野外劇の魅力(3)

2009年11月26日(木) 21時59分
 覚書ノートとして書いています。
 すごく基礎的で抽象的なことから書いているので、まだるっこしい・・・です。

 前回、劇が劇場で行われるようになって、何かが抜け落ちたのではないかと書いた。また、劇場→映画→テレビという流れについても書いた。
 この劇場→映画→テレビという流れ(ここにインターネットを新たに付け加えることもできるかもしれないが、今はふれないでおく)の中で何が起きたのか。

 この流れは、それぞれ何らかの集団に属している。劇場は都市に、映画は国家に、テレビは国民とざっくり言えるかもしれない。だいたいそうじゃないかと思う。

 劇場は都市というものと同時に生まれた。それまでは「劇場」という決まった上演場所はなかったかもしれないものが、劇を上演する特定の場を持ったのは、それを必要とする都市が生まれたからだ。都市という非常に多くの人々が生活し、ほとんど無秩序に近い荒々しいエネルギーが渦巻く場所で、そのエネルギーのはけ口であったり、バラバラの人々の気持ちをまとめたりするために、劇場は作られた。それは人間の祝祭でもある。なんだか「人間の勝利」という言葉が浮かんでくる。ギリシャ悲劇なんかは神(運命)を扱っているが、それでも、それが悲劇であるのは、神(運命)に対する人間の挫折が描かれているからだ。ギリシャ喜劇の方は、もっと人間バンザイになる。(ちなみに、ヨーロッパ中世の大規模なページェントも祝祭劇だが、街頭で行われていたはず。)

 それが映画になると、国家というイメージ。映画はかなり大衆社会(国家によって作られた)とか巨大資本がからんでくるわけだが、そこには「銀幕のスター」と呼ばれる、代表選手が現れる。それまでは、なかなか役者が歴史に残るなんていうことはなかったような気がする。世阿弥だって一役者として残っているわけではない。「銀幕のスター」は言うなれば大衆社会の神々と言ってもいいだろう。ヒットラーも銀幕のスターとして生まれたんじゃないだろうか。映画の時代には、大衆はまだ貧しかった。銀幕の世界は光に溢れ(実際にそれは光によって映し出されていた)、日本でいうなら、タタミとちゃぶ台、汲み取り便所の日常でない光溢れる場所をそこに見ようとしたかもしれない。厳しい現実とは別の世界を、映画という窓の外(中?)に見ようとした。

 テレビはもっと大衆化が進んできて現れる。映画はお金を出して、よそ行きに着替えて都会で見るものだった。テレビはちゃぶ台のある世界の中で、タダで見ることができるメディアだった。映画がまだ大衆を作ろうとしていたのに比べ、テレビは本気で大衆というものを作り出してしまった。ああらゆる流行をテレビが作る。同じ町で起きている事件も、テレビに映ったときにやっと本当に事件になる。テレビが世界を映し出している。アイドルは身近で平凡で、愛すべき存在だ。わたしたちの等身大で、決して手の届かない「スター」ではない。家に帰ってテレビさえつければ、つまらない現実のことを忘れることができる。

 そう、ここに至って世界は逆転する。テレビに映っているものが現実になり、それを見ているワンルームマンションの側がさながら虚構めいてきてしまう。私は本当に生きているんだろうかと悩みはじめる。

 劇場→映画→テレビという流れの中で、じつは失われたのは「現実」とか「現場」なのだ。

 もちろん、これは非常にいい加減な推論だし、今でも劇場や映画やテレビで良質なものだってたくさんあるわけで、私がここに書いているのは、そういう個別の具体的で良質なもののことではないから、たいした意味があるわけではない。自分でもイヤになるほど、図式的だと思う。それに、劇場→映画→テレビというメディアだけが、個人主義を生み出したわけでもないだろう。

 ただ、流れとして、そういう流れがあったと確信するのだ。そして、良質なものは常に現実をもっと見つめようとしてきたし、現場に立とうとしている。私が言おうとしているのは、見ている側のことなのかもしれない。テレビの現場ではなく、テレビを見ている現場とは何なのか。

 テレビというメディアの根底には、実はもう一つ、「家族」という集団(現場?)があった。そこにいることに意味がある劇場(旦那衆とか奥様方とか?)、見るために一緒に出かけていくための映画(デートとか?)、家で家族と共に見るためのテレビ(ダイニングキッチンとかリビングルームとか?)。けれども、最初のうちは家族共通の娯楽として重要な役割を果たしたテレビには、家族から会話や長話(物語)を奪うという役割もあったかもしれない。

 野外劇は、この流れを遡ろうとする。劇場が建つ前の場所にまで。

 気づいている人もいるかもしれないが、この流れはつまり、「等身大の人間の方へ」という流れでもある。だから、中世のページェントのように、宗教的な方へ行くと劇は野外を求めるようになる。もしかすると劇場の「屋根」というものも、はじめは宗教的な意味があったのかもしれないとさえ思う。空に向かったアンテナとしての屋根。

 それでは、野外劇は宗教的なのか。
 おそらく、そうとも言えるだろう。

 ただし、その前にもう一つ確認しておく必要がある。テレビの中に現実があり、テレビを見ているこちらが虚構のように感じるということの意味には、もう一つの流れがある。

飛鳥流の宗家にお会いする

2009年11月26日(木) 2時29分
「金魚姫と蛇ダンディー」の扇町公園での公演にお越し頂いた、飛鳥流宗家の飛鳥峯王さんにご挨拶をかねて訪問しました。
 うちのキリコが、もともとその内弟子であった飛鳥博史さんに日舞を習っていたので、奥様とご一緒に見に来て頂いたのですが、とても喜んでくれていたのです。
 宗家の家にはほとんど劇場といってもいい舞台があり、その上の広い稽古場でお会いしました。

 来年からの全国巡回公演についてはすでにご存知で、実の親以上に色々と心配してくれ質問攻めにあいましたが、お二人ともたくさんの苦労を楽しまれた人たちで、祝福と応援の言葉をたくさん頂きました!
 円形劇場や水流回り舞台、役者が生演奏すること、完全な野外などについてもとても理解が深く、全国をまわることについて、理解と激励の言葉を頂きました。非常に少人数であることも、旅も、子連れについても、ひとつひとつ前向きなアドバイスを頂きました。
だいたいこういう話をして、それはどうなの?という感想を言うのは、ほとんどが若い人たちで、清水きよしさんもそうでしたが、ある程度の年齢以上の人たちはむしろ喜んでくれるような気がします。

 飛鳥流を立ち上げたのは、宗家が50歳の時だそうで、私と同じです。その前にも、キャバレーでのショーの苦労や、立ち上げた直後のフェスティバルホールでの公演とその後の苦労などがあったことなどをお聞きし、全国巡回公演を続けていくことで見えてくる可能性や、ご自身の体験からの子供のこと、楽市の芝居の魅力などを聞いているうちに、あっという間に2時間くらいがたってしまいました。
 飛鳥流は、日舞といっても色んなことに挑戦していて、ほとんどレビューに近いようなこともしています。それだけずっとチャレンジャーであり続けたということであり、その精神からみれば、私たちがやろうとしていることなど、入り口にすぎないと感じいりました。

 宗家は80歳、奥さんは72歳だそうです。息子さんは市川右近さんといい、市川猿之助さんの芝居に出ています。息子さんもずっと小さい頃から舞台を勤め、すくすく育ったようです。
実際のところ、最近はずっと子供と話す時間は増えています。おそらく、彼女にとっても、これからの数年は親からいろんなことを学ぶ時間になるでしょう。同時に、子供から学ぶこともたくさんありそうです。

自分たちの進むべき方向が間違っておらず、きっと何とかなるだろうという確信を持つことができました!
これからも、きっと多くの出会いに恵まれるだろうことも!
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