あったかい!

2010年02月26日(金) 11時49分


 秋田から千葉に行ったら南国だったと書いたが、大阪に帰ってみたらやっぱり南国だった。どうもここ数日あったかいらしく、萌は昨日Tシャツで過ごしている。私も昨日からハダシにゲタ。2月だというのに、もう春なんだろうか。いかん、こんなにあったかいと、岡山の桜が咲いてしまう! ・・・などと、余計な心配をしてしまう。それより、あと約1ヶ月で出発だ!
 場所もぞくぞくと決まりつつある。投光器も発電機も手に入れた。まだ箱に入っているんだけど、一番上の小さな箱が水中ポンプ1個(水が少なくなったので)、その下の長い箱に、投光器5個×2箱、その下に発電機が2つ。投光器、不安になるほど小さ! じつはこの箱の中は、スカスカでもあるのだ。
 ちなみに、左側の絵はオフクロさんが描いてくれた以前のラフレシア。中之島公園らしい。

千葉に行ってきた!

2010年02月23日(火) 22時25分

 秋田に続き、千葉の南房総市へ行ってきた。
 夜行バスで熟睡。
 東京に着いて、また高速バスだが、1時間半しかかからない。
 ここには、私の中学の同級生の女子が立派な大人になって暮らしている。
 市役所の人にはもうすでに話をしてくれていて、場所さえ決まればやれそうなのだ。
 秋田とうって変わって暖かい。ここは南国だ。
 八犬伝ゆかりの土地でもある。

 市役所の車で、まず、海岸のキャンプ場と隣接している海水浴場(原岡海岸)を見せて頂く。
 (ところで、「海水・浴場」というのは、なんだか「海水のお風呂場」みたいだ)
 晴れていれば、正面に富士山が見えるという。なんていいところなのだ!
 もう、ここでOKだと思った。ここは彼女の家から歩いてすぐのところである。
 なんて、いいところに住んでいるのだ!

 次に、同じ海岸のキャンプ場をはさんで反対側の海岸(北浜)を見せて頂く。
 こちらはすぐそばが漁港。ここもいいのだ!
 時期は8月の終わりなので、キャンプ場はやっているが、海水浴は終わっている。
 クラゲが多くなっているらしい。

 次に、岬の上にある大房岬少年自然の家へ。
 ここのスタッフと話をしてみると、ここのキャンプ場やそばのロイヤルホテルからの集客が見込めそうだという。
岬の頂上にキャンプファイヤーができる大きな広場があり、桜や色んな木がある。なんとものどかな場所だ。
 集客・・・この言葉に弱い。
 海岸でやれるぞ〜と思って来たのだが、集客という言葉に、ここを第一候補にした。
 まだ上に聞いてみないとできるかどうかわからないとのことだが、もちろん海岸も捨てがたいくらいにいい。
 どちらにしても、8月の終わりは千葉の南房総市に決定だ!
 写真は、北浜。

秋田へ行ってきた!

2010年02月23日(火) 21時55分



広島の似島で出会った田村久さんというダンサーが秋田の出身で、秋田の太平山三吉神社を知っているとのことで、現地で落ち合って行ってきた。とても由緒のある神社で、太平山という山に向かって建てられている。そちらに奥宮があり、私たちが行ったのは里宮になる。全国各地、ブラジルにもある三吉神社の総本山にもあたる。
秋田に着くなり、すごい雪が降っていたのだが、神社ではやんでいた。神社の方も親切で、武道場の上にある資料館を見せて頂いたし、宮司さんも芝居が大変好きだと仰っていた。お社の前はスペース的に無理だったので、いくつかある駐車場のうち、一番広い駐車場の片隅をお願いすることにした。その駐車場では毎年1月17日(奇しくも阪神震災の日)に、梵天(ぼんでん)祭というお祭が盛大に行われる。まだ本決定ではないが、ぜひここでやりたい!
写真はお社と、雪に埋もれる駐車場。



 その後、秋田工業高校のそばの「あきこうまえ茶屋」へ。ここには、土井卓さんというツワモノがいて、広島出身なのだが、全国放浪の旅の末に、縁あってこの秋田の地の駄菓子屋さんを引き継いだという。大阪の福島にもいたことがある。高校生相手の駄菓子屋なのだが、ファイヤーダンスをしていたり、いろんな活動もしていて、すごくバイタリティのある面白い人で、能楽や、パッチアダムスにも興味があり、話がつきなかった。うちのことも応援して頂けることになった。私はチンドン屋さんとか紙芝居屋さんの匂いがするらしい。ここには薪ストーブがあった!

 その日は、田村さんの実家で「だまこもち」の入った鍋や、「えご」とか「ぎばさ」とか、秋田の郷土料理をたくさんご馳走になってしまった! 秋田の歴史のことなども、いろいろと教えて頂いて、有意義な夜となる。

 翌日は、美術館で秋田蘭画(じつは私の卒論テーマでもあった!)を見て、それからココラボラトリーというギャラリーへ。ここもまた秋田の一つの拠点になっていて、フリースペースとしても活用されている。ビルにはギャラリーだけでなく、いろんなコーヒーのあるカフェや、本屋さんや、ウェディングドレスの工房などもある。代表の笹尾さんが興味を持ってくれて、応援してくれるという。ものすごく頼もしい人で、いろんなアドバイスを頂く。私たちの野外劇場で、なんらかのコラボが実現するかもしれない。同席していた山本さんという方は舞踏家で、この方と田村さんと一緒にコーヒーを飲み(私は「愛人」というコーヒーを飲んだ! 苦くて濃い味で好み!)、ダンスの話に花が咲いた。山本さんも外で踊ることが多いという。

 その後、芝居も見たのだが、こちらはあまり・・・。何度も寝てしまった。が、体調のせいだけではないと思う。芝居に関しては、私はつくづく偏狭なのだなあ。最善列で何度も寝ていたので、挨拶もできず・・・。

 名残惜しい秋田を後に、千葉の南房総へと夜行バス「キラキラ号」に乗り込んだ。

トラックを決めた!

2010年02月18日(木) 21時58分

 
 荷物をどこまで減らせるか、その挑戦の延長に、実はトラックの選定があった。
 今日、今のハイエースを購入した中古車屋さんに行くと、タウンエーストラックがあった。
 まだ走行距離が少なく、きれいで、車検が今年の12月まである。
 値段も手ごろだ。
 しかし、1tである。
 もともと2tロングを予定していたが、発電機がほぼなくなったので、2tでもいいと思っていた。
 調べてみると、1.5tも荷台の大きさはほぼ同じだったので、1.5tでもいけるかもしれないと考えていた。
 積み込むブツの設計も、このところ進めていたので、だいたいいけそうな感じだった。
 しかし、1tとなると・・・。

 いったん家に帰って比べてみると、荷台は1.5tより40センチ短いだけだった。
 40センチ・・・
 なんとかしようと思った。
 決めた。1t車で行く。
 入れ物が決まれば、おのずと中も決めるしかなくなる。

 すぐにもう一度出向き、手付けを打った。
 駐車場も決めた。
 明日、全て契約予定!
 シルバーのかわいいトラックです!
 写真では、荷台がかなり小さく写ってる。
 これじゃ、軽みたいだけど、ちゃんと池も盆もパイプ椅子も積み込む予定!

メタルハライドランプと発電機

2010年02月16日(火) 10時01分

風邪をひいてしまったようだ。
先日、気晴らしに、西成、天王寺、難波、心斎橋を散歩。
歩いていてしんどかったのだが、心が重いと思っていたが、体だったとは。
せいぜい二日酔いだろうと思っていたら、どうやら風邪らしい。
「らしい」というのは、医者も最近は「風邪ですな」なんてことを断言しない。
「ウイルスがリンパ系に感染した、のかもしれんなあ」などという。
「てことは、風邪ですね」
「まあ、インフルエンザ、とはちゃうみたいやなあ」と、お茶をにごす。
触診なし。ノドも見られなかった。ポンポンもなかった。ちょっとさびしい。

さて、写真はこの旅に持っていこうと考えている投光器である。
アーバンアクトβポケットという。
電球は、セラミックメタルハライドランプという。
消費電力はたったの70Wで、明るさは500W投光器の1.5倍。
しかも、灯りの質もいいらしい。
昨年は、舞台だけで500W投光器を18台使っていたので、合計9000W。
こっちのメタルハライドランプを10台だと、たったの700W。
(舞台も少し小さくなるので)
実に、約1/13になる。
もちろん、値段はちと高い。

また、舞台設計を検討し、今までの池を底上げする。
すると、水の量が約1/7になった。
つまり、水中ポンプが一台で十分になったわけだ。
(もちろん、仕込時の水を入れる時間も1/7になる)

その結果、発電機容量が3キロもあれば足りることになった。
それも、十分余裕をもった容量である。
今までは40キロの工事用中古発電機を購入する予定だったのだが、それは重さ1トン。
1.6キロのインバータ発電器を2台購入しても、20キロ×2。
その気になれば、両手で2台、運べます。

発電機・投光器・水中ポンプを合計すると、当初の予算よりちとオーバーするが、
トラックが小さくてすむことや、メンテナンスのことも考えると、たぶん安い。
それに静か。たぶん新品で購入可能。パソコンなども使える安定した電気。
メタルハライドランプの寿命は9000時間で、今までの4.5倍。
この組み合わせに決定!

出発まで、あと43日。

広島・不動院が確定!

2010年02月11日(木) 0時33分
 今日連絡が入り、広島の不動院での上演が確定しました。
 非常に古くからの歴史があり、金堂(国宝)に安置されている薬師如来の光背には、天女のようでありながら、天使のような羽を持つ迦陵頻伽(かりょうびんが)が舞っています。極楽浄土に住む鳥です。
 下見で訪れたのは夜で、建物の中は見れませんでしたが、門の中には入ることができ、背後に山のある、ぞくぞくするほどの気配を持った場所でした。
 おそらく、今回の旅の中でも、もっとも「なにかの気配」を感じる場所になるでしょう。

 http://www.ttec.co.jp/~fudouin/

 この場所を紹介して頂き、また、取り次いでくれたのは、大槻オサムさん。
 舞踏家であり、作家であり、演出家です。
 単独旅行舎というユニットでも活動されており、昨年、似島(にのしま)での暖かい野外劇を見せて頂きました。
 先月には、広島で、バイオリニストの谷本仰さんと「ダイアローグス・イン・ザ・ダーク」というタイトルでコラボをされ、そのしなやかな舞踏が好評だったようです。とても笑顔が素敵な、優しい表情をされる方です。

 ユーチューブで「ダイアローグス・イン・ザ・ダーク」を検索すると、ライブ映像を観ることができます。



 それから、不動院さんとの仲介には、「居酒屋やけっぱち」さんにもご協力頂きました。私も、今回の旅には、どこか「やけっぱち」な部分があるので、まだ飲みに行ってはいないし、お会いしたこともないのですが、感じるものがあります。

 ありがとう「居酒屋やけっぱち」さん!
 ありがとう、大槻さん!
 そして、ありがとうございます、不動院さん!

 旅の3ヶ所目になります。
 上演は、4/16(金)〜19(月)。開演は、19時。

出発まであと50日!

2010年02月09日(火) 9時54分
昨日、礒部宏章の不参加が決まった。
なにしろ、もう20日も体調不良が続いていた。
いつ回復するのかも全く見えない状況だった。
残念だが、仕方がない。

これで、家族3人の劇団になった。
一家で全国巡回する。
しかも野外だ。
きっと、世界中にそういう家族はたくさんいたし、今もいるんじゃないか。

あ、あと猫のソラも連れていくことに決めた。

出発まで、あと50日。
昨日の夜、キリコが宮崎と鹿児島から帰ってきた。
宮崎が「野の花館」に決まり、鹿児島も公園が決まりそうだ。
私も下旬には、秋田・千葉・金沢に行く予定だ。
出発までの、およそのスケジュールを作った。
やることがいっぱいだ!

ボツの量と、作ることの「根拠」

2010年02月05日(金) 21時15分
 以前、知り合いの画家のT氏から、「絵にはほとんどボツということがない、途中で置いておくものはあるけど」という話を聞いたことがある。彼くらいになるとそうなのかもしれないが、絵はともかく、書くモノはやっぱりそうはいかない気がする。「柳コウリ一杯のボツ原稿がなければ、作家にはなれない」という話を聞いたことがあるし、ボツってなんぼの世界のような気がしてならない。私の場合、今回のいい加減な書き方にしても、10枚進むためには50枚のボツがいる。

 しかし、50枚のボツを乗り越えれば10枚進んでいるわけで、「本返し縫い」(縫い物のことだけど、知らんかな?)ならず「5倍返し縫い」くらいの重厚さで話は進んで行く。行く方は知れずだが、とにかく進んでいる。書き直すための「根拠」は、ひたすら自分にとって面白いかどうかだけだ。

 高校の同級生で多和田葉子さんという女性がいて、のちに芥川賞作家になった。高校時代に一緒に雑誌をやっていた(ちょっと自慢!)のだが、彼女などはロウ原紙(知らんか?)に鉄筆(知らんか?)で、直接小説を書いて、書き間違えるとジュッとライターで訂正などしていると聞いた。
当時から私にはそんな芸当はできなかった。だいたい作文の時間のほとんどは何を書こうか悩んでいたなあ。量を書く人がプロになれるのだ、きっと。私の場合、作・演出・音楽・役者であるので、うん、ちょっと違う、よね。幼稚園児をめざいしている。

 少し考えたことがある。少なくとも、私なんかにとっては、戯曲(台本)のセオリーなんていうものは、もうなるべく無視した方がいい。「登場の工夫」だとか、プロットだとか、「現代の問題」とか「立体的な人物」とか。そういう心構えがすでに足をひっぱる。ちょうど、幼稚園児に比べ、中学生の美術作品がすごくつまらないように。頭でしかないからだ。その勉強はムダではないだろうが、それをそぎ落とす作業が大人になるということだ。

 作品というものは、結局は作者が何を面白いと思ったか、それだけなのである。
「現代の問題」にしろ、「立体的な人物」にしろ、いくら気をつけたところで、本気でそれを面白がっていない限り、なんの意味もない。ただの問題集の回答にしかすぎない。そんな優等生の作品に、わざわざ感動する必要がありますか? 正解の人生は結局、他人の人生にしかすぎない。

 こっちより、そっちの方がちょっとだけ良い、といういうようなことは、芸術とか芸能とか、人生の世界には必要ない。それは、思いを観客(受け手)に伝えるプロデュースのためには必要なんだろうが、作家は違うところに、少なくとも「根拠」を持たなくてはならない。それが「絶対」に至る道だ。

 自分が何が面白いのか。それを探求するために、書くのだ。だから、どんなに苦労しても楽しいのよ!

鏡池物語どこへ行く

2010年02月05日(金) 0時21分
 昨日、メイクをして、とりあえずアリモノの衣裳を着て、写真撮影をした。登場人物(人間ではないが)のキャラクターはもうだいぶ前から決まっているのだ。佐野キリコが金魚姫、礒部宏章が兎三郎(ウサブロー)、萌はホーキオニ、私は蛇ダンディである。兎三郎以外はすでに今まで登場していた人物(人間ではないが)である。生き物で言うと、金魚、兎、虫、蛇である。ホーキオニは以前は妖精みたいな感じだったが、今回はホーキオニという名前の虫だ。じつはそんな虫はいないのだが(たぶん)。兎三郎は新しいキャラクターだが、今までウサギ師匠がいて、メイクはあまり変わらない。

 ホーキオニのメイクは、どうせちっこい奴で、ちっこいというだけで個性的であるから、あまり凝らず、以前の鉈(ナタ)と同じにした。メイクで言うと、蛇ダンディは今まで宝塚っぽい雰囲気を醸していたが、私でそんなものになるはずがない。最初、キリコにやってもらったがどうも気に食わず、自分でやってみた。初老の蛇ダンディである。シワがあり、なおかつダンディなのである。「ベニスに死す」のダーク・ボガードみたいな白塗りイメージなのだが、結果は老いたチンドン屋さんというところだ。

 衣裳は兎三郎以外は昨年と同じものにした。私も最近ちょっとスレンダーになりつつあり、なんときつきつではあったが、ズボンまで入ってしまった。兎三郎は派手な着流しの予定だったが、普通サイズの着物では腹まわりが届かず、袴にしたら、人間国宝っぽくなった。

 並んでみると、妙に「うん、これでいい」と思えた。この四人の正直なところの魅力が十分出ている。ユカイだ。ヘンだ。ニンゲンを軽く超えてしまっている。

 撮影もひょっとすると悩みに悩むのではないかと思っていたのだが、意外とサクサク進んでしまった。やはり、具体的な個人性がこれだけあると、あまり悩みようがない。動かしがたい「そいつ」という存在がある。逆説的だが、化けてみるとよりそれが一層明確になる。

 晩までかかると思っていたが、夕方には終わってしまい、本来の予定ではからだを動かしたり発声したりすることになっていたが、もう絶対に無理だと思っていたのに時間ができてしまい、そのまま中止として、キリコはチラシデザイン、私は台本書きとなった。

 あれだけはっきりした登場人物たち(人ではないが)が揃ってしまったのである。これはもう、紙の上で動かしてみようと思い、展開もなにも考えずに書いてみることにした。数枚書けた。ひょっとするといけるかもしれない。数枚で筆をおいて下りていくと、チラシの表のデザインがあらかた出来ている。すごくいい。ユカイでヘンだ、あどけない。うん、こんな私たちなのだ、とまたミョーに納得する。

 そして、今日も数枚書き進んだ。どこへ行くのだろう、この鏡池物語。無責任だが、そんな感じだ。ついでに一つ唄ができてしまった。

充実の日々!

2010年02月03日(水) 20時11分
 先日台本に詰まっていることを書いたが、30日、気晴らしに思いつきで「カチカチ山」を一日かけて書いてみた。子供のいない仲の悪い老夫婦が、善良な母狸を人間の理屈で掴まえ、狸汁にしようとする。ほぼ展開は昔話と同じなんだけど、騙されて婆さんを食ってしまった爺さんが、ウサギに化けて狸を追い込んでいく。
 すごくイヤラシイ話になった。自分でもイヤになる。こんなものは、誰にも見せられない。

 翌31日、これでウミが出たのか、少し展望が開けてきたように思った。そうか、こうすれば行けるのではないか。カラリとやれそうだ。

 その夕方、札幌から来た劇団千年王國の「贋作者」を見に行った。明治になり、狩野派の権威が失墜する中で、狩野派の血をひく若い絵師が遊郭にこもって贋作に励むという話。ラスト近く、暗転していく中で、遊女役の榮田佳子さんが見せた不思議な笑顔にドキっとした。いろんなものが丹念に作りこまれた舞台だった。
 小倉から谷瀬さんも来ていて、谷瀬さんが京都からどくんごに去年参加したみほしさんも呼んでいて、ちょっと話ができた。
 芝居の後、打ち上げにも参加させてもらった。打ち上げは同時に色んな制作の人たちの交流会も兼ねていて、先の榮田さん、代表の橋口さんともお話しでき、ほかにもたくさんの人たちと話しができて楽しく飲んだ。いや、飲みすぎた。夜中に帰ってきて、「サウンド・オブ・ミュージック」のビデオを途中まで見た。死ぬほどよかった。

 翌1日になると、台本の展望は崩壊していた。私がやりたいものはこんなものではない、というわけだ。
 昼まで寝てしまい、台本に向かう時間なく、日舞の稽古。からだがガチガチだ。
 深夜に、チラシの文字情報を確認。

 室生犀星の「われはうたえども やぶれかぶれ」とう小説の冒頭に、こんな一文を見つけた。

「詩を書くのにも一々平常からメモをとっている。メモの紙切れをくりながらその何行かをあわせようとすると、それがばらばらになって粘りがなくなりどうしてもくっ附かない、てんで書く気が動かないで嘔気めいた厭気までがして来る。こんな筈がないと紙切れを読みなおしている間に、頭に少しもなみが打って来ないで只のふろしきを展げたように、ぼやぼやと、よりどころがない、やはりだめだ、机の上を片づけながら臥てしまう。この六十日くらいの間なにも書いていないで、只、うつらうつらと寝るにまかしていた。書くしょうばいをしている奴が書くことが出来なくなると、一行もはたらかなくなってしまう。病の重さもそうだが、頭がかすかすになって水分も油気もなくなるのだ、例のふろしきのような奴が夜昼なしにふうわりと冠っていた。私はその下にいた。ああいう詩がつづり合わせられなくなるということは余程のことだ。出来ている行と行を合わせてゆけばよいだけなのに、口から、はあはあと大息を吐いてまいってしまう。これは余程のことだ。」

 こんな大家の晩年でさえ、こんなことがあるのだなあ。いちおう小説だが、きっとあるんだろう。と思いつつ、結局これを書いてるやん、室生さん。

 昨日は再びノートにいろんなことを書く。メモの紙切れ(私はラベルという)が新しく数枚。
 夜、ARKの齋藤さんが牡蠣を手土産にやってきて、楽しい鍋。大歓迎だ。

 今日は一日かけて、チラシの写真撮影をした。いったん止めた写真撮影なのだが、やっぱり急遽やることにした。こうなりゃみんなに化けてでももらおうと思ったのだ。けっこういい写真が撮れたと思う。

 ああ、この充実の日々!
2010年02月
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28
最新コメント
アイコン画像ボーダー
» 2017年08月03日のつぶやき (2017年08月04日)
アイコン画像長山現
» 2017年03月14日のつぶやき (2017年04月04日)
アイコン画像ドテチン
» 2017年03月14日のつぶやき (2017年03月15日)
アイコン画像ふーちゃん
» 2016年08月19日のつぶやき (2016年08月23日)
アイコン画像沖縄のみゆきです
» 2016年07月09日のつぶやき (2016年07月11日)
アイコン画像長山現
» 2016年02月14日のつぶやき (2016年04月02日)
アイコン画像善光寺クロ
» 2016年02月14日のつぶやき (2016年02月15日)
アイコン画像みゆき
» 2015年12月20日のつぶやき (2015年12月21日)
アイコン画像ピエロ
» 2015年12月06日のつぶやき (2015年12月07日)
アイコン画像善光寺クロ
» 2015年11月01日のつぶやき (2015年11月02日)
Yapme!一覧
読者になる