昨日実家で 

2019年04月14日(日) 4時39分
 昨日空き家状態の実家に、プランターに植えている葉物野菜や豆類などに水をやりに寄った



 スナックエンドウは花が咲いて実もなっていたので、11個採った

 南方熊楠は、自分ところで食べる野菜は作っていたと娘が回想していたので、当方も出来るだけ野菜は食べる分を補う程度は作りたいと思っている

 暫くすると、猫が三匹やって来た いつものトラ猫二匹と白っぽい新入りが一匹、ほんとはもう一匹いたのだがそいつは怖がって離れていた



 三匹とも縁台のとこまで上がってきて初めてやって来た白っぽい猫が一番積極的で家の畳の部屋の中まで入ろうとするので、「家の中に入ったらあかん」と怒ったら、



 掃き出し窓のさんのぎりぎりの所に足をそろえて置いていた



 「ここまでやったらぎりぎり家のなかちゃうさかい、もんくないやろ」とでも言いたげに当方の顔を見ていた


自然に寄ってきたちょっと変な猫 

2019年04月08日(月) 4時53分
 3月26日、自宅付近を連れ合いと散歩中、たぶん野良猫なのに、当方を見るなり、寄ってきたちょっと変わった猫がいた



 特に腹が減っている様でもなかったし、こちらから呼んだわけでもないのに、自然に寄ってきた

 目の上の左右不規則な眉毛のような黒い毛が特徴的だ

 特に可愛いわけでもないんだけど、自分から寄ってくる動物はなんか可愛い

 それはありえないんだけど、蝶々やトンボなんかでも、向こうから、こちらの体に自然に留まりに来るようなことがあると、なんか前世からの因縁のようなものを感じたりする



 背中をなぜてやると気持ちよさそうに、満足そうな顔をしている



 なので記念に画像を撮っておいた

コンビーフの缶詰が 

2019年03月31日(日) 3時38分
 最近あるスーパーで、コンビーフの缶詰を買おうと思って探していると、



 缶詰ではなくて、すこし小ぶりのプラスチック様のものに入っているのがあった

 メーカーは同じなのだが、そのスーパーにはこれだけしか無くて、缶詰のコンビーフは置かれていなかった



 それで地元で古くからやっているスーパーに行ってみると、こちらは昔からある缶詰のコンビーフだけ売っていた

 両方とも一応買ったのだが、どうもプラスチックの方のは、当方としてはすこし贅沢をしてコンビーフを食べるありがたみというか、食べるまでにあの開ける道具を使ってクルクル巻きながらやるプロセスが無いのも物足りない気がするし、重みが感じられない気がする





 賞味期限は1ヶ月半くらいしか変わらないのでどちらも製造しているのだろう

 内容量は、缶詰はたしか100グラムでプラスチックの方は80グラムだった

 缶詰の方は底の方が大きい台形型で、プラスチックの方は底の方が小さくなった逆台形型だ

 だから中身を出すのは、缶詰の方はかなり出しにくく、プラスチックの方が簡単に出やすい



 缶詰の方は、開ける道具の上に開け方を書いたシールが貼ってあって、中身を上手に取り出すのはフォークなどを使わないと難しいのだが、プラスチックの方は、上蓋を取ると、「開けやすい」「出しやすい」と書かれたアルミ箔が張ってあり、それを剥がしてひっくり返せばすぐ中身が出てくるのだ

 プラスチックの方の内容量はすこし少ないが、値段もすこし安いし、取り出し作業が簡単で食べるまでの時間がかからないから、だんだん缶詰の方は淘汰されていくのだろうが、なんかプラスチックの方は愛想がないというか、当方にはコンビーフ自体の値打ちが下がってしまったように思われる

 それと、子や孫等に「お前達コンビーフの開け方も知らないのか」等と言いながら、缶詰の周りをクルクルやりながら開けていくのを見せびらかす優越感が感じられなくなるのも淋しい

 小さな事だが、こんなことで、だんだん自分は年をとり、時代の流れに取り残されていくのかなという感慨のようなものを覚えてしまう

御熊野拾遺 紀伊有田港辺り 

2019年03月26日(火) 5時15分
 彼岸の内に墓掃除を兼ねて墓参りに行っておこうと思い立ち、3月22日大島まで行って来た



 墓掃除と親戚廻りを終えて、権現島、一番山をあとに、大島地区を出たのは午後4時38分頃だった



 そして午後5時17分頃、国道42号線沿いを帰る途中、紀伊有田港にさしかかる



 有田港

 紀勢本線の和歌山県のなかに中紀の有田(ありだ)市と南紀の有田(ありた)地区があり、中紀の有田市の中心駅は簑島であり、両有田地区を区別するために、南紀の有田を「紀伊有田」と呼んでいるのだが



 同有田港

 この有田駅は串本駅の北隣の駅になり、串本町内ではあるが、大島への行き帰りにこの辺りへ立ち寄ることは、今までまず無かった



 この日も一度は通り過ぎたのだが、港の景色に惹かれて車を道の脇に停めて、歩いて港まで戻ってみた



 入江の山側にある金比羅宮 (外形からは何宮か分からなかったがグーグルマップでは金比羅宮となっている)

 この小祠も気になっていたが、いままで一度も立ち寄ったこともなかった

 

 有田港東側



 国道42号線沿い向かい側は串本方向



 同有田港



 同 上



 この辺りのにしては、港を囲んで家居の数が多い



 同 上 昭和41年竣工の有田川にかかる有田橋



 同 上 海側に新道が出来るまでは、42号線はこの橋を通っていたのだろう



 同 上



 有田港に流れ入る有田川河口



 旧道と新道の二つの橋を過ぎれば、すぐ有田の港なので、このあたりは汽水域なのだろう



 旧橋のそばに一艘の伝馬船が浮かんでいる



 熊野の漁村の午後5時28分、時間は止まったように、ゆっくり流れている

 川沿いの道を遡って奥まで行って見たいと思いながら、暫く川のある風景に見とれていた



 橋を渡るとすぐパイプ椅子を三脚並べたコミュニティバスのバス待合い所があった 



 和深方面から串本方面の間を一日6往復しているから、山村と比べると国道沿いの海辺の漁村は、まだ本数が多い方だ



 地元の父親と男の子とおぼしき二人が、川面を見ながら「今日は、大潮やな」と話していた

 この辺りはちょうど汽水域なので、大潮の頃は、川の水かさも高くなって、流れも緩慢になっているのが地元の人には分かるのだろう

雲の諸相 

2019年03月18日(月) 6時52分


 1月2日15時40分頃、柏原市内石川の上空



 1月4日16時35分 貝塚市水間公園上空



 1月26日15時36分 日根野甘津池



 2月5日16時45分 日根野八重治池



 2月18日17時34分 散歩道の丘から



 同 上



 3月5日16時32分 泉佐野市土丸城跡への山道から小富士山方向



 3月16日午前10時05分から10時20分頃の間 奥和歌浦で



 同 上



 同 上



 同 上



 同 上

泉南地域の庚申塔(2) 蕎原で発見 

2019年03月12日(火) 14時07分



 2月6日午後4時過ぎから、久しぶりに貝塚市の蕎原(そぶら)地区を歩く



 曇り空の下の蕎原地区



 同  上



 同 上




 同 上



 蕎原の氏神社(主祭神菅原天神) 緑のトタンの波板屋根の粗末な社だが



 以前もこのブログで紹介したんだけれど、



 山の民の祀る社らしく、梅鉢紋の小さな本社の中に狛犬が一対祀られて



 完全な犬堂の形式が残されている



 本社内右側阿形犬



 本社内左側吽形狛犬



 神社前には集会所があって



 神社に隣接して蕎原のお寺「常福寺」がある



 石灯籠には「八大竜王、當村氏子中」と記されている

 そしてこの日目に留まったのが、この神社とお寺の境の空き地にあったこの大青面金剛と刻された石碑だ

 青面金剛は、帝釈天の使者とか、密教では奇病を流行させる鬼神であるとかいわれ、仏教、道教、神道、修験道などの神思想から混淆、変化していったが、江戸時代以降は、日本独自に庚申講の本尊として三尸(さんし)の虫を押さえる神とされ、既成の宗教の枠にははまらず発展していった神といえるだろう
 


 庚申碑が神社と寺の間の空き地に置かれていることも、八大竜王とともに、神とも仏とも付かぬ立場を表しているような処遇を感じる



 側面には安永四年(1775)とあるので、現在から244年以前である 江戸時代後期には盛んに行なわれていたようだ

 泉佐野の上大木の蓮花寺跡にも庚申碑が残されているのを、先日このブログで発表したところだが、とりわけ山深い山村に残されていることが多いようだ



 蕎原の民家の門柱の近くに置かれていた犬の置物 可愛かったので撮しておく



 午後4時48分帰りがけ、そぶら大橋から見た蕎原川上流の風景

八重治池のヤギ 

2019年02月27日(水) 15時20分


 2月5日八重治池のヤギに会いたくなって



 午後4時30分頃から池に向かって歩く



 八重治池縁の説明板 八重治池は史跡日根荘遺跡の構成要素の一つになっている



 同上説明板



 同 上



 ヤギさんは以前よりかなり年をとった感じで、寒いからか、小屋の中に入っていたのだが、私が行くと早速出てきて



 私の足もとに近づいてくる



 同 上



 同 上 近くには大根のぶつ切りにしたのや、キャベツの葉っぱをエサにやっているのだが、相当残って散らばっていた



 違うものが食べたいのかなと思い、近くの道沿いに生えていたヤギさんが食べられそうな草の葉を少しちぎって持っていくと、おいしそうに食べている



 一枚一枚丁寧においしそうに食べていた

 動物は自分で飼う気にはならないが、言葉を言わない動物って、言わないから可愛い



 その後は、中世以来の荘園風景を今に残す、日根野の農村風景を眺めながら小一時間散歩した 



 同 上

六十谷、大同寺の初薬師 

2019年02月24日(日) 3時17分

 2月3日は午後3時頃から、和歌山市六十谷の大同寺に初めて「初薬師参り」を見に行く

 大同寺は、さほど大きな寺ではないが、有吉佐和子の小説「紀ノ川」にも登場する古刹だ 

 薬師如来の縁日は毎月8日で、正月の8日は特に初薬師と呼び3000日の参詣と同等の利益があるとされる

 今年は、1月8日は火曜日で、平日なので大道寺では、日曜日の2月3日を初薬師として行事を行うようだが、今般、祭りや縁日も人間の諸事情で変えざるを得ないのだろう

 とりあえず、この日は午後から暇だった(まあたいていはいつでも暇なのだが)ので、どういう行事なのか興味が湧き行ってみた

 以下ほぼ画像のみ、時間の流れに沿って揚げておきます



 実家の近くの地元の道を行きます



 いろいろな幟を立てています



 同 上



 道沿いに新しい建て売り住宅が出来ている



 ポスターも貼ってあり、2月3日初薬師とある



 午後3時3分 門前に着く



 そこそこ参詣者が集まってきている



 午後4時頃から餅撒きもあるらしい



 修験者の行う採燈大護摩供は既に終わったようだ



 同 上 しかしこの後また何かするらしい 



 以下暫く境内、堂内の様子など、行事の進行状況、画像のみ



 同 上



 同 上



 同 上 



 同 上



 同 上



 同 上



 修験者達が何か用意をはじめる



 護摩木の炭を平に広げて



 その上に塩らしきものを掛けている



 さらに境内の様子等 画像のみ



 同 上



 同 上



 同 上

 

 同 上

 

 先ほど山伏が平にした炭の上を元気な女の子が、はだしになって、一番先に歩き始めます



 まだ余熱が相当残っているはずだけど 



 それに続いて大人達もぞろぞろ歩いていきます



 たぶんこうすればお薬師さんのご利益で、一年健康に過ごせるというような言い伝えがあるのかも



 同 上



 それから境内の主立った幟や旗を取り払い、餅撒き用の櫓を組んで建てます



 参詣者が餅撒き用の櫓の周りに集まりはじめます



 そろそろ餅が運ばれてくるのでしょう



 この後午後四時よりかなり早く餅撒きが始まりましたが、当方は浅ましく餅拾いに終始して、餅撒きの様子は取れませんでした

 尚年齢的にも機敏な動きも出来ず、あまり餅は拾えませんでしたが、それでも地元の人らしき若い主婦に突き飛ばされながら、かまわずがんばって拾いました

 しかし、こういう地元に残っているゆかしい行事は、末永く続いていって欲しいものです

泉南地域の庚申塔(1) 

2019年02月23日(土) 5時10分
 2月2日ある自治体のある講座で、講師の先生が泉南地域には、庚申碑は少なくてあまり見たことが無い、と言っていたのだが、泉佐野市上大木(かみおおぎ)に確か庚申塔があったのを思い出し、午後3時に講座が終わってから、車を飛ばして、さっそく上大木地区に行ってみた 



 この辺りは中世文書の「政基公旅引付」にも記された、船淵村(現上大木)の蓮花寺が在った辺りで、現在は上大木の集会所、上大木町会館が建っている



 同会館に向かって左側にブロック塀で囲まれて、屋根を設えた一角があって、そこに石仏や石塔が並べてあるのだが、その中ほどにある一番大きな石塔が庚申塔だ



 この庚申塔については、2013年9月13日、当ブログで記事にしたのだが、



 石塔上部には右に三日月左に太陽が彫られており



 石塔下部には、見ざる、言わざる、聞かざるの三猿が彫られている



 しかし石塔の真ん中辺りは、なにがどういう形で彫られているのか、いないのか前回はまったく分からず、ずっと気になっていた

 そして今回も現場では判然としなかったのだが、家に帰ってから、画像を拡大したりしながら見ていると、そこには「帝尺」と刻されていることが分かった

 人間の目は、予断をもって感覚的に見ているが、写真に撮っておくと、現場では分からなかった文字が、はっきり分かる場合が希にある

 

  「帝尺」は帝釈天のことであり、庚申待ちは、かのえさるの日、人の体に棲む三尸(さんし)の虫が天帝に、その人の悪事を告げに行くのを避けるため、その日は寝ずにすごすという習俗だが、本来道教に由来する考えであったものが、仏教や神道、民間宗教等と混淆していったもので、仏教的な考えの中に天帝は、帝釈天であり、青面金剛はその使いであるという縁起等があるようだ

 それなので、庚申塔には申(さる)あるいは猿田彦、青面金剛、帝釈天などの文字や像が彫られることがあるようだ

 蓮花寺では、この石造物等の祀り方、配置等から見ても、この石塔が永らくもっとも大事にされてきたようで、帝釈天を庚申の本体とした、いわば仏教系の庚申講が盛んだったことが伺われる

今日のヤフーニュースから 

2019年02月19日(火) 2時37分
 今日のヤフーニュースから

 < 懲戒権削除を法相に要請へ 自民、女児死亡事件巡り

 自民党の馳浩元文部科学相は18日のBS―TBS番組で、千葉県野田市の小4女児が死亡し傷害容疑で両親が逮捕された事件を巡り、監護や教育のため子どもを懲らしめる「懲戒権」を民法から削除するよう山下貴司法相に近く要請すると明らかにした。

安倍晋三首相の13日の国会答弁に触れ「子どもの成長に必要な教育は、体罰や暴言、暴力であってはならない。懲戒権は削除すべきだ」と述べた。云々 > (2019年 2月19日 ヤフーニュースから)

 マスコミ、メディアで大きく取り上げられる事件などが発生すると、それがどれだけの頻度で発生しているか等の全体的な判断をせず、その守られている法益を考えず、法さえ早急に変えようとすることがしばしば行われて、おかしな住みにくい世になることがしばしばある

 特に道路交通法などは、知らないうちに改変されて、個人の権利が縮小されるような、そういうことがしばしばあるが、民法、刑法でも、ありうることだ

 しかし、親の懲罰権はどうだろう  自分の子どもが曲がらないように愛情からでる行為等は、たとえ刑法上は、暴行等に当たっても許されるべきであるべき、というよりむしろ他人や行政がが介入すべきものではないのではないか

 それが民法上に規定されているのであれば、あえて削除すべき必要があるのだろうか

 できる限り説諭や説得で子どもをしつけるべきであるのは、当然であるが、親も皆聖人君子とも限らず、人格もいろいろだろう

 しかし子どもが何をしてもほうっておくよりは、やはりしてはいけないことをしたときは、それを繰り返さないように親は何らかのアクションをしなければならないのだから
 
 話して聞かない場合など、必要最小限の懲罰は適正に行うべきで、叩くぐらいなら、ほうっておく、という考え方は私にはできません

 子どもを本気でしつけている親が、あちこちで逮捕され、犯罪者にしたてあげられるようなことが発生しかねないのではないか

 もちろん多数ではないが、警察、検察組織の中には、事件を作れば手柄になる、犯罪者を多数作れば功績になるという考え方をするものが少なからず居るのだから

 件の事件も、母親まで逮捕すべきだったかどうか、その判断に、私は非常に違和感を感じている

 法律の改正、削除などは、バランス感覚をもって、事件発生の頻度や、長いスパンを勘案し、本当に必要かどうか、よくよく熟考していただきたいものである
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