感謝の日々

2010年09月30日(木) 0時47分
昨日はCQから師匠と塚本さんがバラシ手伝いに来てくれて、無事に5時までに地ならしまで完了できた。ありがたや〜!
本日、高知八幡宮に到着。すごく親切な神社で、積み下ろしまで手伝って頂いたし、銭湯やスーパーがどこにあるかまで調べて頂いていた。ありがたや〜! なんだか小さなお祭のような、楽しい公演になりそうだ。高知駅も近い。
楽屋テントを作り終えた頃に、高知演劇ネットワークの岡村さんがたずねてきてくれた。一緒に晩御飯。いろいろと宣伝強力してくださっていて、新聞にも掲載された。ありがたや〜!
岡村さんに見せたのが、これ。東京公演の初日を、武蔵野三鷹ケーブルテレビが取材してくれたもので、東京のイノちゃんのおかげで、YouTubeにもUPすることができた。ありがたや〜! 初日の模様をニュースとして編集したもので、4分くらいある。たった4分のために、一本の芝居を何時間も取材してくれたなあ。ありがたや〜。

http://www.youtube.com/watch?v=pPeSRYvCW90

そうそう、ずっと書くのを怠っていたが、大分の場所が先日やっと決まった。大分の中心地にあり、いろんなイベントも行われる公園。これに尽力してくれたのが、「おおいた演劇の会」「演劇集団P-nuts」の制作、久原(くばる)さん。ありがたや〜! まだ会ったこともないのに。久原さんは、北九州の谷瀬さんの紹介だ。谷瀬さんには、もうホントに足を向けて寝られないほどだ。
ああ、感謝の日々。

さあ、瀬戸際の10月へ!

2010年09月28日(火) 1時56分
本当に久しぶりの雨の上演。しかも、開演前からけっこうな降りだったのだが、お客さんは来てくれた。半分くらいは見知った顔。通りすがりで立ち止まってくれた人も、けっこういた。ギターも三味線も、すぐに音が狂ってしまう(たぶん弦が水を吸ってしまうため)のが大変だったが、雨は雨でノリノリになってしまった。元水泳部だし。演じているこちらよりも、お客さんの方が大変だっただろう。ほんとにありがとう。これで大阪4日が無事終了。

大阪では連日友らが差し入れを持ってきてくれ、毎夜飲み会になった。久しぶりの顔に、話がはずんだ。やっぱり地元です、大阪。大阪の街は活気に溢れ(どっかの歌詞じゃないが)、銭湯でも声がたえない。みんなよく喋る。一人で歩いている人も、独特の表情があって、気持ちが顔に出ているのが大阪だ。
昼間に、舞台の作り直しをしていたら、「昨日はよかったで、ありがとう〜」と声をかけてくださるおっちゃんがいて、ジーンときた。ここ扇町公園は、通りすがりの人がずいぶん来てくれたのだ。

そ、そして、ナント、今日のアンケートに、私のことを「カッコ良すぎる!」と書いてくれた人が現れた! しかも、23歳の女性である。思えば、福島のヘルスセンターで大衆芝居を見ていらい、「二枚目の男がいない芝居なんて、芝居ではないのではないか」と思い当たってからというもの、なんとかヘタでもいいからカッコよくなれないかとメイクを工夫したり、努力を重ねてきた。その苦労が実りつつあるのか? まあ、二枚目でなくてもいい。カッコよければいい。若い女たちにキャアキャア言われたい。これは個人的な話ではなく、演出として、そういうオレが必要だ。と、思ったのだ。その後、千葉でヒデキのドキュメントをテレビで見て、ヒデキ(もちろん西条)を目指してきた。これ以上書くと、きっとバカにされるので、このへんにしておこう。

これで、正念場の9月が終わった。なんとか、それなりの成果はあがった。

ぐっと寒くなって、これから四国・九州・沖縄だ。実はこれから2ヶ月は、もっと気持ちを引き締めてかからねばならない。9月が、この旅をやり終えることができるかどうかの正念場だったとすれば、これからは、来年も旅を続けることができるかという、「瀬戸際」だ。このハードルは、現状ではあまりに高い。どう転んでも、なんとか来年もやるつもりがあるが、今のままではかなり危ない。まさに、瀬戸際。

もうアカン

2010年09月25日(土) 0時55分
盆のオモテのコンパネがもうアカン。ハシがベロベロにはがれ、12ミリのコンパネが何枚もの薄いベニヤに分離しつつあり、それが反り返ってきた。今日、ビスで縫うようにしてなんとか処理したが、これはかなりのダメージを与えることにもなる。以前、ちょっとめくってみたが、どこまでもめくれてしまい、ますます事態を悪化させるだけに思えた。中央の四角いコンパネだけでも大阪で作り直そうと決心。
それと、どうも池が水漏れしているような気がする。中央の心棒の台の周囲が傷ついて、大阪の仕込の時に、ずいぶん補修したのだが、なにしろ雨が降った後だったし、ちゃんと補修できていない可能性もある。小さい穴がたくさんあいていたのだ。もちろん、たんに水の入れすぎという可能性も残っている。明日、水がぐっと減っていたら、またつぎ足すほかない。大阪バラシか、次の高知の建て込みのときにピーカンになって、うまく補修できればいいのだが。
パイプ椅子も、中の板が腐り、そのうちズボっとオケツがはまりそうなものを発見。雨が降ると、中に雨がたまるようで、次の日には、背もたれにもたれると、水がジワっと出てくる。そのせいで、うちのパイプ椅子はやけに重い。
なにしろ、24箇所目。そろそろ満6ヶ月になる旅だ。あちこち痛む。交換できるものは交換してきたし、補修もしてきた。最近は大事にそろそろと仕込んでバラしている。お手伝いの人にも、それを一番優先して欲しいことを伝える。
しかし、あと2ヶ月ある。大丈夫か? 最後までいけるのか? それと、最後まで行けたとして、来年、どうする? いや、来年のことは来年考えよう。どうにかなるさ〜。

今日は大阪初日。懐かしい顔ぶれ。年一回の大阪公演ということには変わりないのだが、なんだかもう懐かしい。
けど、ブラリと見てくれた普通の方々もいて、うれしい。ちょっと寒かったせいか、子供が少なくて残念。昼間はあんなに興味シンシンだったのにね。差し入れがあったので、芝居仲間たちと軽い打ち上げ。

劇場内、持ち込み飲み食いOK。晩御飯を芝居見ながらいかが? 

センチメンタル・オーサカ・モダン

2010年09月24日(金) 1時06分
今朝は、すごい豪雨とカミナリで、4時すぎに目を覚ました。カミナリの音でビリビリと振動が伝わるくらい。テントには私だけ。萌がすっごい久しぶりに学校へ行っているからだ。といっても、今日は休みで、友達と遊ぶためだが。
それに、急に寒くなった。今日の作業も半そでに半ズボン、ハダシにサンダルではじめたのだが、途中長袖を着込み、雨もやんだというのにカッパを着込み、靴下を追加し、最後は長靴をはいた。大阪でご来場の方は、ぜひ上着を!

すぐそばが繁華街だというのに、このところ自転車操業のため呑みにも行かず、楽屋テントで一人ギターの弦の張替えとか、電池の交換とか。今日建て込みはほぼ完了したが、これも二人だった(夕方、田口さんが来てくれた)し、地元だというのに、なんだかさびしい。いや、誰かに手伝ってもらいたいというわけじゃないのだが。
そのくせ、ここ扇町公園は、ついさっきまで花火で若い連中が盛り上がっていたし、ほとんど常にパトカーのサイレンの音がする。真夜中でも本が読めそうなくらい明るく、ハイモダンなのだ。それが寒さとあいまって、いっそうセンチメンタルを誘う。

大阪というのは、フシギなところだ。すんごい庶民的で、安い飲み屋やホームレスも多く、そのくせやけにモダンなところがある。伝統なんてクソクラエで、原色の服が年中売れる。そんな大阪が私は好きだ。

高校3年夏の四国一周一人旅の帰り、大阪駅で少女マンガを読んでいたとき、オッチャンに「親戚の家に泊めてやるで」といわれてついて行った先が、大阪城公園の中のプレハブ2階の飯場、大勢の労働者がズラリ寝ているところで、フトンが汚れるからジーパン脱いでな、といわれて素直にそうしたら、隣に滑り込んできたオッチャン。あれがはじめての大阪だったっけ。。。たぶん、そのオッチャンの年齢になってるな、オデ。日影じょーじみたいなダミ声だったっけ。今思うと、けっこう優しかったかもしれん。大声出しますよと言うと、朝までただべったりくっついているだけで、翌朝手をつないで散歩して、自販機があればカップ酒を飲み、歩道で集会している労働者たちに小遣いをやり、彼らからシワシワのミカンをおごられ、気をつけないとホンコンに売り飛ばされると脅され、最後にもう一度プレハブの階段で小さなナイフで脅されたが、少しも怖くなかった。突き飛ばして、預けていたコインロッカーの鍵を奪って逃げた。

ここ扇町公園は、もともと刑務所の跡地だと昨日知った。大正時代に公園になったらしいが、その後公園になったが空襲でずいぶん防空壕の中で焼け死んだりしたらしい。この公園が改装されるとき、全面きれいな公園になってもう野外劇には使えないかもしれないというので、犯罪友の会の武田さんの呼びかけで、関西野外演劇連盟が生まれた。そして、関西野外演劇フェスティバルがはじまった。それも今年で10回になる。初回から全てに参加している。
大阪に来て30年以上になるが、大阪に来たから今日があるんだな。空のてっぺんに満月!

奇跡の放生会

2010年09月21日(火) 1時26分
放生会の千秋楽は、奇跡だった。

椅子席は満席。そして、その周りにぐるりと立ち見客。芝居がはじまると立ち見客が増えてくるのは毎日だったのだが、たいがいその人たちは入れ替わり立ち代りになり、投げ銭もあまり参加してくれなかった。けれども、楽日は違った。その立ち見のお客さんたちも投げ銭をしてくれ、けっこう最後まで見てくれた人たちがいたと思う。入れ替わりもあったかもしれないが、70席しかないのに、ずっと200人くらいの人たちが見てくれていたのではないだろうか。
楽日は結局マイクをあきらめ、いろんなことを今までどおりのスタイルを貫くこととし、アダチ宣伝社のアダチさんも初日とほぼ同じ段取りだったから、落ち着いてやれた。前説からなんだか楽しくて、いつもと違う言葉が出てきたり。演技中も楽しんでやれて、その楽しんでいる自分が見えた。たいたい以前、CQの塚本さんに、「ちんどんミュージカル」と評されただけに、アダチさんとの相性がいいのはわかっていたのだが、そのアダチさんをコーディネートしてくれたのは、東京で一回だけ見てくれた上海の支那海さんなのだ。
博多の10日あまりには、いろいろとあって、祭の喧騒の中ということもあり、芝居も試行錯誤の連続だった。それが、楽日には全てうまくいった。祭の喧騒でさえ、まるで「鏡池物語」の背景で必要だったものになっていた。投げ銭もだ。祭にヒトハナ添えることができたのでは、と自負したい。

終演後は久しぶりに打ち上げ。支那海東さん(この 筥崎宮での上演を勧めてくれ、取り持って頂いた)はじめ上海素麺工場の劇団員の方たち(毎日、呼び込みなど本当にお世話になった)、衣裳の徳島洋子(次の日のバラシも手伝ってくれた)ちゃん、北九州からは谷瀬さん(3度も来て、毎回呼び込みまでしてくれた)、再び来てくれた薙野さん、ずっとベルギーにいた画家の方など。一番酔っ払ったのは私だろう。支那海さんが差し入れしてくれた日本酒、「極上黒松剣菱」だったし。酔わずにいられようか。
芝居が成立すること自体、ずっと奇跡だと思っているが、ほんとに奇跡の放生会だった。
はじめて見る劇団の芝居に、笑い、手拍子、劇中の拍手、そして投げ銭。そういうこと自体も奇跡だろう。

翌日(昨日)、全てバラシ。暑くて7時までかかる。他の店は夜中にバラシていたところもあり、朝には半分なくなっていた。いったい何件の出店があったのだろう。1000件くらいあったのではないか。
夜は、上海の稽古場に泊めてもらう。支那海さんはじめ劇団員の方たちも集まっていて、話に花が咲く。「羅天」という舞踏と芝居のコラボレーションのビデオを見せてもらう。楽しい大人の、贅沢な遊びだ。支那海さん(60すぎ?)、天津さん(50代位かな? )、そして舞踏の上杉満代さん(この人スゴイ! やっぱり私より年上のはず)の3人が、色気たっぷり。支那海さんとは、芝居に対しても、いろんなところで話が合い、ぜひ本公演を見てみたい。

今朝はもう一度現場へ。掃除が暗くなってしまい、全体を確認できなかったため。博多にはカラスがいないのかと思っていたら、今朝はハシブトガラスだらけだった。そういえば、到着したころはツクツクボウシが鳴いていたが、途中から蝉は鳴かなくなり、トンボが飛び交うようになった。

今日、11時に博多を出発。連休の渋滞もあって、11時すぎに大阪自宅着。
明後日(水曜)の午後から、扇町公園で仕込みだぜい。

今日になって、声が枯れてる。7日連続、しかも、周囲の喧騒すごかったしなあ。
今まで役者紹介だけで枯れてしまうノドがよくもってきたものだ。
あと、仙台以降、本番がマトモな雨になったことがない。もう2ヶ月も。

9月16日

2010年09月17日(金) 11時51分
8時前に起床。寝不足を感じながら、トラックを祭りの外に出すことに。夜に風呂に行くためだ。ここの祭は昼の12時くらいから夜11時すぎまで続く。とくに夜の人出が多い。その間車を出すことができないのだ。
トラックを外に出すついでに、パンクしたままになっているスペアタイヤをオートバックスで交換。すぐそばのホームセンターでビスなど補給。ダイソーもあって、マイクやギターに使う電池、石鹸を入れる箱、メイク用に丸筆など購入(ちゃんと使えた!)。
ついでにコインランドリーと銀行にも行くことに。コインランドリーに洗濯物を放り込み、博多駅前の銀行へ。とにかく小銭が重い! 健康保険料も払った。
コインランドリーで乾燥している間に、ちょっと読書。それから、やっと駐車場に入れたら、もう2時。
近所のスーパーに歩いて行き、晩飯、蚊取り線香、氷とお茶を購入。椅子並べと舞台の掃除。ちょっとだけ休憩。
メイクして、食事。サンマと筑前煮、ゆかりのお握り。全て出来合いのもの。
楽器のセッティングをして、6時半。やっと開場だ。と言っても、誰でも出入り自由なので、こっちの問題だけだが。このとき、お客さんは一人いらしたが、開演まで30分近くあると聞いて、外に出てしまった。
開演直前はお客さんチラホラ。どうなるかなと思いつつも、開演前の定番「ダンゴムシ」を歌っているうちに、少しずつ増え、投げ銭の歌を終えると立ち見客がズラリという状況。
昨日は結局最後は全員マイクなしになった(混線があったり、萌がスイッチを入れ忘れたり)が、なんとか芝居は届いた印象。
かなり寄っている人がいて、何度も客席から大声。終演後もどうたらこうたらがあったが、投げ銭ははずんでくれた。
片付けて、投げ銭を勘定し、アンケートボートをセットして、風呂へと出たのが10時半すぎ。車で博多駅のそばまで行き、11時到着。風呂が12時までなので、この日はゆっくり風呂に入れた。都湯。
コンビニに寄り、朝飯とカップアイスを購入し、楽屋テントへ。


萌、夏休みの宿題ラストスパート中。
今日は、ちょっとゆっくり。芝居が終わってから、オバケ屋敷に行く予定。
あと2日だ!

祭の中で

2010年09月15日(水) 9時36分
祭の中ということもあるのだが、なかなか日常が取り戻せない。
車が動けず、風呂に行くのも一苦労。洗い物ができず、食事もなかなか自炊できず、乱れがち。
睡眠時間も減っているし、一日中働いていて、ホッとする時間があまりない。
果たして1週間の放生会を乗り切れるのか。

お客さんの人数は多い。立ち見客も出る。
しかし、その割には売上がイマイチだ。祭の中ということで、ある程度予想していたが。
「ちょっと見」のお客さんが多いのだ。そのお客さんたちを引き込み、感動を与えるのは難しい。たんに笑いや盛り上がりでは、大きな投げ銭にはならないことを痛感する。
2日目、3日目は、谷本さんとワタルさんのユニットが参加してくれて、盛り上がったのだが。
3日目には、楽団テントの位置を動かしてみたし、マイクもつけてみた。エンジニアがいないので、なかなかうまく行かなかった部分もある。セリフは聞こえるが、どこか芝居は散漫になった印象がある。ライブから映像になってしまったような。
ただ、遠くのPAの声が近所のマンションに反射して、かなりうるさいのだ。初日、2日目はなんとか生声で頑張ったが、マイクも一つの挑戦だ。マイクをつけての芝居ははじめてだが、マイクというものが芝居をどう変えるのか。そのことにも興味がある。
今日は久しぶりに3人だけの上演となる。そこでのマイク上演はどうなるのか。もう一度やってみたい。

祭では、集客が問題なのではないのかもしれない。
「客をつかむ」ことができるかどうか、だ。芝居っていうのは、そういうものだろう。そうでなければ、たんなるショーに堕してしまう。
「もっと短いダシモノにしては?」というアンケートがいくつかあったが、それは違う。
本来なら、一晩中上演できるような、そんな長大なものこそが祭にはふさわしいのではないか。

折り紙オヒネリは飛び交っている。
オヒネリはどこに向かって投げられているのだろう。
とても、私たち自身に向かって投げられているような気がしない。
それこそ、「芸能」のようなものに向かって投げられているような気がする。
おそらく、この放生会に来て、屋台でちょっと高めの食べ物を買って食べるときも、そんな何かに触れている。
祭というものが持つ、何か。
それは、「表現」などとは違う、芝居が本来持っている何かでもあるだろう。
このザワメキの中で、その何かをもっと掴めれば。
そのために、祭りに酔うことなく、醒めたアタマで芝居を打つ。

あと、4日!

放生会、初日!

2010年09月13日(月) 8時16分
放生会の初日は、立ち見がでる大盛況。上海素麺工場の支那海さんがいろいろと案内してくれたおかげだが、アンケートを見ると、お祭の流れできくれた人もたくさんいたようだ。オヒネリたくさんに感謝。立ち見も含めれば、100人くらいだったかな。投げ銭は、祭りによく似合う。

スペシャルゲストのチンドンのあだちさん(アコーディオン、ちんどん太鼓)も、息ピッタリで、オレらやっぱり「ちんどんミュージカル」かも(かつで塚本さん命名)。薙野さんが「福岡演劇の今」に、感想を書いてくれている。

http://f-e-now.ciao.jp/

祭前夜の行列は、「おはじき」のためと判明。ガラスではなく、素焼きのおはじきらしい。おはじきのための徹夜で難民状態の数百人というのも、なんとものどか。
放生会は昼間もたくさんだったが、夜になっても人は絶えず、11時すぎても、けっこう出店があいていた。うん、その頃まで飲んでた。透明ガラスの電球をみんな使っていて、その眩しさが祭の効果をあげている。

ノボリ2本つなぎは、開演前の雨で折れた。けど、その豪雨は、芝居がはじまる前にはいったんやんで、前説あたりでもう一度パラパラきたが、帰る人もなく、すぐにやんだ。またまたラッキー。

いろんな地方からテキヤさんたちが集まっている放生会。私たちもそんな人たちの仲間になれたらなあと思う。ほかの食べ物関係の出店に比べると、面積は広いし、夜だけだし、効率は悪いかもしれないが、ちょっとした花を祭りに添えることができているかもしれない。

早朝からまたどしゃぶりで、それで起きてしまったのだが、もうやみかけているかも。

祭の前夜

2010年09月12日(日) 2時27分
9月10日(金曜)
本来なら、いつもより多い金土の二日間は休日になってもいいはずなのだが、やはり細々としたことがいろいろと。午前中、舞台回りをちょこちょこと作業し、折り紙を買いに行ったり。昼からは、初日にあだち宣伝社の安達ひでやさんがアコーディオンとチンドンで参加してくれることになった(この場所をお世話してくれた、上海素麺工場の支那海さんの紹介)ので、その打ち合わせ。その後、志賀島へ夕日と三日月を見ながらドライブ。支那海さんにサザエ丼をご馳走になる。それにしても、昼間は、ムチャクチャ暑い! 朝夜はちょっと涼しいが。

9月11日(土曜)
やはり昼間はすごく暑い。ローソンでビニールに入ったカキ氷を発見。65円と安い! 昼にヨーコちゃんが直した衣裳を持ってきて、マクドへ。投げ銭で優待券をもらったためで、昨日も行ったのだ。贅沢に注文し、涼む〜。
昔、東京で自由劇場と関わったこともあるという女性が、ビールの差し入れ片手に、うちの下見にいらしてくれた。ネットで見たという。こんな方も待ってくれている!
九州大学医学部そばのコインランドリーでちょっとノンビリ洗濯。

夕方から、あだちさんとも相談しつつ、ピンマイクを試してみたが、あまりいい感じにはならない。とりあえず初日はなしでもいいかということになる。なしでやれればそれが一番いいことは確かなのだ。チンドン太鼓とアコーディオンは、やっぱりうちとよく合う。昨日の打ち合わせよりチンドンを増やすことに。にしても、さっとイメージを掴んで色々と演奏してみせてくれるのはサスガ。支那海さんはじめ、上海素麺の方々多数見学。普段着、ノーメイクだったので、なんとなく照れくさい。チンドン太鼓をちょっと叩かせてもらう。太鼓は手作り。みなさん、手作りしているそうだ。

中州のそばの銭湯には、立派な刺青のご老体がいた。あれは牛若丸だったかも。
夜中の帰り道、吉野家で遅い夕食。

木曜にはまだまだ少なかった出店だが、明日の本番を前に、びっしり参道を埋め尽くした。オバケ屋敷とか見世物小屋もあるが、うちはそういうイベント系の広場とは反対側の普段は駐車場のところ。お間違えなく。
その筥崎に帰ってくると、参道に行列。まるで難民のように寝ている人も多数。明日の朝に向けての徹夜組の人たちだろうが、いったい何のため? まさか、お参りのため? それとも、誰かが来るのかな。聞けばわかるんだろうが、まあ、いいや。祭りの前夜。祭りの準備にずっといたのははじめて。思ったほどワイワイでもケンカがあるでもなく、皆さんモクモクとした仕事っぷりで、互いに譲り合って礼儀正しいテキヤの人たちだ。

明日は、初日。どうなるか、ワクワク。どうにか見つけてもらえるように、ノボリを2段重ね(いろんな店がそうしている)に挑戦してみるか。

筥崎宮にて

2010年09月10日(金) 2時15分
9月7日(火曜)
 9日には現地搬入するため、一日で楽屋と劇場をバラし、大阪まで移動しなくてはならない。結構タイヘンだが、紋別で5時には終わることができたため、なんとかなるだろうと思っていたが、思わぬお手伝いが何人もいて、バラシはサクサク進む。3人は中学時代の友人で、イノちゃんとヤツは、岡山にも長野にも来てくれて、東京公演を大成功にしてくれた、いまや楽市の協力助っ人。もう一人も中学時代の友人で、身長190センチを超えるバレー選手、通称ドカタ。そして、驚くことに、パントマイムの清水きよしさんご夫妻も来てくれた。作業の楽なこと、楽しいこと。人数に甘えてわりとノンビリ作業し、3時すぎには終わって、4時に出発。そうそう、ヤツが公演中に楽屋テントにお絵かきしてくれたため、また派手になった。
 4時に出発して、皆のススメで中央道をスイスイ走り、大阪の自宅到着は夜1時になった。久しぶりのわが家。なんやかと寝たのは4時ちかく。そうそう、途中ちょっとだけ豪雨があった。台風とすれ違ったのかも。

9月8日(水曜)
10時に自宅を出発。その前に萌はちょっとだけ学校に顔出して、身体測定に参加。
さすがに東京・博多は遠い。途中、タイヤの空気が抜けていて、バースト寸前であることが判明。スタンドでスペアと交換してもらう。気づかずに走っていて、突然バーストしていたらと思うと冷や汗。
結局、今回色々とお世話になっている上海素麺工場さんのアトリエに到着したのは夜9時半。支那海さんや懐かしい劇団員の方々に挨拶。初日に飛び入り参加してくれる予定のあだちさん(チンドン屋さん、アコーディオン)を紹介される。たぶん、初日から盛り上がる!
その後、今回衣裳を作ってくれたヨウコちゃん宅に宿泊。相変わらずの怪しく美しい部屋。久しぶりで話がはずむ。
さすがに2日間、ほぼ20時間のドライブは疲れた。たぶん、ソラはもっと疲れたかも。

9月9日(木曜)
 朝9時に筥崎宮入り。すでに色んな出店の準備がはじまっている。案内されたのは一の鳥居からすぐ左側の駐車場のスペース。とても広いスペースだ。これならゆったりやれるし、周囲の音もかなりマシだろう。近所は陶器屋さんの屋台らしい。なにしろ広大な祭り空間だ。すごい人出の中、そこから芝居などというタメ腰なものにいかに引き込むか問題。たんなる興味本位で短時間楽しむだけとも違うのだ。見世物小屋などが並ぶグランドとはまた違う場所を用意してもらったのも、そのへんを考慮して頂けたのではないか。いい場所に感謝。そして、仕切っている平井組の皆さん、とても親切だった。
 本日も上海素麺工場の劇団員、マチコさんとヨロズヤさんが助っ人で来てくれて、ナント、劇場も楽屋も一日でほぼ完成。楽で楽しい仕込となった。バチコさんも顔出してくれた。マイミクのミズタマさんも差し入れ持って参上。手伝ってくれる予定だったハセジュンさん(北九州で見てくれてマイミクに)も彼女と来てくれたのだが、すっかり連絡するのを忘れていて、夕方登場。水がなかなか溜まらず、一緒に遅い夕食。近所の銭湯は、ギリギリだった。昼間はすごく暑く、蚊も多かったが、夜はけっこうスズシイ。スズムシの合唱。が、夜になって、トイレが使えないことが判明。これ、けっこうキツイ。とくに朝のオレ。
「宮本常一が見た日本」(佐野眞一)。まだちょっとだけだが、すごく面白い。
 そうそう、昼間、萌が木から落ちた。クスノキに登ろうとして、枯れ枝をつかんで背中からドサリ。サルも木から落ちる。大したことなし。
 初日まで、まだ3日もある!
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