タイよ、安らかに

June 19 [Fri], 2015, 19:00
(ネコに興味の無い方はスルーしてください)
このブログは 海やシュノーケリングのことを書くブログですが
今日は番外編として、私と一緒に13年を過ごしたネコ
「タイ」のことを書かせてもらいたいと思います。
ネコのことはこれで最後にしますのでお許し下さい。


あれから1週間、大分気持ちが落ち着いてきました。
あきらめがついたのかもしれません。


(2015.5.18)

独り者の自分にとっては、この13年を一緒に暮らしてきた
唯一の家族であり、自分でも気がつかぬ間に
かけがいのない家族になっていたのだと思います。

そして今日初めて明かしますが、
じつは私はタイの最後を見届けられませんでした。
そのことが悲しみに より拍車をかけているのだと思います。


13年前のサイパン・・・

私はサイパンで20年以上を過ごしてきましたが、
当時、サイパンの自宅周辺にはノラ猫が結構居ました。
イヌやネコは大好きなので、来れば追い払うことはありません。


(2003 Saipan)

タイはそんなノラ猫の中の1匹として
13年前に自宅横のブロックの隙間で産まれたのです。

↓こっちを見てるヤツがそうです。


(2003 Saipan)

多いときには10匹以上のネコが自宅に出入りしていました。
事故や病気でどんどん減り、最後に残ったのがタイでした。

サイパンではジャングルの中を自由に走り回り
トカゲやネズミ、時にはスズメや鳩も獲っていました。


(2010.4.25 Saipan)

腹が減ったり、帰りたくなったときだけ家に帰ってくる。
大自然の中で自由に生きていました。


(2010.4.13 Saipan)

ネコでもイヌでも出来る限り自由に、そいういう考えでした。


(2010.7.14 Saipan)

とはいっても、ほとんど毎日タイは
朝になると私のベッドで寝ていましたが・・・。


(2011.3.4 Saipan)


そして2012年に私が日本に帰国することになり
タイをどうするべきか?かなり迷いました。

日本に連れて行くべきかサイパンに置いて行くべきか。

サイパンに置いていくということは、
野良に戻るということですが、野良猫になれば
いづれ早い時期に死んでしまうことになるのでしょう。


(2012.7.4 Saipan→成田 飛行機の中)

タイ自身は、どちらを望んでいるのだろう?
どちらが幸せなんだろう?
日本に行けばサイパンのように自由に外へ出れることは無い。
かなり窮屈な生活になるに決まっている。
かと言って、サイパンに一人置いていくことは出来ない。

人見知りが激しいネコで私以外の人に懐く事はありませんでしたから
サイパンで誰かに託すという選択肢は無いように思いました。


(2012.7.4 成田→二宮 JRの中)

そして一緒に帰国することを決意。
2012年に厳しい検疫を乗り越えて日本に入国したのです。

そして取りあえずは小田原市に落ち着きましたが
ここではほとんど外には出せず。
翌年2013年には宮古島に引越し。

でもペット可物件の少ない宮古島で最初に住んだのは3階。
ネコが外へ出るのも大変でしたが、それでも半年後くらいからは
こんな風に自由に外へ出していました。

そして今年3月、周りに自然が多く、危険が少なく、1階で、
ペット可のアパートにやっと引っ越したのでした。


(2015.3.6 爪とぎでお気に入りの木)

新しいアパートの周りはサトウキビ畑ばかり。
24時間外へ出れるようにいろいろ工夫もしました。


(2015.3.6 自由に出入り可能なネコドア)

タイの様子がおかしくなったのは5月27日。
ごはんを食べなくなった。
翌日病院で血液検査を受けるとじん臓が悪い事が判明。


(2015.5.28 動物病院で点滴中)

通院の負担をいくらかでも減らすために自宅で毎日点滴。
一時回復したかに見えましたが、それは一時的でした。



数日で再び悪化。

動物病院では「腎臓だけの症状ではない」
「悪性の腫瘍が悪化しているようだ」
早急な手術を勧められました。

その2日後。
まだ見たことの無かった海を見せてあげたいと思い、
自宅からクルマで数分のところにある海へ。

もうこの時点で何も食べなくなって4日が過ぎ、
かろうじて点滴で生きているような、そんな印象でした。


(2015.6.11 産まれて初めて見る海 これがいつもオレが行く海だよ)

丸5日何も食べれず、最後の日は水さえ飲めなくなっていました。

そして6月12日午前2時。

今までぐったりしていたネコが起き上がり、眠っていた私の顔を叩いて起こすのです。
一見元気になったのかと誤解するような動きで外へ出たがる。
こんなフラフラで出したら帰って来れないと思っていたから
はじめは出しませんでしたが、ドアをガリガリして異常ほどに行きたがる。

どうせ行く所は自宅の目の前にあるサトウキビ畑に決まっている。
いつも30分から1時間ほどで必ず帰ってくる。
今までは絶対に帰ってきたから畑のほうへ歩く姿を見届けて部屋で待ちました。

出さないほうがいい、という気持ちより
もし最後なら余計好きな所へ行かせてあげたいという気持ちが強かったのです。
帰ってくると思い込んでいたのと、行き場所が分かっているつもりだったから。

冒頭に書いたことですが、私はタイを看取ってはいません。
それっきり2度とタイの姿を見ることはありませんでした。

今となっては後悔以外の何ものでもありません。
なぜあのまま行かせてしまったのか・・・。一生の不覚。

最後の病状を考えれば、その日の早い段階で亡くなった可能性は
かなり高いのではないのか?と医者が言っていました。

サトウキビは2m以上。この中を毎日 必死で探しました。
何度も何度も。


(2015.6.12)

居ないわけがない。
きっとどこかにいるはず。


(2015.6.12)

今の宮古島は最高気温32℃ほど。
想像はしたくないが腐敗が始まれば臭いがあるはず。
臭いで気がつくかもしれないと思い今でも毎朝家の周りを歩き回っています。

でも結局何も見つけてあげることは出来ず1週間が過ぎました。

タイが死ぬだろうという覚悟は出来ていました。
でも居なくなることは全く想定していなかったから
そのことはかなりのショックなのです。

数日前に買ったばかりなんです。
体調が良くなると信じて。



どうすんだよ・・・。

いつの日かこの首輪だけでも見つかるといいのですが。



安らかに。



(記録 FB

タイ♂13才

June 16 [Tue], 2015, 17:00
晴 27-32℃ 南風 月齢29.0 大潮 水温29℃
来間港 10時下げ95cm 波高0.2m 透明度25m 流れW→E

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サイパン時代から13年間 苦楽を共にしてきた私の唯一の家族。

5月末頃から急激に体調が悪化し、自宅で闘病生活をしていましたが
先日永遠の別れとなりました。元気な頃はこんな感じでした。

このブログは、なかなか普通に書く事が出来ませんでしたが
徐々に通常モードに戻せると思います。今後もよろしくお願い致します。
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最高の天気が続いています。
海も穏やかで透明度も良く、明るい海がここにあります。









(以上の写真と動画は今日の来間港で)


この海をガイドします
清水万次郎商店
宮古島シュノーケリングガイド
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