夜中のウンコ

2016年04月05日(火) 22時20分
「夜中のウンコ」っていう唄のアイデアが浮かんだって書いたら、わりと反響があったので、書いてみました。
唄いたい人は、勝手に節をつけてください。
フレーズを変えたり、加えたりするのも、まったくOKです。
いいフレーズがあったら、教えてね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夜中のウンコ

夜中のウンコは めったにない
夜中のウンコは ちょっとはしたない
夜中のウンコは あんまり臭くない
夜中のウンコは あんまり人には話せない

夜中のウンコは 暗闇がこわい
夜中のウンコは とっても孤独なのさ
夜中のウンコは 紙がきれてたら大変だ
夜中のウンコは でもガマンしない方がいいと思う

ウンコしたあと お尻ふくのって
たぶんおそらく ニンゲンだけだろうね
ウンコすると オシッコも出ちゃうのは
ひょっとしてもしかすると ニンゲンだけなのかな

夜中のウンコは 酒の飲み過ぎだろうか
夜中のウンコで 脂汗流したことがある
夜中のウンコは 健康的に不安をかきたてる
夜中のウンコも まあウンコに変わりはない

戦後に食べるものがあまりにもなくて
便所の片隅にころりと転がってるウンコを見て
どうしても美味しそうに見えて思わず口に
ずっと後悔したという話を聞いたことがある
他の犬のウンコを好んで食う犬もいる
いつか私も ウンコを食べる日が来るかも

夜中のウンコには 妄想がそそられる
夜中のウンコには 名前をつけてみたくなる
夜中のウンコには 目も口もあるのです
夜中のウンコウンコウンコウンコウンコは
しずかにひっそり
夜中のウンコは まだ私の一部

夜中のウンコは まだしたことがない
ほんとでしょうか ああそうですか
夜中のウンコは 夢に現れて
夜中のウンコは あなたに添い寝するのです

夜中のウンコは 目を輝かせ
夜中のウンコは オデコに乗ったりする
夜中のウンコは そのがっしりした腕で
夜中のウンコは あなたを抱きしめる

ぬるぬるしたからだを 押しつけてくる
やけにいい匂いで あなたはとまどう
もっと自信をもてと しかりつけてくれる
ああ 好きになったら どうしよう

夜中のウンコウンコウンコ うんうんうんうん
まだウンコしてます 夜中に
あ・・・
プリプリ〜

なぜ縄文が理想で、文明がおかしいか

2015年03月04日(水) 2時10分
縄文時代、つまり狩猟採集時代には、食うための時間はほんの少ししか必要なかった。それ以外はぜんぶ芸能的時間、思索的時間、愛するための時間だったと思う。人類はあきらかに退歩している。

縄文時代、つまり狩猟採集時代には、飢えというものはなかったし、虫歯もなかった。飢えや虫歯は稲作と共にやってくる。稲作や定住は、豊かさのためというより、国家の出現と租税を納めるために強制されたと考えるべきだ。身長も寿命もいったん短くなっている。

生きていることの充実を感じるためには、死と接近することが、ときに必要だ。縄文人もアボリジニも、旅を基本にしている。生かされていることを確認するためだ。この死への接近を自分ではなく、他人で確認する連中が現れる。誰かを殺すことで生きている充実感を味わう。山賊と国家の登場だ。

今や、世界中で7人に1人が飢えているという。人類史上最悪だ。種の絶滅もものすごいスピードになっている。こちらも、生物史上最悪だ。どう考えても、文明と言うものが登場して以来、豊かさよりも貧しさ、繁栄よりも絶滅、幸福よりも悲惨が増えてる。そして、そのことが明らかになってる。

文明というが、教科書で習うように、文明の痕跡は全て巨大な墓なのだ。つまり死者をどれだけ飾り立てるか。支配者の子孫が支配を確立する。文明を一言で言えば、墓の支配だ。その巨大な墓は今は作られていないが、その墓がどこに行ったのかが鍵かもしれない。ピラミッドや古墳は何に変わったのか。

文明の発祥であり、権力の発祥の象徴のピラミッドや古墳が、何に変わったのか。それは、一般庶民の墓に変わった可能性がある。サンカの墓は石を置いていただけだという。「家系」など支配階級だけの概念だったが、次第に庶民も苗字を欲しがるようになる。祖先崇拝でさえ利用されている。

ピラミッドのような巨大墓が、庶民の墓に受け継がれたのと同じ構図が、じつは「民主主義」にある。「民主主義」という言葉はほとんどがウソで、ホントの民主主義は全員一致するまで話し合うことだし、排除者と絶対作らない思想だ。死刑や刑務所や多数決がある民主主義など言葉の矛盾でしかない。

値段のつかない経済効果

2011年10月31日(月) 21時24分
沖縄最初の場所である大宜味村喜如嘉での公演が終わった。初日、びっくりするほどの大賑わいで、増席にくわえて立ち見まで。その後の2日はそこそこだったが、近所からおじいやおばあも来てくれて、すごくうれしかった。昼間はすぐそばでおそらくハマヒヨドリがずっと鳴き続け、何種類もの蝶が舞い、ツバメも飛んできた。セミもまだ鳴いている。近くのガジュマルには夕方になると大きなコウモリ。どこから来たのか、客席の足場板にでっかいヤドカリ(?)がいたこともあった。毎日暖かく、夜でもまだTシャツで十分だ。楽日には地元の人たちも含めての宴となった。萌にも友達ができた。

昨日の昼間には、沖縄のガンジーとも言われる阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんの記録映画「教えられなかった戦争・沖縄編 阿波根昌鴻・伊江島のたたかい」の上映会に出かけた。98年に撮られたもので、阿波根さんは1901年生まれなので、もう90を過ぎている映像だ。若い頃にキューバに移民に行ったり、京都で学んだりした後、伊江島で農民たちの学校と生きる場を作ろうとしていて、米軍に基地用地として土地を奪われ、その後、生涯を基地との戦いに生きた人だ。10年前、101才で亡くなられている。家や農地を米軍に暴力的に奪われた後も、非暴力的に戦い続けたその生き様は圧倒的。晩年になって、基地が戦争抑止のためでなく、軍需産業と結びついた国家及び資本家たちのために存在するという理解になっている。ずっしりと重く、それでも暖かい映画だった。

それにしても、あれだけの事故を起こし、国民のほとんどが望んでいる脱原発もできず、県民のほとんどが望まない辺野古への基地移転を無理強いし、そのうえほとんど誰も望んでいないTPPにまで参加しようというこの政府はあまりに酷い。大阪の橋下はガレキを受け入れると表明したそうな。こいつもホント何考えてるのか。

戦争も原発も基地もTPPも、中心でやっているメンツはほぼ同じだ。そして、どれも、誰のためにもならない。

TPPには経済効果があるそうだ。あちこちで経済効果と言われるが、金が動けば経済か? 宇沢先生は「社会共通資本」という言葉で、金銭とは無関係な経済資本があることを述べている。そこに緑があること、田畑があること、水がきれいなこと、海が泳げること、皆が健康でいられること、それらがどれだけの経済価値を含んでいることか。

金銭だけが経済ではない。たとえば我が家では最近キリコが手作りパンにこっていて、毎晩仕込んで朝フライパンで焼くのだが、これなど我が家における経済効果ははかりしれない。しかも、お金はパンを買ってくるより安くつく。経済とは、ヒトが生きていく中で生み出される価値総体のことであるはずなのに、いつのまにか金銭の移動のことだけに限定されてしまっているのだ。TPPに参加となれば、今私たちが当たり前のように享受している、値段のつかない価値の多くが傷つけられることになるだろう。

逆に、為替取引や株の売り買いでどれだけの価値が生み出されるというのか。それは、経済的にはほとんど価値のない経済行為だ。つまり、経済効果ではなく、たんなる金銭効果とでも言うべきだろう。芸能的には、もはやお金とも呼ぶこともできない、たんなる記号のやり取りだ。TPPは、経済を記号のやり取りにまで貶めるだろう。

たとえこの世界がこれからどうなろうと、値段のつかない経済価値こそが最も重要であること。これからは、その価値はどんどん大きくなるだろう。そんな経済効果こそが真の経済効果だ。

田歌さんの三味線三昧!

2011年06月23日(木) 18時50分
パントマイムの清水きよしさんの紹介で知り合った、高知の三味線弾きの今井田歌さん。
私より10歳ほど年上の方だが、とても自由に三味線を弾き、そして歌う。
ブルースを三味線を弾きながら歌ったりする。
その田歌さんのライブ「三味線三昧」が、高槻であるのだ。
たまたまオフで大阪にいるので、見に行けるのだ!

田歌 TOTA 〜三味線三昧

6月25日(土)
PM7:00スタート
出演:今井田歌(三味線、うた)
料金:2000円(ワンドリンク付)
場所:マサラバザール
JR高槻駅正面、グリーンプラザ1号館B1
072−681−3445

我が家は、全員で行くぞ!
皆さんも、ぜひ!

手段の芸能化

2011年02月28日(月) 23時59分
今日はホンの〆切だったのだが、まだ1/4くらい。徹夜などせずに、今日はここまで。それでも、明日から稽古に入る予定だ。

さて、諸般の事情で、ホンになかなか「腰」が入らず、この間についつい読んでしまったのが「考える胃袋 ―食文化探検紀行」という、古本屋で見つけた新書本。石毛直道氏と森枝卓士氏の対談。食の文化人類学をわりと気軽に話していて、面白かった。

一番興味深かったのは、人類でもっとも古い味つけは、草食動物の腸管の内容物ではないかということ。つまり、ウンコの製造過程(石毛氏の言葉)。味や匂いもかなりエグイらしい。しかし、なんとなくわかるような気もするのだ。料理という芸能における、ウン。

ところで、最近は料理を作るときに、皮むき器を使わなくなった。まあ、皮むきも包丁を使った方がちょっと楽しい。今日はなにをしようかな、というところから、買い物して調理、食事して後片付けまで全部含めて、食として楽しめないかと。後片付けがなかなか難しいけどね。

よく「食うためにやっている」と言うが、それだとその行為は手段になってしまう。食うにしても、何かのための栄養補給だけになりかねない。とりあえず、今やってること全てを楽しもう。もちろん、食べてるとき、食べてもらってるときが一つの頂点ではあるのだが、目的意識が強いと、究極的な意味(生きる意味?)さえなくなりかねない。これは、手段の芸能化といえるのではなかろうか。

「無縁・公界・楽」の「原理」

2011年01月29日(土) 11時25分
昨日は、シシャモのカレー南蛮。けっこういけたし、簡単で安かった!

網野嘉彦の「無縁・公界・楽」を読み返している。78年に出版された本で、読んだのは30年位前だと思う。今読んでも新鮮だ。

彼は、ここで「原理」という言葉を何度も使っている。

たとえば、楽市楽座という制度。
一方に、織田信長などの権力者が自由経済の場を強権的に作り、その場を支配しようとしたという考えががる。が、それに対して網野は、そのような楽市=自由な市はもともと社会に古くから存在していた一つの原理であり、権力者はそれを制度化することによって支配下に置こうとしたと言う。地域が自ら「自由都市宣言」を行う「在地楽市楽座」というものがある。ここに、網野は「戦国大名の志向する方向とは本質的に異なる法理、現地の慣習の強い自己主張が貫かれている」と考える。ここで「慣習」と述べているのが「原理」であり、楽市楽座はまず原理として、先に存在していたのだ。

つまり、自由や平等、平和の理念はもともと社会の中に「無縁・公界・楽」の「原理」として存在していたが、権力支配が社会全体に広がっていく歴史の流れと共に、それらは差別され、閉じ込められ、衰退させられていったと考えるのである。

今になって、この考えの重要さがわかる気がするのだ。

「自由・平和・平等」は、フランス革命の理念として歴史に現れたと思われているが、それらが人々の暮らしの中に「原理」として息づいていたからこそ、フランス革命そのものが成立したともいえる。このような原理の理念化は、じつは歴史にいくらでもあるだろう。「民主主義」もまた、そうに違いないし、「多数決」もすでに大昔から存在していた。
社会の中にあった「原理」が、政治の「理念」に変わったことが、果たして進歩だったのかどうか。

今回、旅をしながら気がついたことの一つに、神社や寺の公共性がある。
それらを管理している人たちに、すごくお世話になったのだが、それは行政の管理する公園などと比べても決してひけを取らなかった。いや、むしろ、公園よりも上演がやりやすいところがほとんどだったし、また、信仰している人たちの存在はもちろん、地域に密着した活動をしている神社や寺が多く、行政が行っている地域活動や文化サークル(文化会館やクラブ活動への場の提供)と比べても、より深く、生き生きと地域とつながっている、もっと正確に言えば、地域を作り出しているのではないかと感じたくらいだ。
神社や寺には、まだ「無縁の原理」が生きているのだ。(それが、市井の人たちにとって特権に見え、非難を生むこともある)

そのような「原理」がどれだけあるのかはわからないが、それは人類の共通の財産としてある可能性すらある。そして、そのような「原理」は決して消えることがないはずだが、「原理」としてではなく、「理念」や「規則」や「制度」に取り入れられてもいる(ときに熱狂的に受け入れられきた!)一方で、その結果、「原理」としての働きを衰退させているかもしれない。

このような「原理」こそ、芸能の根源かもしれないと思うのだ。

芝居というものに人が感動するとすれば、舞台にそのような「原理」を見たときではないか。笑いや涙は、その原理に触れた瞬間に、劇場の中で共有されるのかもしれない。それは、決して「理念」にもならないし、理論で構築できる「真実」にもならないだろう。ひょっとすると、この「原理」の実態そのものは、言葉にはできない可能性もある。固定してしまえばすぐに消えてしまう、そんなナニカ。

てなことを考えつつ、自分をふり返ってみると、そんな「原理」がどれだけ抜け落ちているニンゲンかがよくわかる。まさに衰退の結果として自分がいる! だから、台本書くのって大変なんだ!
(まだ書き始めてないが、毎回すごいプレッシャーはそのためだったのか?)

なんとかせねばっ!

2010年10月04日(月) 5時59分
高知3日目は、朝から豪雨、カミナリ入り。楽屋テントの中は川のように水が流れ、靴が流れそうになる。まあ、川といっても深さ2センチくらいなものだが。
豪雨の中、昼前に近所の方が楽屋を訪問。まだ芝居は見ていないようだが、旅する家族にいたく興味を持った様子で、若い頃(戦後)東京にいて、先代の勘三郎の舞台を見た話とか、高知で上演された「土佐源氏」(これは宮本常一の原作だ)のこととかを話していかれた。
昼過ぎには少し雨も弱まり、一時やんだが、客席の椅子を拭いたあと、また夕方からパラパラと。神社の方がテントとか大きな傘とかを用意してくれ、また、軒下にも椅子を並べる。
開演35分前からギター演奏と金魚姫のフワフワとした舞をはじめる。すでに雨はやんでいたものの、20分以上たっても誰も来ない。いや、昨日もなかなか誰も来なかったと思いつつ、今日こそボウズかも。それが、10分前くらいに、到着日に行った飲み屋さん家族たち5人が来てくださった。そして、ワラワラと数人。
ギリギリ7時まで待ち、7時に前説と前座の唄。芝居をしていると、また数人。雨は奇跡的にやんでいるのだが、やはり午前中の豪雨のせいか、それともやはり宣伝が足りないのか(高知新聞に1週間前、わりと大きく掲載された)。3日目の日曜としては、ごく少数の客席。
そんな少数の客席ではあったものの、芝居はよろこんでもらえたようだ。
しかし、この状況に甘んじていていいのか。

この旅の最初は、チンドンのように練り歩きをしたり、近所の家にポスティングをしたり、拡声器を買って車や自転車で告知してまわったりした。
けれども、それらの労力と集客は必ずしも結びつかず、同時に、そのあいだ私が一人で仕込んでいたことも多かったため、体力的にきつく、今は一家で仕込んでいるため、現地宣伝はほとんど何もしていない。看板を出すだけだ。
その結果、舞台に体力を集中できるようになっている。3人での舞台、しかも生演奏であるので、出ずっぱりと同じ、もしくはそれ以上の体力と集中力を必要とする。セリフ、楽器演奏、お客さんの表情・・ほんの1時間15分だが、集中がとぎれそうになることもある。
その上、芝居をしながらも、生活しなくてはならない。毎日弁当や外食をするわけにもいかないし、買い物に自炊、風呂や洗濯、あちこちとの連絡とか、設備の整った家にいるよりは生活にも時間がとられる。(といっても、さすが半年続けているとだいぶ慣れた)
しかし、このままでいいのか。「今年は種まきかなあ」などと嘯いているところもあるが、じつはそんな余裕はない。先日、税務署に電話でかけあって分割にしてもらったが、その利子の高さには驚いた。
「今年、種まき。来年、水やり。」かもしれないのだ。桃栗三年、柿八年ではないが、収穫はいつになる?

お客さんさえ来てくれれば、楽しんでもらえる自信はある。どうすれば、もう少し来てもらえるのか。何をしたらいいか。はたして、マスコミに頼るしかないのか。
客席は70しかない。4日で280だ。キャパからいえば、マスコミに頼るほどの数ではないはず。この70、いや、50でもいい、入場無料だし、子供たちでもいい。なんとか自分たちの力でなんとかならないものなのか。それができなければ、全国津々浦々などと言っても、言葉だけだ。逆にいえば、毎回50人の客席があれば、確実に食べていける。(親子3人ならね)

行政とマスコミ。この二つは、じつはオモテとウラだ。大いに助かることももちろんあるが、その二つに頼って、はじめて何かができるという発想は、おそろしく貧しい。そこをなんとかするために、旅に出たのかもしれないのだ・・・。なんとかせねばっ! それができなくて、どこが芸能なんだ?

「宮本常一が見た日本」(佐野眞一)

2010年10月03日(日) 0時39分
高知、初日と二日目が無事終了。初めての場所のわりには、お客さんが来てくれている。やっぱり神社のパワーはすごい。神社のお客さんというのがいるのだ。一日中、拝殿の鈴がジャランジャランとなってるし。最近はパワースポットなどという言い方もするが、神社はむしろパワースポットの力をなだめ、落ち着かせる場所ではないだろうか。そんな気がする。落ち着くのだ。
初日の朝、毎月ついたちには朝7時半から神事があるとのことで、見学させていただく。楽市楽座の公演の無事も祈ってくれた。清清しい神事。扇町公園では、日曜日にキリスト教の集会をしていたが、別にキリスト教をどうたら言うつもりはないが、神を信じる人と信じないとを強く分ける言葉を、タタキをしながら聞いていて、その選民思考がイヤになった。魚、包丁、ハシ、十二支の動物たち・・・あらゆるものに神を感じてしまう神道は美しい。すごくニンゲン的な仏教もまたいいけどね。
この「鏡池物語」は、じつはそんな神道的な物語でもある。虫の話だし。蛇はもちろん神だが、金魚も虫もそうなのだ。鏡も池もそうだ。少彦名(すくなひこな)という神様がいるのだが、小さいこと、名前がないこと、そんなことにもふれている。(あまり掘り下げられてないけど・・・)

昨日、「宮本常一が見た日本」(佐野眞一)を読み終えた。宮本常一という人も、名もない、小さな人たちをずっと追いかけて、日本中を旅した人だ。不勉強で今まであまり知らなかったが、すごく面白かった。まだ本人の書いたものは読んだことがなかったのだが、今日から「庶民の発見」を読み出した。
この本の13章は、「地域芸能への思う」。ここでは、戦後に猿回しを復活させた村崎義正氏と、その弟の修二氏と宮本氏のことが書かれている。インタビューの中で、村崎修二氏は面白いことを言っている。

「宮本さんはなんで芸能に興味を持ったんだろう」
「先生に、芸能って何でしょうって、聞いたことがあるんです。すると先生は、丸だ、平和、といった」
「丸?」
「世の中は四角、三角でぎくしゃくしている。それを丸く結び合わせるのが芸能の使命だというんです」

今なら、私もそう思う。ヒトにとって、野蛮で残酷なこの世界を、芸能はヒトが生きることができる世界に作りかえることができた。私などは、だから全ての文化の源は芸能だと思っているくらいだ。
最近の表現は、むしろ反対を向いていて、ことさら野蛮で残酷なものが多い。それはそれで、この世界の地べたから遠く離れてしまったニンゲンに向けて、世界の野蛮で残酷なことを知らしめるという役割を持っているのだが、それはじつは反対方向だということは覚えておいていい。

これからも、「丸」にこだわっていきたい。

旅先でおそろしくたくさんの人たちに会い、いろんな話を聞いた宮本氏。それに比べると、私たちは受け入れの方やお客さんとしては出会いがあるが、ついつい色んなことが手一杯で、そんなにあちこちを見ていないし、話し込んでもいないなあ。それでも旅をすることで、私たちとしてはずいぶん多くの人たちに会ってるはず。これらの出会いを大切に、これから少しずつ深めていければ。

祭の中で

2010年09月15日(水) 9時36分
祭の中ということもあるのだが、なかなか日常が取り戻せない。
車が動けず、風呂に行くのも一苦労。洗い物ができず、食事もなかなか自炊できず、乱れがち。
睡眠時間も減っているし、一日中働いていて、ホッとする時間があまりない。
果たして1週間の放生会を乗り切れるのか。

お客さんの人数は多い。立ち見客も出る。
しかし、その割には売上がイマイチだ。祭の中ということで、ある程度予想していたが。
「ちょっと見」のお客さんが多いのだ。そのお客さんたちを引き込み、感動を与えるのは難しい。たんに笑いや盛り上がりでは、大きな投げ銭にはならないことを痛感する。
2日目、3日目は、谷本さんとワタルさんのユニットが参加してくれて、盛り上がったのだが。
3日目には、楽団テントの位置を動かしてみたし、マイクもつけてみた。エンジニアがいないので、なかなかうまく行かなかった部分もある。セリフは聞こえるが、どこか芝居は散漫になった印象がある。ライブから映像になってしまったような。
ただ、遠くのPAの声が近所のマンションに反射して、かなりうるさいのだ。初日、2日目はなんとか生声で頑張ったが、マイクも一つの挑戦だ。マイクをつけての芝居ははじめてだが、マイクというものが芝居をどう変えるのか。そのことにも興味がある。
今日は久しぶりに3人だけの上演となる。そこでのマイク上演はどうなるのか。もう一度やってみたい。

祭では、集客が問題なのではないのかもしれない。
「客をつかむ」ことができるかどうか、だ。芝居っていうのは、そういうものだろう。そうでなければ、たんなるショーに堕してしまう。
「もっと短いダシモノにしては?」というアンケートがいくつかあったが、それは違う。
本来なら、一晩中上演できるような、そんな長大なものこそが祭にはふさわしいのではないか。

折り紙オヒネリは飛び交っている。
オヒネリはどこに向かって投げられているのだろう。
とても、私たち自身に向かって投げられているような気がしない。
それこそ、「芸能」のようなものに向かって投げられているような気がする。
おそらく、この放生会に来て、屋台でちょっと高めの食べ物を買って食べるときも、そんな何かに触れている。
祭というものが持つ、何か。
それは、「表現」などとは違う、芝居が本来持っている何かでもあるだろう。
このザワメキの中で、その何かをもっと掴めれば。
そのために、祭りに酔うことなく、醒めたアタマで芝居を打つ。

あと、4日!

投げ銭

2010年08月11日(水) 9時08分
日曜は地域のお祭のため、休演。昼間はお祭の中で宣伝を兼ねて3曲ほど歌わせて頂いた。久しぶりのマイクでの歌。手拍子もあって、楽しく。オヒネリも頂く。
で、その日は、次回公演地で上演中の、旅に関しての先輩でもある、どくんごを観劇に。
いやあ、あいかわらずハードな演技。ハードな芝居。「どこまでだったら、皆さんついてこれます?」と試すかのような。ひょっとすると、うちと背中あわせで、どこか共通しているかもしれん、などなど思いつつ、あっという間の2時間。新参加者たち元気だあ。どくんごのメンバーたち、やっぱりどくんごだあ。私、どくんご、好きです。肉体はハードなんだけど、どこかさっぱりしている。暗いけど、すがすがしい。開放的なテントもいい。打ち上げができるのがうらやましい。うちは、3人(実質は2人だし)なので、終演後はもうクタクタだったり、風呂の時間を気にしたり、投げ銭を数えたり、子供たちが盆に乗ってキャッキャ言ってるくらいで。屋根もないし、何も用意していないので、あまり打ち上げっぽくならないのだ。

翌日、札幌楽日。いやあ、盛り上がりました。キリコの発案で、折り紙を配ることにしたのだが、コレが功を奏した。かなり満杯のお客さんたちが、歌の終わりなどに投げ銭をガンガン投げてくれて、拍手、手拍子も盛り上がり、すごくいい上演になった。投げ銭に関しては、どんどんあつかましくアピールするようになっているのだが、うまく行けば、芝居も盛りあがる。
やっぱり、お金っていうのは、もともと芸能的なものなのだ。

これからご来場の皆さん、小銭のご用意もお願いします!
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