを続けよう。そして、みんな、子供たちの命を守って欲しい。原発を許してしまった今の大人は、もうどうなってしまってもしかたがないが、子供たちには別の道を歩ませたい。
そう思いつつ、これからずっと野外で暮らすわが家、たとえ西日本に限定したとはいえ・・・。
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