芝居で食っていくとは

2009年12月29日(火) 0時21分
 今日は出雲大社を訪問する予定だったのだが、着いたのがすでに6時。
 昨日山口に泊まってしまい、その後、雪の中で冬タイヤ規制とかもあったために時間がかかってしまった。
 夜の出雲大社にお参りだけして泊まることにし、明日再訪問予定。
 おおらかな広い大社は、開放的で、優しい印象だった。
 すでに夜でほとんど明かりもなかったにも関わらず。

 ところで、来年から私たちは芝居で食っていくことを考えている。
 これは入場料を取るとかそういうことではなく、それを生業としようということである。
 それで思うのは、芝居でも美術でもそうだと思うが、これらは需要より供給が先にあるかもしれないということだ。需要があっての供給ではなく。
 供給の方が意欲として先にあり、それがうまくいってはじめて需要が起きてくる。
 だから、需要を先に考えても難しいところがあるに違いないということだ。

 これは結構重要なことかもしれない。

佐賀

2009年12月28日(月) 9時04分
 佐賀は楽市のお客さんである生方(おふかた)さんの協力を頂いていたのだが、ここにきて生方さんがいまいずみたかこさんという方と偶然知り合い、その方が小倉の谷瀬さんとも知り合いであることがわかって・・・といううれしいリンクがあって、急速に展開。佐賀の中華料理屋ではじめてお会いしたいまいずみさんは、とっても陽気でエネルギッシュなべっぴんさんだった。赤ちゃんも含めた生方さん一家と、博多から駆けつけてくれたヨウコちゃんも加わって、私たちも含めて総勢8人でワイワイと食べ、そして語った。
 なにやら秋にバルーンフェスティバルという大きなイベントが佐賀であるらしく、そこに食い込めないかという話。
 会場に行ったところ、そこは広大な河川敷。そこで熱気球の大会があり、すごい人が集まるという。私は中学の頃、科学研究クラブで熱気球の研究(?)をしたり、狭山湖に熱気球の打ち上げ(?)を見に行ったこともある。これも不思議なリンク。

 その後、佐賀市内をやはり8人であちこちと。中心街にある佐賀神社(字がちょっと違う)近辺を見学。ここもまたいい。

 このあたりもかなりシャッター化が進んでいるのだが、郊外の大型店のあたりよりもやっぱりなにか引き付けるものがある。結局大型店の郊外進出に、中心街は負けてしまっている形になっているが、もしなんらかの文化が生まれるとすれば、郊外の大型店からではないという気がしてならない。

 話はそれるが、シャッター街というのはどうみても異様な風景だ。おそろしく異様なSF的風景。
 名古屋の大須あたりでは、店の賃料を下げて若者の店を増やし、面白い街になりつつある。そんなことができないもんなのだろうか。

 佐賀のいろんな状況とか、話も盛り上がってあっという間に夕方。人に会うということはすごい情報量だと思う。

 そして夜の高速で、今度は出雲をめざす。
 山が黒い。

 ふと、「歌う森」というフレーズが浮かんだ。

広島・小倉・博多

2009年12月27日(日) 9時08分
 25日から、広島・小倉・博多・佐賀への旅へ出発。キリコ、萌と車でのんびり。

 まずは広島。考えてみると、車で広島に来るのははじめてだ。広島はいつもなんだかエネルギッシュなものを感じる。

 広島にて単独旅行舎の大槻オサムさんに再会、上演候補地をいくつか巡った。最初からとても魅力的な場所だったが、次の場所、次の場所と、より魅力的に思え、心移りし、三つ目のお寺でノックダウン。国宝のお寺で、山を背に夜の闇を抱き、ここでやれたら最高だと思い、第一候補となる。ここには、光背に羽の生えたまるで天使のような天女が舞う像があるという。
 その後、大槻さんと飲みに行く。戦後、広島には平和復興のための資本が政策的に投入され、その奪い合いの結果が仁義なき戦いとなったという話を聞いた。そうだったのかという思い。やっぱり広島には色んな思いが渦巻いているのだ。

 翌日26日は小倉でピカラックの谷瀬未紀さんに再会。旦那さんとお子さんもご一緒に小倉を案内して頂く。旦那さんは「飛ぶ劇場」の役者さんで、10数年前にもお会いしていた。お子さんと萌が同年で、二人はすぐに意気投合。非常に先端的でモダンな小倉と、昔ながらの飲み屋街や市場も案内して頂き、背中合わせになっている二つの小倉の不思議な取り合わせを見せて頂いた。
 結果、小倉城の石垣とお堀のある広い場所が第一候補となる。人通りも多く、春であればのどかな、温かみのある場所になるだろう。松が数本。すぐそばには超モダンなファッションビル。

 その後、博多へ移動。劇衆上海素麺工場さんのアトリエへ。詰めれば150人入れるという立派なアトリエだ。劇団員たちから「大将」と呼ばれている支那海東さんは状況劇場にもおられた方で、実は塀の中で6年も過ごしたことがあるという超ツワモノ。2年に一度ほどのペースで、海辺に巨大なテントを建て、ロマン溢れる芝居を上演されている。
 いろいろな話は興味がつきず、劇団のこと、演出のことはもちろん、塀の中で毎月寅さんの映画だけが上演されることや、友人でもある小林薫氏や木村英文氏のこと、筥崎宮(はこざきぐう)の放生会(ほうじょうや)のことなど、あっという間に深夜。こんなに優しく熱く、そしておもしろい人は滅多にいない。そうそう、渥美清、金子光晴、深沢七郎などの思い出も聞かせてもらえた。私たち3人は、このアトリエに泊めて頂く。
 まだこういうところに書いていいかわからないので伏せておくが、ここで博多公演はいったん9月に変更することに。これが実現すれば、私たちにとっては夢のような一週間になるかもしれない。

This Is It―マイケルの殺され方

2009年12月25日(金) 1時20分
 色んな人が良かったと言っているマイケルの映画、やっと見てきた。うーむ、複雑な思い。オルテガはきっとマイケルも普通の人と同じで、謙虚な優しい人だったんだということを描きたかったんだろうけど。私と同じ50歳で、あれだけ踊れるマイケルってスゴイと思い、曲もどれも素晴らしいし、唄もすっごく心にしみる。しかし・・である。

 あの映画にすごく感動した人たち、マイケルのファンたちに袋叩きにあうことを覚悟して書こう。私にはとても淋しい映画に思えたのだ。

 途中でマイケルが「怒ってないよ」というシーンがある。きっとすごく怒ることもあったんだろうと思う。その怒るところが見たかった。あまりに大人しいマイケル。言われるままとは言わないが、あの演出で満足していたんだろうか? スリラーで大スターになった彼のことだから、スタッフの力のすごさはきっとよくわかっているだろう。けれども、圧倒的な物量的演出に囲まれて、マイケルはなんだか小さく見えてしかたがなかった。その中で、あまりに謙虚に演じているマイケルに涙が出た。あれだけの技量を、華を、テクニックと体力、歌唱力とダンスを持っているマイケルが、私には小さく閉じ込められている気がした。もっと正直に言えば、ひょっとしてタカラレテイルノカモシレナイとさえ思えてしまった。

 最高の舞台を作るためには、恐ろしいこだわりが必要だろう。気配りだって必要だし、同時にケンカも必要だ。この映画にはケンカが排除されている。映画はなにかを排除して成立する(作品とはそういうものだ)。クビになったスタッフやダンサーの話は出てこないし、切れるマイケルは出てこない。オルテガと議論するマイケルもいない。冗談がヘタな、生真面目で謙虚なマイケルがいるだけだ。マイケルが発する言葉にしても、私にはマイケル自身の言葉にはあまり聞こえなかった。「環境」も含め、どこかで聞いたような誰かの言葉に思えてしまう。オルテガの言葉なのか。いや、べつにオルテガが悪人だとまでは言わないが。私にはやっぱりマイケルは殺されたと思えてならない。そして、死後にまた殺されているような気がする。

 ただ、この映画を見る限りでは、不思議と腹が立つことはない。いろんなことを、マイケル自身が許しているような気もする。それが究極のエンターテイメントということなのか・・・。私にはまだよくわからない。

忘年会と佐野キリコインタビュー

2009年12月23日(水) 17時15分
 昨日は劇団の忘年会。たくさんの方々が来てくれて、大いに盛り上がり、数名お泊り。
 私も昼頃までダウン。
 来年はどんな忘年会になってるのだろう。はてさて・・・。
 もう10年以上ずっと音響をやってくれていた大西さんが、今回、音響は生演奏だけ、照明も投光器だけになってスタッフがいらなくなったことについて、あれでよかったと肯定してくれた。それが嬉しかった。
 お客さんとして見てくれた17歳の女子高校生も、すごく面白かったと来てくれて、出演者ともどもご満悦。

 さて、私のインタビューに続いて、よ、副座長、佐野キリコのインタビューの編集が終わりましたので、ここにのせておきます。「なぜ着物?」など、ざっくばらんに明るく語ってくれてます。小難しい私といいコンビかも。素顔の彼女から、あの金魚姫が生まれました。

野外劇の魅力(4)

2009年12月21日(月) 21時35分
 11月26日に、「野外劇の魅力(3)」で、「もう一つ確認しておく必要がある。テレビの中に現実があり、テレビを見ているこちらが虚構のように感じるということの意味には、もう一つの流れがある。」と書きながら、もう1ヶ月近くたってしまいました〜。

 その続きではないのですが、先日、劇団員各自の紹介も兼ねて映像を作ろうということで、私は「野外劇の魅力」について語り、キリコが編集してくれたのがこれ。恥ずかしいのですが、劇団のためなのでのせときます。ちなみに、映像は実際よりちょっとだけ細くなってます。



 ここで屋根がうんぬんと言っているのは、京都で河原能の図面を見たとき、舞台の上にだけ屋根があったため。今でも能舞台の上には、たとえ能楽堂の中でも屋根がついているし、相撲でも土俵の上には屋根があったりします。そこからの私なりの推論。いや、誰かも言っていたかもしれません。文献的根拠はとくにありません。
 現代の日常が虚構のように感じられるということの意味については、また後日書きます。

鳥取にて

2009年12月20日(日) 20時39分
 本日は鳥取に。昨日までは雪だったらしいのだが、今日はカラリと晴天で、もう雪はほぼ溶けていた。

 現地で協力頂けることになった演劇企画夢ORES主宰の森本孝文さんに会い、さっそく候補地を何カ所もご案内頂く。

 どこも魅力的な場所で、しかもバラエティに富んでいた!
 迷うことしきりなれど、一応優先順位を決めて確保に向けて動いて頂けることになった。
 また、新しい出会いができた。
 森本さんは鳥取だけでなく、いろいろと演劇活動をされている方で、話も面白くて多岐に渡り、あっと間に時間がすぎた。
 じつは同い年でもある。
 全国に知り合いがいて、またその方たちを教えてもらった。
 もしかすると、という思いだ。

 その後、大学時代の友人に会い、ご馳走になってしまった!
 カニやノドグロなど、うまかった〜!
 すまぬ家族たち、劇団員たちよ〜と思いつつ、酔っ払って腹一杯。
 ほんとに久しぶりの再会だったので、積もる話もたっぷり。
 友人知人の消息もたくさん聞けた。
 5月末の再会を約束。

 上演候補地の一つである「樗谿(おうちだに)神社」は、
 5月末には、蛍が舞っているかもしれない!

兵藤裕己「<声>の国民国家・日本」

2009年12月19日(土) 17時29分

 浪花節とう芸能がどのようにして生まれ、それが江戸後期から明治・大正・昭和にかけて、「日本」という国家形成にどのような役割を果たしたかについて書いた本。と書くとかなり難しい分厚い本のように聞こえるが、NHKブックスの250頁。しかし、内容はすごく濃い!

 浪花節が生まれる前の「デロレン祭文」のことははじめて知った。これはホラ貝を吹き、錫杖を鳴らしながら語る芸。デロレンとは、ホラ貝の音だそうだ。そして「チョンガレ」「チョボクレ」と門付け芸もまた浪花節につながっていく。
 楽器が三味線に変わり、同時に自由民権運動によって盛んになっていく講談をも取り込んで浪花節は生まれる。
 武家制度が崩壊し、天皇の下に「国民」という平等の観念が生まれたのは、日本全体での物語の共有が先にあったからであり、その物語の共有のためには、浪花節というメロディアスな語りがあったからこそだという。

 典型例としては、忠臣蔵で有名な赤穂浪士の物語がある。これは1702年(元禄14年)12月に起きた違法の仇討ち事件(当時、目上の親族が殺された場合のみ仇討ちは合法だった)だが、その翌年2月末には、このような事件を物語として唄ったり語ったり、本にしたり上演したりしてはいけないという禁令が出ている。
(孝を道徳の基盤とする幕府だが、仇討ちを完全に認めるのなら、権力によって潰された家や藩の者たちは、幕府にこそ仇討ちしなければならなくなる。)

 ところが世論の圧倒的支持を受けて、発禁本は写本として、貸本屋から大量に流通する。政府(幕府)の法に対して、自分たちの倫理感を肯定した物語として、反政府の物語でもあった。

 これが講談でヒットし、そして1907年(明治40年)、浪花節の大スターである桃中軒雲右衛門(とうちゅうけんくもえもん)の、東京の大劇場・本郷座での連日大入り満員にまで発展する。もちろん、この頃の聴衆はこの物語を細部まで知り尽くしている。それを踏まえた雲右衛門は、大胆に直裁な描写と、悲憤慷慨調(花田清輝)でトップスターになる。

 この聴衆(都市の平民階級=大衆)こそ、「じつはこの時期もっとも戦争に昂揚していた日本「国民」だった。」という。日露戦争後のロシアとの講和条約破棄と、戦争の継続を求めて大規模な集会が日比谷公園で行われている。(1905年・明治38年)

 この頃の社会主義者は大衆を組織できず、「大衆の前衛としていかに革命的に生きるか、という方向に自分を追い込んでゆくのである。大衆との連帯を見うしなったかれらが無政府主義化してゆく時期は、あたかも自然主義の作家たちが大衆読み物から明確に距離をおきだした時期である。」という。

 この流れは、60〜70年代にも似ているかもしれない。
 幸徳秋水の「平民」は、今日のマスコミ用語である「市民」にもひきつがれているのではないか、という。

 このあたりの国民形成と芸能や大衆の好みとの関係は、ドナルド・キーンの明治以降の浮世絵の分析(「日本人の美意識」の「日清戦争と日本文化」)とも共通する。

 ところで、この本に「ヒラキ」という路上の劇場が出てくる。明治の24年に閉鎖されたらしいが、江戸時代からあった、よしず張りの小屋だ。これは劇団どくんごのテントにとても似ている気がした。

「あとがき」にこんな文章があった。

「私たちが声を発するのは、他者と関係を持つためだ。他者とのコンタクトがあって、つぎにメッセージのやりとりがある。言語の機能は、情報伝達よりも以前に、他者との関係を創ることにある。とすれば、もっとも始原的な言語は、記号化されないメロディアスな声にあったかもしれない。ウタの機能は、なによりもまず、無垢で亀裂のない精神の共同体を創りだすことにある。」

 この本は2000年発行なので、まだ「歌うネアンデルタール」(2006に邦訳)は出ていない。私もまったくの同感だ。

 じつはすぐ後に「声によって創られる共同体(ユニゾン)は、したがってそれ自体が排除のメカニズムにもなるだろう」と続くのだが、それはさておき、私には、現代日本の均質空間の中でバラバラになってしまった個人、ともすれば、一人の人間としての統一感さえも失いつつあるような個体が、芸能を通してのみ、ある種の連帯感や、「共にここにある」という感覚を取り戻せるような気がしてならない。そして、それが野外劇団楽市楽座の使命なのではないかと思っている。

キング堀内さんの声

2009年12月18日(金) 20時17分
今回のライブは、Rafflesian Complexと言って、マルタニカズさんが企画しているもの。10回目だという。会場は中津のVi-Code。去年の11月に楽市でライブをやったところだ。Rafflesian Complexとうのは、いろんなスタイルの音楽をミックスしようというコンセプトらしい。

マルタニさんの弾き語りをはじめて聞いたが、さすがいい味出している。あれはスペイン語だろうか。ブラジルのカエターノの曲? 何の説明もなかったのでわからない。マルタニさんは今年、芝居を見に扇町公園に来てくれ、喜んでくれた。いつもオシャレで優しい人だ。

それからカオリーニョ藤原さんの弾き語りもはじめて聞いた。この人、キング堀内さんのゲストのときはバリバリに弾く人なんだけど、ガットギターで面白い唄を次々歌う。ギターうまし! 唄、おもろし! 歌詞も大好きになった。(しまった、CD買いそびれた!)

そしてキング堀内さんの唄。やっぱりグレート。甘く、深い、ノビのある、牛のような声とノリ。余裕のあるステージ。そして、カオリーニョさんの語るようなギター。北林さんのハギレのいいドラムス。マルタニさんの丁寧なベース。4人あわせて200歳以上というのには笑った。

堀内さんの声はしみる。どこからあんな声が出るんだろう。もうずっと聞いているのだが、年々深みと温かみが増している気がする。

今年は堀内さんの都合でダメだったのだが、堀内さんにはこの5年、ずっと楽団に加わってもらっていた。去年は二つのライブも一緒にやってもらった。いつのまにか、もう30年のファンだ。じつはひところ、一緒に仕事もしていた。こんなステキな歌手に出会えて、人生がとっても儲かった、という気がする。歌のこと、音楽のこともたくさん教えてもらった。私の自慢の歌い手だ。

岡山へ

2009年12月16日(水) 19時41分


昨日は岡山にて、NPO法人アートファームの大森さんと打ち合わせ。
行きも帰りもバス。昼間の高速バスは、景色が楽しい。
秋の紅葉が美しい。
日程のこと、岡山での宣伝の仕方、場所確保のこと、うちの予算、アートファームとしてやりたいことなど。

いろいろ話す中、投げ銭方式(入場は無料)について一番心配しておられたようだ。
たしかにチケットを売らなければ、最低限どれだけの売上となるか見当もつかない。
しかし、その見当がつかないところに、わずかだが可能性がある。

現在、芝居を見に来てくれる人は少ない。
その少ない人たちは、料金を下げれば見に来てくれるわけではない。
投げ銭にしたら増えるという単純なものでもない。

けれども、投げ銭にすることによって、舞台への評価は明確になる。
また、通りすがりの人たちを少しでも呼び込めるのではないか。
現状の、少人数で閉じた演劇状況への突破口が見つかるのではないか。

これはかなり大きな賭けだ。
しかし、賭けなければ上がりもない。
そんなことをお話しし、理解して頂けたと思う。

岡山は巡回公演の最初の場所。
たくさんのことを学ぶ場所になることだろう。
写真は岡山の桃太郎通り。
岡山もクリスマス商戦真っ只中だ。
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