2013年、元旦から反戦

2013年01月02日(水) 4時39分
去年もバカみたいにゲンナリすることの連続だったが、今年はもっとひどいスタート地点に立ってる。
そろそろ原発事故から2年になろうとしているというのに、その検証も反省もなく、あろうことか新しくトップになった野郎は、原発新設などという言葉を口にした。世界中が驚いていることだろう。バカじゃないか、日本人と。私は日本人であることが恥ずかしい。恥ずかしいというより、苦しい。痛い。

しかも、憲法を改悪して、軍を持ち(今もけっこう持っているがもっと堂々と軍事費を使えるようにし)、徴兵制を作り、しまいには戦争でもやらかそうかという算段だ。そうすりゃ非常時、原発事故の検証も反省もいらんようになるという寸法だ。
今も福島やその周辺からはたくさんの人たちが避難したままだ。何万人もだ。そして、東日本のあちこちで線量が上がっている。鼻血が止まらない、甲状腺に異常、そんな子供たち。除染したから、もう大丈夫? 冗談じゃない。これからますます被害が大きくなっていく。仙台も東京も、ウクライナに匹敵する。ウクライナでは子供がどんどん減って、人口減少。

日本の若者の死因、半分は自殺だって。それくらい絶望的だよ、この国にいるっていうことは。でも、死んじゃいけない。お互いつながって、戦うべきだ。

去年、4月からずっと原発風刺劇で全国を回り、全国で怒りが渦巻いているのを感じた。でも、まだまだ大人しい。日本人の8割が原発はいらないと思っている。それなのに、この選挙結果。ネットでは、あちこちで選挙に不正があったのではないかという噂だ。絶対、あったと思う。マスゴミの偏向報道もすごかった。それくらい、この国はひたすら無茶苦茶だ。
4月のスタート時点では、尖閣の問題も、瓦礫の問題も、まだ見えていなかった。まさか、こんな手があるとは。少しは反省もするんじゃないかと期待もしていた。こっちの想像をはるかに超えるスピード、規模、マスゴミ報道、選挙結果。大阪でも瓦礫焼却を前倒し。世界中から、日本の食べ物や製品が輸入規制されているというのに。

私には、今、この日本は戦争にまっしぐらに思えてならない。

我が家では、元旦から映画「硫黄島の手紙」を見た。クリント・イーストウッドの。ほんとは「風と共に去りぬ」を見ようと思ってたんだけど、中古のDVDで、見れなかったのだ。ああ、戦争ってほんとにイヤだ。お互いにバカバカしい限りだ。
戦争から逃げるためには、足の一本でも切り落としたい。それができなくて、戦争に行ってしまったら、すぐに捕虜になってしまおう。それができなければ、日本軍に銃を向けよう。

石の上にも3年。3月で3年目の旅が終わる。4月からは4年目の旅になる。
日本中全国に、知り合いができた。旅の中なので、なかなか突っ込んだ話ができなかったりするが、今年はもっともっと色んな話をみんなとしたい。大したことはできないが、この流れを食い止める勢力の一端として、野外劇という具体的な場を作る作業は、少しは役に立つと思う。
そのためにも、芸能の力の源泉に近づきたい。そこに触れれば、大きなパワーを得ることができるような、芸能のミナモトだ。今こそ、その力が私たちには必要なのだ。

状況は悪くなる一方だ。しかし、そこにこそ希望もある。
連中はどんどん馬脚をあらわにしつつある。いろんなことが明確になってきたし、それだけ追い詰められているという証拠でもある。
これは戦いだ。根は深い。まだまだ知らないこともたくさんあるだろう。けれども、あきらめない限り、未来は、まだある。

新しい(?)劇場

2012年02月13日(月) 1時15分


ここ宜野座では、劇場を再構築した。

池、盆をそれぞれ半径30cm小さくして、タイトに。
そのおかげで、一段目が60cmになり、ちゃんと歩けるようになった。
盆の下の衣裳箱は劣化してきたため、また発泡になったが、今度は箱状ではめこんでいる。15cm厚の発泡のカットは包丁でシコシコ、キリコと萌がやってくれた。
盆にも黒いケコミをつけたので、盆は水より上に浮いているみたいに。浮力が減ったのが心配だったが、乗ってみるとOKだし、水を上をよく滑ってよく回る。
じつは池用シートも新しくしたのだが、池そのものを小さくしたため安くついた。

全体が小さくなったため、柳が大きく感じるようになった。
あと、楽団テントの方は、雨よけのため大きく。
舞台とのバランスがかなり変わって、一体感が出てきたカナ?

ここでいろんなものを整理したので、後ろに移っているトラックにゴミが満載。
産廃として明日捨てる予定だ。

それにしても、先日の普天間のバラシ時とこの宜野座での仕込時だけ、萌も含めて三人だけで、よくこれだけの作業ができたものだと思う。
楽屋テントの床下の組み方も変更したし。
あとは椅子としては使っていないパイプ椅子をなんとかしたいところ。

とりあえず金武(きん)の報告

2012年01月03日(火) 2時23分
明けましておめでとうございます。大晦日も元旦も芝居してます。ただ今、本部(もとぶ)公演が終わり、今日は劇場バラシをサクサクと。このところ、仕込みやバラシに限ってポカポカといい天気。そして本番は雨多し・・・。

とりあえず、金武(きん)の報告から。
金武のアクティブパークという公園は、キャンプハンセンというネイビーの基地のゲートのすぐそばにあり、その周囲は米軍相手の飲み屋街。以前はもっと栄えていたらしいが、今はドルが下がって米兵たちもあまりお金を使わなくなったとか。それでも、夜中をすぎてもまだやいのやいのとウルサイ。「ファッキン!」という声がこだまする。

ここは去年も来たところで、何人かの酔っぱらいたちとはすでに顔なじみ。この人たちはよく朝から飲んだくれている。どうやって暮らしているのか不明。あまり金はない。愛すべき人たちだが、話がすぐループになるし、ちょっとしつこい。あと、萌が去年知り合った子供たちもいる。
ここも仕込みはピーカンで、Tシャツで汗かくほどだったのが、初日は朝から雨。沖縄の天気予報はまったくアテにならず、冬は雨がパラパラっと降ったりサアっと晴れたり。今年はとくに雨が多いようで、葉もの野菜が高くなってる。

そんなこんなで、お客さんはパラパラ。米兵と子供たちばかりという日もあったし、楽日は結局中止にした。とにかく、雨の後で風もあったりするとやっぱり夜は寒い。今年は有料の町内放送も申し込んでみたのだが、効果はなかった。やっぱり環境があんまりよくない場所なのか。
子供たちは夜遅く11時くらいまで遊んでいるときもある。飲み屋街の子供たちだと思う。そんな子供たちと、酔っぱらいと、米兵の場所なのだ。米兵はしばらく見たりするが、結局言葉がわからないから出ていってしまう。1ドル置いていってくれたりするが、100円にもならない。お札だけど。
たまにうまく行くときは手拍子や掛け声も飛び、コアラ焼き売っているオッチャン(これも酔っぱらい)がノボリを手に踊りに来たりもした。しかし、去年も厳しかったが、今年もきびしかった〜。

夜中に楽屋テントにいると、外ではずっと英語の叫び声が飛び交う。一度はちょっとしたケンカもあったみたいだ。たいがい声はでかいが気のいい連中だし、ほとんど10代だと思うほど若い。昼間はパンパンいう演習の音が聞こえ、夕方にはラッパが響く。なんだか、ここは国境みたいなところだなと思った。
沖縄は世界中の米軍基地の中でも、もっとも劣等生を集めているところで、沖縄へ行くと聞くと絶望的な気分になるらしい。今はここから中東へ送られ、そして帰ってくる。イラクではウラン弾がかなり使われたため、その後ガンになる兵士も後をたたない。沖縄もまた放射能と無縁ではないのだ。

それにしても、野田ブタ野郎はヒドイ!普天間にしても、増税にしても、武器輸出にしても、八ッ場ダムにしても、公約違反ばかりじゃないか。これでは選挙の意味などまったくナイ。最低限の民主主義のルールも完全に無視。それを指摘することもないマスゴミどもにもウンザリだ。

それと、大阪にガレキを受け入れようとしている維新の会にも腹が立つ。大阪ではなかなか署名が集まらないと聞いた。大阪人たちの意識の低さにもガッカリする。

宮崎から鹿児島へ!

2011年10月20日(木) 1時05分
さて、宮崎の大塚八幡神社を無事に終えて、今は鹿児島。2日目は雨のため中止したのだが、直前になって雨が止んで、ガックリした。鏡池の土曜日は、小雨が降ったり止んだりする中で上演。お客さんの数こそ多くなかったが、誰も帰らずに最後まで見てくれ、手拍子や拍手、笑いも多かった。このところ、鏡池物語もよく笑ってもらえている。萌がだいぶ背が伸びて、背負うのが大変だが、この作品、もう少しやっていきたい。ツバメも体力芝居で、テンポも早い。これは、もともと南の国をめぐる話として書いたのだが、沖縄でどうなるか。楽しみだ。

鹿児島は去年と同じ天文館公園。到着するなり、公園管理のオジサンが再開をよろこんでくれたし、看板を立てると去年見たというオジサンが絶対また見るからと声をかけてくれる。やはり毎年の積み重ねが大事だなあ。公園を昼間の飲み場所にしているオジサンから、コーヒーなど差し入れアリ。去年バラシまで手伝ってくれたM氏のバーにも行ってみた。そこにジプシーの大きな本があって、写真も豊富で面白そうだった。ジプシーって旅芸人民族だ。商人や芸人は旅をして、世界をめぐる。受け入れをしてくれている船倉さんとも再会。原発のことなど話し込む。

事前に、船倉さんに紙芝居街頭劇「金魚姫と蛇ダンディ 原発編」をやれる場所を相談したところ、ナント、あの小出助教の講演会が鹿児島であり、その前座として紙芝居をやれることになってしまった。尊敬する小出さんの本「原発のウソ」は、誰にでも勧めていて、今も手元にないが、そんな人とからんでやれるなんて、ワクワクもんだ。楽日の昼間にそれをやって、ちょっとでも賑わってくれたらという思いもあるけど〜。歌も4曲あるし、楽しくて皮肉の効いたアジテーション芝居だ。私たちとしては、こういうアジテーション芝居をすることが、むしろ心の平安となったりする。

宮崎から鹿児島への移動では、最後は桜島がケムリの中におぼろに見えた。木々が葛でビッシリと覆われ、まるでヌイグルミのようになっていて、旺盛な生命力を発揮している。桜島を囲む鹿児島湾では、イルカが岸からすぐそこを泳いでいるのを見かけた。海がすぐそこにあって山もまたすぐそこにあるのは、ちょっと高知や和歌山にも共通する。鹿児島はとくに沖縄の匂いがすでにしている。

今年は旅を中断することなく、沖縄で春まで動くつもりだ。芝居を続けながら、新作も作る。そのことで、新作もきっと変わってくるだろう。新作の仮タイトルは「宝の島」だ。冒険活劇でありながら、ちょっとアダルトで、ちょっと悪の香りがするものにしたい。

怒涛の放生会

2011年09月21日(水) 23時52分

今年の放生会では、祭の人手をどれだけ取り込めるか、喧騒の中でどうやったら芝居に引き込めるかと試行錯誤を重ねた。
まずは、6時と9時の1日2本立に。しかも、演目を変えた。それぞれ約1時間半なので、休憩は1時間半とたっぷりあったが、6時の回がどうしても客入りが悪い。しかも、祭という喧騒の中では、お客さんには1時間半という長さは難しいようで、集まったお客も次第に去っていく。そこで、1本を3幕に分け、その休憩の間に呼び込みをしてみた。呼び込みをすると、お客は集まってくる。短い時間だとわかっていれば、最後まで見てくれることもわかった。しかし、3幕だと1幕がかなり短い。あっという間で、なんだか芝居というよりコントみたいだという思いが残る。投げ銭総額は増えたが、単価は低い。
3日目にして、キリコの声の調子が悪くなり、支那海さんに教えてもらった医者へ。4日目には私もかすれてしまい、その医者が休みだったので別の医者へ行くが治らず。5日目、6日目は揃って医者へということになった。(7日目の日曜は休みで、月曜にまた行った)私はノドをカバーするために、無茶苦茶動くようにしたのだが、これがウケた気がする。なにしろ、短時間で勝負を続けていく感覚なのだ。
いろいろ考えた結果、それぞれ2幕に分けることにした。やってみると、わりとお客さんは落ち着いて見てくれる。5時半から呼び込みと前座ギターをはじめ、11時位まで。途中1時間ほどの休憩(その間にメイク・衣装・舞台変え)と短い休憩が2回。そして、呼び込みと前座のギター演奏。ハードな5時間半だった。
劇衆上海素麺工場の人たちも芝居中に呼び込みをして頂き、おかげでどんどん賑わうようになった。立ち見の見物人がどっと増える波がある。最後の二日は、ときおり小雨が降ったが、何度も黒山の人だかりになった。立ち見の人たちも投げ銭してくれたし、結果、昨年よりも投げ銭UP。
今年もお化け屋敷や見世物小屋の呼び込みのマイクによる声、お祀りの太鼓、物売りの呼び声など、騒然とした中だったのだが、去年の免疫もあったのか、やっていて気にならなかった。去年は祭の中ではやはり芝居は成立しないのかとさえ思ったのだが、今年は、祭こそ私たちの芝居を上演するにふさわしい場所はないと思いさえする。何度も何度もやってきてくれた方もいたし、子供たちもたくさん来てくれた。7日間をやり終えて、なんだか達成感のようなものも感じた。
これからは、できれば祭の中での上演を少しでも増やして行きたいと思っている。

で、昨日、台風の中を走って佐世保公園に到着。楽屋テントを作ろうと試みるも、屋根シートをかぶせようとしたときに強風が吹き、まずは床パネルが崩れ、次に鉄骨ごとテントが1mほど動く。これはまずいと作業を中止。全てもう一度バラし、車に積み込んで、宿に泊まる。今日、余裕の一日仕込みだったのだが、テント奥のシート1枚がやはりない。風に飛ばされてなくなってしまったのだ。防炎シートとブルーシートで代用中。

明日、博多へ向かう

2011年09月08日(木) 1時45分
扇町公園はほぼ連日雨、雨、雨。台風で3日目はついに中止。楽日にはなんとか客席がやっと輪になる。お客さんといっても、知り合いの芝居屋多し。

和歌山のことを考えたら、贅沢は言えない。私は楽屋テントに泊まり込んでいたが、被害なし。昔からの仲間たち数人と何度か楽屋で飲むひとときもあり、ほっとするひととき。

バラシはキリコと二人で5時前に全て終了。2日のオフを終えて、明日はまた博多に出発だ。今日は田口さんが我が家に来てくれて、ハーンの「雪女」を朗読してくれた。これもまた贅沢な夜。

この2日で、私は紙芝居街頭劇のプラン練り直し。基礎ラベル作成。放生会には間に合いそうにないが、北九州までにはなんとかしよう。もっともっと今の状況に切り込むために。

博多初日前の11日には、天神での脱原発サウンドデモに出かける予定。事故から半年。未だに収束は見えず。この人類史上最悪の大惨事はどうなるか。世界中が日本に注目している。日本政府の滑稽さに。日本人がどうするかに。

さすがに色んなウソや癒着は明らかになってきたと思う。大江健三郎たちも宣戦布告した。その一方で「何もしない」「何も考えない」「何も期待しない」、そんな空っ風が吹き始めている。トンデモナイ!

20世紀は悪意に満ちた権力と戦争の世紀で、原爆もあればベトナムもあった。21世紀は、20世紀の構造の矛盾がいたるところから吹き出してきた。泣き寝入りすりゃ寝首をかかれるのがオチだ。

今週は扇町公園!

2011年08月31日(水) 0時34分
名古屋の公演は、結局雨降らず。なんとかお客さんも連日ギリギリ輪になって、ホッとした。昨年見て頂いた方たちも来てくれたし、写真を撮ってくれたKさんからは立派な写真集を頂き、写真仲間の方たちも大勢連れてきてくださった。近所の本山温泉もいい銭湯だったし、毎日蝉しぐれと虫の声に囲まれて(城山八幡宮はちょっとした山になっている)、夜は涼しく過ごせた。ジャコウネズミのパパさんとの再会もあり、感想に「芸能の原点」という言葉を頂いたのもうれしかった。

これで8月が終わり。12月末までとすれば、旅の半分以上の期間が終了したことになる。それにしても、まだまだ昼間は暑い。避難する場所が見つからなかったので、発電機をまわし扇風機を使ったりもした。料理としては、米をフライパンで炊くパエリア風(あくまで風)が大成功。これは燃料の節約にもなりそうだ。今回水道が遠かったのと、蚊もイヤだったので、洗い物はほとんど「拭き取り」で。赤ちゃん用のおしり拭きが大活躍。

名古屋では楽屋と劇場を一日でバラし、その日のうちに地道を走って(6時間)自宅にたどりついたのは夜9時。本来ならかなり無理なスケジュールだったのだが、最近まだ段取りが良くなってバラシが早くなった。1カ月前ほどにインパクトをもう一台購入し、キリコの作業量が増加したのだが、それに加え、バラシと積込みをほぼ同時に行なっていくようにした。これは十三からだが、じつはこれもキリコの発案。

同時にやるのはなかなか勇気がいることで、まだ必要だったものを積み込んでしまうと、再度下ろさなくてはならないというリスクがある。しかし、さすがに50回以上ほぼ同じ舞台を作っていると作業手順も熟知。客席をまず積込み、それから・・・と、バラしたものから順次積み込んでいくと、「仮置き」の手間が省けるわけだ。ついでに作業スペースも少なくてすむようになり、動きやすくもなった。仕込むときは逆に、下ろしながら組み立てていく。

さて、大阪は扇町公園だ。大阪野外演劇フェスティバルも11回目になる。このところ旅に出ていて何のお手伝いもできないが、1回目からずっと参加しているから、なかなか感慨深い。当初は、扇町公園の工事により、ここでの野外劇ができなくなるという危機感からはじまったことだった。犯罪友の会の武田さんの呼び掛けでいくつかの劇団が集まり、扇町公園は設計変更となった。当初、NGRがここでやっていたが、3年前からはうちがやっている。その前はほぼずっと中之島公園だったのだが、もう使えなくなったし。

扇町公園は、今全国を旅している私たちにもすごく不思議な場所だ。まず、夜でも明るい。神社が多い私たちだが、こんなに近代的な、いやあえて言えば近未来的な公園は珍しい。夜にサッカーしてたりする。屋根も壁もないから、芝居をしている向こうでサッカーが見える。一説によると軍事施設があったとか。で、すぐそばの天神橋筋商店街は、じつに大阪らしい商店街でもある。世界一長いアーケード商店街。去年は土砂降りのステージがあったっけ。あと、じつは毎朝のラジオ体操がやかましいんだよなあ。いや、べつにいいんですけど。

ここに匹敵できるとすれば、沖縄の金武町か。あそこは米軍基地のゲート前。夜になると、どっと若い兵士たちが繰り出してくる。昼間は生活保護者たちがタムロし、基地の奥からかすかに号令と奇声が響く、静けさ。

ハシモトなんていう大阪の狂気も、こういう公園から生まれてくるんだろうな。

9月1日(木)〜4日(日) 午後7時開演(30分前位からギター演奏あり)
木・金・日 新作「カモメ恋唄」(芸人であるツバメ父娘と迷い蝶のタテハとの、ドタバタ風刺喜歌劇)
土「鏡池物語」(そろそろ150回上演)
受付なしの入場無料。投げ銭よろしく。上演時間は1時間15分〜30分。

水流でクルクル回る、水に浮いてる回り舞台。親子3人だけでスタッフなし。
生演奏しながらの演技。雨天決行。
赤ちゃんも、小さい子供も大歓迎。確実に楽しめます。終演後は舞台で遊ぶ子供多し。
飲食、撮影、録音、ペット連れも可。

それにつけても、くそったれ政府! 情報隠蔽と知らんぷりには腹が立つ!
原発と米軍基地は、まったく同じ構図。
日本に民主化はあるのか?

こども神楽、高知、十三

2011年08月22日(月) 20時50分
さてさて、長いこと日記らしいものを書いていないことに気がついた。ツイッターにはちょこちょこ書き込んでいるのだが。
香川の子供神楽は、2日間大いに盛り上がった。お客さんも大盛況で、とくに二日目は子供たちもノビノビ演じた。天気にも恵まれた。私は客席の中でギター演奏。
翌日の、ノンアルコールの打ち上げは、まるで子ども会のお食事会といった風だったが、食品のことを気にする私たちのことをとてもよく理解してくれて、そんな料理ばかりをお母さん方が手作りしてくれた。お母さんたちも、子供たちが熱心に取り組むのを見て、とても喜んでくれたようだ。
芝居というのは、いろんな要素がたっぷりある。だから、一本の芝居を通じてホントに様々なことを体験できる。1週間という短い期間だったのだが、私も大変勉強になった。こういうことはぜひ続けてみたいものだ。

今年2度目の高知は、本山町という山の中。川がグネリと曲がり、川にはさまれた島の突端のような場所だった。三味線弾きの今井田歌さんにお願いして、地元で場所を探してもらったのだ。
お天気も不安定で、夏祭りのシーズンでもあり、お客さんはボチボチだったが、田歌さんは仕込みもバラシも手伝って下さり、たっぷり話もできた。「わら一本の革命」はぜひ読んでみたいと思っている。田が広がり、山が迫り、大きな川が流れている本山町は、それだけで素晴らしいところだと思う。田歌さんが作ったスイカを何度か頂いたが、あんなにおいしいスイカを食べたことはなかった。
地元のお祭りにも参加させて頂いたし、ほとんど真下で打ち上げ花火を見たし、川でも泳いだし(アオスジアゲハが数羽水を飲みにきていた)、萌も友達ができたし、アブに何度か刺されたりもしたが、ヒグラシ、ツクツクボウシ、アブラゼミなどが時間帯を分けて鳴くことも知ったし、アカトンボや黒いイトトンボ、キリギリスやクツワムシの声、巣立ったばかりと思える、電線に群れるツバメたちなど、夏の風景をたっぷりと満喫した。そうそう、屋根を作らなかった舞台では、虫たちの乱舞にもなった。

地元の十三は、ホントに阪急の線路の脇で、しかも踏切から10m位というところに舞台を設置となった。挨拶のときに、「電車の音は都会の風物詩、日本海の荒波だと思って、それも楽しんでくださいね」と冗談のように言っていたのだが、演じているうちにそう感じることができる気がした。
初日はほぼ満席になったが、2日目、3日目は雨で、お客さんはまばらだった。高校の校舎脇だったので、3日目には校舎の渡り廊下に席を作って見てもらった。2日目はけっこう降ったので、ギターは低音はウッドベース、高音はバイオリンのピチカートみたいな音になった。これはこれでいい音かもしれんなどと思いつつ演奏した。

滋賀で連日雨だったため、一度屋根を作り、高知でも一度屋根を作ったのだが、終演後の屋根のバラシでアブに刺され、左手がパンパンに膨れ上がった。また、強風でも豪雨でもむしろ危険になる。もう屋根はスッパリと諦めることにした。お客さんは大変だと思うが、どうかお客さん自身で雨対策を工夫して欲しい。私たちとしては、お客さんが来る限りは雨の中でも演じるつもりだ。
野外能なども、どんな雨でも客席は屋根がないまま演じられるのではないだろうか。お客さんには苦労をおかけするが、雨の中や虫たちの乱舞の中で演じるのは、それなりの意義深さも感じる。
ということで、荷物がまた一つ減ったわけだ。

明日は名古屋だ。

再び田村神社

2011年07月28日(木) 1時29分
久しぶりのブログなので、まずは明石のことから。
明石の岩屋神社ではお祭りとひっかけての公演だった。イベントの中というのは、人が集まりそうで難しい。芝居への集中度がどうしても。でも、おしゃたか舟のお祭りそのものが素晴らしく、しかも、漁師さんの船にまで乗せてもらえ、祭の全貌を見学できて、すごくラッキーだった。
小さな作り物の舟を「おしゃたか〜!」(おじゃったか〜→よくいらした〜とか、来たくれたのですか〜とかいう意味)と言いながら、ふんどしの若者たちが海の中で前方に投げたり進めたりしつつ、沖に泳いでいく。昔は全部泳いでやったらしいが、今は港から出たら漁船に乗って、赤石まで。全速力の漁船でも10分くらいはかかるところ。
そこで、刀と鏡を海底に沈め、それをもう一度引き上げて、港に帰ってくる。以前は、海に投げ入れた後、潜って拾ってきたらしいが、見つからなくなったことがあって、今はロープをつけて引き上げる。色々簡略化こそされているが、じつに、海の生活者らしい神事だった。
舟に酔わないコツは、舟を自分で揺らすことだそう。

大阪の高石神社も、古くからある海辺の神社。今は埋め立てで海岸は遠いが、そこは今でも昔の浜辺のような松が生い茂る。
ここで育ったというMさんのはからいで、Mさんの昔の仲間たちを中心に、久しぶりの大盛況。連日立ち見が出た。やっぱり宣伝よりクチコミだ。
毎朝クマゼミがシャワーのように鳴き、「セミしぐれ」という言葉を思い出した。
今年は十三と扇町をあせせて、大阪が3カ所になった。地元のあちこちでやれるなんて、うれしいことだ。夜中に大阪弁で怒鳴っている女の人とかいて、やはり大阪でも南のアラクレ感がいいなとか。だんじりの保管庫もあり、日曜にはそれを出している人たちがいた。
3日間ずっと来てくれた人も何人かいて、リピーターも多し。
ここでは、Mさんたち同級生たちのために、「クラス会に行こうよ」という唄を作曲。歌詞はクラス会の幹事の人。いい歌詞だった。小学生時代のクラス会だそうだが、仲間っていいもんだ。
人間国宝の斎藤さんも来てくれて、盛り上がってお泊り。

そんで、今は香川は高松の田村神社。今年2度目で、去年も含めると3度目というのはここだけだ。意外と、アブラゼミも鳴いている。4月に来たのだが、あっという間の3カ月だった。
ここは、エンターテイメント性溢れる神社。私たちの次の週には、地元の子供たちが私たちのクルクル回る舞台で芝居をする。それも楽しみだ。
近所では、稲がかなり伸び、もう穂が実りそうだ。夏の時間は早い。4月はまだ肌寒かった。
夏にもう一度来たいという申し出に、快く二つ返事をしてくれた田村神社に、感謝。

「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)を読了。たまたま古本屋で見つけたのだが、超オススメの戦前の人生読本。認識論、社会論に満ちている。岩波文庫では丸山真男が解説。ここのKさんも学校で使っていたらしい。
情報収集よりも、いかに自分で感じ、考えるかの大切さ。

そうそう、今年の旅も3カ月になったが、今のところ、なんとか投げ銭だけでやっていけてる。スポンサーも助成金もなし、自分たちでは大した宣伝もせず。それで、投げ銭だけで暮らしている。つくづく人の心の温かさを感じる。

小豆島1週目!

2011年07月04日(月) 23時33分
小豆島の一カ所目、木香の浜での公演があっという間に終わった。さすがに梅雨、天候不順な毎日で、降ったり止んだりだったが、上演中はほとんど降らず。劇場仕込みの日はカンカン照りで、ひとつ日焼けでもしてやろうと欲かいて、上半身裸で仕込みをしてたら、翌日初日には背中が痛く、そして水ぶくれに。今は皮がむけつつあり、かゆい。今後、日焼けには注意しよう。と言いつつ、腹側もなんとか少しは黒くしたいという欲もある。銭湯の鏡に映った、二の腕とか顔が異様に黒いわりに、裸になると色白の自分に照れるのだ。

ここはすぐそばが海で、昼間は近所の方々がゴルフの練習にいそしんでいる広い芝生。そこにこしらえられた野外円形劇場は、なんだか小さな御伽の国の妖精たちの集会所みたいだった。隣にカフェがあるのだが、近所に民家はほとんどない。

初日はなんとか20人以上のお客さんに恵まれ、いけるかなと思ったが、二日目の昼間は降ったり止んだり。本番前には降り止んで、これは行けそうだと思っていたのだがナント、昨年の旅も含め、はじめての坊主となった。7時10分くらいまで待って誰も来ないので、ギターで蛍の光を奏で、閉店。蚊取線香を消したり楽器を片付けたりしていると、一人いらっしゃったのだが、本日中止の旨を伝え、雑談しきり。この方は、翌日も楽日も来てくれて、お友達に。

3日目と楽日はわりと盛況となり、何度もいらしてくれる人もたくさんいた。おばあちゃんと大きなお孫さんの二人も2回来てくれ、楽日には色紙3枚を書かせて頂いた。子供たちもずいぶん来てくれ、投げ銭も好調なり。長野つながりの人もいて、こっちに来て農業をやっている。残ってくれて、いろんな話ができた。

昼間の時間に、小豆島でお世話になっている妖怪画家の柳生忠平さんのギャラリーを見せて頂いた。妖怪専門の若い絵描きさんで、どんなにオドロオドロシイ妖怪を描いても、どこか明るく楽しい雰囲気がにじみ出てしまうという、あったかい妖怪画家さんだ。

あと、小豆島で亡くなったという尾崎放哉記念館にも行った。「咳をしても一人」自由律の俳人である。あまり心が動かなかったが、急にブンガクが読みたくなって、バルザックの短編をいくつか読んだが、気分が悪くなった。口直しにと、「二十四の瞳」を読んだら、あっという間に読み終わってしまって、あっけなかった。

そうそう、小豆島へ向かうフェリーの中で読んだ、小出裕章さんの「原発のウソ」は、日本の原発のカラクリや欠点が明快で、知らなかったことも数多くあり、またまた衝撃。
この沈みかけているセカイの中で、どんなブンガクを読みたいんだ、オレ。

明日は、世界最小の海峡を渡って(毎日渡ってるんだけど)、清見寺の前の田んぼ。ど、どんなとこだ?

本日のメニュー
朝食:マヨネーズトーストに、ハチミツ(長野で中学の同級生にもらった、自家製とのこと!)入りコーヒー。
そして、完熟のスモモ。これも小豆島での頂きもので、自家製だとのこと! むちゃうまい!
昼食:塩焼きソバ。豚肉(カナダ産)と、モヤシ、貝割れ入り。
夕食:鶏軟骨(ブラジル産)とピーマンの酢豚風。ジャガイモと人参とワカメ(中国産の乾燥もん)とコンブの味噌汁。ごはん(これも長野の同級生の自家製!)
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