【固定】たっちゃんの金魚

2007年11月25日(日) 15時00分

佐野キリコ作☆長山現演出・音楽による
『たっちゃんの金魚』

日時:11月25日(日)15時(開場は14時半より)
会場: 奈良県桜井市「見感倉庫」(ギャラリー&カフェ「色味色」となり)
*上演後には小ライブもお届けします!
出演 佐野キリコ・平林之英(sunday)
大人前売 2500円・ペアチケット 4500円・中高生 1500円・小学生以下 500円
*当日お飲物、お菓子等の販売をします。
*コップをお持ち頂きますとお飲物は割引きさせていただきます。

本日本番!「たっちゃんの金魚」

2007年11月25日(日) 2時46分
 さあ〜。いよいよ、本日本番じゃ。「たっちゃんの金魚」。
 たった一日。1回こっきりの本番じゃ!!

タイムトンネル写真館

2007年11月19日(月) 23時32分
 着々と「たっちゃんの金魚」は進んでいる。壊しては作り、作っては壊す。はじめての客演出ではあるのだけれど、私も長いことやってきたにもかかわらず、こういうやり方しかできない。正直なところ、なにもでき上がらなくてもよい(え?)。結果がどうなろうと、まあ、どうにかなるとは思うが、そういうことは考えずにいく。来週の日曜が本番だというのに、おかまいなし。なぜって、そういう作業だけが自分で信じられる。最近、とくにそう思うようになってきた。

 さて、先週の土曜日、神戸ビエンナーレに行ってきた。目的は、楽市のポスターの絵でおなじみの寺門孝之氏(最近は、あの「キャバレー」のポスター画でまた一躍有名!)が企画している「タイムトンネル写真館」。これは古い写真と同じ場所に行って、同じ人が同じようなポーズをとって写真を撮って、並べて展示しているというもの。その並んでいる写真の横にそれぞれのコメントもある。
 こうゆうふうに、一つの場所の時間と人の時間を重ねると、いろんなことが見えてくるのだなあ。私たちはあっという間に年を重ねてきたようにも感じる。その間にきっといろんなことを経ていて、それが顔の年輪や、体格や、髪の毛なんかに如実に現れる。子供はどんどん大きくなり、親は少し小さくなる。子供の時間と親の時間の流れ方は全く違うんだなあ。自分が親でもあるせいか、親たちの思いや体験を空想すると、涙が出そうになった。ホントあたしゃ、涙もろくてイカン。
 親の顔はまた、子供にも現れてくる。クルクルとめぐるサイクル。このサイクルをニンゲンはどれだけ繰り返してきたことだろう。
 建物や道なんかは、場合によってはもっと大きく変化していて、全く風景が変わっていたりもする。街の成長はスクラップ&ビルドなのだなあ。変わらない建物は変わらないが、人為的なものだけあって、変わるものはすごく変わる。もう、跡形もない道もある。時間がいったん断ち切られ、まったく変化してしまったのだ。
 一方、昔は細い樹だったものが、少し太い樹になっていたりする。ここには、ゆ〜ったり〜とした時間が流れている気がするなあ。
 山なんかの地形はさすがにほとんど変わらないのだが、きっとそれもちょっとだけ変化しているに違いないのだ。
 あらゆるものが、それぞれの時間を持ち、それぞれの時間を生きながら交わってきた。

 きっと自分の中にもいろんな流れの時間が束になって流れているんだろうとも思う。
 進化医学の本にもあったが、個体だけではなく、現在という時間もまた、いつでも時間の袋小路なのだ。
 けれども、その現在という袋小路は、過去をたくさんもっていて、写真こそないのだが、きっと未来もあるに違いない。
ああ、不思議だなあ。
 このような企画を立ち上げた寺門氏に感服。
 たくさんのコンテナ・アートが並んでいたが、ここが一番みんなの滞在時間が長かったんじゃないだろか。

「病気はなぜ、あるのか−進化医学による新しい理解」

2007年11月16日(金) 23時10分

ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ 著。

 進化医学(ダーウィン医学)というものがあるのをはじめて知った。いろいろな病気を進化論的に考えてみようというもの。ほとんどの病気はワルモノ扱いされているが、進化という時間軸から見ると、何かの副産物であったり、文明が解決してきたことから2番手・3番手の病気が順位を上げてきていたりする。
 具体的な例がたくさんあげてあって、「へえ〜!」とうなれる。ウイルス性の病気が、毒虫や寄生虫を退治することによって大きな流行を作り出すようになったことなど、現在の耐性菌が抗生物質があらかたの菌を退治した後の生き残りが変異してものであることとパラレルに考えられるなどというのは、なるほどーというものだが、とても面白かく、考えさせられたいくつかをメモっておこう。

「サルはヘビの怖さを映像でもあっという間に学習するが、花への恐怖は学ばない。」
 恐怖の素地は、すでに持っているということ。このことが意味するものは、すごく大きいと思う。

「つわりは最も活発に成長する胎児を、毒物から守る働きがある。同様に、小さな子供の好き嫌いも毒物から身を守る働きを持っている可能性が高い。」
 よい子がスクスク育つわけではないのね。好き嫌いにも大切な根拠があったのかも。

「アルツハイマー病はかなりの効率でニンゲンがなる病だが、それはニンゲンが脳を急速に進化させたために起きたものである可能性が高い。」

「ニンゲンは、ほとんどの動物が持っている尿酸を分解する能力がない。それが、他の動物よりも癌になりにくくしている可能性がある。」

「ボスザルは脳内物質のセロトニンの量が倍ほど多い。転落するとぐっと低くなり、うつ病となる。逆に、普通のサルにセロトニンを与えると、ボスザルになる。このことから、うつ病は社会的地位と関係していると考えられ、先進国でうつ病が多いのは、情報過多の中で社会が大きくなったため、自分自身の社会的地位が相対的に低くなってしまったからかもしれない。」
 これなどは、恐ろしくも的確な事実かもしれない。マルクスがこれを知ったら何と言うだろう。

 ほかにもまだ色々とあるのだが、このへんで。
 恐るべし、進化医学。

(ただし、私は遺伝子のために生物があるとは考えない。それは目的論的な「理屈」にしか思えないからだ。むしろ、「全ての個体は常に系図の袋小路である」というワイズマンの言葉が印象に残る。)

鮑駝鳥同窓会作曲初稽古

2007年11月13日(火) 0時04分
 先週の金曜は、仙台の赤提灯。初夏にも来た店で、ジイチャンが棟方志功ばりの書画を描きまくっていて、安くて美味い!今回はナント殻つきアワビの軽い酒蒸しを、殻からはがして丸かじりしろという。・・・ああ、なんて美味で贅沢! 向かいの焼き鳥屋ではナント「駝鳥の刺身」。なぜ仙台に駝鳥が? こ、これが赤身で、生大蒜をのせ、醤油で。トロリとしつつサッパリ、大蒜がピリリと辛く、感動。すっかり駝鳥ファンになる。

 土曜は新宿で30年ぶりの高校同窓会。学年全体の半分近く?が集まり、あの顔この顔フケたり太ったり。よくぞ今日まで生きてきた。作家になって普段はドイツに住んでいるヨーコさんも来ている。一緒に雑誌を作っていたのだ(自慢)。もう一人水泳部のヨーコさんがいて、こっちは何度か会っているが、今はキティちゃん一家を作っている。この二人が私のマドンナかな。男に比べ女はあまり変わらないのは努力してるのか? ほぼ全員が2次会へ。最後はいつもの水泳部で締めくくり。いやあホント、長生き(?)するとユカイ。

 日曜は自宅で「たっちゃんの金魚」の作曲。ある程度プランはあったが、一気に4曲。ワルツ、コミック、ロックンロールにゴスペル? ええ曲できた。いつもは円形劇場で求心的だが、これは広い倉庫なので、どこまでも広がる。

 本日はその初稽古(私にとっては)。唄と少しセリフをいじって、全体のコンセプトを語る。キリコと平林さんは唄の相性が抜群。二人とも唄の理解度が高く、瞬く間に4曲覚え、とっても楽。劇は1時間ないので、あとはライブで選曲を検討。もしかすると、自分主宰以外での演出(客演出?)するのは、はじめてかもしれない。

「たっちゃんの金魚」予約開始!

2007年11月04日(日) 2時01分
でっかい倉庫で上演を予定している「たっちゃんの金魚」の予約がはじまっている。キリコが書いて、キリコと平林さんが演じる。私は音楽と演出担当。もちろん、生演奏!もちろん、唄あり、踊りあり!

昨年もキリコの一人芝居「月夜のおさかな」をやったのだが、とにかくでかい。奥行きはゆうに50mくらいある? 高さは10mくらい?音が気持ちよく広がる場所で、サキタハジメ氏のノコギリライブも最高だった。

本日、その音楽・演出プランを練る。とても不思議なホンなので、この不思議なままを身近に感じてもらい、その上で、お客さんの感情を揺らしたい。なおかつ、ゲラゲラ笑ってももらいたい。なので、去年より、ダイナミックな音楽・演出にしようと思う。できるかな〜

劇のあとはライブにもなる予定。たった1日。1回限りの上演。それでも、力は入る。こちらはたった1回でも、お客さんにとってはいつもそう。能は1回しかやらないし。絶対面白くなりますので、ぜひご予約を!


大阪から行く人、せっかくだからここへもどうぞ!

歩いて行ける山の上に、「土舞台」という場所がある。(15分?)
1400年ほど前、聖徳太子が命じて、ここで少年たちに舞を学ばせたという記述が日本書紀にある。日本の芸能発祥の地かも。感じる人には、なにかを感じられるスポット。途中に池や小さな神社もある。桜井市出身の麿赤児もここに来たという。

少し遠いが同じ桜井市にある「大神神社」(おおみわじんじゃ)の入り口には、酒樽の上に蛇。ご神体は三輪山そのものだが、それはトグロを巻いている蛇だともいう。医療や酒の神でもある。ここは誰でもビンビンくるところ。日本最古の神社かも。ここはホンモノの聖地だ。11月14日には「酒まつり」があるらしい!ああ、行きたいけど、ムリ!

お隣の大和郡山市は金魚の産地として有名。金魚資料館もある。入り口の犬がカワイイ。そばには、田んぼのような金魚池がたくさんある。

金魚がいて、蛇がいて、奈良は「金魚姫と蛇ダンディー」のフルサトかもしれない!

「細野晴臣インタビュー」北中正和編

2007年11月03日(土) 0時46分
 1991年に細野晴臣にインタビューしたものを、文庫本(平凡社)で購入。生い立ちから、エイプリールフール時代、はっぴいえんど、ティン・パン・アレー、YMO、その後のソロ活動までについて時間を追って語っている。ちなみに、はっぴいえんどは私の中学時代、本気でミュージシャンを目指していた頃に聞いた。とくにラストアルバム。高校時代はジャズ一辺倒だったのであまり聴いていなかったのだが、大学ではティン・パン・アレーをよく聞いた。もちろん、その後のYMOも。 このインタビューを読みながら、まるで自分がたどってきた時間をもう一度たどるような錯覚に陥る。ほんま、チュウチュウガタゴト。

 テレビやラジオという媒体から流れる音楽から始まって、音楽にある種のメッセージというものがあることを知り、それからプログレやジャズに行き、アメリカやヨーロッパ自身が自らを否定していることを知り、それ以外の世界に目を向け、それから日本という足元を見つめる。と同時に、宇宙やスピリットなどへの関心。

 音楽や美術、もちろん演劇にも、「前衛」や「反体制」、「カウンターカルチャー」というものがあるのだけれど、60年代、70年代、80年代、90年代、そしてこの数年と、それぞれの意味が変わっていることが、このインタビューからよくわかる。
 一番印象に残ったところは、日本の音楽シーンが未だに日本の伝統をうまく自分とつなげられていないというところだ。ヨーロッパもアメリカもずっと掘り下げているという。

「ですから音楽に求められないかわりに、何か精神的な迷宮に入っちゃったりする。それはナショナリズムだったり、もっと歪んだ形で現時進行形としての経済的なナショナリズムだったりとか、そういう歪んだ方向にしか行けないんですよね。」

 うーん、梅原猛とほとんど同じことを言っている。

 政治的には、「反体制」の最も現代的なスタイルが、小泉前首相だった。今や「反体制」は最も保守的な層に存在する。マスコミもほとんどかつての左翼であり、それが「体制」を形成している。逆に、もともと反体制的だった人々は、消費者運動だったり、スローライフだったり、考え方としては「古い」ことを主張している。「カウンター・カルチャー」は、直訳すれば「反・文化」だろうが、むしろ今一度ほんとうの「文化」とは何かが問われている。

 音楽的には、1小節をいかに1拍子に感じられるのかということが興味深かった。
音楽は文学や劇と違って、非常に抽象的・論理的で、かつ感覚的なので、それが言葉や思想とどうクロスしていくのかがいつも大きな問題になる。言い換えれば、とても数学的(たとえば音階とか和音とか、すべてとても論理的なのだ)で、しかも感覚的にしか聞くことができなくて、その二つをつなぐことができるのは結局思想しかないということだ。
こういうことに、じつは私たちはもう気がついてきているはずだ。

梅原猛「歓喜する円空」

2007年11月02日(金) 0時13分

 円空はスゴイ!去年かなあ、六本木で実物を見てたまげたのだ。

 梅原猛は、円空の膨大な作品をかなり見て、文献を集めて読み、その上で人となりと推測し、作成年代を推定する。で、円空の作風が次第に荒削りへと発展していったことを明らかにする。そして、円空が決して彫刻バカでも素朴でもなくて、思想的で芸術的な仏教徒であることを明らかにしていく。次から次へと目からウロコだった。

 まず、円空が修験道者であり、仏教徒であるということ。山川草木悉皆成仏(山も川も草も木もすべて仏である)という思想そのものが、その二つの神仏混合として現れた思想であることを述べている。(これは世阿弥なんかにも共通する)この山川草木悉皆成仏という思想は、おそらく縄文から続くものだろうとも言う。円空は「宇賀神」も多く作っていて、これは蛇がとぐろを巻いた姿をしている田の神。蛇は縄文に最も崇められた神で、弁財天(芸能やお金の神)とも結びついている。

 それから、円空の旅の範囲の広さに驚く。そして、期間の長さ。一生を旅したといってもいい。岐阜を中心に、北海道へ、奈良へ。しかも、修行としての旅で、山の洞窟に住み、生食だったりする厳しいものだ。

 絵もたくさん描いていて、一連のものは連続漫画のような物語が読めるという。また、和歌もたくさん作っている。この和歌がすごくいい。

「歓喜(は) イツモ絶(や)せぬ 春なれや 浮世の人を 花とこそ見れ」( )は梅原
「春を讃える歌であるが、このような歓喜に満ちた歌は日本の歌には少なかろう。歓喜の春、人はすべて花のように見えるという。」(梅原)

 秋や冬に比べて圧倒的に春の歌が多い。また、桜よりも梅。これは、ただ美的に自然を眺めたのではなく、自然に生命の本質を見たからだろうと言う。そう、円空は木切れの中にすでに仏の姿を見たからこそ、あんなふうに最小限の彫りで、自由自在に仏を掘り出すことができるようになったのだ。

 円空の死に方にまた驚く。円空は自分が成仏する日を決め、穀断ち、水絶ちなどの行を行い、予定の日に64歳で入定(即身成仏)している。仏教にくわしい人には常識かもしれいが、こんな歓喜の死に方もあるのだ!

 この本の最後に書いている文章を引用しておこう。

「・・・明治新政府をして神仏分離・廃物希釈の政策を採らしめた。まさに円空の期待に反して神が仏を滅ぼしたのである。しかしその神は円空の言う、縄文時代の昔から日本にいる神々ではなく、新しく作られた国家という神であった。実はその新しい神は、仏とともに日本のいたるところにいた古き神々をも滅ぼしたのである。そしてその新しき国家という神もまた、戦後を境にして死んでしまったのである。こうして日本は世界の国々の中でほとんどただ一つの、少なくとも公的には神も仏も失った国となったのである。
 神仏を殺した罪は大きい。いろいろな祟りが今、たとえば国の指導者である政治家や官僚の腐敗や青少年の恐るべき犯罪となって現れつつある。円空はこのような問題の根源がどこにあるかを像や歌で秘かに語っているように思うのである。」
2007年11月
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
最新コメント
アイコン画像ボーダー
» 2017年08月03日のつぶやき (2017年08月04日)
アイコン画像長山現
» 2017年03月14日のつぶやき (2017年04月04日)
アイコン画像ドテチン
» 2017年03月14日のつぶやき (2017年03月15日)
アイコン画像ふーちゃん
» 2016年08月19日のつぶやき (2016年08月23日)
アイコン画像沖縄のみゆきです
» 2016年07月09日のつぶやき (2016年07月11日)
アイコン画像長山現
» 2016年02月14日のつぶやき (2016年04月02日)
アイコン画像善光寺クロ
» 2016年02月14日のつぶやき (2016年02月15日)
アイコン画像みゆき
» 2015年12月20日のつぶやき (2015年12月21日)
アイコン画像ピエロ
» 2015年12月06日のつぶやき (2015年12月07日)
アイコン画像善光寺クロ
» 2015年11月01日のつぶやき (2015年11月02日)
Yapme!一覧
読者になる