会報「為悠鐘情」Vol.9

2008年09月29日(月) 23時55分
1998年9月号
この号では、『星月童話』(Moonlight Express)の製作発表会の模様やクランク・イン(7月19日)の様子が書かれているが、日本語タイトルが、『月へ、星たちへ』となっている。 日本で公開された時は、『もう一度逢いたくて』。いつタイトル名が変わったんだろう?


製作発表会は1998年7月18日。ハーバービュー・プラザホテルで行われた。香港はもとより、日本からの報道陣も大勢つめかけ、この映画への関心度はかなり高かった模様。またこの映画は、当時「ドラマの女王」と呼ばれていて、香港でも人気が高かった、常磐貴子の映画出演第一作目。日本のマスコミが多かったせいか、「大スター・レスリー」より「ドラマの女王・常磐」に話題が集中しがちだったそうだ。 

*********************************レスリーは紺のぴたっとしたVネックのインナー、同色のパンツに茶色のジャケットという装い。また髪には茶色のメッシュが!

「応援していたブラジルは負けちゃったけれど、ヨーロッパから帰って来ました。常磐さんはとてもがんばっている人。一緒にいい映画を作りたい。日本と中国、アジア合作のこの映画が成功することを望んでいます。じゃべるのが上手じゃないので終わりにします」と、いつになく控えめな挨拶だった。

★地元記者による単独インタビュー
Q:香港映画についてどう思うか。
L:チョウ・ユンファに戻って来て欲しい。そして香港映画を作って欲しい。彼の出る映画ならみんな見る。香港のマーケットもよくなると思う。今一番考えていることは、香港映画の要である大スターを起用して感動できる映画を作ること。その為なら、僕は絶対助けるし、出演も引き受ける。

編集者談:レスリーは香港映画の低迷を何とかしたいと、事あるごとに訴え、実際に香港映画では自分のギャラの減額などにも応じている。地元記者インタビューでは、製作発表会では見られなかった映画人としての張國榮がいた。金像奨への出席もそうだが、彼は本当に映画を愛してると感じた。

★新作のアルバム(Gift & Printemps)について
今回のアルバムのディレクターは僕の友人でもある、劉恩銘と劉志宏が担当してくれた。『以後』は僕の曲だが、僕は譜面が書けないので思いついたメロディーをふたりに伝え、曲に仕上げてもらった。僕が頭に描いたイメージと彼らのアレンジは違っていて、完成した曲からは新しい要素が生まれた。彼らに感謝したし、僕も心を込めて歌った。とてもいい曲だよ。

過去のアルバムでは頑固な態度を取って来た。どのアルバムも自分がプロデューサー、または別のプロデューサーとの合作だった。今回はそれをやらず、意見の出しすぎは止めようと思った。選曲、作詞など、最初から最後まで意見は出さなかった。歌手としてどうやって曲を仕上げるのかが一番のポイントだと思ったから、自分が書いた曲以外はほとんど台湾のプロに任せたんだ。出来上がりにはとても満足している。今までは広東語がメインだったけれど、できれば普通語の音楽を聴く人達にも僕の歌をもっと理解して欲しいと思う。
(スタープラス「スターインビテーション」 インタビューより抜粋)
  • URL:https://yaplog.jp/mylove_55/archive/159
2008年09月
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:愛 猫
読者になる
You are what you are.
張國榮(Leslie Cheung)1956年9月12日生 歌手・映画俳優(香港出身)  愛称:哥哥(gorgor)
レスリー・チャンとはこんな人
がんの子供を守る会
P R
From Now On
素材リンク
Invest in the Future!
オンライン寄付サイト Give One
ホームレスが売る雑誌
https://yaplog.jp/mylove_55/index1_0.rdf