共同幻想試論

2011年03月31日(木) 1時42分
この際だから、考えてみよう。原発の問題は、国家とは何かを考えるいいチャンスだ。

国家というものを「推進力」として、明治以来「追いつけ追い越せ」をやってきた日本。そのこと自体は世界中も同じだと思うが、遅れてきた国家として、日本は世界の中でかなりがんばってきたし、だからこそ戦争にも突っ走ったし、戦後の今もある。それがつまり官民の一致協力というやつだ。ACがしきりに繰り返す「みんなで頑張ろう」というものでもある。それはついつい美しい言葉にもなりうるが、大企業と政府が国民をひっぱる言葉だったり、企業の幹部が社員をひっぱる言葉だったりすることが多い。これが、「推進力としての国家」。アメリカという国は、「誰でも成功できる」というアメリカンドリームを基盤にしている。英語も日本語も、夜中に見る夢と希望の夢とは同じ言葉だが、それは、どちらも幻想ということでもある。人は幻想なしには生きていけない。そして、その幻想が国家や企業に投じられる。しかし、そんな大きなものに幻想を投じる必要があるだろうか。もしくは、そんな大きなものに幻想を吸い上げられたいだろうか? じつは、福祉制度というのも、それがないといい人材が葬られてしまうとか、不平不満があまりに大きくなって先に進めなくなるというのが大きな理由で、私は推進力としての国家の役割だと思う。

次に、法治国家という側面。財産を守ったり、悪人を懲らしめてくれたり、外敵から守ってくれたりという国家だ。安心国家。今の情報操作にしても、「社会を守る」という名目で行われている。犯罪を取りしまり、死刑を行うというのは、ある意味、暴力に対抗するための暴力装置ということでもある。この暴力装置は、大きな安心のためにはどんどん大きくなる。大きくなればなるほど、暴力装置であることはだんだん見えなくなり、ソフトなシステムに見えてくる。もしかすると、死刑にしなくてはいい人を死刑にしたり、自分たちに都合が悪ければ、つぶそうとする。今日、上関原発工事では、反対運動をする島民に一日70万円の罰金の支払いが地裁の判決として命じられた。これなどは最たるものだ。長い国家の歴史を持つところでは、国家が悪いことをする可能性をよく知っているので、国家監視システムが作られているが、若い国家ほどそれは未熟だ。そして、アメリカや日本は若い国家だ。法律がまだまだ練られていない。

もう一つは、愛される国家。つい数百年前までは、日本という国家は存在しなかった。日本というククリができたのは明治以降だ。江戸はその過渡期で、ここを起点にしてしまうと、北海道や沖縄は日本ではなくなってしまう。もっといえば、いまだに過渡期かも。しかし、国家が国家としてまとめられるためには、国民意識が必要である。これを愛国心という。誰でも郷土愛は持っている。だから、国家はその領土をほめたたえる。そこが、国民の生活の場だからだ。そして、それは常にシンボルをともなう。愛されるべきシンボル。野球チームが自分たちのユニフォームを作ったり、リーダーを作ったり、マークを作ったりするのとまったく同じだ。日本では、これは天皇ということになり、国民のアイドル(偶像という意味)だ。選挙で選ばれた人は、しばしばアイドルの座からは失墜する。じつは、そういう合理的な理由からはアイドルは生まれない。好き嫌いは、必要かそうでないかではないからだ。たんに必要で生まれたリーダーは、アイドルには資格不十分で嫌われることが多い。とくに日本のような情緒的な社会ではそうだし、アイドルとしては天皇がいる。もちろん、沖縄は別の王朝を長く持っていたから、天皇を自分たちのアイドルにはしたくないだろう。

ほかにもまだ国家の存在理由はあると思う。そして、これらは互いに入り組んでいることだろう。しかし、これらをいったん、「なかったらどうなのか」と考えることもできる。果たして、今の文明や文化は、国家や大企業というものがなかったら、絶対にありえなかったのか。国家は必要悪だという考えもあるが、国家がなしえた有益さと害悪を天秤にかけると、私にはどうも害悪の方が多いんじゃないかという気がするのだ。たとえば、暴力団という集団がいる。この暴力団は、映画などでは広島に拠点があることになっている。広島に原爆が落ち、国家予算がその復興に投入され、その配分をめぐって暴力団は生まれたということを聞いた。つまり、暴力団は国家が作ったのだ。黒澤の映画「七人の侍」では、侍たちが農民のために野武士と戦うが、その野武士が武士のナレノハテである。七人の方がよっぽど珍しいからヒーローなのだ。

強いものが勝ち、強いものが法を作り、強いものが弱いものをコントロールする。これが、一番のベースにある。そこにできあがるのが国家であり、企業というものだ。常に社会はそういうふうに動いてきた。その原理に従う者が後に続く限り、たとえ原発がなくなっても世界は変わらないだろう。

ここから、「段階的無政府主義」という方法を想像することができるかもしれない。つまり、政府とか大企業というものを、少しずつ、解体していくのである。原発と同じで一気にやれるとは思えないが、100年くらいかければ、安全に消していくことができるのではないかと思う。

最終的には、国家がなくなる。日本銀行券がなくなる。法律がなくなり、刑務所がなくなる。税金もない。国境もないが、世界政府はない。国家がなければ、巨大組織というものもなくなりそうな気がする。村の鎮守の杜で事足りるかもしれない。

食品と水、2度目の安全基準値改悪

2011年03月27日(日) 23時50分
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110326ddm002040086000c.html
毎日JP26日。東日本大震災:食品・水、放射性物質の規制値緩和へ
 食品や飲料水に含まれる放射性物質について、内閣府の食品安全委員会は25日、暫定規制値の根拠となっている健康への安全性の許容範囲を広げる方針を固めた。これを受け、厚生労働省は現在より緩やかな規制値を策定する見通し。暫定規制値は厚労省が17日に策定。原子力安全委員会の「飲食物摂取制限に関する指標」を用い、水や食品から1年間に摂取するヨウ素を50ミリシーベルト以下、セシウムを5ミリシーベルト以下としている。だがその後、福島県内の原乳やホウレンソウなどから暫定値を上回るヨウ素やセシウムが相次ぎ検出され、厚労省は20日、同委員会に暫定規制値が妥当かの審議を諮問した。
 この日の委員会では「少なくとも50〜100ミリシーベルト以下なら健康への悪影響はない」との意見が相次ぎ、暫定規制値が厳し過ぎるとの認識で一致した。(以上、記事)

17日に、全国の飲食物に関する安全基準は、今までのWHO基準より10倍〜30倍に引き上げられた。暫定基準として。このこと自体疑問だが、どれだけきちんと告知されているか、報道されているか非常に疑問だ。今回は、さらにその基準値をまたあげようという。
これで、食べ物や水が一挙に安全になるのか? なるはずがない!
今日のNHKニュースでは、次々と水や野菜の放射能値が安全基準を下回りましたと報道している。
安全基準の方が変わったからだ。測定値が下がったはずがない。

一般人(放射能検査など受けない人)の年間の安全基準値は1ミリシーベルト/年。
現在、新宿屋外の放射能値は0.2マイクロシーベルト/時。
1万倍すると、2ミリシーベルト/年で、半年で年間の安全基準値を上回る。
しかし、放射線だけではなく、空気中の放射性物質を吸い込む内部被曝がある。(放射線量と同程度)
そして、水や食物から摂取する放射性物質が加わる。
これらの合計が被曝になる。つまり、3倍だ。
東京の屋外で生活し、東京で採れた作物を食べ、水を飲んでいれば、2ヶ月で年間安全基準値を上回る。
(子供は感受性が高いため、それを倍にするという考えもある)
数値だけが問題ではないかもしれないが、東京はすでに危険なのだ。
あまり屋外に出ず、水や食べ物に注意するのは当然だろう。
水や食品の安全性を下げるということは、さらに危険にするということだ!

福島はガンガン放射性物質をバラ撒いている。政府と東電とNHKは人殺し以外の何者でもない。
チェルノブイリの健康被害は少なかった? その調査をやったのは、重松逸造という放射線影響研究所の日本人だ。こいつは、水俣病はチッソと関係がないと言い、イタイイタイ病もカドミウムと関係ないと言い、スモンのときも出てきた人殺しだ。今日、同研究所の理事か理事長というのがNHKでのうのうと解説していた!
京都大学原子炉実験所今中哲二氏は、チェルノブイリ事故による死者を10〜20万と計算している。
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/tyt2004/imanaka-2.pdf
それは、緩慢な死なのだ。そして、25年たっても、まだ終わっていない。
民主党も原発推進派であり、電力会社出身、原発メーカー出身議員がウヨウソいる。
http://unitingforpeace.seesaa.net/article/126559297.html

こんな連中が、原発を管理できるはずがないじゃないか!
だから、今の事故が起こってるんじゃないか!
管理もできず、事故を起こし、責任逃ればかりやっている連中に、事故の処理ができるはずがないじゃないか!

私たちは、人殺しに命を預けるしかないのか?

今日は一日、芝居のことはなにも手につかず。
夕食は、アジの開きと焼きピーマン、カブの塩もみ、もやしのマヨネーズ和えに里芋の味噌汁。
もんじゅも女川も心配だ。。。

福島原発についての情報収集

2011年03月27日(日) 1時36分
原発については、主にツイッターから情報収集している。昔から脱原発運動をしている人たちが、いろいろと書き込みをしているので、そこから、それぞれのサイトを見に行く。
情報源として、役に立つかもしれないので、以下のサイトを紹介しておきたい。長山は、かなり信頼できるのではないかと思ってる。もう、テレビも新聞も信じられないという人に向けて。

サイト名「武田邦彦 (中部大学)」
http://takedanet.com/
原発事故の数値(シーベルトとかベクレルとか)の読み方、報道のウソなどを科学的根拠の上で解説してくれるもの。ただし、この人は原発推進派。安全を確保した上とのこと。もともと、原発にも係っていた人だが、その人が今の原発のことを非常に冷静に語っている。この人は、事故前の基準値にこだわっている人でもあるので、少なくとも大風呂敷の人ではないと思う。原発反対アレルギーの人に。

http://diamond.jp/articles/-/11514?page=4
昨年、原発事故の危険性を調べて本を出した人。『原子炉時限爆弾〜大地震におびえる日本列島』という本を書いた広瀬隆という、かなり年配の人。本は今手に入らない状態らしいが、事故直後に彼が書いた文章が読める。その後のことも含め、相当正しいと思う。原発安全神話から、一番遠い人。
http://www.ustream.tv/recorded/13509353
私のブログにも載せたが、その広瀬氏の講演の動画。2時間近くあるが、一度見はじめたら、やめられない。すでに7万人以上の人がこれを見ている。もちろん、長山は、脱原発だ。

以上の二人で、今の政府やマスコミが何をやっているのかが、だいたいわかった。

http://www.cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=1022
東京の放射能測定値。原子力資料情報室というところが作っている。政府筋ではなく、脱原発のグループのサイトだと思うので、信憑性があると思う。一日、何度も測定している。東京に住む人たちへ。

http://www.hattori-ryoichi.gr.jp/blog/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8E%9F%E7%99%BA%E6%A6%82%E6%B3%81_26.pdf
福島原発が、今どんな状況にあるのか。服部良一という社民党議員の事務所が作成。この議員のことはあまり知らないが、福島第一原発の1号機〜6号機までが、今どういう状況にあるかが、ある程度わかる。PDFなので、最新のものがリンクされていなければ「福島第一発電所 事故概況」でグーグル検索。

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/JHT/JHT9502.html
最後に、チャルノブイリ事故におけるベラルーシ(現場から300キロ!)の被害報告。
「完全に健康と認められる子供の割合は、61.3%(1987年)から18.6%(1992年)に減少した。一方、何らかの慢性疾患を持つ子供は、10.9%(1987年)から30.3%(1992年)に増加した。」

原発ムラ

2011年03月26日(土) 10時45分
今朝、大阪の読売テレビでは、いろんなことが全部暴露されるという番組があった!
NHKも政府も東電も安全委員会も全て「原発ムラ」であって、全て仲間だと。
「ドロボウと警察が同じ家に住んでいるようなもの」と、大声で言っている。
政府の発表は、「全てあとで何か言われたときの言い訳として考えられるだけ考えて発表されている」。
出てきている保安員は、TPPの担当で、原発のことなど何もしらない。
「枝野寝ろ、石原黙れ、菅起きろ」。
はじめてまともなテレビを見ている!

昨日、枝野が「自主避難」を言った。
真綿で首をしめるような「切り捨て」だ。「見捨てる」と言ったのだ。
菅は、「安全委員会の指示で全てやっている」という。
つまり、自分は何の責任も持たないと宣言したようなものだ。

原発は、どんなに経費がかかっても、それは自動的に国民からまかなえるような構造になっている。
だから、どんどん規模を大きくし、大企業であるほど参加したがる。
商社、金融、政府、マスコミ、広告会社、全てがグルになっている。
そんなことが、やっとわかってきた。
原発がなくても、電気は十分足りるということも、やっとわかってきた。
そのような技術を、日本はたくさん持っている。
世界中が今、脱原発を、原発政策の見直しが行われている。
肝心な日本は、まだだ。

福島には、チェルノブイリの10倍の燃料がある。
ドカンと行かなくても、それは燃え続け、放出されていく。
さきほど、テレビでは、今の状況が5年は続くだろうと言った。

チャルノブイリから300キロ離れたベラルーシでは、今でも放射能値の高いホットスポットが存在する。
そして、年を経るごとに、事故後遺症としての病が増えていく。
それらは5年後からはじまる。おもに子供たちだ。
25年を経た今でも、収まっていない。
日本は、チェルノブイリ被害を超える可能性もある。
情報操作と対応の遅れが続くなら。
津波という、今はもっと大きい被害にかくされていることによって。

小さく話題になっている水俣病裁判は、あと大阪訴訟で終わるという。
この病気が出たのは1956年で、今から55年前。
当然、水銀が出ていたのは、もっと前からだ。
企業も政府も、問題をずっとごまかし続けた。
今回の、いや、これから原発被害を、そうしてはならない!

世界一安全な国に住んでいるという、甘い幻想。
この甘い幻想を作り上げてきた構造の根は、かなり深いと思うのだ。
太平洋戦争がなぜ起きたのか、以上に。
なぜ原爆が日本に落ちることになったのか、以上に。
なぜ、あんなに沖縄に基地があるのか、と同等に!

私は、子供たちは少しでも遠ざかった方がいいと思っている。
それと、関東北部の人たちが一度に避難をはじめたときのことを心配してしまう。
全て東京を通るとなると、大変なことにならないか。
交通がマヒして、どこにも行けないことがわかったとき、パニックがおきないか。

そんな中、ホンはやっとラストにたどりつく。
何度書き直したことか。
最後の2ページはまだ変わりそうだが、ぜったいなんとかするさ〜

予感

2011年03月24日(木) 13時52分
大阪では彼岸桜が咲いている。
これが散った頃、ソメイヨシノが一斉に咲くだろう。

地震が起きてから、ずっと動揺し続けている。
その日、ちょうど台本をあげようとしていたのだが、その後手につかず、ここ数日、なんとか踏ん張って、書いている。
昨日は絶対に脱稿しようと思っていたのだが、ラストで思い悩んでしまった。
昨年は、2週間前だった。
あと3週間、今日こそなんとかするのだ。
しかも、書いているのは、喜劇なのだ。

政府とNHKは、ウソとごまかしを続けている。
中部電力は、上関で原発工事を続けている。
東京や千葉の水道から、ヨウ素が検出されはじめた。
私が一番心配するのは、実家があり、友人や知人が多い、関東だし、東京だ。
とくに、その子供たちが。

どこにも逃げることができなくなるとき、本当のパニックが起きる。
戒厳令の用意もされているのだろうか。
その前に、逃げることはできないのか。

ただちに影響はないという。
5年後には、影響を否定するだろう。
50年後に、やっと影響を認めることだろう。
その前に、逃げることはできないのか。

皆がついに逃げ始めたとき、茨城や千葉の人たちもまた、東京を通って逃げることになるのではないか。
逃げることができなくなるとき、本当のパニックが起きる。

リルケに「予感」という詩がある。
こんな詩だ。

私は旗のように遠方に取り巻かれている
下のいろいろな事物(もの)がまだ身じろぎもしないのに
私は吹きよせる風を予感し それを生きなければならない
扉はまだおだやかに閉じ 暖炉のなかもひっそりしている
窓もまだふるえず 埃りも重たくつもっている

そのとき私はもう嵐を知って 海のように騒めいている
私は身をひろげたり 自分の中へ落ちこんだり
身を投げだしたりして たった孤り
大きな嵐のなかにいる

(富士川英郎訳)

逃げろ!

2011年03月24日(木) 4時25分
私たち、野外劇団楽市楽座は、東日本での公演を全て中止した。子供を持つ親として、危険だと直感したからだ。
すごく後ろめたいことだが、テレビを見つつ、復興という言葉には非常に抵抗を感じる。
今、復興するときだろうか? まだまだ避難するときではないのか?

「まだまだ安全」という言葉が飛び交う。が、私はあえて、危険を叫ぼうと思う。
もっと遠くまで逃げろ、と。
少なくとも、300キロより、外へ!
安全という言葉、そういう言葉が出てくることが、一番恐ろしい危険を示していると。
そして、「復興」というポジティブな言葉が、危険をさらに増長する可能性のあることを。
それは、数年後にしか明らかにならない危険なのだ。

今のような状況であれば、私は自分の子供に、あそこの野菜や牛乳を食べさせることはないだろう。
バカなやつだという奴らには言わせておけ。
とにかく、もっと遠くに逃げろ!
それだけだ。

怖いのだ!

2011年03月24日(木) 3時27分
本も読んでいない。これもまだ全ては見ていない。でも、ぜひ見てほしい→【緊急報告】広瀬隆/広河隆一 「福島原発で何が起こっているか?」

ラプンツェル

2011年03月21日(月) 11時22分
昨夜はシシャモとほうれん草のおひたし、サラダ、味噌汁。一昨日は麻婆豆腐とチャーハン。
雨の中で、沈丁花がひっそりと咲いている。その匂いが大好きだ。

最近、洗い物も楽しくできるようになった。コツは、効率を求めず、食器を愛すること。わが家の食器はぜんぜん高いものではないが、やっぱり愛着がある。この食器たちを可愛がってあげる時間だ。なでたり、こすったり、拭いてあげたり。お椀ちゃん、気持ちいい? え? 気持ち悪い・・・?

あちこちに連絡して、東日本の公演中止を報告。すべて「そりゃ、もっともだ」というご理解を頂き、ほっと胸をなでおろす。ありがとうございます。

一昨日のラプンツェルは、いろんなことを連想してしまって涙、涙。やられた。ディズニーのアニメは、絵のタッチばまったくないCG。物語はやっぱりアメリカンドリームだ。けれども、最初の設定である「外は危険、ここは安全なんだよ」と騙されているのは、まさに今の日本にみえたし、ドロボウたちは反政府運動とまあ考えて、魔法の髪を切るのは、原子力を止めるなんていうふうにも読める。まあ、ホントは読めないのだが、物語の力というのは、巨大資本のストーリイなど、超えていくのだ。「メアリ・ポピンズ」なんて、スゴイと思ってる。このラプンツェル、娘を盗まれた王様はその悲しみで猜疑心の塊になり、民衆を弾圧しているという始まり方だと、もっと物語としてはハラハラ度が増すんだけどな。

東日本の公演中止

2011年03月19日(土) 0時34分

おいおい劇団HPやメールニュースでも公表しますが、私たち、野外劇団楽市楽座は、今年の東日本での旅公演を中止しました。
今年のスケジュールで言うなら、長野、東京(井の頭公園、東大和)、千葉、福島、仙台、新潟、秋田、札幌、旭川、紋別、この11ヵ所となります。

チェルノブイリの原発事故では、最大で300km離れたところにまで、強い汚染が拡がったといいます。(半径300km全てではありません、念のため)
私たちは、小学生の娘を連れての野外劇で、旅の間はテント生活になります。娘は守らなくてはなりません。
今、政府やマスコミからの情報はきわめて混乱しています。場情報操作の疑いもあります。
ですから、自分たちなりの情報収集と決断で、行動を決めるしかないと判断しました。
北海道はその範囲に含まれませんが、北海道に行くにはそこを通らなくてはならないので、やっぱり中止としました。
危険はおかさない、と。

また、これを決める時期として、まだ早いのではないかということも考えました。
しかし、受け入れてくれる人たちとの関係を考えると、引き伸ばせばそれだけ中止することが難しくなり、結果的に無理をしそうです。
同時に、家族の生計としても、今判断しておかないと、代わりの上演地を探すことができません。

そして、これは私たちなりの、ささやかなアピールでもあります。
パニックを言い訳に、これだけ「まだ安全」「念のため」といった情報操作を繰り返す東京電力と政府、マスコミに対し、危ないよ、怖いよ、という思いがあります。
いつまでも「最悪の事態」がどういうものであるかを示すことなく、そういった言葉を繰りかえすこと自体に、耐えられません。

すでに公演中止に関しては、ほぼ現地に連絡をし、そりゃあそうですよね、とご理解を頂いています。
私たちが行くことを楽しみにしている方々も、少ないけれどいらっしゃると思います。
ほんとうにすみません。
考えられるかぎり、いちばん弱々しい選択を、あえてしようと思います。
どうぞご理解ください。
そして、来年は「あれは杞憂でしたね〜」と笑いながら、お会いできることを祈っています!

この決心で、6月中旬から8月の終わり位までのスケジュールが、約2ヶ月ポッカリとあくことになります。
この期間も、西日本での公演をしたいと思っています。
もし、上演可能な場所がありましたら、ご連絡ください。
とくに、8月、和歌山から名古屋の間がまだアテもありません。

どうぞ、この決断にご理解いただけるようお願いします。

関西電力

2011年03月17日(木) 3時12分
今夜は、野菜と鶏肉と肉ダンゴ(昨日のハンバーグの残り)の煮物、ダイコンとノリの汁(黒いからスマシとはいえん)。

夕方に、関西電力の本社に行ってきた。
ひとつ、「原発ストーップ!」とでも発声練習してやろうかという思いである。
関西電力本社は、ひょっとすると原発の横とかにあって、大阪市にはないかもしれんとおもっていたのだが、やっぱり大阪にあった。
(原発は、ずっと遠い日本海だ。本社もそこに作ればいいのに。)
しかも! 4年前、オレらが芝居をした、科学技術館そばの空き地の真向かいだった! まるで芝居を見下ろすかのような巨大なビルだった。
その当時は、客席屋根あり、舞台のみ屋根なしの劇場で、外からは舞台は見えないのだが、このビルの上の方からなら、舞台は見えていただろう。
タダ見されたかもしれん。
この巨大ビルの中を少しうろついた。広いエントランス。上の方はホテルにもなってるらしい。警備員に、写真を撮ってもいいかと聞いたら、建物内はご遠慮くださいと言われ、素直に従った。
ナンバ歩きでウロウロする私は、ひょっとするとゴルゴにも見えたかもしれないが、自意識過剰だろう。けど、すごく人は少ない。
外も人は少なく、同士などもちろんおらず、ガードマンが同士になって欲しいくらいだった。しかも、今日の大阪は一度雪が降ったくらいに寒い。
原爆雲みたいなモニュメントやビルの写真を撮って、すごすご去った。
ここでの発声練習は、駐車場代もかかるし、人通りも少ないし、ちょっと危険かも。
とにかく、敵のでかさを物理的に理解した。
で、わが家から歩いていける(でも30分はかかる)、以前、滞納した電気代を払いに行ったことがある、関西電力三国営業所を見に行った。
う〜ん、ここならなんかアットホームだし、発声練習できるかも、だ。なんだか、子ども時代に住んでた電電公社の団地とか、学校みたいだし。
しかし、ちょっと「影にかくれてやっている」感もいなめない。
社員と友達になったり、近所のバアチャンとかと同士になる可能性はあるが。
もう6時で、皆さん仕事は終った気配でひっそりとしていて、発声練習は見送った。
私の暴動欲のはけ口を、どこにするべきか、まだ迷っている、52歳。

ところで、報道機関ではレントゲンキャンペーンなるものが行われているらしい。
(最近は、もうテレビはまったく見ないから、知らなかった)
レントゲンと事故の放射能を比べるというもので、安全性を語るものらしい。
このキャンペーンは、「あるマスコミは通常の何100倍と言っているが、レントゲンで言えば50分の1程度で、恐怖をあおっている」というものだ。
マスコミ批判という形のキャンペーンになっているのが特徴。
これからは、たんなる気休め報道ではなく、情報をいかに混乱させるかという報道に変わっていくのかもしれない。恐ろしいことだ。どんどん戦時中と同じになってくる。
しかも、身の回りでは、その戦争が見えない。

現地では、今日も餓死者と凍死者が出るだろう。動けなくなっている避難民に手は差し伸べられたのか、私にはわからない。
今、安全そうに思っている場所も、ある日突然、政府とマスコミに切り捨てられる可能性すらあるように思えてならない。

16日、アメリカ政府は、福島原発から約93キロ以内への米兵の立入を禁止した。
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9C81E2E2E3E2E2E3E58DE3E4E2E1E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;av=ALL
どれだけ装備しても、入るな、ということだろう。

もう寝ます!
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