風で中止!

2010年11月30日(火) 6時27分
あまりの大風に目が覚めてしまった。楽屋テントが揺れに揺れている。いちおう、小雨も降っている、朝の5時半。
昨日はウルマの楽日だったのだが、風のため中止にした。昼間、風来荘さんと片岡さんと共に、新聞社に宣伝に行って帰ってきたら、楽屋テントの入り口のジッパーが飛んでしまっていた。急遽ブルーシートを購入してふさぐことに。
東京から小黒君、大阪から沖縄旅行中という猪岡氏、そして近所のオッチャンと酒盛り。何人か「今日はないの?」とたずねてくれる人もあった。この浜辺でなければ、これほどの風ではないのかもしれない。
大宜味で聞いた話だと、このパイプ車庫というやつ、壊れるときには、巨人に殴られたようにペシャンとつぶれるそうだ。それ、想像がつく。シートがゆるめば、そうなってしまうだろうな。
うるまの3日目は、ひさしぶりに賑わったのに、残念! その前の日、白山さんがいろいろとアドバイスしてくれて、芝居にも、一歩前進があった。
発電機が一つつぶれて、修理に出して、帰ってきた。
明日は、一日で楽屋を含めてバラし、風来荘さんにお世話になり、翌日、金武町の宣伝にあてることにした。あと、金武町と今帰仁でこの旅も終わることになるが、できたらその後、那覇でやって終わりたいと思っている。
明日は多分雨のバラシ。デールさんというアメリカ人が、2回見てくれて、バラシも手伝ってくれるらしい。

明日からうるま公演!

2010年11月26日(金) 0時30分
沖縄県うるま市、今はすごい雨。楽屋テントの中は、シートが風でバタバタ、雨の音バシバシ。ウルマは「サンゴの島」という意味らしい。ここ1ヶ月くらいは、「うるま」というタバコを吸っている。250円なり。
ここは、すぐそばが海岸の砂浜。石川ビーチというところの、ちょっと円形劇場っぽい広場。昼間は曇りで仕込も終わっている。現在、池に水入れ中。今夜は白山さん宅でお風呂に入り、夕食をご馳走になった。テレビで韓国と北朝鮮の事件。これから、どうなるのだ。というか、北朝鮮の最後はいつ来るのか、どうなるのか。北朝鮮の民衆の行方がしのばれる。
裁判員制度でまた死刑判決。国家権力による死刑に疑問を持つ者としては、まるで市民に死刑の片棒を担がせる制度なのかと思い、腹が立つ。死刑で殺人が減ることはないだろう。
数学は、一度正しいとなれば、それが覆ることは永遠にないという。それは、前提が変わることがないからだ。しかし、物理学は、前提が変われば全てがひっくり返る。正しさなんて、暫定的なものだ。それは、いうなれば、感情の一つでしかないかもしれない。逆に言えば、感情的に正しいことが、今現在正しいことなのかもしれない。

今帰仁で追加公演が決定!

2010年11月23日(火) 0時05分
本日、今帰仁(なきじん)で追加公演が決まった! 大宜味で見てくれた、風来荘という宿を経営しているご夫婦が、宿の駐車場で公演させてくれることになったのだ。これをコーディネイトしてくれたのが、たまたま芭蕉会館のそばで声をかけてくれた方。今日、下見に行った。とてものどかな、いいところ。すぐそばに海と砂浜があり、天国みたいなところだ〜。

風来荘のHPはこちら。
http://www7.plala.or.jp/fu-rai-sou/
日記にうちの芝居のことも書いてくれてます。

レモングラスのお茶と手作りのシナモンロールをご馳走になってしまった。

12月10日(金)〜13日(月)まで。
もしかすると、その後もまた別の場所でできるかもしれないという話もあり。
まだまだ帰阪の予定が立てられない。

昨日は、12月最初の週にやるキャンプ・ハンセンの街、アクティブパークの下見にも行った。
ここはホントに米軍の街。
白山さんにハンバーガーをご馳走になったが、店の中のお客は、全て、色んな肌の色をしたアメリカ人たちだった。店員さんは日本人らしく、日本語が通じてちょっとホッとするくらい。

そして、夜は開演前パフォーマンスにフラダンスがあった。
フラダンス、のどかやった〜。

そして、本日は宜野座楽日。
お客さんは少なめだったが、子供らで賑わう。いや、これがけっこう悪ガキで、芝居中にブランコはキコキコこぐは、木の実を折り紙に包んで投げるは・・・。ついに、芝居中、キリコが注意していた。

沖縄は天気予報に関わらず、ふいにパラパラと雨が降る。今日も本番前に雨で、椅子が濡れたが、すぐにやんだ。

ここ数日、キリコは沖縄問題についての本を読み終えたようす。
私はビートルズの伝記を読んでいる。この旅の間、ずっとビートルズばかり聞いている。
ビートルズが提出した問題について、ずっと考えている。

さて、次はうるまの石川公園だ!
東京から友人も来るみたいだし、気張るぜい!

沖縄と米軍

2010年11月22日(月) 3時09分
沖縄は、基地をめぐって選挙戦の真っ只中だが、いろんな意見があるにも関わらず、基地に対する前向きな愛の姿勢はない。
政治的な話はともかく、芸能的には、もっと米軍と交流した方がいいと思う。
米軍を招待するイベントを、たとえば伝統芸能でやってもいいし、逆に、米軍は沖縄の人たちを招待するダンスパーティをするべきだ。
憎みあっていては、何も生まれないし、政治も変わらない。

沖縄は、米軍を飲み込むべきだ。米軍の引退者が、沖縄に住むようになるくらいに。

これは、政治的には不要なことだが、アメリカ軍の誰かに対しては、「日本を守ってくれてありがとう」の一言くらいあってもいいのだ。
私は、そこからしか話は進まないと思う。
あくまで、理想論でしかないが。

憎しみで人を駆り立て、票を集めようとするのは、いかがなものか。
それこそ、つまらないことじゃないのか?

私の基本思想は、憲法9条改正反対、日米安保はなくすべきである。
日本人は、ゲリラ戦を戦うことができるように、徴兵して、忍者教育を施すべきだと思っている。
たとえ占領されても、山にこもって、長期戦を戦えるように。
そうでないと、9条は意味がないかもしれない。


雨で中止!

2010年11月20日(土) 0時20分
昨日の沖縄タイムズに、けっこう大きな記事が載った。コザの初日に取材されたものだ。こっちは知事選挙でひょっとしたらもう掲載されないのかなあと思っていたので、うれしい。

で、今日なのだが、朝から雨。しかも夕方近くになってけっこうな降りになり、考えた末中止とした。まだ3日あるし。大宜味に続いて、初日が雨天中止だ。これまでずっと好天に恵まれていたんだけどなあ。

ここ宜野座は芝生の広場なのだが、そこに生えているガジュマルの大木の下に劇場をこしらえた。大きなコウモリを何度も見かけ、朝は鳥たちが合唱しているガジュマルだ。ちょうど舞台全体が木の下になった。一日たつと、座席はフンだらけ。ちょうど実が落ちる時期なのか、月の上はその実でいっぱい。枝がグネグネしていて、ちょっとクスノキに似ている。写真、まだ撮ってないけど、今夜、本来なら開演の時間に灯りをつけてみると、なんともいえない雰囲気になる。
最近は余裕を持って一日で終わる仕込が、ケコミのヨシズがだいぶバラけてきて、けっこう時間がかかり、今日も作業がけっこうあった。看板もたくさんつけ、久しぶりに、萌のアナウンス(けっこう上手)で、ハンドマイク放送しながら近所もまわった。けど、中止・・・。

スーパーなどに行くと、「これは傾けると汁が出ますので、別にしておきましょ〜ね〜。」と、大阪だったら「します。」というところを、「しましょ〜ね〜」と言う。これがなんだかすごくやわらかい言葉に聞こえる。幼稚園の先生みたいで、思わず幼稚園児にもどってしまいそう。
語尾の「サ」と「ネ」が特徴的な今の沖縄の言葉。東京弁もそうなのだが、どこか違うやわらかさがある。
ウチナーグチももうほとんど使われず、60代以下の人たちはもうわからなくなっているらしい。伝統芸能は盛んだが、いろんな文化が入り混じり、自然も豊富で、なんだか自由で気ままな風が吹いている気がする。平均所得は低いが、本土から戻ってきたり、住みつく人も多く、人口は増えている。

日向は暖かく、子供たちはTシャツ一枚で遊んでいて、萌はすっかり近所の子らと仲良くなった。日がかげると少し肌寒く、大人たちはジャンパーを着ている人もいる。夜はもう少し冷えるが、それでも、大阪の9月下旬くらいかな。

今日は大宜味で見てくれたYさんが、こっちの方に用事があったからと立ち寄ってくれて、チラシをだいぶ持っていってくれた。また見にきてくれるそうだ。
地元の人たちともいろいろ話し込んだりして、宜野座、楽しくなりそうだ。

明日こそ!

大宜味から宜野座へ

2010年11月18日(木) 1時26分
今日は、午前中に楽屋テントをわりとノンビリバラシ。天気も良く、Tシャツ一枚。近所のオジイから、なぜもう少し宣伝しないかと抗議あり。最近は近所への宣伝をサボっていたのだが、やっぱりもっと宣伝しなくてはと思った。あのオジイはたぶん見逃したのが悔しかったみたいだ。コザは大変だったが、大宜味で沖縄の人たちの芸能好きやノリの良さも知った。すぐそばの海もきれいだったし、村は静かにノンビリしていたし。

時間がちょっとできたので、2回目にベルギー人を連れてきてくれた「じんじん窯」の山上さんを訪ねた。山の入り口にあって、焼き物はユニークだし、私と同い年で、気さくな人だ。五右衛門風呂を作っていて、来年は入れてくれると約束。
山上さんから、沖縄のシーサーはけっこう新しく、中国から渡ってきたものらしいときいた。日本の狛犬は韓国由来で、どちらも元をたどるとスフィンクスらしい。
でっかいネコがいたのだが、沖縄では、ヤンバルクイナを守るために、ネコの去勢は無料だとのこと。ネコはけっこうな狩の名人なのだ。

沖縄には銭湯がまったくなく、シャワーですませる人が多いらしい。私は東北人並みに湯船好きなのだ。洗わなくても漬かれればいいくらい。逆に、シャワーなんて昔はなかったもんな。大宜味では、役所との交渉などをしてくれた前田さんの自宅にお邪魔してお風呂を使わせて頂いた。
前田さんのところは、芭蕉布に必要となる木灰を得るために、マキでボイラーをまわしているとのこと。これは昨日の話だが、前田さんからは、沖縄の風習や行政についていろいろ教えてもらい、興味深かった。
ノロとかユタとか、今も神がかってしまう人がいるそうで、いろんな沖縄の聖地を巡礼するという。また、米作には最初に除草剤として農薬を撒けば、あとは稲が育つ中で雑草は育たないとか、沖縄では年に4回は草刈をしないと、歩道が雑草で歩けなくなってしまうとか、これは内子で聞いたのだが、今の野菜は収穫の1週間前に農薬をやめるので、とても安全だという話を聞いたというと、流通している野菜は、とくにそういうことには厳格で、もし基準を満たさないと、地域ぐるみでもう売れなくなってしまうとか。

そして、大宜味(おおぎみ)村から宜野座(ぎのざ)村へギザギザと移動。途中、なぜかハイエースのETCが故障。まあ、ここは今、高速無料なので問題なし。同じ村だが、着いたのは芝生の公園で、周囲は民家で高台だし、なんだか高級住宅地っぽい。でも、公園の木にでっかいコウモリがキイキイと鳴き、近づくと小猿くらいあってマルマルしてて、ぶら下がりながらそっくり返ってこっちをジイっと見た。飛ぶとコウモリだとわかるが、ぶら下がってると、サルにしか見えない。
さっきバラした楽屋テントを、また作っていると、犬の散歩をしていた男性が、何かあるのと聞く。これこれこうでなどと話しているうちに、風呂はどうしてるのと聞かれ、風呂には苦労してますというと、明日の晩なら、入りに来たらいいとおっしゃる。初対面でなんちゅう気サクさ。ありがたや〜。

それと、もしかすると沖縄追加公演が実現するかも。大宜味仕込のとき、芭蕉布会館のそばで会った方が興味を示してくれ、楽日に来てくれたのだが、宣伝しましょうとチラシをたくさん持っていってくれ、追加公演の場所をまだ探していると言うと、探してくれるという。そして、もう候補地があがり、しかも大宜味で見てくれた人のところで、月曜に下見に行くことになった。
実はそれだけでなく、昨日コインランドリーに行ったところ、その近所の中古車屋さんが、車の寄せ書きを見て、うちでできないもんかと声をかけてくれた。まだどうなるかはわからないが、沖縄滞在、延びそうな気配濃厚。うれしいこっちゃあ。

あと一つだけ。キリコから、来年は芝居とは別に、ショウを作らないかと提案あり。それ、大変だけど、面白い。来年は新作芝居とショウの2本立てになるかも。もちろん、全曲オリジナルさ〜

芸は身を助く

2010年11月17日(水) 1時53分
大宜味の舞台バラシは、車検引取りがあったにも関わらず、一家でサクサク終わった。4時半だったので、お世話になったジンジン窯という工房へ行こうとしたのだが、萌の記憶があいまいで、行けず。おもしろい焼き物をいろいろしているところなのだ。そして、大宜味の2日とも来てくれたし。
さて、宮本常一の「忘れられた日本人」だが、沖縄へのフェリーで読み終えた。エキサイティングな本だった。土佐源氏はもちろんだが、記憶にとどめたいと思ったのは、昔、芸人は旅費がタダだったということだ。舟とかに芸をすることによって、タダで乗れたのだという。そこから、「芸は身を助く」という言葉も生まれたそうな。
沖縄でも、テレビもない時代には、村芝居がさかんだったということを、近所の方からきいた。沖縄をグルグルまわっていたという。そして、「ハナ」といって(花ではないらしい)、紙に包んだ投げ銭もあったという。
ここで公演しているあいだに知り合った人のツテで、もしかすると、12月にできる場所がみつかるかもしれもしれない。
それから、今日コインランドリーにいると、車の寄せ書きを読んで、ウチなんかでも呼べるかもしれないという人がいた。
それと、近所の方だろうか、もっと宣伝しなくちゃいけないとアドバイスもあった。
沖縄の人たち、ぜんぜんシャイとかじゃない。劇場作りでもいろいろ声がかかったし、けっこう気さくかもしれない。

大宜味、にぎわう!

2010年11月15日(月) 23時46分
コザはちょっとさびしかったが、ここ大宜味村ではにぎわった。初日は雨と風のために、中止したのだが、二日目は風もないで、暖かく、ほぼ満杯。子供たちからオバアまで。随所で拍手も頂き、盛り上がった。大宜味は焼き物をしている人や木工の人、芭蕉布を織っている人などアーティストも多く、そういう人たちが集まってくれた。
沖縄はシャイな人が多いと聞いていたが、なんのその、芝居中の拍手も多く、投げ銭も飛び交う。沖縄では、もともと紙に包んでお金を投げる風習があり、それをハナというそうだ。札幌で思いついた方法が、じつは沖縄にルーツがあったということになる。なんだかさ〜、感慨深いことさ〜。
ここは漁港で、すぐそばが海。だから、風が強い。テントがバタバタするし、初日には楽団テントが盆までとんだ。寝ていても、風が吹くたびにギイギイいうし、ちょっと心配だったが、なんとか大丈夫みたいだ。
こうして日本全国を旅していると、いわゆる都会といわれるところより、(まあ、かつての都会だが)、田舎と思えるところこそ、元気な気がする。ひょっとすると、意識も高い。沖縄では、皆がオキナワについてすごく語ってくれる。そして、文化的にもなんとなく豊かな印象がある。
お客さんにも面白い人が多い。
考えてみれば、ほとんどの芸能は、下の方からわきあがってきたものだ。アメリカ音楽は、黒人音楽がベースになっているし、日本だって演歌は韓国歌謡がベースなのだ。
ボチボチ来年のことを考える時期に入っているのだが、来年もどうにかやるぞ。
といいつつ、本日、ついにキャッシュローンに手を出した。こっちで車検も2台受けるし、なかなか大変!
沖縄に来れたことも奇跡みたいなもんだが、はたして大阪に帰れるか??? ただ今、12月いっぱいまで、沖縄公演場所を探し中です。

コザを終えて

2010年11月12日(金) 1時37分
沖縄市(コザ)の公演3日が終わった。
音市場の広場は、周囲を店が取り囲み、いわば中庭状態になっていた。声も反響が多く、初日はとくにセリフが聞き取りにくいといわれた。二日目は、天井のテントが開いて、だいぶマシになった。楽日はスタッフが音響の講座があるとのことで、柱にマイクをつけ、周囲にスピーカーを設置。たぶん自然な感じで声が届いていたと思う。
初日、二日目とガラガラだったが、楽日、開演直前に客席には一人もおらず、周囲に座っていた人たち(小さなテーブルとか椅子があって、オープンカフェのようになっている)にキリコが声をかけると、客席に座ってくれた。そして開演直後に、どこからともなく子供たちの団体が現れて、けっこう一杯になった。
来てくれたお客さんたちには楽しんでもらえたと思う。投げ銭もはずんでくれた。
それでも、コザ、苦戦。なにしろ人数が少なかった。ここでは、ミュージシャンが来ても、お客さんがノってくれない、そしてまた、人が集まらないところだというウワサを聞いた。
コザという地名はなくなったようだが、以前はかなりの歓楽地だったようだ。けれども、今はアーケードの中は真っ暗で、まるでゴーストタウンのようだ。鳥取駅前のアーケードもシャッター街化していたが、ここのアーケードは電気もあまりついておらず、だてにアーケードになっているため、昼間も暗いのだ。飲み屋街も閉まっている店が多く、ウロウロしている人も少ない。パークアベニューというちょっとオシャレっぽい通りも、ガラガラだ。過疎化した都会のように思えた。
このあたりを車で走っていると、基地がいつも道の横にある気がする。泊まっていたあやかりの杜からは見晴らしがいいが、その見晴らしの半分以上が基地だ。そこは芝生が植えられ、建物と建物の間がたっぷりとあり、街灯がオレンジ色をしている。今、沖縄は知事選挙の真っ只中で、その争点はもちろん基地問題だ。
「フェンス、フェンス、フェンス! どこ行ってもフェンスばっかしだ!」というセリフは、かつてのエンドンのセリフとして書いたのだが、沖縄はまさにフェンスだらけだ。この基地の中には、きっと先祖の墓なんかもたくさんあったことだろう。古くからの神々の土地もあったはずだ。
ニッポンに傷つき、アメリカに傷つけられ、もしかすると私たちもヨソモノなのかもしれないと思ったりもする。

さて、明日は大宜味村だ!

濃密なオキナワ

2010年11月07日(日) 1時05分
4日、木曜日には、まずはうるま市の白山英雄さんのお宅にお邪魔。白山さんはもと劇団青俳の役者だった方で、沖縄5カ所のうち4カ所を探して頂いた。そして、最初の上演場所である音市場に案内してもらう。ここは沖縄市の中心地にあるビルの中庭のような場所だ。もともとコザといったところで、基地の街だ。ここから沖縄公演がはじまるのは意義深いことだ。メキシコ&ペルー料理店でタコスをご馳走になり、夜も白山さん宅で奥さんの手料理をご馳走になり、そして開演前パフォーマンスをして頂く伊波貴子さんのベリーダンス教室を見学させて頂き、そして石川公園のすぐそばの飲み屋さんでまたまたご馳走になった。パパイヤとかドラゴンフルーツとか沖縄豆腐とスクガラス、そしてもちろん泡盛も。

楽屋テントを建てる場所が見つからなかったため、この日は那覇の安ホテルに宿泊。これがすごく安いホテルだったのでちょっと心配だったが、ぜんぜん大丈夫だった。朝9時に出るとき、受付のニイサンがソファでいびきをかいていた以外は。このニイサン、夜の11時に到着したときも、Tシャツで受付ロビーのソファにいたけど。フェリーに風呂がなかったので、3日ぶりの風呂。

5日、FMコザに皆で出演。コザの商店街をちょっと歩いたが、まだ午前中だったためか、それともかなりシャッター街化しているのか、閉まっている店が多かった。やはり、ベトナム戦争も終わり、そしてリーマンショック後の円高で、かなりきびしい感じらしい。沖縄の歴史を展示しているスペース、そして戦争写真を展示しているスペースがあり、見学。音市場に再度打ち合わせに行ったところ、コザで、いや沖縄で一番有名なロッカーであるというウワサの「かっちゃん」に会う。60を過ぎていて、長いヒゲで、目がキラキラ〜。なんかいろいろ話してくれて、それがまたエンターテイメント。まだ唄は聞いたことないのに、最後はすっかりファンになって、キリコと萌は並んで写真まで撮らせてもらった。

その後、結局あやかりの杜に戻り、6人用テントを借り、ここに1週間滞在することに。ちょっとした山の中だが、目の前は広大な基地。夜は虫の声がうるさい。そうそう、沖縄ではまだセミも鳴いている。川にはたぶんガジュマルの小さな木が、足を開いたようなかたちで水面から立っている。最低限の荷物を運び、やっと自炊生活に戻った。米をトラックに積んでいたままのため、この日は沖縄ソバ。キャンプ場に宿泊するのははじめてだが、炊事場があるのがうれしい。洗いもの天国だ。夜には、寅さんの「ハイビスカスの花」をレンタルして車のナビで見た。前半笑い転げ、後半はなんともいえない。

今日は一日ちょっとゆっくり。朝はトーストと白山さんから頂いたスパムのステーキ。ここの施設にある図書館などものぞく。昼には久しぶりに飯を炊き、買ってきたグルクンの刺身。うまいっ。そして、夜は白山さんご夫婦の案内で読谷まつりへ。巨大ステージでの踊り、タイコ、琴、三線。芸能の沖縄だ。屋台で紅芋の焼き芋、魚とモズクの天ぷら、紅豚の豚マンを食す。それぞれ、ちょっと甘い。会場の外ではストリートダンス大会。白山さんは、まだここでもやれる可能性があるという。

ここから広大な基地、ほとんど住宅に見えるがスカスカに建てられている(贅沢に土地を使っているともいえる)のオレンジ色の街灯を見ていると、沖縄人たちの怒りや複雑な心と共に、基地に連れてこられている若いアメリカ兵たちの孤独も見える気がする。

さて、オフも終わり、明日はいよいよ仕込だ。明後日は初日。沖縄での1ヶ月あまりは、とても濃密な時間になりそうな気配。
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