「たましいのケア 病む人のかたわらに」(藤井理恵・藤井美和)

2008年08月24日(日) 2時35分
この本のことを書いたとばかり思っていたのだが、まだ書いていなかったようだ。

著者の二人は姉妹で、妹の理恵氏は淀川キリスト教病院(娘が産まれた病院でもある)の牧師。教会からのカウンセラーだ。姉の美和氏は関西大学社会学部の死生学を教える准教授。やはりキリスト教信者でもある。私はこの美和氏に興味を持って購入。この本は「死をどう看取るか」について書かれた指南書でもある。
二人ともキリスト教信者なのだが、決してキリスト教の枠の中に留まらない。しかも、非常に具体的に書かれている。理恵氏のものはそれぞれの具体的な個人のケースとして。そこから何を学んだかについて。美和氏はそれらのケースを引きながら、自分の体験を交えつつ、さらに学問的に一般化し深め、どのようなことが具体的に必要なのかを教えてくれる。

彼女らがいうスピリチャルな痛みとは、「私には生きる意味があるのか」とか「自分はなぜこのような状況なのか」という、いわゆる「答えのない問い」の心の痛みだ。きわめて主観的な痛み(救いへの願い)でもあるし、一方で、主観的なことだけでは解決できない(心の持ちようだけでは救いようがない→どうしても誰かが必要だったり、宗教的な超越的思想が必要になるような)痛みであり、問いでもある。それは死に際して、もっとも大きく重く、切実になる。他人の死(3人称の死)、身近な誰かの死(2人称の死)、自分の死(一人称の死)とあるが、もちろん、自分の死という問題こそが最も重い。そして、そこに関わる人はその一人称性に向き合わなくてはならなくなるのだから、大変なことなのだ。

<一人称の生と死を考える際、最も重要な概念がスピリチュアリティである。スピリチュアリティは、「人間存在の意味」「人生の意味に関わる領域」「世界・宇宙・あるいは神の計画の中の存在としての自分自身についての理解」と定義される。まさに一人称として、自分の生きること死ぬことに向き合う領域である。>(藤井美和)

本当に具体的に「こうした方がいい。その理由は・・・」ということが書かれていて、目からウロコなのだが、部分的に引用するとマニュアルと受け止められそうな気がするので、引用はしないでおこう。読んでください。

自己責任

2008年08月21日(木) 1時36分
自己責任という言葉をよく聞くようになった。そんなに悪い言葉でもない。何でも人のせいにする人が最近多い。災い転じて福となすくらいの気持ちが大事だよねえ。転んだら、タダでは起きてやるものかと、何か拾うのだ。けれども、こんな話を読んだ。停車していたら、車がぶつかってきて、ケガをした人がいた。こういう場合は、ぶつけた方が悪いのは当然だ。けれども、ぶつけられてケガをした人は、これも自己責任だと全く相手を責めず、請求もしなかったという。こういう話をどう考えたらいいのだろう。全てを自己責任であると考えれば、当然ながらこういうことになる。
一方、他力本願というのがある。これは全てお釈迦さんの仕組んだことであるから、全てをゆだねてしまう。これも誰かのせいにするわけではない。自己責任という考え方と全く反対なのだが、全てを自己責任として考えることと、全てを他力本願として考えるということはすごく似ている。目の前の誰かを責めないという点か。
ジョン・ケージは偶然の音楽を求めるために、占いを絶対視し、占いで音を決めてそれに従った。占いを徹底的に信じるなら、占いを絶対とし、それに従うことを覚悟しなくてはならない。全て自分の責任だと考えるのであれば、傷を受けた人間に対してもお前が悪いと言うほかない。全ての恨みつらみは間違っていると。
私は凡人であるので、自己責任の部分もあり、それはキミの責任だろうというものもあり、お前のせいでこうなったもあり、ありがたや〜の他力本願もある。まあ、徹底していないわけだ。自己責任の傲慢も感じるし、他力本願のいい加減さも感じてしまう。人のせいにするなよもあるし、お前自分でなんとかしろよもある。
自己責任にしても、他力本願にしてもスバラシイ。が、それを結論として、結論から出発してはならないという気がする。それは一つの考え方のズラシだ。膠着状況をずらすアドバイスにしかすぎない、などと思うのだ。結果や結論など、この世界にはどこにもないかもしれない。いや、こう言ってしまうとまた結論めいてくるのか。台本などを書いていると、結論、反論、そして逸脱というものが展開というもので、そんな七転八倒こそが劇的で、そんな七転八倒がいじらしく、いとおしい。

2008年08月19日(火) 20時55分
今日は飲酒運転で逮捕されそうになる夢を見た。長いことそんなことしていなのにである。知り合いの家が団地の中にあり、ちょっと寄っていくつもりが一杯飲んでしまい、これからパーティがあるというので参加することになり、団地の中に車をおいとくのはアカンと思ってコインパーキングにちょいと移動するつもりだったのに、一方通行やら工事中やら対向車が来るやらでどんどん公道に出てしまい、オマワリサンに誘導されていくところで夢やないかこれはと思い切って夢から脱出した。ギリギリセーフ。私にはこういう芸当ができるのだ。夢の中でたいがい危機一髪、ギリギリセーフで目覚めることができる。ただ不思議な夢よりも、ごくごく日常的な夢が多いので困るときがある。確かに洗濯したと思っていたのが夢だったりする。確かに伝えたと思っていたことを、相手はぜんぜん聞いてなかったよと言う。そういう夢は現実と区別がつかないので、ほんとに困るのだ。

戯作三昧

2008年08月18日(月) 0時15分
お盆は結局ひたすら机に向かう日々だった。もちろん台本。あまり書くとネタバレになるのでここには書かないが、かなりできた。自分でも納得がいっている。もちろんやってみないことにはわからないのだが、面白くなっている。大きな冒険もいくつか試みる。冒険しなければ、私などにはやっている意味がない。時々オリンピックや高校野球をチラリと見てパワーをもらった。この数日でずいぶん涼しくなった。来週からは稽古日程がグンと詰まってくる。じつは一番の勝負どころは稽古場だ。今夜は満月。

保坂和志「羽生」

2008年08月15日(金) 23時42分
 じつは先週までほとんどパニックと言ってもいいほど改訂が行き詰ってしまい、にっちもさっちも行かなくなっていた。書きかえたいことがあるにも関わらず、それをやるとなると、あっちが悪くなり、こっちがおかしくなり、よけいにボロボロになっていく。矛盾だらけでいいのだ、今までのものを壊していいのだ、そう思いはするものの、こんなことでは書きかえるカイがないほどボロボロな気がしてきていた。こんなに悩んだのは久しぶりだった。だったと書くのは、今週のアタマにキリコにその悩みを打ちあけたところ、じゃあこうすれば、ああすればと新しい視点がドバドバ出てきて、あれよあれよと光の筋が見えてきて、それからはなんとかエッチラオッチラ進み始めたからだ。感謝。なんとかなりそうだ。いや、なんとかしてみせるのだ。オリンピックもほとんど見ずに、トホホ。
 ところでこの間読んだ本だが(本だけはちょこちょこ読んでしまうのだ)、保坂和志の「羽生」は抜群に面白かった。保坂氏は小説家だが批評もすごく面白い。かなり前だが「世界を肯定するための哲学」を非常に興味深く読んだ。保坂氏は羽生が何にこだわって将棋を指しているかを詳細に探っていく。将棋論というより、これは非常に貴重な芸能論だ。
「将棋と音楽はどちらも固有の法則を持ち、それにのって動きはじめたら、個人の「こうしたい」「こうしたくない」という意図を超える」
「<最善手>とは、棋士個人の産物ではなく、一局の将棋の持つ法則である」
「“最善”の基準は結果からではなく、そこにいたる差し手が決める」
「読みよりも前にテーマがある。その一つが、盤上の駒を一枚でも多く働かせて悪いはずがないということだ。」
 羽生自身の本も何冊か読んでいるが、これはまた別で面白い。それにしても将棋長いことしてない!

淀川花火大会

2008年08月10日(日) 13時48分
夏休みだというのにどこへも出かけることのない我が家。娘を連れ、歩いていける淀川花火大会へ。今年から、「平成淀川花火大会」から「なにわ花火大会」になって、十三だけでなく、大阪市のイベントにもなったらしい。
早めに行ったのだが、雲行きがだんだんと怪しくなり、ザアーと大雨が降り出して雷がバリバリ。イナズマが梅田の方に走る。こりゃアカンかと思いきや、ドドンと始まり、思わずあちこちから拍手! やや雨も勢いを弱め、もう濡れることもおかまいなしに、ただひたすら花火を見る、見る、見る。吸い込まれるように見る。花火に思い入れ。打ち上げ場所は川の中なのだが、今回はすぐ近くから見たので音がいい! ドカンドカンと、もうステキ、どうなってもいいからムチャクチャにして〜という気分。ああ、花火みたいにドカンと散りたし。
花火のちょうど後ろに半月。花火が終わるころには雨も止んでいた。あれだけ降ったにも関わらずこんなにたくさんの人がいたんだなあと感心しきり。なかなか帰れず。でも、みんなゴミをそのままに帰り、あとはゴミだらけ。今年はゴミ箱なかったけど、逆効果だったか?
翌日、御前10時ごろ散歩に行くと、もうすでにゴミはなく、いつもの淀川だった。スタッフの皆さん、ご苦労様です!
台本改訂難産中で、見に行きたいものが沢山あるんだけど、見にいけない。この場を借りてお詫び申し上げます。

うでまくり洗吉

2008年08月09日(土) 2時02分
アラさんの命日は、たぶん今日、いや、もうすでに昨日かな? 8月8日で末広がり〜の記憶があるのだが、間違っているかもしれない。芸名が「うでまくり洗吉」で、楽市楽座の創立メンバーの一人で、途中から座長でもあった。96年の8月に亡くなった。震災があったのが前の年で、震災後に仮説住宅の集会所で井上ひさしの一人芝居「化粧」を演じたら、お客さんから「あんたも苦労してはんねんなあ」と言われていた。
今年で12年になる。干支も一回りしたわけだ。12年前のあの頃は、東京公演や北九州公演などの予定もすでに入っていて、楽市が公演機会を求めて頑張っていた頃だ。震災後ということもあって、神戸でも上演した。楽市旗揚げの時、アラさんには私の前世かもしれないと勝手に思っているオバさんの役をやってもらった。
彼女の勧めで、楽市楽座は愛媛県内子町の「内子座」という、大正時代に作られた木造歌舞伎小屋で旗揚げした。同じ作品を劇場に誘われ松山の大衆演劇の小屋で、それから東京のアゴラで、そして、大阪の中之島公園にて、竹で骨を組んだテントで上演した。それが終わったころには、劇団員の大半はいなくなり、私とアラさんを含めて四人になっていた。それからは、しばらく「クロ」という女を演じることになる。じつはアラさんと一緒に楽市楽座の旗揚げに加わった北斗キララももうすでに亡くなっている。大学の演劇部で一緒だったという二人だから、今は二人でなにかやっているかもしれない。
アラさんというのは彼女のニックネームでもあって、Dr.スランプのアラレちゃんに似ていたからだ。お墓は愛媛にあって、あまり行けていない。特に毎年この時期は台本に悩んでいる時で動きがとれない。けれども、私にとってはいつもあちらとこちらは地続きだ。

ライバルはディズニーランド

2008年08月02日(土) 22時07分
一昨日は制作会議で劇団員集合して進行を確認。本以外は順調にほぼ進行。ぐぐ本以外は・・・。お盆すぎれば本格的なケイコ開始。ケイコー!
そして昨日は寺門氏をまじえて衣裳の打ち合わせ。デザインほぼ全員上がってきてミゴトなゑがズラリ。今までと違い、かなりファッショナブル〜になるのではないか。衣裳協力のイシカワチサトさん、ましゅこさんはお会いするのが初めてでお二方ともソーキュート。それから出演者でもある曽木亜古弥さん(なぜかネエサンとつけたくなるのだが年下なのでやめとこ)、そしてキリコ、私。ここはどうなってるんだろ、ここはどうやって作ろうか、などなど密談を重ねるのを聞いているとなんとも頼もしい。衣裳デザインはかなり役者の動きのことも考えられていてアイデアもてんこもりで、今までの日本昔話調(?)とは違いかなりアートな雰囲気。と同時にカブリモノ多し。このキャラで、ホ、本は大丈夫か〜と心中心配しつつも口に出さず。どっちにしろこのキャラたちは一度見たらもう忘れられぬ。ポスターといい衣裳メイクといい今回は寺門ワールドが舞台を押してくる。ぐぐぐぐぐ。いや、グー!と受け止めてドンと打ち上げたいのココロ。この衣裳とメイクが実現して役者たちが動き始めたらさぞかしスゴイことになるだろう。ひょっとしてなんか新しいタイプのSHOWが出現することになるかもしれん。そうなんよ、楽市楽座は「ライバルはディズニーランド!」なんですから。(スイマセン、まだ行ったことないんですけど)
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