出発まであと1週間

2011年04月07日(木) 0時48分
出発まであと1週間になった。
大変だあ〜。
タタキはあらかた終わりつつあるが、ペンキ塗りとかいろいろ作業が残っている。
誰か手伝ってくれんかなあ。

台本も七転八転したし。
これは誰も手伝ってくれんなあ。

健康保険も国民健康保険に切り替えせねばならん。
もう、震災どころじゃないのに、原発がいつドカンといくかもしれんと思うと、気が気でならんし。

今回は旅がテーマ。ツバメだから、南への旅なのだが、歩いての旅。でも、東北も気になる。

4日前に、右目の飛蚊症がひどくなり、光も走るようになって眼科に行ったら、そこの先生が完全にボケていた〜。
先生、もう無理ですと、逃げてきたが、80いくつらしい。
老いた医者一人で、スタッフなし。受付にどれだけ時間がかかったか。
私、初診なんですってば!
右目なんですってば!

「となりの人間国宝」っていう番組に出ることになるかもしれん。
前取材に三人が入れ替わりに来た。
何度も同じ質問。
最後はディレクターだが、関テレじゃなくて下請け会社で、拍子抜け。
三人ともそう。どこでもそうなのか?

政府も下請けっぽいな。

今年は、パンフもアンケートもなし! これは時間がないためじゃなくて、震災前に話し合って決めた。
相談もしたし。
舞台も、一段、低くしたし。
方向として、やっぱり、スモール・イズ・ビューティフルかもしれん。
まだ、読んでないけど。

紙芝居

2011年03月15日(火) 15時51分
昨日は、ひっさしぶりのお刺身、菜の花のおひたし、豆腐とワカメの味噌汁。食べる前に、両手をあわせて祈りの言葉を言いたいくらいだと笑った。食後に、「鏡池物語」を読み合わせ。萌と萌の友達を連れて行く約束をしている(ホントは先週の土曜日だった)「塔の上のラプンツェル」、原作のグリム童話を読んだ。グリム、あなどりがたし。ホンについて少し考える。土曜の夕方から、手がつけられていなかった。

東電の社長、清水正孝は、80年代に、福島第2原発について、住民の信頼を勝ち取ったという。「コストカッター」という異名を持ち、経費削減につくしてきた。正直なところ、■してやりたい。
政府と東電の言うことを信じてはいけない。「冷静に対処」しては、いけない。
こういうことは、どこの国でも同じだろう。

今日、公園ではモクレンの白い蕾が大きくふくらんでいた。冷静なのか、オレ、涙。

スーパーに人だかり。米をいくつも買っている人がいた。たぶん親戚だろう、携帯で、電池と米を頼まれいる人がいた。どこからだろう? 単一電池は売り切れてる。私はひき肉とタマネギだけ。安く上げようとすると、どうしてもひき肉が多くなるなあ。今夜はロコモコの予定じゃ。
十三の第七芸術劇場で、ドキュメント「辺野古不合意 名護の14年とその未来へ」の上映が今日あることを知った。輿石正監督を囲んでのトークもある。行ってみようかな。

そうそう、昨夜、紙芝居をやるのもいいなあと思いついた。絵の朗読というより、絵を使った芝居、もちろん生演奏つき。ちょこちょこ変装して、演じていったり、絵に戻ったり。今のような農閑期とか、小回りがきいていいかもしれない。

まっすぐな木

2011年02月24日(木) 0時05分


本日は、板ワサ。手抜きだけど、うまい。あと里芋の煮っ転がし作った。萌おかわり。デザートにプリンも作ってみた。インスタントのやつ。安上がりだが、旅には冷蔵庫がないのだなあ。

午前中の散歩で、マンションの5階くらいの高さまで、まっすぐに伸びている木を見つけた。いや、しょっちゅう見ている木なんだけど、あらためてナントまっすぐなんだろうと思った。風だって吹くし、太陽だってまんべんなく当たるわけじゃなかろうに。重力を感じて微調整しながら成長しているのか。人間が立てた電柱の多くが傾いてやっと立っているのと比較すると、スゴイことだなあと思う。

高江のヘリパットにしても、田ノ浦の原発にしても、未来の世代にとって大きな負担にしかならないようなことを、姑息な手段で強行している。毎日パンダのニュース。この国はどうなってるのか。
一方、中東では、命をかけた革命が起きている。これは、次の世代のためでもあるのだ。大変なことが起きていると思うが、うらやましいような気さえしてくる。

キリコが教えてくれた、元原発で管理職にあり、癌で亡くなった人の内部告発のサイトを読んだ。ここまで恐ろしいということを、知らなかった。
http://www.iam-t.jp/HIRAI/index.html
心がざわざわする。

ソラ帰還ス

2011年02月05日(土) 21時45分


3日の節分には定番のイワシ。塩焼きに。萌が豆まきをまだやったことがないというので、豆まきも。ジャンケンでキリコが負けて、オニになる。
終ってから、野外劇団であるから福は外であるべきではないかというキリコ。なるほど〜。
巻寿司まるかじりというのは、生まれてこのかた一度もやったことない。

その日、小学校で、1/2成人式という授業参観あり。学校と縁薄い私たちなので、そそくさと二人で行った。親に感謝状というのを読み上げてくれた。「お父さんいつもおいしいご飲を作ってくれてありがとう。お父さんのご飲は世界一おいしいよ。」と、うれしいお言葉。しかし、よくみると「飯」の字が「飲」になっていた。
ちょうど10歳〜11歳の子供たちのことを台本ノートにつけていたので、よけいに感慨深かった。萌は今年5年になる。5年生で、やはりなにかが変わるかもしれない。

昨日の晩飯は、わかさぎとカボチャとサツマイモの天ぷら。フライパンで十分だ。これは旅でもできそう。昼はドライカレー。

今日は、三宅さんが来て、旅の間にアンケートからメールアドレスを打ち込んでくれることになった。昨年は全て旅が終ってからだったので、今年は早めにお礼のメールなどが出せそうだ。ありがたや〜。

そして、ナント、1ヶ月以上、行方不明になっていたソラを萌の友達が路上で発見!
ガリガリに痩せて汚れ果て、鼻のアタマに傷があるが、病気はしていなさそうだ。首輪もちゃんとしたまま。
生きていたのか!!!!!!
我が家ではもうほとんど諦めかけていたのだ・・・。
家ネコであるにもかかわらず、日本全国を旅し、そして1ヶ月を超える放浪生活!
た、たくましいではないか、ソラ。すげえヤツだ。オトコマエだ!
あの寒さの中、どこでどうしていたのか? 何を食っていたのか? どうしてすぐに帰ってこなかったのか?
いろんなことを聞いてみたいものだ。
今は腹いっぱい食って寝ている。
また、一緒に旅しよう。・・・イヤか?

本日の晩飯は、鶏肉とゴボウ・ニンジン・シメジの卵とじ。昼はチキンライス。

ラベルはやっと40くらいになったところ。まだまだだ。
しかし、どうも微熱が。これって・・・?

本日、52歳。

2011年01月06日(木) 22時20分
あいかわらず、気持ちは中学生のままだ。それほど変わらないなあ。
昨日からパイプに変えた。前にも吸ってたんだけどね。
あと、やっと昨年の会計を終えた。これで去年、いや、おととしの申告ができるか。
50過ぎて思うのは、やりたいことをやるべし、ということだ。それができるようになってる。そういう環境を与えてくれている周囲に感謝〜! 
50が不惑の年だというのは、つくづく感じたのだ。あんまり迷ってない。
今年はちっちゃい手帳を購入。エンピツつきの。予定はびっしりだが、それほど書き込むこともないかもしれない。
チラシデザインも固まりつつあるようす。
あとは台本・・・というわけにはいかず、金の算段が。そのための会計だったし。
とりあえず、お金を借りに明日から走り回る予定。
友人たちのアドバイスもあり、今年も入場無料の投げ銭でやっていくことにしたし。
「毒を食らわば」の決意もあり、行くところまで行くことに。
ときどき、「悪いけど、もう先に行かして・・・」と思うこともある。
まあ、それも愛嬌であろう。
大阪に帰って、指の調子はなんか良くなってきたし。
体重は60キロジャストで、鏡を見ても、我ながらカッコええし。
今日は久しぶりの焼肉食って、ええ感じじゃあ。

ボツの量と、作ることの「根拠」

2010年02月05日(金) 21時15分
 以前、知り合いの画家のT氏から、「絵にはほとんどボツということがない、途中で置いておくものはあるけど」という話を聞いたことがある。彼くらいになるとそうなのかもしれないが、絵はともかく、書くモノはやっぱりそうはいかない気がする。「柳コウリ一杯のボツ原稿がなければ、作家にはなれない」という話を聞いたことがあるし、ボツってなんぼの世界のような気がしてならない。私の場合、今回のいい加減な書き方にしても、10枚進むためには50枚のボツがいる。

 しかし、50枚のボツを乗り越えれば10枚進んでいるわけで、「本返し縫い」(縫い物のことだけど、知らんかな?)ならず「5倍返し縫い」くらいの重厚さで話は進んで行く。行く方は知れずだが、とにかく進んでいる。書き直すための「根拠」は、ひたすら自分にとって面白いかどうかだけだ。

 高校の同級生で多和田葉子さんという女性がいて、のちに芥川賞作家になった。高校時代に一緒に雑誌をやっていた(ちょっと自慢!)のだが、彼女などはロウ原紙(知らんか?)に鉄筆(知らんか?)で、直接小説を書いて、書き間違えるとジュッとライターで訂正などしていると聞いた。
当時から私にはそんな芸当はできなかった。だいたい作文の時間のほとんどは何を書こうか悩んでいたなあ。量を書く人がプロになれるのだ、きっと。私の場合、作・演出・音楽・役者であるので、うん、ちょっと違う、よね。幼稚園児をめざいしている。

 少し考えたことがある。少なくとも、私なんかにとっては、戯曲(台本)のセオリーなんていうものは、もうなるべく無視した方がいい。「登場の工夫」だとか、プロットだとか、「現代の問題」とか「立体的な人物」とか。そういう心構えがすでに足をひっぱる。ちょうど、幼稚園児に比べ、中学生の美術作品がすごくつまらないように。頭でしかないからだ。その勉強はムダではないだろうが、それをそぎ落とす作業が大人になるということだ。

 作品というものは、結局は作者が何を面白いと思ったか、それだけなのである。
「現代の問題」にしろ、「立体的な人物」にしろ、いくら気をつけたところで、本気でそれを面白がっていない限り、なんの意味もない。ただの問題集の回答にしかすぎない。そんな優等生の作品に、わざわざ感動する必要がありますか? 正解の人生は結局、他人の人生にしかすぎない。

 こっちより、そっちの方がちょっとだけ良い、といういうようなことは、芸術とか芸能とか、人生の世界には必要ない。それは、思いを観客(受け手)に伝えるプロデュースのためには必要なんだろうが、作家は違うところに、少なくとも「根拠」を持たなくてはならない。それが「絶対」に至る道だ。

 自分が何が面白いのか。それを探求するために、書くのだ。だから、どんなに苦労しても楽しいのよ!

鏡池物語どこへ行く

2010年02月05日(金) 0時21分
 昨日、メイクをして、とりあえずアリモノの衣裳を着て、写真撮影をした。登場人物(人間ではないが)のキャラクターはもうだいぶ前から決まっているのだ。佐野キリコが金魚姫、礒部宏章が兎三郎(ウサブロー)、萌はホーキオニ、私は蛇ダンディである。兎三郎以外はすでに今まで登場していた人物(人間ではないが)である。生き物で言うと、金魚、兎、虫、蛇である。ホーキオニは以前は妖精みたいな感じだったが、今回はホーキオニという名前の虫だ。じつはそんな虫はいないのだが(たぶん)。兎三郎は新しいキャラクターだが、今までウサギ師匠がいて、メイクはあまり変わらない。

 ホーキオニのメイクは、どうせちっこい奴で、ちっこいというだけで個性的であるから、あまり凝らず、以前の鉈(ナタ)と同じにした。メイクで言うと、蛇ダンディは今まで宝塚っぽい雰囲気を醸していたが、私でそんなものになるはずがない。最初、キリコにやってもらったがどうも気に食わず、自分でやってみた。初老の蛇ダンディである。シワがあり、なおかつダンディなのである。「ベニスに死す」のダーク・ボガードみたいな白塗りイメージなのだが、結果は老いたチンドン屋さんというところだ。

 衣裳は兎三郎以外は昨年と同じものにした。私も最近ちょっとスレンダーになりつつあり、なんときつきつではあったが、ズボンまで入ってしまった。兎三郎は派手な着流しの予定だったが、普通サイズの着物では腹まわりが届かず、袴にしたら、人間国宝っぽくなった。

 並んでみると、妙に「うん、これでいい」と思えた。この四人の正直なところの魅力が十分出ている。ユカイだ。ヘンだ。ニンゲンを軽く超えてしまっている。

 撮影もひょっとすると悩みに悩むのではないかと思っていたのだが、意外とサクサク進んでしまった。やはり、具体的な個人性がこれだけあると、あまり悩みようがない。動かしがたい「そいつ」という存在がある。逆説的だが、化けてみるとよりそれが一層明確になる。

 晩までかかると思っていたが、夕方には終わってしまい、本来の予定ではからだを動かしたり発声したりすることになっていたが、もう絶対に無理だと思っていたのに時間ができてしまい、そのまま中止として、キリコはチラシデザイン、私は台本書きとなった。

 あれだけはっきりした登場人物たち(人ではないが)が揃ってしまったのである。これはもう、紙の上で動かしてみようと思い、展開もなにも考えずに書いてみることにした。数枚書けた。ひょっとするといけるかもしれない。数枚で筆をおいて下りていくと、チラシの表のデザインがあらかた出来ている。すごくいい。ユカイでヘンだ、あどけない。うん、こんな私たちなのだ、とまたミョーに納得する。

 そして、今日も数枚書き進んだ。どこへ行くのだろう、この鏡池物語。無責任だが、そんな感じだ。ついでに一つ唄ができてしまった。

充実の日々!

2010年02月03日(水) 20時11分
 先日台本に詰まっていることを書いたが、30日、気晴らしに思いつきで「カチカチ山」を一日かけて書いてみた。子供のいない仲の悪い老夫婦が、善良な母狸を人間の理屈で掴まえ、狸汁にしようとする。ほぼ展開は昔話と同じなんだけど、騙されて婆さんを食ってしまった爺さんが、ウサギに化けて狸を追い込んでいく。
 すごくイヤラシイ話になった。自分でもイヤになる。こんなものは、誰にも見せられない。

 翌31日、これでウミが出たのか、少し展望が開けてきたように思った。そうか、こうすれば行けるのではないか。カラリとやれそうだ。

 その夕方、札幌から来た劇団千年王國の「贋作者」を見に行った。明治になり、狩野派の権威が失墜する中で、狩野派の血をひく若い絵師が遊郭にこもって贋作に励むという話。ラスト近く、暗転していく中で、遊女役の榮田佳子さんが見せた不思議な笑顔にドキっとした。いろんなものが丹念に作りこまれた舞台だった。
 小倉から谷瀬さんも来ていて、谷瀬さんが京都からどくんごに去年参加したみほしさんも呼んでいて、ちょっと話ができた。
 芝居の後、打ち上げにも参加させてもらった。打ち上げは同時に色んな制作の人たちの交流会も兼ねていて、先の榮田さん、代表の橋口さんともお話しでき、ほかにもたくさんの人たちと話しができて楽しく飲んだ。いや、飲みすぎた。夜中に帰ってきて、「サウンド・オブ・ミュージック」のビデオを途中まで見た。死ぬほどよかった。

 翌1日になると、台本の展望は崩壊していた。私がやりたいものはこんなものではない、というわけだ。
 昼まで寝てしまい、台本に向かう時間なく、日舞の稽古。からだがガチガチだ。
 深夜に、チラシの文字情報を確認。

 室生犀星の「われはうたえども やぶれかぶれ」とう小説の冒頭に、こんな一文を見つけた。

「詩を書くのにも一々平常からメモをとっている。メモの紙切れをくりながらその何行かをあわせようとすると、それがばらばらになって粘りがなくなりどうしてもくっ附かない、てんで書く気が動かないで嘔気めいた厭気までがして来る。こんな筈がないと紙切れを読みなおしている間に、頭に少しもなみが打って来ないで只のふろしきを展げたように、ぼやぼやと、よりどころがない、やはりだめだ、机の上を片づけながら臥てしまう。この六十日くらいの間なにも書いていないで、只、うつらうつらと寝るにまかしていた。書くしょうばいをしている奴が書くことが出来なくなると、一行もはたらかなくなってしまう。病の重さもそうだが、頭がかすかすになって水分も油気もなくなるのだ、例のふろしきのような奴が夜昼なしにふうわりと冠っていた。私はその下にいた。ああいう詩がつづり合わせられなくなるということは余程のことだ。出来ている行と行を合わせてゆけばよいだけなのに、口から、はあはあと大息を吐いてまいってしまう。これは余程のことだ。」

 こんな大家の晩年でさえ、こんなことがあるのだなあ。いちおう小説だが、きっとあるんだろう。と思いつつ、結局これを書いてるやん、室生さん。

 昨日は再びノートにいろんなことを書く。メモの紙切れ(私はラベルという)が新しく数枚。
 夜、ARKの齋藤さんが牡蠣を手土産にやってきて、楽しい鍋。大歓迎だ。

 今日は一日かけて、チラシの写真撮影をした。いったん止めた写真撮影なのだが、やっぱり急遽やることにした。こうなりゃみんなに化けてでももらおうと思ったのだ。けっこういい写真が撮れたと思う。

 ああ、この充実の日々!

満月

2010年01月30日(土) 3時02分
 こんなことは書くべきではないのだろうが、いつものことながら、台本難航中である。しかも、いつもは3ヶ月前を一つの目安にしているが、今回は制作的にも動かなくてはならなかったため、2ヶ月前としているのに、このテイタラクだ。我ながら情けない。2ヶ月前というのは、つまり1月末のことであり、あと2日だ。台本が遅れれば、全てが遅れていく。
ノートのメモ、そしてボツ原稿だけが増えていく。ラベルを書いては消す。灰皿が山になる。もうはっきりしていたと思っていたことが根本からぐらついてくる。結局、何も見えていなかったのだ。だいたい思いつきを転がしていくような、いい加減な劇作方法をとっているため、思いつきが浅く感じられると自分で思い入れができない。

さっき車を走らせて能勢の妙見山まで行ってきた。こういうことも毎回やることだ。和歌山まで行ったこともある。日本海にも行ったっけ。妙見山は一昨年のときからで、これで2度目だ。
夜の山道をゆっくり走っていると、山の闇が恐ろしい。霊気というか、モノノケというか、ケモノの気配というか。そんなものが窓を開けてくると襲ってくるような気がする。私は鈍感なので、具体的なものではない。鈍感であるから、むしろもっと襲ってきてくれと思う。そういいつつ、何かを見たような気がして何度もぞっとする。
山頂の駐車場は閉まっていた。神社の前で車を降りてみると、頭上に輝いているのは思いがけず満月だった。まるで銀板のように、ピカピカに輝いていて眩しかった。足元にはくっきりと影が映る。オリオンや、北斗七星の7つの星がはっきりと見えた。もちろん北極星も。明るい星は笑うかのように瞬いていた。あたりは月の明かりに煌々と照らされている。奇跡のように美しく明るい夜空だった。光輝く満月が落ちてきそうだった。
帰りの山道で、何度か車のライトを消してみた。木々の影がくっきりと道に落ちていた。月明かりで運転できるほどだ。箕面を通って帰ってくると、一気に大阪の夜景が広がった。こちらもため息が出るほど美しい。

何とかなるだろう。何とかしてみせよう。愚鈍な私は、ゾーキンのように、オノレを絞るのみなのだ。

JW−WIN

2010年01月12日(火) 1時32分
ほんとはもっと他にしなくてはならないこと(つまり台本)があるのだけれども、そういうときこそ目移りしてしまう私。
舞台の模型を作ってしまったり(結局ほとんどボツになった)。

今日はCAD(設計用のソフト)のフリーソフトである、JW−WINというのを見つけてダウンロード。
これが、す、すごい・・・。
今までずっと手書きの図面しかしてこなかったから、八角形を書くだけでも大変だったのに、あっという間。
ああ、こんなもんあるなんてしらなんだ〜!

勉強不足だったなあ。
寸法も角度もすぐ出る。
これまで手書き図面をサシで測ったり、関数計算をしてみたり、大変だったのだ。
ケシゴムのカスで机の下がいっぱいになっていた。

今年の舞台は、全てをほぼ20%ほど小さくしてみたい。
人数も少ないが、もう少し舞台を凝縮するのだ。時間もそうだ。
直径6mだった舞台は5.4mに。4.5mだった盆は、3.6mになる。
3時間の上演は、たぶん1時間30分か、それ以下になるだろう。
池自体も底上げすれば、水は今までの3分の1とか4分の1になる。
時間もすごく短縮されるだろう。

公演場所の確保、トラックとか発電機の確保、舞台、サブテント・・・。
もちろん、芝居そのもの。
あと3ヶ月もないのに、やることは山積みだ!
でも、十三のえべっさんには行ってきた。
思わぬ人にも出会って、ちょっとホワっとした。
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